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状態監視と診断の技術そのものは優に50 年以上の歴史がありますが,従来にも増して注目が高まっているのには幾つかの理由があると思います。例えば,設備投資が抑制されて既存の設備・機器をできる限り有効に活用しようとする動きが強まっていること,また,デジタル化による計測・通信・IoT などの技術進歩に伴ってモニタリングが飛躍的に容易になったことは明白な理由でしょう。これらに加えて,各種技術の普及と共通化を図るためには拠り所となる規格の制定が重要なポイントであり,さらに各種技術を正しく適用するためには技術者の技量を適切に維持することが必要ですが,状態監視と診断の技術に関する規格化と技術者認証の近年の発展も理由の一つと考えられます。
機械の状態監視と診断に関しては,1993 年に発足したISO/TC 108/SC 5 において国際規格が検討・制定されており,技術者認証に関わる規格も制定されています。日本では,ISO/TC 108 の国内審議団体である(一社)日本機械学会(JSME)において,2000 年からSC 5 国内委員会の活動が行われています。また,技術者に関しては,2004 年からJSME において“振動”,2009 年からJSME と日本トライボロジー学会の共同で“トライボロジー”,そして2016 年から当協会において“サーモグラフィ”の認証が行われています。このうち当協会の“サーモグラフィ”の技術者認証については,第66 巻6 号(2017 年6 月)の特集で詳しく解説されました。
今回の特集では,状態監視と診断の技術に関連する規格化と技術者認証に加えて,国際動向と最新適用事例を取り上げ,それぞれに詳しい方々に解説していただくことによって,関連する最新の動向をとりまとめました。
まず規格化については,JSME のご協力を得て,ISO/TC 108/SC 5 の国内委員会委員長である井上剛志氏(名古屋大学)と同委員の兵藤行志氏(産業技術総合研究所)に,国際的な標準化活動と日本の寄与について過去の経緯,現状,及び将来の展望を整理していただきました。これまでの国内の関係者のご尽力の様子が,詳細なご説明によってよく理解できます。次に,JSME における技術者認証については,JSME の機械状態監視資格認証事業委員会委員長である藤原浩幸氏(防衛大学校)に,豊富なデータを交えて紹介していただきました。認証事業の詳細に加えて,米国や韓国の状況は興味深いところと思います。続いて国際動向については,現会長の阪上隆英氏(神戸大学)自ら,JSNDI として参加した国際会議の状況を踏まえて,最新の情報をまとめていただきました。英国を中心とする状態監視技術に関する積極的な取り組みがうかがえ,我々としてもさらなる取り組みの必要性が感じられます。適用事例としては,身近に接する機会の多い鉄道車両のなかでも最新の山手線車両における状態監視について東日本旅客鉄道の見田 光氏と赤荻 剛氏に,また当協会の認証事業に関連の深いサーモグラフィによる状態監視技術について神戸大学の塩澤大輝氏と阪上隆英氏にご紹介いただきました。いずれの記事も状態監視と診断の技術についての最新技術を知る上で充実した内容であり,読者の皆様にとって大変有益な情報だと思います。ご多忙にもかかわらず快くご執筆くださった方々に厚く御礼申し上げます。
なお,最後になりましたが,この場を借りて当協会の関連活動をご紹介します。まず,サーモグラフィの技術者認証についてはカテゴリⅢの技術者認証が制度上必要不可欠ですので,今後に向けて基礎的な検討が行われています。また,上記の井上氏・兵藤氏の解説でも言及していただいているように,2019 年よりJSME の機械状態監視資格認証事業委員会と当協会のCM 技術者認証運営委員会との協力関係を構築するべく活動が行われています。いずれについても,今後さらなる進展が求められますので,会員各位をはじめとする関係者の皆様のご協力をお願いする次第です。
History and Current Situation of ISO Standards on Condition Monitoring and
Diagnostics of Machines and Activity of ISO/TC 108/SC 5
Nagoya University Tsuyoshi INOUE
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology( AIST) Koji HYODO
キーワード:国際規格,機械システムの状態監視と診断,振動,熱画像,AE,超音波,技術者認証,風車,資産管理
1. TC 108/SC 5 で扱う技術分野の紹介
1.1 はじめに
ISO/TC 108/SC 5 Condition monitoring and diagnostics of machine systems では,「機械システムの状態監視と診断」技術に関わる国際標準化を推進している。国内審議団体は(一社)日本機械学会(JSME)であり,国内委員会が設置され種々の活動を行っている。本稿ではSC の発展の経緯と,活動の現状を紹介させていただく。
Certification of Personnel for Condition Monitoring and Diagnostics
of Machines in JSME
National Defense Academy Hiroyuki FUJIWARA
キーワード:振動,トライボロジー,国際規格,モニタリング,技術者教育,認証
はじめに
ISO では古くから多くの工業製品が国際標準化されて,材料,部品などの国際的な流通に役立ってきた。近年では,工場の品質管理が規定され,現在では,工場内で働く技術者の品質を規定するに至り,専門技術者の活躍の場が国際的に広がりつつある。ISO 18436 では機械に関する状態監視と診断に関する技術者の認証を規定している。認証制度の骨格がISO 18436-1 として発行され,以降,各技術分野に分かれて発行されている。
・ISO 18436-1:認証制度に対する要求事項
・ISO 18436-2:振動診断技術者
・ISO 18436-3:訓練機関に対する要求事項
・ISO 18436-4:油分析診断技術者(現場)
・ISO 18436-5:油分析診断技術者(研究室)
・ISO 18436-6:AE 診断技術者
・ISO 18436-7:サーモグラフィー診断技術者
・ISO 18436-8:超音波診断技術者
(一社)日本機械学会(JSME)ではISO 18436 シリーズの中で,ISO 18436-2(振動) とISO 18436-4(トライボロジー)の診断技術者認証を行っている1)。認証制度は振動診断技術者の育成を目標に約4 年の準備期間を経て2004 年からスタートし,トライボロジー診断技術者の認証は2009 年からスタートした。世界的レベルでの技術品質を保証する資格として位置付けられており,ISO 改正に合わせて,試験内容を精査,更新している。また,国内での制度発足当初から積極的に海外認証機関との事業協力および定期的な情報交流を通して,世界に通用する資格レベルを保持している。本稿ではJSME における機械状態監視診断技術者の認証制度について紹介する。
International Trends on Condition Monitoring of Machines
Kobe University Takahide SAKAGAMI
キーワード:状態監視,国際動向,国際会議
はじめに
経年劣化の進む各種プラントやインフラ構造物の保全は,世界各国に共通する重要な課題となっている。これまでの保全方式としては,設備が故障した後に行われる事後保全,設備の使用時間に基づき定期的あるいは計画的に行われる時間基準保全が主であったが,高効率,省資源・省コストでありながら高い安全性を担保できる保全方式として,設備の健全性を常時監視し,その結果に基づいて保全を行う状態基準保全が産業界で導入されている。状態基準保全が的確に実施されるためには,その根拠となるべき設備の状態監視および診断(Condition Monitoring and Diagnosis)が正確に行われる必要があり,状態監視のための各種先進計測技術が開発されている。非破壊試験技術と状態監視技術は,今後,経年化設備の安全性を担保するための技術の両輪となることが予想される。状態監視技術の世界的動向を調査するため,日本非破壊検査協会では状態監視の国際的組織であるISCM(The International Society for Condition Monitoring) にリエゾン会員として参加するとともに,ISCM や英国非破壊試験協会BINDT(The British Institute of Non-Destructive Testing) が主催する国際会議に出席している。本稿では,ISCM の現況および2019 年に行われた二つの国際会議について報告する。
Efforts in Condition Based Maintenance for the Commuter Train
East Japan Railway Company Hikaru MITA and Tsuyoshi AKAOGI
キーワード:E235 系電車,新保全体系,モニタリング保全体系,車両品質向上,効率的なメンテナンス
はじめに
東日本旅客鉄道(株)(JR 東日本)では,2018 年6 月より,山手線で運行しているE235 系電車を対象に,状態監視データを活用した状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)による新しい車両メンテナンス体系となる「モニタリング保全体系」をスタートさせた。モニタリング保全体系は,当社で従来から実施している新保全体系をベースに,状態監視データを活用することで,さらなる車両品質の向上と効率的なメンテナンスを実現する検査体系である。なお,保全体系とはメンテンナンスのメニューと周期を定めたものである。
本稿では,近年発展の著しいICT やIoT 技術を用いた状態監視(モニタリング)機能を搭載するE235 系電車によるモニタリング保全体系について紹介する。
Application of Infrared Visualization Measurement to Condition Based Maintenance
Kobe University Daiki SHIOZAWA and Takahide SAKAGAMI
キーワード:赤外線サーモグラフィ,状態基準保全,赤外線計測,非破壊評価
はじめに
2020 年前半においては,新型コロナウイルスの感染拡大の防止のために,施設への立入時に体調検査の一環として体温測定が行われている。一般的な接触式体温計で体温を測定すると,測定精度は高いが多数の入場者を測定するには時間がかかる。赤外線カメラは,視野内の対象から放射される赤外線を画像化するため,多くの人がいる中から体温が高い傾向にある人を見つけ出すことができる。入場者が歩きながらでも測定が可能であるため,入場者が多い場合でも対応することが可能であり,空港や大型商業施設などで使用されている。ただし,測定環境による影響や物体表面の状態,周囲からの映り込み・反射などを体温と誤検出するなど,測定の精度は接触式体温計と比べると高くはない。しかしながらより短時間で多くの人を調べることができるメリットは大きい。機械設備においても,異常に起因した発熱を検出することで,異常を検知するといった機械設備の状態監視を行うことが可能となる。温度計を設置してデータを収集するほうが温度測定精度は高いが,赤外線カメラを用いて広範囲を一度に測定することで,温度計を設置しなくとも異常部と健全部をスクリーニングすることができるというメリットがある。赤外線は,波長帯によって近赤外線,中赤外線,遠赤外線に分けられ,それぞれ特徴にあったアプリケーションが存在する1)−3)。例えば監視カメラでは人の目に見える光に近い特性をもつ近赤外線が主に用いられており,赤外線を照射し,反射赤外線を計測することで暗闇のなかでも肉眼に近い映像を得ることができる。中赤外線波長帯は,温度計測に利用でき,熱弾性効果に基づいて温度計測結果から応力を測定することができる。このような赤外線の波長帯に応じた特性を利用して,可視では捉えられない様々な情報を画像化することができる。本稿では,赤外線の可視化技術を用いた設備・構造の状態監視技術として,熱弾性応力測定によるき裂の非破壊評価,防食塗装膜の劣化評価およびガス漏洩検出技術について紹介する。
Flaw Imaging by Ultrasonic Lamb Waves Utilizing Dispersion Compensation
Yu KUROKAWA, Ryota KATO and Hirotsugu INOUE
Abstract
In typical ultrasonic testing using Lamb wave, a narrow band burst wave is used to excite the Lamb wave to reduce the influence of dispersion and to excite a single mode wave. However, a narrowband signal has a long duration thus the spatial resolution is low. In this study, to image the flaw in a plate structure with high spatial resolution, the Lamb wave is excited by a broadband spike pulse, and dispersion compensation is used to improve spatial resolution. Lamb waves are transmitted and received by scanning the transmitter and receiver, and flaw is imaged by synthetic aperture focusing technique after applying dispersion compensation. Although the received raw waveform spreads in the time direction and becomes complicated, it is shown that the waveform can be compressed into a pulse with high spatial resolution by dispersion compensation. The spatial resolution of the flaw image can be improved by dispersion compensation, and it is also shown that flaw could be imaged even when multiple modes are propagated simultaneously.
Key Words:Ultrasonic testing, Flaw imaging, Lamb wave, Dispersion compensation, Multiple modes
1. 緒言
機械や構造物の信頼性や安全性を適切に維持管理するためには,部材のきずを非破壊的に検出し,その位置や寸法を正確に測定することが肝要である。近年では,長大な構造物の超音波探傷試験を効率的に行うために,伝搬距離に対する減衰が小さいガイド波の利用が注目されている。板状構造物を伝搬するガイド波の一つにLamb 波があり,これを用いれば板材の広い範囲を一度に探傷できる1)−3)。しかしながらLamb 波には複数の伝搬モードが存在し4),これらが同時に伝搬する場合には受信波形が複雑になる。そのうえ,それぞれの伝搬モードが分散を示すため4),パルス状の入射波を励起しても,伝搬距離が長くなるにつれて受信波形が時間方向に広がって複雑になる。これらの要因により,きずの位置や寸法を正確に測定することは必ずしも容易でない。また,ガイド波を用いてきずを画像化する試みも行われている5)が,きずを明瞭に画像化することも容易ではない。
ガイド波を用いた超音波探傷では,分散の影響を低減したり,単一の伝搬モードを励起したりするために,周波数に対する群速度の変化が小さい周波数を選び,その周波数を中心とする狭帯域のバースト波を入射するのが一般的である。しかしながら,時間-周波数の不確定性原理により,信号の周波数帯域が狭くなれば信号の持続時間が長くなるため,時間分解能が低下して伝搬距離の測定精度が低くなる。この難点の対策として,Wilcox ら6)は入射波の周波数帯域とLamb 波の分散特性の関係に基づいて,空間分解能が最大となるように入射波を最適化する方法を示した。
一方で,Lamb 波の位相速度が既知であるならば,位相速度を基に分散の影響を補償し,時間軸方向に長く広がった受信波形を分解能の高いパルス波へと圧縮できることが知られている7),8)。Davies ら9)は分散補償をLamb 波に適用した上で,いくつかの手法できずを画像化した結果を比較し,空間分解能について検討を行った。Prado ら10)は同様に分散補償をLamb 波に適用して,開口合成法と位相情報を基にきずを画像化する手法を比較し,両方を併用すれば最も明瞭にきずを可視化できることを示した。しかしながらこれらの研究では,Lamb 波の励起に数サイクルのバースト波が用いられており,その周波数帯域は通常用いられるパルス波と比較して狭い。これに対して,広帯域のパルス状のLamb 波を励起し,それに対する受信波形に分散補償を適用して鋭いパルス波に圧縮すれば,きず位置の測定精度の向上が期待できる。また,広帯域のパルス状のLamb 波を励起して,複数モードのLamb 波が同時に伝搬し,それらが重畳して受信された場合に,分散補償を適用した上できずの画像化を試みた例は未だ報告されていない。
本研究では,広帯域のスパイクパルスを用いてLamb 波を励起し,分散補償を用いて板状構造物のきずの画像化を試みた。送信・受信探触子を走査しながらLamb 波を送受信し,分散補償を適用して空間分解能の高いパルス波に圧縮した後,開口合成法できずを画像化し,提案手法の有効性について検討した。また,複数モードのLamb 波が同時に励起され,それらが重畳して受信される場合について,きずの画像化に対する分散補償の有効性を検討した。