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機関誌

2021年4月号バックナンバー

2021年4月1日更新

巻頭言

「バイオメカニクスにおける接触問題」特集号刊行にあたって
坂本 信

 機械工学において接触部分における問題は,様々な場面で見受けられます。例えば,機械の摺動面での摩擦,摩耗や破壊,締結体を含む構造体が挙げられ,一般に接触部分の力学的挙動を調べることは重要ですが困難を伴うことが知られています。摺動部分は損傷を生じやすいことから,軸受,車輪・レール,各種部品の摺動部のきずについて非破壊検査を行うことがあります。これはバイオメカニクスが対象とする生体においても同様であり,接触運動を行う関節,関節表面の軟骨の力学的特性,人体と物体間との接触問題を対象とする研究は多く,その理由は機械部品と同様で,接触する組織が損傷を生じることがあるためです。

 接触力学と聞いて初めに頭に浮かぶのは,周波数の単位に名前がつけられたドイツの物理学者であるHeinrich-Hertz(1857-1894)が提案した弾性接触論です。Hertz は23 歳のときに二つの球が接触した際の力,相対変位,球半径,接触円半径,球の物性値の相互関係を表す弾性接触論を完成させ,数学関連の専門雑誌に「On the contact of elastic solids」と題した論文を投稿しています。この理論の発表当初は,単なる数理物理学的な遊びのように思われていた内容でしたが,彼はこの理論の示す数式が測量業務に使用できることにすぐに気付いています。その後,弾性接触論は工学的に適用できることが広く認識されるに至ります。ガラスに石等が衝突して割れるHertz の円錐割れは,その代表例です。しかし,Hertz の論文は,当時の技術者からは悪評を得ていました。そこで彼は材料の硬さについて考えるようになりました。材料の「硬さ」は長さ等の物理量とは異なり,すべての材料を一律で表現する共通した単位が存在しません。硬さには「他の物体によって力を与えられたときに,それに抵抗する力の程度を示す尺度」という定義があり,硬さ試験で用いる圧子の材質,大きさや形状および力の大きさ等によって硬さの結果が変わることが知られています。Hertz は,物体の硬さの絶対値を球状圧子の接触中心において永久ひずみを生じさせるのに必要な最小応力値であると提案しました。彼の提言はその後に開発されたブリネル,ロックウエル,ビッカース,ヌープ硬さ試験の基礎を作りました。さらに,Hertz の接触論はトライボロジー(相対運動しながら互いに影響を及ぼしあう二つの表面間に生じる現象を対象とする科学と技術)の基本であるとともに,最近多く用いられているナノインデンテーションの基礎式と関連しています。本特集号のバイオメカニクスにおける接触の種々の問題においても少なからずHertz の理論が基礎となっており,本特集号の解説記事中にもしばしば用いられていることが分かります。

 本特集号では,機械工学系のバイオメカニクスの専門家に解説していただきました。前半の3 つの解説は関節に関するもので,筆者からは「関節の三次元接触力学モデル」を紹介し,小林公一先生からは「膝関節の生体内接触運動評価」,三浦鴻太郎先生らには「関節軟骨の押込み試験による粘弾性理論と評価」とそれぞれ題した解説をいただきました。後半の3 編の解説は生体のより一般的な接触問題の解説であり,中西義孝先生らからは,バイオメカニクス分野の接触問題を解くための表面プロファイルの設計戦略である「接触と材料表面加工」,山田 宏先生からは,介護や病院等で問題となっている「褥瘡の発症・予防に関わる力学的因子の評価」,笹川和彦先生らからは,生体と物体間の接触応力を測定するセンサである「薄型接触応力センサの開発と生体応用」と題した記事をそれぞれ執筆していただきました。

 本特集号を通して,バイオメカニクスや接触力学に関してますますの興味を持っていただければ幸いです。

 

解説

バイオメカニクスにおける接触問題

関節の三次元接触力学モデル
新潟大学 坂本  信

Three-dimensional Mechanical Joint Contact Model
Niigata University Makoto SAKAMOTO

キーワード:応力解析,バイオメカニクス,関節,弾性,接触,力学モデル

はじめに
 生体の関節を解剖学的に分類すると,二つ以上の骨が互いに付着しているのみの不動関節と関節軟骨で表面が覆われた骨同士の運動可能な可動関節があり,一般に関節といえば可動関節のことを指す。整形外科では大きな荷重が作用し,複雑な運動機能を有する膝関節や股関節の障害の原因解明,予防および治療は,長寿化社会を迎えた今日,喫緊の臨床課題である。関節障害の代表である変形性関節症1),2)(関節軟骨が老化や肥満,外傷等,様々な要因から関節に作用する負荷に耐えられず,摩耗,変形することで生じる関節の痛みを伴う疾患)は力学的要因の占める割合が大きく,関節軟骨の接触面の力学状態を知る必要がある。筋骨格系の力学を扱う整形外科バイオメカニクスは,生物学的実験と力学モデルの構築を行い,これと並行してヒトの生体内での力学環境を調べて,これらの知見を集約して臨床医学に貢献する3)ことが重要である。

 三次元弾性論に基づいた関節の力学モデルによる接触応力の理論解析は,任意の条件下での応力場を正確に求めることができ,計算精度が不明な有限要素法等のシミュレーション結果4),5)に確証を与えることができる。単純化した関節の力学的表現は,変形しない骨(剛体)表面に弾性変形する関節軟骨(弾性層)で被膜されたモデルとして考えることができる6),7)。ここでは,同材質で等しい厚さの弾性皮膜層を有する二つの剛体凹凸球同士が滑らかに押付けられた軸対称弾性関節接触問題について,Hertz の弾性接触論8)を拡張した理論解析の研究9)の一端について紹介する。

 

膝関節の生体内接触運動評価
新潟大学 小林 公一

In Vivo Evaluation of Contact Motion in Knee Joints
Niigata University Koichi KOBAYASHI

キーワード:バイオメカニクス,軟骨,接触,膝,生体内評価

はじめに
 我々の身体を支える筋骨格系は,骨,関節,筋肉,靱帯,神経などの複数の器官,組織から成り,身体の運動を伴うあらゆる活動において不可欠な役割を担っている。その中で,関節の骨表面を覆う関節軟骨は互いに接触しながらときに体重の数倍を超える荷重を支えつつ,滑らかな運動を可能としている。しかしながら,靱帯など関節を支持する組織の損傷,加齢による骨・関節形状の変化や筋力の低下により関節軟骨に過大な荷重やせん断力が発生して接触動態が変わり,それが原因となって関節軟骨の組織構造の変化と力学的劣化をもたらすと考えられている1)。

 関節軟骨の力学的劣化に伴い関節の荷重支持機能と運動機能も低下するので,関節における接触動態を評価することは非常に重要である。本稿では,関節の接触および滑りを加味した接触挙動の生体内評価法と,膝関節に適用した例について概説する。

 

関節軟骨の押込み試験による粘弾性理論と評価
成蹊大学 三浦鴻太郎、新潟大学 坂本 信、田邊裕治

Theory and Estimation of Viscoelastic Properties of Articular Cartilage
by Indentation Test

Seikei University Kotaro MIURA
Niigata University Makoto SAKAMOTO and Yuji TANABE

キーワード:弾性論,接触問題,粘弾性,押込み試験,関節軟骨,力学的特性

はじめに
 生体軟組織の代表である関節軟骨は,関節接触面における摩擦の低減と力学負荷の緩和という二つの役割を有している。下肢関節では,日常生活の動作において体重の数倍もの荷重を受けているが,軟骨の粘弾性挙動によって下肢にかかる負荷が低減されている。関節軟骨はコラーゲン線維とプロテオグリカンの多孔質な細胞外基質によって構成されており,これらが重量にして全体の約80%を占める間質液で満たされた組織である。間質液も関節軟骨が受ける荷重を担っており,間質液が組織内で流動し,固相(プロテオグリカンやコラーゲン線維)と液相(間質液)の相互作用によって応力緩和が発生している。

 高齢者がよく発症する変形性関節症(Osteoarthritis:OA)は関節軟骨が変性することで関節に痛みが生じる疾患であり,これにより関節軟骨の力学的特性も変化していると考えられる。関節軟骨の変性状態の評価は整形外科医による判断に委ねられており,いまだ確立した定量的評価方法はない。関節軟骨の粘弾性特性を正確かつ定量的に評価することができれば,軟骨の変性状態を評価する定量的指標となり得る。

 近年では,生体組織の粘弾性特性を押込み試験(Indentationtest)1)により同定する実験的研究が数多く行われている。押込み試験から力学的特性を求めるための解析理論には三次元弾性論に基づいた接触問題の解析解が用いられる。また,押込み試験は試験片形状に厳密な要求がないことから,加工が難しい微小材料,薄膜材料や関節軟骨などの生体組織2)−4)によく利用される材料試験である。しかしながら,その多くが解析理論として材料厚さの影響を考慮しない半無限体の解析解を用いているか,材料厚さの影響を近似的に補正している場合がほとんどである。関節軟骨のように厚さが薄い場合には,粘弾性厚板の接触問題に関する解析解が必要となるが,理論解析の困難さのため,厳密な解析解を用いた実験的研究は少ない。

 そこで,本稿では弾性-線形粘弾性の対応原理に基づいて,線形粘弾性厚板の剛体円柱状圧子による接触問題の解析解の導出方法を概説する。そして,工業材料および生体組織を対象とした緩和押込み試験手法を提案して,粘弾性特性の同定を行った結果について紹介する。

 

接触と材料表面加工
熊本大学 中西義孝、山口 先、笠村啓司、中島雄太

Contact Phenomenon and Surface Processing
Kumamoto University Yoshitaka NAKANISHI, Hajime YAMAGUCHI
Keiji KASAMURA and Yuta NAKASHIMA

キーワード:セラミックス,ガラス,表面きず,切削,摩耗

はじめに
 バイオメカニクス分野における接触問題において,接触する表面プロファイルは大きな影響を及ぼす。例えば,ガラス表面と指の接触の場合,ガラスの表面プロファイルが変われば摩擦係数やガラス汚れの状態が変わるだけではなく,触り心地までもが変化する1)。超高分子量ポリエチレンとセラミックス/耐食性金属が接触する人工関節においては,セラミックス/耐食性金属の表面プロファイルが変わればポリエチレンの摩耗特性や摩耗粉形態が変化し,生体反応への影響までもが変化する2),3)。

 バイオメカニクス分野における接触問題を解くためには,表面プロファイルの設計戦略が必要であり,その設計戦略を具現化するための材料表面加工法の革新も必要である。本稿では表面プロファイルの設計戦略として“生体表面に学んだ表面構造”を取り上げ,その設計戦略を具現化するための“ 機械的除去加工法”の事例を紹介する。

 

褥瘡の発症・予防に関わる力学的因子の評価
九州工業大学 山田 宏

Evaluation of Mechanical Factors for Occurrence and Prevention of Pressure Injuries
Kyushu Institute of Technology Hiroshi YAMADA

キーワード:軟部組織,ウレタンフォーム,圧力,ずれ力,応力集中

はじめに
 褥瘡は骨突出部の軟部組織に外力が持続的に作用することで発症し,それを予防するには,体圧分散用具(体圧分散を目的としたマットレス等)を用いて体圧を分散させるとともに,体位変換によって除圧時間を周期的に設けることが重要である1)。本稿では,人がマットレスに横たわったときの力学的な状態について,体表面の法線方向に圧力または圧縮変位が作用したとき,身体の組織の側とマットレスの側それぞれについて,その力学的な状態とそれを支配する力学的因子について解説する。すなわち,著者がこれまで連続体力学の観点から行ってきた有限要素解析等の結果を整理して,身体とマットレスが接触して静的つり合い状態にある場合に着目し,マットレスと皮膚組織の微小な血管の力学的応答について順に紹介する。また,圧縮変位に加えて,接線方向にずれ変位が作用した場合についても最後に簡単に触れる。

 

薄型接触応力センサの開発と生体応用
弘前大学 笹川和彦、藤崎和弘

Development of Film Sensor for Contact Stress and its Application to Biomechanics
Hirosaki University Kazuhiko SASAGAWA and Kazuhiro FUJISAKI

キーワード:センサ,せん断応力,導電性高分子,バイオメカニクス,応力測定試験

はじめに
 生体に作用する応力を評価することは,疾患の原因解明や治療評価にとって重要であり,特に治療前後の力学的状態評価やリハビリテーション効果の評価などにも有用である。生体に作用する応力の評価には有限要素法などの数値解析が広く利用されるようになっているが,解析条件の設定の自由度は大きく解析結果の妥当性は常に議論の余地がある。一方,生体に作用する応力の実測は一般に困難であり,特に生体組織間あるいは生体と物体間の接触応力の測定については,界面の接触状態を乱すことなくセンサを設置することが課題となっている。しかしその一方で,ある程度の精度を確保できれば,直接的な評価を簡便に実施することは大きな利点であり,実測のニーズは大きい。

 笹川らは1990 年代から薄くてしなやかな生体用の接触応力分布測定システムの開発を行っている。そもそものきっかけは膝関節の間の圧力を測定できないかという整形外科バイオメカニクスからのニーズで,当時新潟大学工学部の原 利昭先生と同医学部の古賀良生先生との共同研究として開発が始まったものである1),2)。膝関節に限らず,生体に適用する応力センサの要件として,①接触界面の状態をなるべく乱さないために薄くなければならない。②複雑な凹凸を有する生体組織表面にフィットするためにしなやかでなければならない。の2 点を考慮する必要がある。これらの条件を満たすセンサを実現するために,感圧材料として機能的な電子材料である感圧導電ゴム・インクや導電性高分子を用いている。

 初めに薄くてしなやかな接触圧力センサの開発を行い,膝関節などの生体関節2),3)や人工関節4)に適用することにより,各関節の力学的な病因解明5)や,外科的治療法の効果発現機序の解明6),7)に役立てるとともに,義肢,装具装着時の皮膚上へ適用することにより,保存的治療法やリハビリテーション機器の機能評価に貢献している8),9)。さらに,圧力分布の高空間分解能計測を実現し,指先や小関節への適用も実現している10)。次いで,薄くてしなやかな形態は維持しつつ接触圧力に加えてせん断応力も測定可能な3 軸応力センサの開発を行い11),主に皮膚上に適用することにより,歩行中の足底12),13),装具装着時の作用応力計測14),また,手指に作用する力覚センサとして適用することにより,採血動作などの熟練手技における手応えの可視化15)などに応用している。

    本稿では生体に作用する応力を測定するために我々が行っているセンシングシステムの最近の開発動向およびその適用に関する研究例を紹介する。

 

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