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機関誌

2021年6月号バックナンバー

2021年6月9日更新

巻頭言

「最新の赤外線サーモグラフィによる応用技術」特集号刊行にあたって

山越孝太郎

 2019 年に発生した新型コロナウイルス感染症は,現在も収束することなく社会不安が続いている。赤外線サーモグラフィ装置は,そのような社会情勢の中,非接触で高速に計測でき,熱画像として人物の特定が容易などの特長が認められ,発熱者を検知する目的で活用されている。これまでは赤外線サーモグラフィ装置は特別な知識を有した技術者が取り扱う特殊な装置で一般的に目にする機会は少なかった。しかし,最近はショッピングモールの入口,宿泊施設の受付,遊園地の入場口など様々な場所で体温測定を目的に設置されたサーモグラフィ装置を目にするようになり,サーモグラフィの認知度が図らずして向上したと考える。その一方で赤外線サーモグラフィや温度計測に関する専門知識を有しない人に正しい検温が行えるのかという不安もある。赤外線サーモグラフィ試験を取り巻く環境を見ると,2019 年に第3 回アジア赤外線サーモグラフィコンファレンス(QIRT-Asia 2019)が東京工業大学にて開催されたり,日本からの提案であるISO 22290:2020 Non-destructive testing − Infrared thermographic testing − General principles for thermoelastic stress measuring method が制定されたり明るい話題もあった。

 今回「最新の赤外線サーモグラフィによる応用技術」をテーマに,関連装置の最新動向や最新の応用事例,また技術規格,さらには上記のQIRT を紹介する特集を企画した。各業界の第一線でご活躍されている方々にご執筆していただくことができたと考える。

 ISO 22290 の制定と国内外の標準化の動向及び規格に関しては,兵藤行志氏((国研)産業技術総合研究所)に,分かりやすい解説をいただいた。

 産業界における最新の技術動向として,木村彰一氏(日本アビオニクス(株))に最新の赤外線サーモグラフィのいくつかの事例について紹介をいただいた。

 新型コロナウイルス感染症に関連する分野では佐賀匡史,岩垣紗季子の両氏((株)チノー)に「熱画像装置における機械学習の利用と人体の温度計測」の題目で,AI を活用した体温計測の新技術について解説いただいた。

 最新の研究の一つとして「赤外線サーモグラフィの材料熱物性測定への応用」について森川淳子先生(東京工業大学)に解説をいただいた。先生は高性能な赤外線サーモグラフィ装置を考案されており,新しい非破壊検査の応用につながる研究である。

 QIRT に関しては,井上裕嗣先生(東京工業大学)に紹介記事を執筆していただいた。初めて日本で開催された国際会議QIRT-Asia 2019 について詳細で分かりやすく解説いただいている。

 最後に,今回の特集号刊行にあたり,ご多忙中にもかかわらず執筆をご快諾いただいた著者の皆様に,この場をお借りして心から感謝を申し上げ巻頭言とさせていただきます。

 

解説

最新の赤外線サーモグラフィによる応用技術

赤外線サーモグラフィ試験の標準化動向

(国研)産業技術総合研究所 兵藤 行志

Infrared Thermographic Testing – Latest Standardization Activities
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Koji HYODO

キーワード:非破壊試験,赤外線サーモグラフィ試験,ISO,JIS,NDIS

はじめに
 赤外線サーモグラフィを応用した非破壊試験は,測定対象物と非接触に広範な領域を評価できる等の特徴を有している。特に近年は情報処理技術やマイクロマシニング技術などの進歩とも相まって,飛躍的な技術的進展を遂げている。そして,社会インフラをはじめ,様々な製品の品質の確保や維持,安全な操業や稼働寿命の延伸等に活用されている1)−7)。安心・安全な社会を支えるために,ひいては持続可能な開発目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)8)の達成にも必要不可欠な技術となっている。

 赤外線サーモグラフィ試験を含む非破壊試験技術に関する主な標準化は,我が国においてはISO/TC 135(非破壊試験)の審議団体である(一社)日本非破壊検査協会(JSNDI,The Japanese Society for Non-Destructive Inspection) が, 関連諸団体,(一財)日本規格協会及び経済産業省と連携を取りながら推進している。

 本稿では,「より広範な非破壊試験に赤外線サーモグラフィ試験が適切に信頼性高く応用され,安心・安全な社会へ寄与する」ことを目指した標準化活動の現状と展望を紹介させていただく。

 

赤外線サーモグラフィカメラの市場と製品の動向

日本アビオニクス(株) 木村 彰一

Market & Products Trends of Infrared Thermography Cameras
Nippon Avionics Co., Ltd. Shoichi KIMURA

キーワード:赤外線,サーモグラフィ,発熱,防爆,ドローン

はじめに
 赤外線サーモグラフィカメラ(以下,サーモカメラ)は,その急速な高性能化と低価格化により様々な分野で利用が拡大し,市場の裾野の広がりとともにニーズも多様化してきている。1970 年代に軍事技術から転用され,医療分野で発展を遂げたサーモカメラは,国内市場では研究・開発分野での温度計測分野を中心に普及し,最近では老朽化した構造物や設備の非破壊検査,重要施設におけるセキュリティ監視など,社会の安心・安全を守るための「温度の目」として利用価値が高まっている。

 なかでも,最近,特に大きな注目を浴びているのが,新型コロナウイルス COVID-19(以下,新型コロナ)感染症拡大防止策として導入が進む“発熱者スクリーニング用サーモカメラ”である。また,ドローンとの組み合わせにより,構造物や設備の非破壊検査,安全監視の分野でもその適用領域は拡大している。本稿では,サーモカメラの市場と製品の動向についてご紹介する。

 

熱画像装置における機械学習の利用と人体の温度計測

(株)チノー 佐賀 匡史  岩垣紗季子

Using Machine Learning in Thermal Imaging Systems and Body
Temperature Measurement

The CHINO Corporation Tadafumi SAGA and Sakiko IWAGAKI

キーワード:放射温度計,熱画像,熱画像装置,赤外線, サーモグラフィ,機械学習

はじめに
 放射温度計は物体の熱放射エネルギーを用いてその物体の温度を非接触に計測する装置である。放射温度計の中でも2次元センサを用いて物体の表面温度分布を計測する機器は熱画像装置と呼ばれ世の中に広く用いられている。図1 に熱画像装置の例を示す。

 熱画像装置は工業用途として,金型温度管理,コークス残火検知,自動車窓ガラス熱線品質管理など,様々に用いられているが,工業用途以外でも人体の発熱を検知するための機器として多く用いられている。特に感染症が流行した際には発熱者のスクリーニングを行うための機器として熱画像装置が利用される機会が増えている。

 例えば2002 年~ 2003 年に重症急性呼吸器症候群(SARS コロナウイルスによる感染症)が発生した際には空港などに熱画像装置が設置され,発熱者のスクリーニングが行われていた。表1 に熱画像装置が利用された近年の感染症の例を示す。

 2019 年末より始まった新型コロナウイルスの流行では,未知のウイルスということもあり,感染拡大を防止するための社会的対応が今までの感染症流行時とは比較にならないほど強化された。それに伴い熱画像装置が空港など海外との出入口となる場所だけでなく,日常的な施設にも多く利用されるようになっている。一般的に広く見かけるようになった熱画像装置としてスマートフォン型の熱画像装置がある。これは店舗や施設入り口付近での発熱者のスクリーニングを行うものである。画像認識による顔検知が行われ,併せて人物の温度値が表示されるものが多い。また熱画像装置と警報システムを組み合わせたものも見受けられる。これは発熱者を検知し,警告用のライトや無線などで管理者へ知らせたり,発熱者がいる場合は入場用のゲートを閉じて体温計による検査を促すような警報システム(図2,3 参照)などである。

 本稿では,このように広く用いられている熱画像装置の原理について概要を説明し,次に熱画像利用の応用例として,温度計測とともに用いられる人体認識に関する説明を行う。また体表面温度から体温を推定する場合の測定における注意点を整理する。

 

赤外線サーモグラフィの材料熱物性測定への応用

東京工業大学 森川 淳子

Thermal Properties of Materials Measured by Infrared Thermography
Tokyo Institute of Technology Junko MORIKAWA

キーワード:赤外線サーモグラフィ,輻射率分布,ミクロ熱画像,温度変換,熱拡散率,熱伝導率,蓄熱材

はじめに
 赤外線サーモグラフィには,大分類としてパッシブ法とアクティブ法の2 種類がある1)。パッシブ法は,測定対象物に外部から温度変動を与えることなく,測定対象物からの赤外線放射を測定する赤外線サーモグラフィ試験の方法である。バックグラウンドに対する測定対象物の熱的コントラストが赤外線センサの感度に対して十分な場合(建物の湿度評価,タンクの水量,電子部品の発熱等)の監視やモニタリングに用いられる。一方,アクティブ法は,測定対象物に,熱的刺激を与えた場合の,測定対象物からの熱的な応答を,赤外線放射により測定する赤外線サーモグラフィ試験の方法である。内部欠陥を評価する方法論(非破壊検査)として,橋梁や建物の外壁,文化財の調査など,構造材の内部の測定に幅広く用いられてきた。一方,赤外線サーモグラフィは,材料界面のミクロ欠陥や,熱伝導特性(熱拡散率や熱伝導率)の測定にも適用可能であり,異方性や複合組成を持つコンポジットなどの材料熱物性測定にも応用される。近年の赤外線センサの高性能化・汎用化,データ転送や演算機能の高速化等,技術革新による要素も大きい。本稿では,赤外線サーモグラフィのミクロスケール材料熱物性測定への応用について,具体的な研究事例により解説する。

 

QIRT の紹介とQIRT-Asia 2019 の開催報告

東京工業大学 井上 裕嗣  森川 淳子

An Introduction to QIRT and Report of QIRT-Asia 2019
Tokyo Institute of Technology Hirotsugu INOUE and Junko MORIKAWA

キーワード:赤外線サーモグラフィ,国際団体,国際会議,QIRT,ISO/TC 135/SC 8

はじめに
 (一社)日本非破壊検査協会(JSNDI)では,2019 年7月1 ~ 5 日に東京工業大学大岡山キャンパスにおいて国際会議QIRT-Asia 2019 を開催した。本稿では,この国際会議の母体である国際団体QIRT について簡単に紹介するとともに,QIRT-Asia 2019 の開催実績を報告する。

 

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