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機関誌

2021年11月号バックナンバー

2021年11月1日更新

巻頭言

「漏れ試験の最新研究と現状」特集号刊行にあたって

新井 健太

最近,持続可能な開発目標(SDGs)という言葉をよく聞く。

SDGs とは,2015 年の「国連持続可能な開発サミット」において採択された2030 年までの17 の国際目標である。クリーンエネルギーの利用や気候変動対策は,その目標として挙げられている。水素は,二酸化炭素を排出せずに燃料として,あるいは燃料電池によりエネルギーを取り出せるため,クリーンエネルギーの最有力候補である。しかし,可燃性であるため利用には極力外部に漏れさせない等の細心の注意が必要である。冷凍空調機器は,我々の生活を便利に豊かにしてきた。使用される冷媒も,従前のフロンから代替フロンや炭化水素系冷媒への切り替えによりオゾン層を破壊することはなくなった。しかし,代替フロンの地球温暖化係数は決して小さくなく,また,代替フロンや炭化水素系冷媒は微燃性・可燃性である。そのため,代替フロンや炭化水素系冷媒についても外部への漏れは極力抑える必要がある。したがって,我々の安全・安心を担保しつつSDGs を達成するためには,正確な漏れ試験が果たすべき役割は大きい。

正確な漏れ試験を行うためには,適切な漏れ試験方法,試験者の技量,検査器の数値の正当性が重要である。(一社)日本非破壊試験協会(JSNDI)では,ISO 規格,日本産業規格(JIS)や日本非破壊検査協会規格(NDIS)の制改定によって漏れ試験方法の標準化を推進している。試験体は千差万別であるが規格にはそのすべてについての漏れ試験方法を網羅していない。そのため,試験体に漏れ試験方法を適用するためには,試験者の技量によるところが大きい。JSNDI では,漏れ試験についても2012 年から技量認証制度を開始し,技術者の技量の標準化を図っている。数値の正当性については,まだ道半ばであるが産業技術総合研究所を中心とした国家標準へのトレーサビリティ体系が構築されつつある。

このようにして産業界では正確な漏れ試験を実施する体制は整備されてきている。しかし,SDGs の進捗につれ,燃料電池自動車や微燃性・可燃性冷媒は我々の身近で使用されるようになっている。そのため,これら機器の安全・安心を国民に分かりやすく示すためには,漏れ試験についても新たな技術開発や体制の整備が必要となるであろう。

このような状況を鑑み,本特集号は,漏れ試験に関わる最新の研究成果から実際の漏れ試験方法への適用まで,幅広く構成することにした。地中埋設管からの気体,特に水素漏れの検出は,漏れ箇所が地下にあるため経験に頼るところが多かった。そこで,埋設管からの水素漏れについて実験とシミュレーションの両面からの比較検討結果について,岡本英樹氏(大阪ガス(株))にご解説いただいた。近年,光を用いた非接触広範囲な気体検出技術の研究開発が盛り上がっている。そこで,光学測定の一種であるラマン散乱光を用いた水素漏れの可視化技術について,朝日一平氏((株)四国総合研究所)にご解説いただいた。代替フロン類の環境への排出量削減は地球温暖化対策に直結する。冷凍空調業界における代替フロン類の排出量削減の取り組みについて,河西詞朗氏((一社)日本冷凍空調設備工業連合会)にご解説いただいた。松原紀之氏((株)エフアンドエーテクノロジー)には,水素リークディテクタを用いた漏れ試験方法と,近年,開発された試験方法についてご解説いただいた。最後に,数値の正当性の根幹をなす漏れ量の国家標準とそのトレーサビリティについて,筆者が担当した。

最後に,今回の特集号の刊行にあたり,ご多忙中にもかかわらず執筆をご快諾いただいた皆様に,心から感謝を申し上げ,巻頭言とさせていただきます。

 

解説

漏れ試験の最新研究と現状

水素の埋設導管による供給の保安確保

大阪ガス(株) 岡本英樹、東京ガス(株)五味保城、早稲田大学 赤木寛一

Ensuring Supply Security through Hydrogen Buried Pipelines Osaka Gas Co.Ltd. Hideki OKAMOTO
Tokyo Gas Co.Ltd. Yasushiro GOMI
Waseda University Hirokazu AKAGI

キーワード:ガス拡散,地中,埋設配管,保安,実規模実験,数値シミュレーション

はじめに
将来のクリーンエネルギーとして期待されている水素について一つの活用形態として,埋設導管による一般家庭や企業の燃料電池への供給が考えられている。図1 に埋設導管による燃料電池への水素供給ビジネスのイメージを示す。

これら水素ガスの埋設導管による供給を検討する上で重要となるのが保安確保である。これには配管材料に関する長期信頼性だけでなく,万一のガス漏出時の地中での移動範囲,速度や地上への浮上などの拡散状況に関する知見は極めて重要である。これらは安全な設備の設計や,維持管理を行う上で基盤となるものである

 

レーザラマン分光法を応用したガス漏えい検出技術

(株)四国総合研究所 朝日一平

Application of Laser Raman Spectroscopy to Gas Leak Detection Technology
Shikoku Research Institute Inc. Ippei ASAHI

キーワード:レーザラマン分光法,ストークス光,アンチストークス光,LIDAR,水素,リーク試験法

はじめに
従来,ガス漏えい検出は,いわゆる化学センサに基づくデバイスを用いて行われてきた。例えば水素などの可燃性ガスの漏えい監視では,対象ガスを扱う部屋の天井に漏えい検知警報器がセットされており,室内においてガス漏えいが生じた場合,警報器に漏えいガスが到達した段階で警報が発報される仕組みになっている。発報により室内でのガス漏えいが認知される一方で,漏えい箇所は不明のままであるため,同様に化学センサが内蔵された携帯型のガス検知器を用いて,吸引式のプローブを漏えいが疑われる箇所にかざし,漏えい点を探査・特定している。これらの検知器は,小型・安価であり,各種ガス関連事業の運用コストを抑制することにつながっている一方で,安全性の観点では,施設内でガス漏えいが開始してから警報器にガス分子が到達するまでに時間を要すること,警報器のみではガスの漏えい箇所が特定できず,特定するためにはガス漏えいが発生している危険区域に進入する必要があること,吸引式ガス検知器の応答にタイムラグがあるため,効率的な漏えい箇所の特定が困難であること,といった多くの課題がある。

これらの背景から,著者らは,瞬時に応答し,アクティブな位置探査ができる漏えい検出技術として,光をガス分子に照射することによって生じるラマン散乱光と呼ばれる光-分子相互作用を応用した新たな計測技術の開発を進めてきたので,その原理や検知装置概念及び開発事例について解説する。

 

業務用冷凍空調機器からのフロン漏えい防止対策

(一社)日本冷凍空調設備工業連合会 河西 詞朗

Measures to Prevent Fluorocarbon Leakage from Refrigeration
and Air Conditioning Equipment

Japan Association of Refrigeration and Air-Conditioning Contractors Shiro KASAI

キーワード:フロン,フロン排出抑制法,業務用冷凍空調機器,オゾン層保護,地球温暖化

はじめに
冷凍空調機器は,冷媒と呼ばれる液化ガスを循環させることによって空気,水等を冷やしたり温めたりするもので,サイクル図を図1 に示す。

1920 年頃は冷凍冷蔵機器の冷媒としてアンモニア等が使われていたが,R12 と呼ばれる塩素,フッ素と炭素の化合物であるクロロフルオロカーボン(CFC)が開発され当時は「夢の化学物質」としてもてはやされ,急速に普及した。

1974 年に有名なローラント教授等の論文1)が発表され,CFC が大気に放出されると成層圏まで上がりオゾン層を破壊するメカニズムが世界に知られ,有害紫外線の増加による皮膚ガンや白内障などの健康被害や動植物の遺伝子が破壊されることがわかり,大問題になった。

CFC の塩素原子を減らし水素を加えたハイドロフルオロカーボン(HCFC)への代替もこの頃行われた。

オゾン層を破壊するCFC とHCFC に代わる物質としてオゾン層を破壊しない水素,フッ素と炭素の化合物であるハイドロフルオロカーボン(HFC)がこれに代わって使われるようになった。CFC,HCFC 及びHFC を総称してフロン類という。炭素が1 個のフロン類の例を図2 に示す。

しかし,図3 に示すように,このフロン類には,オゾン層破壊に加え,地球温暖化をもたらすという,次なる問題が判明した。

フロン類の種類は,通常R 番号で呼ばれており,使用温度領域によって様々な種類のフロン類が開発されている。

オゾン層への影響は,R11 を1 としたオゾン層破壊係数(ODP(Ozone Depletion Potential))で,地球温暖化への影響は,二酸化炭素(CO2)を1 とした地球温暖化係数(GWP(Global-Warming Potential))で表している。フロン類のODP とGWPを表1 に示す。

 

水素漏れ試験の適用

(株)エフアンドエーテクノロジー 松原未央子、松原紀之

Application of Hydrogen Leak Test
F and A Technology Co., Ltd. Mioko MATSUBARA and Noriyuki MATSUBARA

キーワード:漏れ,水素漏れ試験,リークテスター,漏れ検査,漏れ検査装置

はじめに
合ガスを用いる漏れ試験の一つである1)。水素漏れ試験は,リンショーピング大学(スウェーデン)で微量な水素ガスを検出するセンサの開発から始まった。このセンサを用いた漏れ検査器が通信ケーブルの漏れ試験,つまり水素漏れ試験として,1984 年にスウェーデンで実用化された。その後,スウェーデンだけではなくヨーロッパの通信ケーブルの漏れ試験として水素漏れ試験の利用が始まった2)。通信ケーブルと同様に埋設管の漏れ試験にも適用を拡大し,保守検査での実績を積んだ。90 年代には検査対象を広げ,工業製品の漏れ検査への適用が開始され,自動車部品,空調部品など様々な業界で実用化された。

日本国内における水素漏れ試験は,2001 年弊社がスウェーデンより初めて導入し,実用化した。2012 年に改正されたJIS Z 2330「非破壊試験−漏れ試験方法の種類及びその選択」に水素漏れ試験が記載され,漏れ試験の一つの方法として国内で認められた。現在では,国内においても自動車部品,空調部品及び建設機械部品など様々な製造業界及び保守検査業界で使用されている(表1)。

本稿では,水素漏れ試験の概要および適用方式を述べた後,小型タンクへの適用試験を通して適用方式の検出能力及び選定について紹介する。

 

漏れ試験のトレーサビリティ

(国研)産業技術総合研究所 計量標準総合センター 新井健太

Traceability on Leak Inspections
National Metrology Institute of Japan (NMIJ)
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Kenta ARAI

キーワード:品質保証,リーク試験法,標準リーク,国家標準,圧力変化法,漏れ量

はじめに
漏れ(リーク)試験は,我々の安全・安心を担保する重要な非破壊試験の一つであり,真空装置,原子力,宇宙開発,自動車,冷凍空調機器,医療,食品など様々な産業で実施されている。漏れ試験は,試験結果が定量的という点で,浸透探傷試験など他の非破壊試験と異なる特徴を持つ。その特徴を十分に生かすためには,漏れ量の国家標準へのトレーサビリティが重要である。本稿では,このような漏れ試験の定量化方法,及びその定量化の基準であり(国研)産業技術総合研究所(産総研)の漏れ量の国家標準(リーク標準)について解説する。その他の漏れ試験方法の詳細については,日本非破壊検査協会から出版されている「漏れ試験I」「漏れ試験II」「漏れ試験III」及びその関連する書籍等を参考にされたい。

 

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