富澤 雅美
京都大学の附置研究所である複合原子力科学研究所(略称:KURNS)には,京都大学研究用原子炉(略称:KUR)と京都大学臨界集合体実験装置(略称:KUCA)の2 基の原子炉施設,および,パルス状中性子発生装置である電子線型加速器(略称:KURNS-LINAC)があります。
KUR は,濃縮ウランを用いた熱中性子炉であり,1964 年の運転開始以来,物理学・化学・生物学・工学・農学・医学等の実験・研究に広く使用されてきましたが,使用済み燃料の米国への返還期限のために2026 年4 月をもって62 年間の運転を停止し,廃炉に向けた作業が始まります。この特集号の発刊は,ちょうどその時期と重なることもあり,非破壊検査としての中性子イメージングの観点から,日本の中性子イメージング施設,および,KUR の歩みと成果,後継となる新試験研究炉について特集させていただきます。
KUR は種々の特徴を持ち,その定格熱出力は5 MW であり,日本の中性子イメージング施設ではJRR-3((国研)日本原子力研究開発機構の3 番目の研究用原子炉,20 MW)に次ぐ高出力です。KUR のB-4 ポートでは熱中性子を高効率で炉室外の実験室へ導き,高強度な中性子束によって静止画に加えて高速度な動画像でのイメージングが可能であり,他の施設では困難な特殊な実験環境を構築でき,さらに,中性子とX 線の同時イメージングも含めてKUR ならではの実験・研究が行われてきたそうです。また,炉室内にあるE-2 ポートでは,比較的大きな視野(φ 150 mm)での中性子イメージングが可能ですが,熱中性子束はB-4 ポートの1/100 程度と低く,主に静止画とCT 画像の取得に利用されてきたそうです。そして,医療用として腫瘍治療のために584 件のBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の医療照射が行われたとのことです。
物質に入射した放射線が,物質と相互作用せずに進行方向を維持したまま通過する成分を透過線とすると,非破壊検査で使用されるエネルギー領域ではX 線は主に吸収および散乱によって透過線量が減衰します。一方,中性子線では主に散乱によって,加えて核反応による吸収によって透過線量が減衰します。中性子線は一般に鉛なども含めて金属を透過しやすく,その一方で水素,ホウ素,ガドリニウムなどの元素を透過しにくいため,X 線では観察しにくい金属内の水の挙動観察などに特に適しています。
この特集では,6 編の解説をご寄稿いただきました。北海道大学名誉教授の鬼柳善明様に「日本の中性子イメージング施設」,京都大学の齊藤泰司様に「KUR のこれまでの歩み」を,KUR での三つの成果例として,関西大学の梅川尚嗣様に「中性子イメージングの混相流現象への適用」,神戸大学の浅野 等様に「中性子ラジオグラフィのエネルギー機器内熱流動現象への適用」,東京理科大学の兼松 学様に「KUR のコンクリート工学分野への展開」,そして,京都大学の伊藤大介様に「KUR での特徴的な中性子イメージング研究と新たな装置に向けて」をそれぞれ解説していただきました。日本の中性子イメージング施設,および,KUR の設置と稼働までの大変なご苦労,KUR ならではのさまざまな特徴と成果,KUR で培われた実験環境の整備などKUR に関わる数多くのことを解説していただいています。そして,KUR の後継として「敦賀市のもんじゅサイト内に建設が計画されている新試験研究炉」では,KUR での長年の知見と技術などを随所に生かし,世界最高水準の中性子利用プラットフォームの構築に向けた検討が続けられている,とのことです。
最後になりましたが,本特集号にあたり大変貴重な内容を丁寧に分かりやすく解説していただいたご執筆者の皆様,ならびに編集にあたりご尽力いただいた皆様に深く感謝申し上げます。この特集が読者の皆様にとって有意義なものとなりますことを切に願います。また,この特集は,京都大学の伊藤大介様(当協会放射線部門幹事)の多大なご尽力によって企画させていただきました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。
北海道大学 名誉教授 鬼柳 善明
Present Status of Neutron Imaging Facilities in Japan
Honorary Professor, Hokkaido University Yoshiaki KIYANAGI
キーワード: 中性子イメージング,中性子施設,原子炉,加速器,中性子束
はじめに
中性子線は重金属も透過する透過力や水素やリチウムなどの軽元素に対する感度が高いなど,X 線とは違った特徴があるために,その特性を生かした透過撮影に使われている。最近では,透過強度に依存した濃淡の画像だけでなく,透過中性子のエネルギースペクトルを解析することによって,ブラッグエッジ透過イメージング1)では結晶組織情報のマッピング,共鳴イメージング2)では元素のマッピングが可能となっている。さらには,偏極中性子イメージングによって,磁場分布や磁場の強さも測定できる2)。図1 に中性子イメージングの測定例を示す。(a)は超臨界水と通常水の混合の様子を示す通常のイメージングである3)。(b)はブラッグエッジ透過イメージングによる日本刀の鉄の結晶子サイズ,集合組織の状態,ひずみの大きさ,焼入れ部を示したものである4)。(c)は共鳴イメージングによるユーロコインの元素分布である2)。(d)は偏極中性子を用いて測定した磁性材料中の磁場で生じる中性子偏極度分布である2)。この他に,エッジのコントラストを強調する位相コントラストイメージングなどもある。中性子イメージングの原理と測定例や中性子施設については,(公社)日本アイソトープ協会の中性子イメージングカタログ/中性子施設ハンドブックに記載されている5)。
京都大学 齊藤 泰司
The History and Development of Kyoto University Research Reactor(KUR)
Kyoto University Yasushi SAITO
キーワード: KUR,研究炉,共同利用研究所,中性子利用
はじめに
京都大学研究用原子炉(KUR)は,わが国における大学研究炉の先駆けとして設置され,半世紀以上にわたり基礎研究と教育を支えてきた(図1)。本稿では,その構想の萌芽から設置,共同利用研究の展開,そして廃止措置に至るまでの歩みを振り返る。
筆者が京都大学原子炉実験所に着任したのは1996 年である。従って,設立当初の議論や建設過程,初臨界に至るまでの経緯を直接体験した世代ではない。本稿における初期の歴史記述は,「京都大学原子炉実験所五十年史」1)をはじめとする既刊資料や関係者の記録,当時の公的文書等を参照し,可能な限り客観的に整理したものである。
一方で,筆者が在籍した約30 年間は,研究炉を取り巻く環境が大きく変化した時代でもあった。全国共同利用の発展,国際連携の広がり,規制制度の強化,そして長期停止と廃止措置決定に至る過程など,歴史の転換点を現場の一員として経験してきた。本稿後半では,そうした時代の動きを,筆者自身の実体験も交えながら記録したいと考えている。
本稿が,KUR という研究炉が果たしてきた役割を改めて見つめ直し,その意義を次世代へ伝える一助となれば幸いである。
関西大学 梅川 尚嗣
Evaluation of Multiphase Flow Phenomena Using Neutron Radiography
Kansai University Hisashi UMEKAWA
キーワード: 中性子イメージング, 混相流,沸騰二相流,可視化,原子炉
はじめに
京都大学原子炉実験所(現 京都大学複合原子力科学研究所)の研究用原子炉(以降,研究炉と呼ぶ)KUR が2026 年4 月で運転終了することとなった。本稿はKUR 運転停止に伴い,“歩みと成果,そして今後”として依頼されたもので,筆者がKUR にて実施した混相流現象への適用事例を紹介するとともに,今後の中性子利用や新研究炉の検討につながればという思いで執筆する。
KUR は初臨界を1964 年に達成し,現在に至るまで長きにわたって利用されてきた日本の数少ない研究炉であった。筆者は90 年代から京都大学原子炉実験所で共同利用研究を実施してはいたが,当時は原子炉の利用ではなく熱特性実験室の低電圧高電流(20V,5000A)の直流電源を利用した強制流動沸騰実験を展開していた。中性子イメージングを用いた研究も2000 年代初頭から日本原子力研究所(現(国研)日本原子力研究開発機構)のJRR-3M(現JRR-3)を利用して実施してはいたが,当時のKUR の照射ポートは装置の設置スペースが40 × 35 × 25 cm3 と狭いE-2 ポートのみであったこともあり,利用することはなかった。
その後現在のB-4 ポートのスペースを改造して中性子ラジオグラフィの設備を設置する計画が齊藤泰司教授から入ってきた。図1 は改修設備の相談のためにB-4 ポートを訪れたときのもので,撮影日を見ると2008 年12 月となっている。左がポート前に設けられた鉛製の中性子導管で,右が当時の部屋の様子を示している。雑然と物が保管されている状態であったが,この部屋全体を利用できるとのことで,ポートサイズや照射室広さ,床のスラブ配置状況などを現地確認した。
B-4 ポートで利用できる中性子ビームサイズはビーム出口で10 × 75 mm2 の縦長で,中性子フラックスは最大の5 MW運転時にポート出口で8.5 × 107 n/cm2s とJRR-3(20MW,視野255 × 305 mm2,中性子束1.0 × 108 n/cm2s)に比べると少し低いが,周辺空間が圧倒的に広いうえ,照射室が炉室内にあるために制約が厳しいJRR-3 に比べてかなり自由度が高くなるということで,流動沸騰系の可視化を想定した改修を相談した。
沸騰二相流に本施設を適用した場合,ビーム視野が狭いことからJRR-3 で実施するような広い範囲の可視化ではなく狭い範囲の可視化が対象となる。またビーム形状から垂直管のような縦に長い対象の可視化に向いていると考えられるが,上下方向のトラバースが可能となれば世界的にも類を見ない長尺管対応が可能な設備となるとのことで,ビーム出口から3.5 m 位置に開口面積118 × 152 cm2 で深さ1 m のピットを設けた。また,強制流動沸騰実験で流路を構成する金属管を直接通電加熱することが可能となるように熱特性実験室に保管されていた低電圧高電流(20 V,1200 A)の直流電源を移設することとなった。さらに,この電源の水冷冷却用チラーの循環経路を分岐することで沸騰蒸気の凝縮,入口水温の調整が可能となった。その後,循環ポンプ・入口水温調整・流量計測・凝縮器等を一体化したポンプユニットが加わり,本設備は強制流動沸騰実験に適したラジオグラフィ設備となった(図2)また,ビーム視野の狭さや中性子束の低さも,不必要な箇所の放射化が防げる点や,照射後の減衰時間が短くなる点はむしろ利点と考えることもできる。さらに西日本の研究者には利便性の高い設備であった。
神戸大学 浅野 等
Application of Neutron Radiography to Thermo-fluid Phenomena in Energy Equipment
Kobe University Hitoshi ASANO
キーワード: 中性子ラジオグラフィ,吸着,気液二相流,ボイド率,水分布
はじめに
物質での中性子線の減衰は,鉄,銅,アルミなどエネルギー機器で使用される金属で小さく,作動流体に含まれることが多い水素に対して極めて大きいことから,中性子ラジオグラフィによって,金属で構成される機器内に存在する水や冷媒などの水素化合物の分布を高いコントラストで可視化し,かつ定量的に計測できる。エネルギー機器において作動流体は液体から蒸気への相変化を伴うことが多く,その分布が機器性能に強く影響することから,動作状態における作動流体の挙動を把握することは機器設計や性能改善において極めて有効である。X 線ラジオグラフィが人体に対するレントゲン撮影とすれば,中性子ラジオグラフィは性能診断するための機械のレントゲン撮影といえる。本稿では,京都大学複合原子力科学研究所研究用原子炉(KUR)の中性子ラジオグラフィ施設を利用して,エネルギー機器内の熱流動現象を可視化分析した研究成果を紹介する。
東京理科大学 兼松 学
Development of KUR Research in Concrete Engineering
Tokyo University of Science Manabu KANEMATSU
キーワード: 中性子イメージング,コンクリート,爆裂現象,水分定量,非破壊測定
はじめに
コンクリートは,水,セメント,骨材を成分とする複合材料であり,土木構造物や建築物の主要な構造材料として,社会基盤,都市空間・住環境の形成に不可欠な存在である。日本には明治初期に導入され,その後,鉄筋コンクリート構造物を中心に広く普及してきた。近年では,環境負荷低減の観点から,産業副産物やリサイクル材料を利用したコンクリートやCO2 固定化材料を用いた環境配慮型コンクリート,施工合理化を目的とした3D プリンティング用材料など,新たな材料の研究開発が進んでいる。
一方で,戦後の高度経済成長期に整備された多数の構造物が更新時期を迎え,既存構造物の耐久性評価や維持管理技術の高度化が強く求められている。コンクリートの主要な劣化現象,例えば塩害,中性化,凍害,乾燥収縮に伴うひび割れ,さらには火害時の爆裂などは,いずれも内部水分の存在や移動と密接に関係していることが知られている。そのため,コンクリート内部の水分分布や水分移動は,コンクリート工学分野における継続した興味の対象の一つとなっている。
このような背景の中,中性子イメージングは2000 年代に入ってからコンクリート工学分野においても新たな非破壊検査技術として注目されるようになり,活発に利用されるようになった。本稿では,京都大学研究用原子炉(以下,KUR)における中性子イメージング技術のコンクリート工学分野への展開について解説する。
京都大学 伊藤 大介
Characteristic Neutron Imaging Research at KUR and toward New Imaging Facilities
Kyoto University Daisuke ITO
キーワード: 中性子イメージング,高速度撮像,KUR,新試験研究炉
はじめに
京都大学研究用原子炉(KUR)は,1964 年の初臨界以来,半世紀以上の長きにわたり,わが国における中性子利用研究の先駆的な拠点として,物理学,化学,生物学から工学,農学,医学に至るまで,極めて多岐にわたる学術・技術の発展を支え続けてきた。中でも,中性子の高い透過能力と,水素などの軽元素に対する優れた感度を生かした中性子イメージング技術は,X 線では観察困難な内部構造や動的挙動を可視化できる唯一無二の非破壊検査手法として確立されてきた。その適用範囲は,機械工学における熱流動現象の解明から,土木建築材料の診断,さらには貴重な文化財の内部構造調査まで,極めて広範な分野で数多くの成果を創出してきた。
しかしながら,長年にわたり共同利用の現場として親しまれてきたKUR も,2026 年4 月をもって使用済み燃料返送のためにその運転を終了することが決定している。1960 年代の高度経済成長期から現在に至るまで,日本の科学技術を文字通り足元から支えてきた一つの大きな時代が幕を閉じようとしている。本特集号が読者の手元に届く時期は,まさにKURがその長い歴史に句読点を打ち,廃炉という新たなフェーズへと踏み出す象徴的なタイミングに重なることになる。
本稿では,まずKUR が果たしてきた非破壊検査・イメージング拠点としての歩みを概括する。特に,B-4 ポート等の特性を最大限に生かし,火気や毒劇物を含む過酷な条件下で行われてきた,他施設では類を見ない独自性の高い研究事例を振り返る。その上で,現在,福井県敦賀市の「もんじゅ」サイト内に建設が計画されている新試験研究炉プロジェクトに焦点を当てる。KUR で培われた技術的知見とユーザフレンドリな思想が,いかにして次世代の中性子イメージング装置へと継承され,どのような革新的展望を切り開こうとしているのか,その具体的なビジョンについて詳述したい。
河原 大吾,大岡 紀一
Analysis of Scattered Radiation Behavior for Test Specimens with Reinforcement of Welds in Digital Radiography
Daigo KAWAHARA and Norikazu OOKA
Abstract
The methods to reduce scattered X-ray on fi lm radiography are also useful on digital radiography related to the shape and size of the reinforcement and applying mask, and the distance between specimen to fi lm. In this study, the effects of scattered X-ray on the images of steel welds with reinforcement were analyzed and compared to results from Monte Carlo simulations (EGS5) of radiographic testing for steel welded joints.The penetrated X-ray including scattered X-ray were analyzed at some rear positions from 7 test specimen models of steel weld joints consisted of 3 thicknesses of parent materials (9.0, 15.5, 25.1 mm) with reinforced weld or 1 narrow groove with 25.1 mm thickness, and 3 thickness of welds without reinforcement.As results, the ratio of scattered X-ray on the images from digital detectors with adapted lead screens were closely tendency to these on the fi lms. On the other hand, the ratios of scattered X-ray calculated from absorbed doses were 0.6 times compare with experimental results. However, the ratio of scattering calculated from number of photons based on the angle of photon incident to the detectors were close to the relationship between the ratio of scattered and the shape of reinforcement.
Key Words: Non-destructive testing, Scattered X-ray, Scattering ratio, Simulation, Digital radidography
緒言
工業用のデジタルラジオグラフィは,フィルムラジオグラフィ(フィルム法)に比べて散乱線に鋭敏であることが,特に厚い試験体の撮影においてきずの識別最小寸法を大きくしてしまう主要因となっている1)。散乱線低減効果の目安について,試験体-フィルム間距離を板厚に応じて離して撮影を行うと散乱線を十分に低減できることが示されている2)。これらの精密試験による散乱線低減手法は定性的にはデジタルラジオグラフィにも効果があることは知られている1)。これらを定量的に解明することはデジタルラジオグラフィにおける像質の改善とともに,フィルム法におけるきずの像の分類等の評価方法をデジタルラジオグラフィへ適用することにもつながる。これまでに,中板から厚板の余盛付き鋼溶接部を対象として散乱線の線量分布に対する余盛形状及び撮影配置が及ぼす影響を,モンテカルロ法を用いて数値計算的に評価することを目的として解析を行ってきた3),4)。本研究では,検出器に入射する散乱線の角度から評価を行った。