松尾 卓摩
保守検査部門は,2010 年度の学術組織再編によって組織されて以来,2026 年6 月に発展的に解消するまで,シンポジウム,ミニシンポジウムの開催や会誌における特集の企画を中心として,産業プラントおよび社会インフラの安全性・信頼性の維持向上に資する幅広い活動を継続してきた。対象とする分野は,非破壊検査技術にとどまらず,設備の信頼性評価,コンディションモニタリング,余寿命評価,リスクに基づく保全,設備管理など多岐にわたり,産官学の研究者・技術者が知見を共有し,議論を深める場としての役割を果たしてきた。
部門が誕生してから現在までの間に,わが国および国際社会を取り巻く状況は大きく変化した。国内では,2011 年の東日本大震災や2020 年以降の新型コロナウイルス感染症の拡大を経験し,国外においては各地での紛争や大規模自然災害,エネルギー供給をめぐる情勢の変化などが生じた。これらの出来事は,社会・産業活動の在り方に大きな影響を及ぼすとともに,プラント設備および社会インフラに求められる安全性,レジリエンス,継続的な運用能力の重要性を改めて認識させる契機となった。一方,国内の産業設備では,高度経済成長期に建設された設備の高経年化が進行し,設計時に想定された期間を超えて使用される設備も増加している。これに加えて,生産年齢人口の減少に伴う保守人材の不足,熟練技術者の知識・技能の継承,危険環境やアクセス困難箇所における検査作業の安全確保など,新たな課題も顕在化している。このような背景の下,保守検査技術には,従来の非破壊検査手法の高度化に加え,遠隔化・自動化,オンラインモニタリング,ロボット・ドローンの活用,AI やデジタル技術による診断支援など,より効率的かつ合理的な設備管理を実現する役割が求められるようになった。
本特集では,保守検査部門の活動期間を前半,中盤,後半に大別し,各期間において実施されたシンポジウム,研究活動および特集企画等を振り返るとともに,そこで取り上げられた技術課題とその傾向を整理した。また,部門活動の記録に加えて,設備を保有・運用するユーザおよび検査を実施立場の両面から,プラントを中心とした保守検査の考え方,技術および現場ニーズがどのように変化してきたかについてもまとめた。
保守検査部門としての活動は終了することとなったが,本特集が,これまでの活動と技術的変遷を振り返るための記録となるとともに,今後の保守検査およびプラント保全の方向性を検討する上で,プラント関連の技術者・研究者をはじめ,社会インフラや設備管理に携わる幅広い分野の読者の一助となれば幸いです。
横浜国立大学 笠井 尚哉
History of the Research & Technical Committee on Maintenance and Maintenance Inspection from 2001 to 2013
Yokohama National University Naoya KASAI
キーワード: 保守検査特別研究委員会,保守検査部門
本稿の位置付けと狙い
2026 年度の学術再編で保守検査部門はプラント保全部門となった。保守検査部門は2010 年度から2025 年度まで活動してきたが,2010 年度に保守検査部門に再編される前は保守検査特別研究委員会であった。筆者は保守検査特別研究委員会の幹事の中では最も若かったが,時間の経過は大変早く現在のプラント保全部門の幹事の方々の中で,保守検査特別研究委員会の幹事を経験したのは筆者のみとなった。保守検査特別研究委員会当時の活動を紹介することで,ごく若干かもしれないが,今回の学術再編及び保守検査関係の活動の変遷への理解が深まることに貢献できると考え,本稿では筆者が記憶する保守検査特別研究委員会から保守検査部門までの歩みを紹介する。あくまで筆者の記憶,意見であるので,異なるご記憶,ご意見をお持ちの読者もいらっしゃると思うが,ご容赦いただきたい。
(国研)産業技術総合研究所 津田 浩
Activities and Trends of the Division(2017-2021)
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Hiroshi TSUDA
キーワード: 保守,健全性評価,人工知能,画像処理,可視化
はじめに
筆者が保守検査部門の主査を務めた期間は,2017 年から2021 年までの5 年間であった。この期間は,2011 年3 月に発生した東日本大震災からの復興作業が進む一方で,2018 年9月に北海道胆振東部地震が発生し,地震災害を避けることのできない国に生きていることを改めて強く認識させられた時期であった。さらに,2019 年12 月には新型コロナウイルス感染症の発生が報告され,2020 年4 月以降,国内では度重なる緊急事態宣言が発出される事態となった。外出制限を伴うコロナ禍の中で,主査としての活動を終えることになったことは,記憶に今も強く残っている。
このように,2017 ~ 2021 年は自然災害や感染症という社会的影響の大きい事象が立て続けに発生した期間であった。これらの出来事はいずれも大きな悲劇ではあるが,一方で我々は,被害を乗り越えるために新たな技術や仕組みを生み出し,それらを加速させてきたとも言える。例えば,2012 年の笹子トンネル天井板落下事故を契機として,インフラ維持管理・更新・マネジメント技術に関する戦略的イノベーション創造プログラムが開始され,デジタル技術をインフラ維持管理に統合するための研究開発が大きく進展した。また,コロナ禍以前からオンライン会議の基盤は存在していたものの,不要不急の外出自粛を受けて,その利用は急速に拡大し,社会に定着するに至った。このように,我々は被害を乗り越える過程で新たな変革を生み出してきており,そこに人間の知恵が表れているといえる。
本稿では,筆者が主査を務めた2017 ~ 2021 年における保守検査部門の活動状況,ならびにその5 年間の保守検査ミニシンポジウムでの特別講演の概要を紹介したのち,その間に見られた保守検査技術の進展および技術トレンドについて振り返ることとする。
明治大学 松尾 卓摩
Trends in the Activities and Presentations of the Maintenance and Inspection Division during and after the COVID-19 Pandemic
Meiji University Takuma MATSUO
キーワード: 保守検査,プラント,ドローン,ロボット,デジタルトランスフォーメーション
はじめに
保守検査部門は,産業プラントや社会インフラの構造信頼性を維持・向上させるため,非破壊検査・モニタリングを中心とした保守検査技術について議論する場として,保守検査ミニシンポジウムをはじめとする各種活動を行ってきた。近年は,保守検査そのものの高度化に加えて,人手不足や危険環境への対応も重要な課題となっている。また,2020 年度に発生した新型コロナウイルス感染症の拡大は,開催形態のみならず,保守検査分野における社会的要請や技術ニーズにも影響を与えた。
本稿では,2026 年6 月をもって保守検査部門としての活動を終了するにあたり,部門創設から現在までの活動と保守検査分野のトレンドを年度別・分野別に整理して報告する。本報告では,特に2020 年度以降の保守検査ミニシンポジウムにおける特別講演および一般講演を中心に,部門活動の動向とコロナ禍以降の発表トレンドを分析し,この6 年間における保守検査技術の変化を明らかにするとともに,今後の保守検査分野で求められる技術やニーズを展望することを目的とする。なお,他の記事と活動年度が一部重複する箇所があることをご了承願いたい。
非破壊検査(株) 大根田浩之
The Evolution of NDT Innovation: 15 Years on the Inspection Frontlines
Non-Destructive Inspection Co., Ltd. Hiroyuki OHNEDA
キーワード: 非破壊検査,インフラ老朽化,技術者不足,Industry 4.0,NDE 4.0
はじめに
スイッチを入れればともる部屋の明かり,蛇口をひねれば流れ出る水,快適な空調,インターネット等の通信環境,日々の生活を支える交通機関等々…我々が日々の暮らしの中で当たり前のように享受している便利で快適な仕組みは,様々なインフラがそれぞれ確実に機能し,それらが複雑に連携することで成立していることは言うまでもない。しかし,インフラの健全性や安全性が,非破壊検査技術によって大きく支えられているということをイメージしながら日常生活を送っている人はおそらくほとんど存在しない。正直に言えば,この業界で長年過ごしている自分もそうである。例えば,部屋の明かりがついた瞬間に,「これは超音波厚さ測定によって火力発電所の蒸発管の肉厚が適切に管理されているおかげに違いない」などと想像したことは一度もないし,そんな人は皆無だろう。これはおそらく,日本においてインフラというものが,これまで空気のように「あって当たり前」,さらに「健全であって当たり前」のものであったことが理由かもしれない。つまり,それらの根幹を見えないところで支えている「非破壊検査」が普段意識されないのは無理のないことであり,さらに言えば,大多数の人々にとって「非破壊検査」が日常生活で意識されることのない状態こそ,インフラが健全に機能している平和で安定した社会とも言えるようにも思える。
しかし近年,インフラを取り巻く環境が大きく変化し,一般の人々が「非破壊検査」の存在やその重要性を認識せざるを得ないような状況になりつつある。第一に,インフラの老朽化とそれに伴う事故リスクの増加が挙げられる。例えば,埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故が記憶に新しいように,日本各地で道路の陥没事故が頻発しているが,多くの場合,その要因として地下埋設管の経年劣化が指摘されている。国土交通省の資料1)によると,図1 に示す通り,高度成長期以降に整備された道路橋,トンネル,下水道,港湾等の社会インフラにおいて,50 年以上経年する設備の割合が今後加速度的に増加することが明らかとなっている。
こうした設備の老朽化は,各種プラント等の産業インフラにおいても大きな問題となっている。例えば,国内の石油化学コンビナートの核となるエチレンプラントについては,その多くが高度成長期の真っただ中である1950 年代後半から1970 年代前半に建設され2),現在稼働中のものについては,その半数以上が建設後50 年以上を経過しているとみられている。このような状況のもと,各種プラント設備においては,高経年化が大きな要因と考えられるトラブルや事故のリスクが深刻化している。総務省の公表資料3)によると,図2 に示す通り石油コンビナート等特別防災区域の特定事業所における事故のうち,地震を要因としない「一般事故」は年々増加傾向にある。事故種別としては「漏えい」と「火災」が多く,近年ではこれらが全体の95%程度以上を占めている。図3 に示す通り,事故の発生要因としては,例えば2025 年度では,一般事故全体の49%が物的要因に分類されている。物的要因の具体的な内訳としては,図4 に示すように「腐食疲労等劣化」が半数以上を占めており,人的要因の中では「操作確認不十分」および「維持管理不十分」の割合が多い。
加えて,近年はこれらのインフラの維持や保守を支える人材に関する問題も顕在化してきている。少子高齢化などに伴う深刻な技術者不足である。実際,筆者自身の肌感覚としても,この10 年ほどで経験豊富なベテラン検査技術者が周囲からかなり減ったように感じている。さらに,同業他社の方々から,新入社員を含めた人材確保や技術の伝承に苦労しているという声を耳にする機会が確実に多くなったと実感している。さらに,このような人材不足の実態は検査業界のみならず,インフラに携わる様々な業種において共通の課題となっている。
厚生労働省が毎年発行している労働経済白書「労働経済の分析」4)では,2025 年版に初めて「社会インフラを支える職業の人材確保に向けて」という章が設けられた。これは,保全に関わる職種のみを扱ったものではないが,いずれにしても,国内において,インフラ関連分野の人材不足が大きな危機として認識されてきたことを物語っている。なお,この章の冒頭では,「社会インフラに関連する分野において,労働力需要に見合った労働力を確保できない場合,生活に直結するサービス提供が困難となり,生活の質が低下し,経済活動に影響があることが懸念される。このため,労働力供給制約の下における社会インフラに関連する分野の人材確保は,我が国の持続的な経済成長に向けた重要な課題である。」と述べられている。日々,人手不足を身近に感じている身としては非常に共感できる言葉である。
以上のように,インフラおよびその保全を取り巻く環境は近年厳しい局面を迎えている。しかしその一方で,AI に代表されるような革新的なツールが非破壊検査の分野でも本格的に普及し始めており,人手不足などの諸問題を技術革新によりカバーしようという動きが活発化している。
次章からは,2010 年頃から現在までの技術の変革期を三つに分け,各変革期において保安検査の中核を担ってきた非破壊検査技術のトレンドなどについて,世間の一般的な技術動向なども一部交えて紹介する。なお,これらは自社の実績をベースに記したが,非破壊検査業界の全体的な動向とは大きく乖離していないものと考えている。
旭化成(株) 山下 晋久
Maintenance and Inspection Technologies from the Plant User’s Perspective
Trends and Developments over the Past 10–15 Years
Asahi Kasei Corporation Kunihisa YAMASHITA
キーワード: 保守,非破壊検査,安全性,圧力容器,配管,タンク,供用期間中検査
はじめに
(一社)日本非破壊検査協会における2026 年度の学術組織の再編によって,2010 年の再編で置かれた保守検査部門からプラント保全部門へと改編されるにあたり,保守検査部門幹事会メンバーにてそれぞれの立場からの最近の傾向を寄稿するとのことで,今回プラントのユーザの立場として執筆させていただくこととなった。
なお,ユーザ視点となると全体の業務の中で非破壊検査が占める割合はあまり高くないため,やや非破壊検査とは離れた内容も多々あり,またここ10 ~ 15 年(以下,当該期間とする)を構成する背景や流れの説明のため,表題の期間よりさかのぼった話題も出るがご容赦いただきたい。
林 和彦,上髙 正寛,吉岡 崇
Proposal of a Water Volume Measurement Method Using Machine Learning for the Surface Water Absorption Test
Kazuhiko HAYASHI, Masahiro KAMITAKA and Takashi YOSHIOKA
Abstract
The surface water absorption test is a non-destructive method for evaluating the near-surface quality of concrete. A previously developed air-pressure system allows testing at various orientations, however, indirect estimation of absorbed water volume is sensitive to temperature changes. This study proposes direct measurement of water volume by detecting displacement of the water–air interface inside a measuring tube. A capacitance-based method showed linearity using an LCR meter, but a compact microcontroller device lacked sufficient resolution. An optical method was therefore investigated. A narrow, folded tube fabricated by 3D printing retained the interface by surface tension at any angle. Images captured in infrared illumination were analyzed using a convolutional neural network (a ResNet18-based model). The trained model estimated water volume with a mean absolute error of 0.052 mL, demonstrating the potential of the proposed optical method for water volume estimation under controlled imaging conditions.
Key Words: Concrete, Surface water absorption test, Optical measurement, Machine learning, Convolutional neural network
緒言
コンクリート構造物の耐久性を評価するため,施工後の構造物においてコンクリートの表層品質を非破壊で把握する手法が求められている。コンクリートの表面吸水試験は,Fig.1 に示すようなコンクリート表面に設置したチャンバを通じてコンクリート中へ吸水する水量を計測する非破壊試験法である1)。この手法で計測した水量を用いることで,コンクリート表層の吸水抵抗性や緻密性を把握することができ,コンクリート施工の良否の判定や,耐久性の把握に資する。著者らが開発した従来の表面吸水試験装置および測定手法2)では,試験水への微量の圧力付与と吸水量測定の二つの目的により,Fig.2 左に示すようにチャンバから鉛直に立てたシリンダを使用するため,測定部の上部に空間が必要であった。そのため,Fig.2 右に示すように,例えばトンネルの内壁や橋梁の桁・床版の下面を測定する場合には,従来の手法では測定できなかった。
著者らは,あらゆる角度のコンクリート表面に適用できる試験装置の開発を進めてきた。これまでに,シリンダを必要としない,Fig.3 に示す空気圧力法を用いた測定方法3)を提案した。この手法では,コンクリートへの吸水部,水保持部および空気タンクを一体化した密閉装置を用いる。空気タンク内の空気はあらかじめ所定の圧力に調整され,装置内には水と空気との界面(以下,水-空気界面という)が形成されている。空気室の初期圧力を既存のシリンダによる水頭(300 mm)と同等にしておくことで初期加圧ができ,コンクリートへの吸水が行われると同時に空気体積が吸水量と同じだけ増加することから,空気圧力が低下し,その空気圧力を測定することで水量に換算することが可能となる。