logo

  >>学術活動カレンダー表示

 

機関誌

2007年度バックナンバー11月

2007年11月1日更新

巻頭言

「引張りに伴う紙の変形・破壊挙動とその評価」特集号の刊行にあたって

紙は2千年以前の昔から我々の身近に存在する平面材料の一つですが,その力学的挙動をはじめ多くの物性の詳細については,案外知られていません。そこで本 特集では紙の引張変形および破壊挙動に絞り,そこで何が生じているのか,またそれがどのような非破壊的検査から検討されているのかについての研究を紹介す ることを目的として,本特集号を企画しました。しかし困ったのは,解説を執筆して頂ける研究者の不足でした。常識的には大学でも相当居られるはずの研究分 野であるにも拘わらず,民間にも大学にも居られないのです。
 紙パルプ産業は100年前の昔からまた今日も,鉄鋼,非鉄金属,石油化学工業などと共に素材産業の一翼を担っており,製品出荷額で見た規模は鉄鋼業の約 70%に達します。そしてJIS規格や上場株式欄でも別個に分類されて,一つの技術ジャンルを形造っています。また紙加工業や紙搬送機械など関連する産業 も多いのです。現在,日本の紙生産量はアメリカ,中国に次ぐ位置を保っていますが,その製造技術の裏付けともなる基礎研究とくに公的研究機関での紙研究 は,既知の学問と誤解されたのか,学会でも長年いわば枠外の疎外された状態に置かれてきました。従って,海外での紙物性研究とくにその力学物性研究が今も 盛んな状態とは対照的に,日本で長年この分野を研究されてきた大学の研究者は,現在皆無に近いのです。そこで,この分野で僅かでも実績のある紙研究者にも 加わって頂くことで成立したのが本特集であり,おそらくこれが最初で最後の紙特集になるでしょう。
 紙は引張ると音や熱を発生し,かつ不透明になり,正確な測定は難しいが,厚さも増える材料です。これらの変形時に付随して生じる種々の物理現象から,紙 の変形・破壊挙動さらには強度を研究することは,紙の力学物性研究において極めて重要です。本特集号では,引張り時の音の発生に関して,近年とくに発達し たアコースティックエミッション(AE)法による変形過程の研究及び,不透明化に関して光反射率同時測定法を用いて,“その場”での紙構造変化を研究した 事例を紹介して頂きますが,熱の発生に関連した赤外線サーモグラフィ法による詳しい研究紹介は,別の機会にゆずることにします。ただし紙の地合(透かし見 た時の“むら”として現れる紙面の質量分布)が,引張り時の吸・発熱状態に影響する例を引張り負荷中の一連の熱画像として,表紙写真に掲載しています。
 紙の引張りに伴い生じる応力あるいはひずみの分布測定およびそれらの時系列変化測定は,紙以外の他の材料とも共通して盛んに行われてきました。赤外線 サーモグラフィ法以外に,ホログラムやスペックルパターンを用いた実験的研究あるいは有限要素法による数値解析なども知られていますが,切り欠き入りの引 張り試験片を用いた紙の破壊靱性試験時におけるき裂まわりのひずみ分布測定法として15年程前に初めて導入された画像相関法が,最近他の材料でもよく使用 されていることから,ここでは画像相関法を含めた画像処理による紙物性研究の例を紹介して頂きます。
 紙は柔軟材料なので厳密に面内応力を与える引張り試験はかなり難しいのです。そこで,とくに平面性が必要とされる破壊靱性試験では,平面上で2軸直交方 向に動く試験機やガイド付きのクランプを使用するなどの配慮が必要になります。また紙の場合,引張り試験とは通常,短冊形(帯板)試験片による1軸自由引 張り試験を意味しますが,この2軸試験機を用いれば2軸均等や1軸拘束1軸引張りのような試験も可能であり,ポアソン比を含む紙の材料定数の測定に利用で きます。紙は大変薄い平面材料でありかつ面内方向と厚さ方向の間で力学物性が大きく異なりますが,これら両方向のせん断弾性率やポアソン比等の材料定数の 決定には,本方法以外に音の伝搬や波動を測定する方法がよく用いられます。そこで,本特集ではこの波動・伝搬の点からの紙の物性研究の例も,併せ紹介して 頂きます。
 なお紙は吸湿性の材料であり,その力学的性質は測定周囲の相対湿度あるいは紙の水分の影響を強く受けます。従ってJIS P 8111規格に従えば,通常は温度23℃,湿度 50%の標準条件下で試験する必要があります。今回紹介して頂く研究例もほぼ全て標準条件下での測定例ですが,雰囲気が変化すれば含水率は急変し,力学的 性質も大きく変化するので,実際の使用条件を勘案した測定も併せ必要であることを指摘しておきます。

*横山  隆   岡山理科大学(700-0005岡山市理大町1-1)工学部機械システム工学科・教授
 山内 龍男   京都大学(606-8502 京都市左京区北白川追分町)大学院農学研究科森林科学専攻・准教授

 

解説 引張りに伴う紙の変形・破壊挙動とその評価

微小破壊音に基づく紙の変形過程の解析(AE法の適用)  山内 龍男 京都大学農学研究科

Study on Tensile Deforming Process of Paper Through the Detection of Sound from Micro Failure (Application of Acoustic Emission Method)
Tatsuo YAMAUCHI Graduate School of Agriculture, Kyoto University

キーワード アコースティック・エミッション,紙,繊維破断,繊維間結合破壊,引張試験,ゼロスパン引張試験



1. 紙とは
 基本的に紙は,水に分散させた植物短繊維(大半は木材繊維で長さ約1〜3mm)を抄き網上で脱水,さらに圧搾,乾燥させることによって造られる。紙の基 本構造である繊維の網目構造は紙層形成過程,とくに脱水工程における濾過作用によりその概略が出来上がる。さらに圧搾工程を経ると偏平化して一部リボン状 の繊維が紙面に平行に並んで紙層構造がほぼ完成する(図1−(a)参照)。次の乾燥工程の間に形成される繊維同志の結合(繊維間結合と呼称する。物理化学 的には水素結合であり,水を加えるとこの結合は消滅して再び繊維はバラバラになる。紙のリサイクルはこの原理を応用する。)により紙はその強度を発現す る。
 木材チップを薬品で蒸煮して製造した,化学パルプを用いて実験室的に作成した紙の表面/断面電子顕微鏡写真を図1−(a)に示す。偏平化した繊維が幾層 にも重なってそれらの間には不規則な空隙構造も発達している。この図で示した紙は,半ばモデル的に実験室で作成したので,その構造は理解し易い。しかし市 販の紙には鉱物質の填料や微細繊維が含まれていたりして,その構造はさらに複雑である。また市販の紙には,図1−(b)に示すように,その表面にクレーな どの無機顔料や磁性体のような機能性の粉体を塗布して,紙の平滑性を向上させたり自動改札用などの新たな機能を賦与したものも多い。
 いずれにせよポリマーフィルムなど他の材料と異なり,紙は多孔性で,ある意味不均一な構造を有するが,その力学挙動や解析は連続体力学を前提として検討 されてきた。従来行われてきた多くの実験的事実からはこの前提を問題とする指摘は一切なく,紙の力学研究では暗黙に連続体力学を前提して議論を進めてい る。

 

 

 

 

 

紙の面内ひずみ分布計測としての画像相関法の適用  江前 敏晴 東京大学大学院農学生命科学研究科

Application of Image Correlation Technique to Determine In-plane
Deformation Distribution
Toshiharu ENOMAE Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo

キーワード 画像処理,非破壊検査,材料試験,ひずみ測定試験,サーモグラフィ,紙,乾燥,不織布



1. はじめに
 紙は,安価でありながら適度な強度をもち,また生分解性があるため環境にやさしい材料としていたるところで使用される。印刷や包装材料が典型的な用途で あるが,そこでは搬送過程や内容物を運搬中に引張応力が作用し,紙は変形する。金属や分子レベルのポリマーが集合したプラスチックのような変形の均質性は なく,紙の変形は構成するパルプ繊維の配向や凝集むらである地合(“じあい”と読む)などに強く影響を受ける。したがって,紙の面内変形には不均一な分布 が生じ,その分布を調べるには,紙が受ける力の大きさや方向だけでなく,紙の組織構造を考慮しなくてはならない。本稿では,画像相関法を用いて面内変形の 分布を高精度に求める方法を紹介する。
 ここで用いる画像相関法を一言で定義するならば,“材料表面にある指紋のような特徴的パターンが変形後にどこに動いたか探し当てる手法”となる。 Petersら1)が考案したこの方法では,変形前の全体画像を細かいブロック画像に分けて,各ブロックが変形後にどの場所に移動したかをパターンマッチ ングの手法によって探し出すという手順を繰り返す。紙の分野では,SuttonとChao2)が,コピー機を用いて紙表面にランダムなパターンを印刷し, 変形解析を調べるシステムを考案し,引張試験に応用した。同様の方法でWong3)らは,局所的な坪量が局所的な引張ひずみと逆相関することを見出した。 ただし,コピーによるパターンの付与は,加熱によってカールなどが発生するなど試料を損なうおそれがあり,元の試料と同じとは言えない。Choiら4)は コピー用のカーボントナーを付着させた木片や板紙のひずみを光学顕微鏡下で測定した。中村ら5)は,木材の圧縮変形の解析に木口面で観察される組織の特徴 的な配列パターンを利用して行った。トナーを用いず,レーザー光を紙表面に照射することで得られるスペックルパターンの変化を画像相関法によって解析する 方法があり,面内での紙の変形を解析できることが示されている6)。試料を汚損しない長所を持つものの,紙の表面形状の変化の影響を受け,レーザー光源と サンプルの位置関係が常に一定であることが必要とされるので,実験に困難が伴う。
 我々が行った紙の面内変位分布測定では,トナーではなく,紙に光を透過させることで得られる透過光画像の地合パターンを画像相関法の対象とした7)。引 張変形以外にも,濡れた紙が乾燥する過程で拘束力の有無によりどのように変位の分布が異なるかを測定した。また紙とは違って,繊維間に水素結合がほとんど ない不織布の変位分布を調べることにも応用した。

 

 

不透明度変化に基づく紙の変形過程の解析(光学測定から見える紙構造の変化)  山内 龍男 京都大学農学研究科

Study on Tensile Deforming Process of Paper, Its Structural Changes Determined
by Optical Measurement
Tatsuo YAMAUCHI Graduate School of Agriculture, Kyoto University

キーワード 光散乱,光学的繊維間結合,光反射率,繊維間結合,紙,塑性的引張変形



1. 紙の不透明性と光の散乱
 薬包紙やグラシン紙のような半透明な紙を引張すると,白濁して不透明になる1)。実はいずれの紙でも引張すると不透明性が増大するが,元来多くの紙は相 当に不透明な材料であり,さらに少しの変化だから気付かないだけなのである。より不透明になることとは(可視)光の散乱が増大することを意味する。この光 散乱能を表す値として,一般に紙を含む光散乱物体についてのKubelka−Munk理論による散乱係数が古くから知られており,紙の場合ではその1枚を 反射率が0%である黒色(ベルベット)布及び標準白板で裏当てした時*1)の2つの光反射率(完全散乱体からの反射率を100%とする)および坪量(単位 面積あたりの質量,平均的な新聞紙で42g/m2)の値から計算できる2),3)。ちなみに新聞や書籍をはじめ情報媒体として紙が優れる最大の点は紙が不 透明で裏側の文字が見えないことであり,散乱係数はこの不透明性と直接関連する。光散乱は屈折率の異なる物質間界面で生じるので,紙における散乱係数(例 えばリサイクルされた広葉樹クラフトパルプから造られたゼロックスコピー用紙で49.2m2/kg)は光学的特性値ではあるが,繊維と空気の界面である紙 内部比表面積,すなわち繊維同士が結合していない部分の繊維の比表面積をも意味する。ところで紙の強度はそれを構成するパルプ繊維同士の結合*2)程度, 主に繊維間結合面積の大小で決まるので,散乱係数を測定すれば結合していない繊維の比表面積,裏返せば繊維間結合の発達状況からさらには強度まで推定でき る。このように簡単な光学量としての反射率測定から,構造量である内部比表面積が,さらに関連して強度的性質が類推できることは大変興味深い4)。

 

 

 

波動,振動を用いた紙の物性測定法  佐藤  潤 ケンブリッジ大学工学部生産科学研究所

 

Methods to Determine Elastic Properties of Paper Using
Wave Propagation and Vibration
Jun SATO Institute for Manufacturing, Department of Engineering, University of Cambridge

キーワード 弾性率,超音波,振動,音速測定,紙,材料試験



1. はじめに
 「紙」は我々の身の回りで最も身近な材料の一つであり,古来より記録用,包装用,家庭用,建材用に幅広く利用されてきた。これらは紙の持つ独特の風合い などの感覚的な特徴に支えられて用いられてきたものと,紙の持つ材料物性やリサイクル性に着目して重用されてきたものに分けられる。
 材料としての紙の独自性は段ボールを筆頭にした包装用途に多く見られる。すなわち,「軽くしなやかでいて強い」と言われる部分である。このような力学的 物性は他材料と並び多くの研究がなされ成果を挙げてきたが,他のセルロース系素材と同様,定量的な解釈を容易にしてくれないものであった。そうした中でも 紙の力学的性質を破壊的,非破壊的に調べる試みは今日まで続いており,このことは紙の物性試験方法が完全に確立されているとは言えない事を示している。
 さて普段われわれが筆記に多用している紙はその変形や破壊などの応力条件下をあまり考えることはないが,先述のような包装用途では応力下の変形や破壊を 考えることが不可欠になってくる。引張り応力下にある紙の変形や破壊を知るためには紙の力学モデルが考えられることが望ましいが,その為には材料としての 紙の粘弾性的性質を知っておく必要がある。これは言うまでもなく製紙,紙加工産業においてライン設計や製品設計を行う上でも第一級に重要なことなのであ る。
 ところで,紙の変形や破壊を力学的な波動や振動から見ることが出来るだろうか? 一般的には引張試験で全般的な応力,ひずみを見ながら熱弾性などを利用 して,局所的な応力集中を調べたりする方法が自然である。筆者の浅学にもよるのだろうが振動,波動からこれらとの関係を調べた例はあまりないと考えてい る。ただ紙という範囲の中では引張り強度と弾性率には強い相関があることが示されているので1)本稿では全ての基礎になる紙の弾性率測定,特に非破壊的な 立場から見た考察を行いたいと思う。
 一般に紙の弾性率を測定する方法としてはJIS(P8113)に示されているように引張試験によって応力とひずみの比例部分を求めこれをヤング率として いる場合が多い。この方法は試料の長さにもよるが,引張り速度が毎分10〜20mmと遅く,静的もしくは準静的なヤング率を測定していることになる。紙は その製紙条件によってMD(抄紙方向)とCD(直交方向)を持つのが普通であり,繊維の配向がMD,CDによって大きく違い力学的性質の発現の仕方や限界 も異なるため,このような引張試験を両方向に対して行った場合,応力とひずみの比例部分が現れる部分が異なりMD,CDを統一的に論じることは容易ではな い。MD,CD方向ではそもそも粘弾性が異なるのである。厚み方向に及んでは更に違う構造のため物性面も大きく異なる。
 引張試験はクリープを初めとする静的荷重下における紙,紙加工品の挙動を知るのに適当であるが,動的特性を表しているものではない。例えば工業製品とし て用いられているパッケージの中には合成繊維巻取り用紙管のように分速6000回転の高速回転下で安定した挙動を要求される製品もある。また超高速でリワ インド,輪転・印刷が行われるラインにおいても紙は静的な状態に置かれているわけではない。このような場合は静的弾性率を用いた設計では思わぬ計算ミスを 起こしかねない。後述するように結果として得られる値に大きな開きがあるのである。従って最適設計のためにも紙,板紙の動的弾性率を求めることは必要であ る。ところが紙の動的粘弾性率はその周波数とともに明確に変化し,誤解を恐れずにあえて言えば,高い周波数領域での振動に対してより「硬い」性質を表すの が普通である。したがってその製品や製造過程に見合った周波数環境下での弾性率が測定されなければならない。このあたりが高分子材料独特の部分であり金属 やセラミックと異なる注意が要される。
 紙の動的弾性率の測定方法としては超音波の伝搬速度を用いるものが多い。ところが超音波の発振周波数は数十KHzから数MHzであり,一般的な紙製品の 動的条件としては実は高すぎる。そこで現実的な振動条件を加味したものとして低周波領域(可聴周波数)での測定が望まれる。この周波数領域に対するものと してはねじれ天秤による方法や振動法がある。ここでは波動・振動という観点から超音波法,振動法について比較紹介していきたい。なお紙の物性は湿度(含水 率)による影響に大きく依存するので,JISやTAPPIに例示される方法に従い,必要に応じた調湿管理を行うことが全ての測定方法に対しても不可欠であ ることを付言しておく。

 

 

 

 

連載

 E−ディフェンスにおける耐震実験研究の取り組み その2 E−ディフェンスを利用した研究プロジェクト
     中村いずみ (独)防災科学技術研究所

 

E-Defense Experimental Studies on Earthquake Engineering
Part 2:Research Projects Using E-Defense
Izumi NAKAMURA National Research Institute for Earth Science and Disaster Prevention

キーワード 耐震,震動台,実大実験,破壊実験



1. はじめに
 1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震における多大な被害を受け,独立行政法人防災科学技術研究所により世界最大の振動台である実大三次元震動 破壊実験施設(愛称:E−ディフェンス)が兵庫県三木市に建設され,2005年4月より本格稼働している。前号ではE−ディフェンスの概要について報告し た1)。本号では,E−ディフェンスを用いた耐震実験研究の概要について報告する。

2. E−ディフェンス活用の取り組み
2.1 研究プロジェクト2)
 2005年4月の施設完成後,これまでに2年にわたり実験を実施してきた。E−ディフェンスでは,施設の利用形態として,自体研究(防災科学技術研究所 が主体となって実施する研究),共同研究(防災科学技術研究所が他機関と共同で実施する研究),受託研究(防災科学技術研究所が他機関から委託を受けて実 施する研究),施設貸与(他機関が主体で実施する研究で,施設のみ貸与するもの)の4種類があるが,本項では防災科学技術研究所が主体となって実施した自 体研究を中心として述べる。
(1)大都市大震災軽減化特別プロジェクト3)
 E−ディフェンス建設時に,1995年度〜2000年度にかけて,有識者による検討委員会が開かれ,E−ディフェンスを用いて行うべき実験課題について 討議された。候補として挙げられた課題のうち,実験の実現性,実施しやすさ,社会的・技術的貢献度による総合評価を行った結果,実施優先度の高い実験課題 として,鉄筋コンクリート建物,木造建物,地盤・基礎,高架橋,鉄骨造建物の5課題が選定された。これらは,建設されている数が膨大であり,国民生活に密 着していることから,緊急性が高いと判断されたものである。

 

 

 

論文

AEを用いた円筒タンク底板腐食位置の標定  長  秀雄/米津 明生/渡部  剛/竹本 幹男/鈴木 裕晶

 

Location of Floor Plate Corrosion of a Storage Tank by Acoustic Emission
Hideo CHO*, Akio YONEZU*, Go WATANABE*, Mikio TAKEMOTO*
and Hiroaki SUZUKI**

Abstract
This paper discusses the location certainty of corrosion zone on floor plates of a cylindrical storage tank by the source location of AE signals produced by rust fracture. For studying the effect of both the AE monitoring and source location methods on the location certainty, two AE monitoring methods and three location schemes were attempted. We first monitored AEs by resonant type sensors mounted on the terrace of the annular plate and on the side wall of the cylindrical tank with naphtha. Source location of the signal AEs selected by waveform classification were estimated by three location schemes using the group velocity of 2300 m/s to study the location certainty of the corrosion zone. Here the certainty of the estimated location was evaluated by the distance error of the locations estimated by three location schemes. Three zones on the floor plate and two zones on the annular plates were estimated as the zones of AE sources. Among them, one zone on the floor plates and two on the annular plates agreed with the zone with large wall reduction

Key Words Storage tank, Floor plate corrosion, Rust fracture, Lamb wave AE, Source location

 1. 緒言
 アコースティック・エミッション(AE)によるタンク底板の腐食減肉診断は,腐食によって生成した錆の破壊や破面摩擦がAEを放出するという原理に基づ いている1)。 錆は,温度変動や濡れ・乾きを受けるときにAEを頻繁に発生するので,AE発生率や振幅は必ずしもAE測定時における腐食速度や腐食減肉量と直接的相関を もってはいない2),3)。すなわち,強力なAEを発生するような錆はかなり厚く成長する必要があるので,数年前に起こった腐食で生成した古い錆が割れて AEを発生していることもあるし,現在成長中の新しい錆が割れないこともある。日本高圧力技術協会は,1時間あたり1チャンネルセンサが検出する有意な AE数(AE activity)から腐食リスクパラメータを推定する技術指針4)を公表している。この指針では,フラクタル解析(振幅分布解析)を用いて有意な信号を 選別する方法を採用している。湯山5)らは,振幅分布解析による雑音処理法の可能性を報告した。AE振幅のべき乗分布の勾配変化から信号とノイズを分別す る方法である。振幅分布解析法は市販AE装置では簡単に得られるので便利な方法であるが,筆者らの経験ではこの方法で有意な信号分別することはかなり難し い。異なる振幅をもつ膨大な数のノイズ中に存在するわずかの信号は,ノイズ勾配の中に埋もれていたり,ノイズを含む全AEが一本の直線勾配に載ったりする からである。一般にフラクタル解析では,105から106イベントの事象数が必要であるといわれているが,短時間計測でこのような数のAEを検出できるモ ニタリング装置は限られている。
 Nakasa6)らは,貯水タンクの底板アニュラー板張出し部に設置したAEセンサを用いて3年間にわたる間欠的モニタリングを行い,フラクタル解析に よる平均イベント発生速度(10分当たりのAE数)と平均イベントエネルギーから腐食進展を評価した。信号とノイズがどのように分別されたのかは不明で音 源位置標定も行われていないが,長期間にわたるAEモニタリングが不可欠であることを指摘している。この指摘は極めて大事で,数年に一度の短時間モニタリ ングによるAE解析から状態の変化は予測できないことを示している。音源位置標定に関する報告は少ないが,側壁に設置したセンサ出力から位置標定した結果 が李らによって報告7)されている。液中縦波到達時間の決定法や標定アルゴリズムが不明であるが,AEクラスターの80%は磁束漏洩全面検査法による減肉 箇所と一致することを報告した。しかし,堆積スラッジがある場合には,通常の試験手順に基づくAE計測は不可能であったことも報告されている。
 著者らは,短時間のAEモニタリングで得られた発生数などから腐食速度を推定することは出来ないので,AEは腐食の起こっている場所を正しく標定し,開 放点検における丁寧な肉厚検査に貢献することが重要である3),7)と考えている。すなわち,信頼性の高いAE源位置標定はタンクの安全性を確保する上で 極めて大事である。

 

 

 

 

マルチ検出コイル渦電流探傷プローブによるライン方向に長いきずの検出とニューラルネットワークによるきず深さ評価について
   小山  潔/星川  洋/小松 慶亮

 

Detection of Long Slit by Eddy Current Probe with Multiple Detecting Coils
and Flaw Depth Estimation by Neural Network Method

Kiyoshi KOYAMA*, Hiroshi HOSHIKAWA* and Keisuke KOMATSU**

Abstract
The authors propose an eddy current probe with multiple detecting coils for the detection of long slit flaws along the direction of the production line. The proposed probe consists of one rectangular long exciting coil and multiple tangential detecting coils, which are arranged perpendicular to the long side of the exciting coil. The testing of a metal product surface can be conducted by placing the probe so that the detecting coils are parallel to the direction of the production line. It has been confirmed that the proposed probe can reliably detect long slit flaws along the direction of the production line if a group of multiple detecting coils are used. The flaw signal phase varies according to the flaw depth. Thus, the flaw depth can be evaluated by a neural network using the flaw signal phase obtained by multiple detecting coils.

Key Words Eddy current flaw testing, Multiple detecting coils, Production line inspection, Flaw depth estimation, Neural network
 

 1. 緒言
 渦電流探傷試験は,原理的に非接触で高速度にきず検出を行えることから,金属製品の製造ラインの検査に適用されている。単一の試験コイルを用いた渦電流 探傷試験では,金属製品の高速な搬送により試験コイルと試験体との相対距離が僅かに変化しただけでも大きな雑音を発生し小さなきずの検出が困難である。相 対距離の変化による雑音を抑えるために,試験コイルを2個併置して差動コイルとしたプローブ1)が適用されるが,金属製品の圧延過程で生じたライン方向に 長さを持つスリット状のきずに対して,2つのコイルをライン方向に平行に並べた場合にはきずの端部近傍でしか信号を得られず,ライン方向に垂直に並べた場 合には2つのコイル間をきずが通過したときに信号を得られないなどのために,きず検出が困難となる問題がある。
 筆者らは,ライン方向に長さを持つスリット状のきずを,プローブの1次元の走査で検出するためのマルチ検出コイル渦電流探傷プローブ(以下,マルチ検出 プローブ)を提案する2)−5)。平板状の試験体に対するマルチ検出プローブは,長方形の1つの励磁コイルと励磁コイル長辺に垂直に配置された矩形縦置き の複数個の検出コイルから構成される。検出コイルの巻線をライン方向と平行となるようにプローブを設置して,金属製品表面の探傷を行うものである。
 マルチ検出プローブによる渦電流探傷実験の結果,従来のプローブでは検出が困難であったライン方向に長いスリット状のきずを,隣接する数個の検出コイル を1組として信号を観測することにより確実に検出できることを確認した。また,きず信号の極性から大凡のきず位置も検出できることを確認した。しかし,  きず深さ評価に際しては,マルチ検出プローブの各検出コイルの信号から,単純なアルゴリズムできず深さを評価できない問題がある。そこで,種々の信号処理 に利用され汎化能力の優れたニューラルネットワーク6)(以下,NN)を用いたきず深さ評価を考えた。実験の結果,NNの入力信号にきず深さに応じて変化 する各検出コイルの信号位相を用いることで,励磁コイル幅よりも長いきずに対して,きずの長さや幅,検出コイルに対するきず位置などの影響小さくほぼ確実 にきず深さ評価を行えることを確認した。

 

 

 

to top

<<2020>>

  • 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
  •  
  • 予定はありません。