logo

<<2017>>

  • 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
  •  
  • 予定はありません。

機関誌

2020年10月号バックナンバー

2020年10月1日更新

巻頭言

「社会・産業インフラの保守検査技術」特集号刊行にあたって
今川幸久

 高度成長期に整備された社会インフラおよび産業インフラはその建設から半世紀以上経過しており,今後,老朽化したインフラ構造物が増加する我が国においてその進行による事故が懸念されています。上記の背景より,適切な検査を行い,検出された不具合部を修復することで,これらの構造物の安全性を確保して引き続き利用していくためには,保守検査技術がますます重要になります。我が国では地震や豪雨による大規模災害が増えている状況にあり,老朽化したインフラ構造物を管理するためには,効率的な検査技術や健全性を保証する仕組みの普及は不可欠と考えます。このため,従来利用されてきた検査技術の改善に加え,情報通信,ロボット,人工知能を利用した新しい検査技術の開発が意欲的に進められており,これらを活用するための新たな認証制度が立ち上げられています。
 保守検査部門は橋梁やトンネルなどの社会インフラおよび各種プラント設備など産業インフラの健全性を確保するために検査技術・管理技術を含めた効率的な保守検査の検討,適用を活動の目的としています。毎年二回開催されるミニシンポジウムでは既存の検査技術の現場適用事例紹介やロボット,IoT および人工知能を活用した新しい検査技術を紹介し,また,特集号では社会インフラおよび産業インフラの保守検査に関する検査技術の動向を継続して企画してきました。
 今回の特集号では「社会・産業インフラの保守検査技術」と題して,インフラ構造物の現場に適用される新しい保守検査技術および災害対策の分野で第一人者としてご活躍されている方々に執筆をお願いしました。
 インフラ構造物の災害対策に関するものとして,地震発生の予測に関わる最近の知見について,危険物施設の地震対策の観点から整理していただきました。プラント設備の管理に関連して,石油貯蔵タンクの腐食・防食の観点から底板裏面腐食に対する超音波厚さ測定による評価について解説していただいています。また,プラント設備における保温配管で問題となっているCUI(Corrosion Under Insulation)検査について,保温材を撤去せずに効率的に検査を行う方法を紹介いただきました。新しい検査手法やその適用について,周波数領域で電波と光波の中間に位置する電磁波であるテラヘルツ波を用いた非破壊検査の構造物への適用性の検討,高力ボルト・ナットを利用するフランジ締結部に対するナットの減肉を考慮した評価基準についての検討やCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)製の高圧タンクの製造時および供用中の信頼性,安全性を担保するための検査手法の検討についても解説していただきました。
 これら大変興味深い計6 本の解説を保守検査における検査・管理技術の動向として取りまとめましたので,今回の特集号の情報が読者の方々にとって少しでもお役に立てれば幸甚です。
 最後になりますが,ご多忙中にもかかわらず本特集号のために解説を寄稿いただきました執筆者の皆様にこの誌面を借りて厚くお礼を申し上げます。

 

解説

社会・産業インフラの保守検査技術

地震発生の長期評価と地域別補正係数
横浜国立大学 座間 信作

Evaluation of Long-term Occurrence Probabilities for Earthquakes
and Seismic Zoning Factors

Yokohama National University Shinsaku ZAMA

キーワード:地震発生の多様性,地震の予測,確率論的地震動予測地図,地域別補正係数

はじめに
 甚大な被害をもたらした2011 年東北地方太平洋沖地震から,はや9 年が過ぎた。この地震前後の我が国の地震及び火山活動の状況は,869 年貞観地震前後のそれとよく似ていると言われる(図1 参照)。この地震は,地震の規模がM8.7 と推定されており,2011 年東北地方太平洋沖地震と同様に大津波により溺死者が多数出ている。その他,841 年丹那断層を震源とするM7.0 の地震と1930 年北伊豆地震(M7.0)あるいは1974 年伊豆半島沖地震(M6.9),民家が破壊され圧死者多数が生じ,数個の小島が壊滅したとされる863 年越中・越後の地震(M ≧ 7.0)と1964 年新潟地震(M7.5),2004 年新潟県中越地震(M6.8),2007 年新潟県中越沖地震(M6.8),強震動で多数の家屋倒壊をもたらした868 年山崎断層を震源とする播磨・山城地震(M ≧ 7.0)と1995 年兵庫県南部地震(M7.3),870 年肥後国の地震と2016 年熊本地震(M7.3)などが対応付けられ,その後,878 年には相模・武蔵でM 7.4 の地震が発生し,震度6 強~ 7 の強震動により多数の圧死者が生じたとされ,対応するであろう首都直下地震の発生が危惧される。さらに,869 年貞観地震の18 年後の887 年には,東海・東南海・南海を震源とする大地震(M8.0 ~ 8.5)が発生していることも踏まえ,近い将来に南海トラフ沿いの巨大地震が発生する恐れがあるとされている。
 もちろん,このような地震活動の対応付けが地震学的に認められるものか不明ではあるものの,危機管理での「プロアクティブの原則(①疑わしいときは行動せよ,②最悪事態を想定して行動せよ,③空振りは許されるが見逃しは許されない)」からすれば,今後発生する恐れのある上述の地震等に対して,しっかり対応を考えておく必要があることは言うまでもない。
 本稿では,このような巨大地震発生の切迫性が指摘されていることに鑑み,地震発生の予測に関わる最近の知見について,主に危険物施設の地震対策の観点から考えてみる。従って,本特集の「社会・産業インフラの保守検査技術」に直接言及するものではないが,何らかのご参考になれば幸いである。

 

DR システムと中性子水分計を用いたCUI 検査
(株)ジェイテック 山上 洋志

Corrosion Under Insulation Inspection Using DR System
and Neutron Moisture Meter

J-TEC Co., Ltd. Hiroshi YAMAGAMI

キーワード:CUI 検査,配管,スクリーニング検査,中性子水分計,デジタル式エックス線検査装置,DRシステム

はじめに
 CUI 検査(保温配管の保温材下の外面腐食検査:Corrosion Under Insulation inspection)は,その検査対象となる保温配管が一つの工場の中にも膨大な量がある。また,検査に適用するNDT 方法について確かな手応えのある方法が見つけにくく,実際に検査を行う場合は時間的・経済的に大変な苦労を要するものとなっている。さらに,1960 年〜1970 年頃に建設され,建設当時に考慮していた設計寿命を上回る運転を続けているわが国の各種プラントの多くは,その保温材下にある膨大な量の設備,特に配管設備の高経年化・老朽化に対する保守管理をないがしろにする訳にもいかず,その対策・対応に悩み続けている。
 一方,非破壊検査の分野においては,超音波探傷試験(UT)や渦電流探傷試験(ET),放射線透過試験(RT)といった電気信号を扱う検査方法を中心にデジタル化への動きが進んでおり,NDT の高効率化への技術開発は今も進み続けている。
 本稿では,先に述べたCUI 検査についての問題点である時間的な苦労,言い換えれば,「膨大な量の保温配管の詳細な検査をいかに効率よく行うか」に対する解決手段として,保温材を撤去することなく保温材内部の含水率を測定する「中性子水分計」とデジタルラジオグラフィ(D-RT)装置である「DRシステム」を用いた方法を紹介する。

 

腐食鋼板に対する超音波板厚計測の適用と減肉分布評価に基づく
石油タンクの健全性診断に向けた研究
総務省消防庁消防大学校消防研究センター 徳武皓也

Application of Ultrasonic Thickness Measurements for Heavily Corroded Steel Plate
and Research Aimed at Soundness Diagnosis of Oil Storage Tanks Based
on Corrosion Distribution Evaluation

National Research Institute of Fire and Disaster Koya TOKUTAKE

キーワード:石油タンク,超音波板厚計測,腐食減肉分布,腐食進展プロセス,極値統計

はじめに
 地上設置及び地下埋設の鋼製の石油貯蔵タンクの腐食防食について概説する。また,鋼板の板厚を計測するために有効な超音波板厚計測技術と,腐食部の板厚計測時の超音波反射波の読み取り方法に関する検討結果について述べるとともに,腐食減肉分布の特徴等から推定される腐食進展プロセスについて整理する。最後に,実機タンクから得た定点の腐食データの解析手法として活用が期待できる,極値統計について記す。

 

テラヘルツ波を用いた非破壊検査に関する研究
千葉工業大学 水津 光司

Non-destructive Inspection by Terahertz Wave
Chiba Insitutute of Technology Koji SUIZU

キーワード:テラヘルス波,非破壊検査,距離計測,FSFレーザ

はじめに
 高度成長期に建設された構造物の老朽化や,震災の際に構造物の劣化による事故が相次いでおり,社会的な問題として顕在化しつつある。これらの事故を未然に防ぐためには,迅速かつ理学的計測による定量評価や時径変化を評価することが重要である。現在は主に打音による診断が行われているが,人的および時間的な点でコストがかかることや定量性に欠けることから,超音波計測,電波計測,赤外線計測などの理化学的計測法が開発されつつある。
 上記のような社会的背景を鑑み,遠隔かつ構造物の検査技術を確立することは,社会的ニーズにソリューションを与えると同時に,安心・安全社会の構築に大きく貢献する。遠隔から非破壊で計測する技術としては,電磁波の利用が有効である。電波と遠赤外線の中間に位置するテラヘルツ波は,透過性と空間分解能に優位性があり,構造物表面付近の検査に適している。テラヘルツ波を用いた非破壊検査例として,震災後の建造物外壁のタイルはく離状況の調査などが実施されている。ただし,一般的に普及しているテラヘルツ時間領域分光装置(Terahertz-Time Domain Spectrometer:THz-TDS)を用いた場合,超短パルスを照射して反射パルスの時間から距離情報を得るため,測定距離レンジに対する原理的な制約があり,対象物から数cm の位置から計測する必要がある。また,はく離が壁面から数cm 以上深い場所にある場合も検出が困難になる。さらに,材料の吸収特性および屈折率に強い周波数依存性がある場合,パルス波形に大きな変化が生じる。このような状況ではパルス波形がくずれ,位置測定が困難になる。これらの点を解決するため,周波数シフト(Frequency Shifted:FS)テラヘルツ波光源を提案し,測定距離レンジに物理的な制約のない新たな非破壊計測装置の開発に取り組んでいる。
 光領域での計測では,周波数シフト帰還型レーザ(Frequency Shifted Feedback laser:FSF レーザ)を用いた周波数領域リフレクトメトリ(Frequency Domain Reflectometry:FDR 計測)を実施することで,測定器からの距離に大きな幅のある対象の精密距離計測が実現されている1),2)。本研究では,FSFレーザのユニークな特性と距離計測における優位性に着目し,FSF レーザを励起光源としてFS テラヘルツ波を発生させ,新たな距離計測法を確立する。FSF レーザを使用したFDR 計測の距離計測法としての優位性と,種々の物質に対するテラヘルツ波の透過性とを融合することで,建造物等の欠陥検査,誘電体基板の構造検査,プラスチック欠陥検査など,従来測定が困難であった対象物の非破壊検査が可能となる。

 

腐食減肉した高力ボルト・ナットの3次元計測と軸力評価に基づく合否判定
東京電機大学 辻 裕一、(株)セイコーウェーブ 新村 稔

Structural Integrity Assessment of Corroded High Strength Bolt / Nut Based
on 3D Measurement and Axial Force Evaluation

Tokyo Denki University Hirokazu TSUJI
Seikowave K.K. Minoru NIIMURA

キーワード:フランジジョイント,ボルトジョイント,減肉ナット,有限要素法解析,3次元計測,合否判定

はじめに
 過大な静的引張負荷が作用するねじ結合体の破壊モードは,(1)ボルト軸の破断,(2)ボルトのねじ山のせん断破壊,(3)ナットのねじ山のせん断破壊の3 種類に分類される。これらの破壊モードのうち,1 山当りのせん断面積はボルトよりナットの方が大きいため,同一な材料強度を持つボルトとナットの組み合わせでは,ボルト側のねじ山がせん断破壊する。橋梁及び石油精製・石油化学装置の配管や圧力容器に用いられるフランジ締結体においても,多くの場合ボルトとナットとの材料強度は,ほぼ同等としてある。
 ただし,締付け時には引張荷重の他にねじりも付加されるので,降伏荷重や引張破断荷重も低下し,せん断破壊荷重も同時に低下する。
 このような状況下,腐食等で,ナット本体の高さが低くなり,はめ合いねじ部が少なくなれば,はめあいねじ部でねじ山のせん断破壊が生じる恐れがあるため,設備管理上,限界ナット高さやナットの二面幅を把握しておくことは,重要である。図1 は実際のナット外面腐食例を示す。
 しかしながら,現行基準ではナット高さやナット二面幅の限界値の基準がなく,さらにナットの減肉がフランジ締結体の強度・性能に及ぼす影響に関する研究は少ない。圧力設備の老朽化が進む中,このようなナット減肉に関しては,早急に合否判定基準を策定しなければならない課題と言える。
 本研究では,弾塑性有限要素法により,ナット高さやナット二面幅を変えた場合のフランジ締結体の応力解析を行い,減肉したナットの破断挙動,ねじ山谷底部の応力分布の観点から,ナットの供用適性評価(Fitness-for-service)を行うことを目的とした。

 

タイプⅣ CFRP タンクにおけるAE 法を用いた健全性評価法の開発
(株)IHI 検査計測 川﨑 拓、上島秀作

Study on Health Monitoring Method of CFRP Pressure Vessel
with Acoustic Emission

IHI Inspection & Instrumentation Co., Ltd. Hiraku KAWASAKI and Shusaku UEJIMA

キーワード:AE,CFRP,水素自動車,圧力容器,重心周波数,カイザー効果

はじめに
 炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastics:以下,CFRP)は従来の金属材料に比べて高強度,高弾性率を有しており,航空機や宇宙ロケットおよび自動車産業において幅広く使用されている。圧力容器に着目すると,宇宙ロケットの固体燃料モータケースに使用されており,自動車では水素自動車および水素ステーションにおいて水素貯蔵器として採用されている。特に水素自動車に使用される圧力容器は高圧力タンクとなるため製造時および供用中における信頼性,安全性を担保する検査・計測方法が求められている1)。
 複合材料は,使用される場所や設計強度により,想定される破壊現象が異なるため,材料強度評価としては各破壊ステップの現象を捉えることが求められている。しかし,樹脂割れや層間はく離などの微小破壊を,試験機の荷重や変位,ひずみなどの従来の評価方法で検知することは困難である。一方,Acoustic Emission(AE)法は,CFRP に代表される複合材料における健全性評価手法として普及しており,カイザー効果を用いた方法はASME(American Society of Mechanical Engineers)規格にも制定されている2),3)。しかし,カイザー効果の成立有無を確認するには負荷・除荷を繰り返すことが必要となる。さらに,材料強度をカイザー効果から判断するには,荷重を細かなステップを繰り返し負荷・除荷する必要があるため,初期破壊荷重を調査するなどの材料強度評価試験に本手法は適さない。このため,カイザー効果成立前後に変化するAE パラメータの調査が必要であり,様々な報告がされている4),5)。
 本稿では筆者らが開発したAE 解析方法6)の紹介と,実際のCFRP 圧力容器における健全性評価試験について紹介する。

 

to top