林 高弘
2018 年度に「超音波計測に関する萌芽技術研究会」が非破壊検査協会の特別研究会として発足しました。それまで,UT 関連の特別研究会として,「レーザ超音波」に関する研究会と「非線形超音波」に関する研究会の2 つがそれぞれ独立して活動しておりましたが,その超音波関連の2 つの特別研究会を1 つにして効率的に運営していくという趣旨のほかに,「レーザ」,「非線形」ではカバーしきれない先進的な研究にも多くの人が関心を寄せているという現状に対応するという趣旨により本研究会が発足しました。その活動期間2 年の間に,ご講演いただきました先生方を中心に,本特集号を企画させていただいております。
超音波非破壊検査の世界は圧電素子の発見により1950 年代より本格的に現在の形へと進歩してきました。国内でも超音波顕微鏡や医療用アレイプローブのような検査機器のほか,表面波フィルタのような電子デバイスへの研究・開発が活発に行われ,非常に高性能な素子を生み出してきています。既に広く利用され成熟した技術のように思われがちですが,現在も進化し続けており,その最先端の研究を早稲田大学 柳谷隆彦先生にご紹介いただきます。
また,この数年の間にAI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)といった言葉をよく聞くようになりました。もう少し前ならIoT(モノのインターネット)とかICT(情報通信技術)などのワードに関連付けられる分野です。超音波非破壊検査の分野でも,どうすればこれらの技術が使えるようになるだろうとお考えの方も多いと思います。世界的にもNDE 4.0 と称される概念のもと,同様にこれらの技術を非破壊検査分野で使いこなす方法について議論しようという動きが出てきています。今回,愛媛大学の中畑和之先生には,「AI の時代にこそ波動理論の活用を!」というタイトルで,仮想空間側で使うことの多い波動理論に関する解説を行っていただきます。
また,非線形超音波に関する最新研究について,東北大学 小原良和先生にご執筆をお願いしました。非線形超音波は,大変形や欠陥部での開閉振動といった材料の非線形現象を超音波によって誘発し,その応答を検出する技術ですので,これまでの微小ひずみや弾性連続体を伝搬する線形超音波に比べ,非常に検出が難しいという印象です。その中で,長年実験装置や手法に改良を加え,その上で得られる大変興味深い結果をお示しいただいております。
レーザ超音波に関する最新研究については,大阪大学 浅井 知先生に執筆をお願いいたしました。インプロセスでの溶接モニタリングという挑戦的な研究に画期的かつ実用的な手法で取り組んでおられます。
超音波非破壊検査は,AI,DX という言葉ができたからと言って一足飛びに大きな発展のある分野ではありませんが,様々な技術を取り込みながら発展し続けていくのだと思います。本企画もその一助になることを祈念して,巻頭の言葉とさせていただきます。
早稲田大学 柳谷 隆彦
Piezoelectric Epitaxial Film for High Power Ultrasonic Probe
Waseda University Takahiko YANAGITANI
キーワード:超音波プローブ,圧電薄膜,ScAlN薄膜,GHz帯,分極反転構造
はじめに
非破壊検査用の超音波トランスデューサには,多結晶のPZT(Pb(Zr,Ti)O3)セラミックス板がその大きな圧電性(電気機械結合係数)から,これまで広く使われてきた。しかし大電圧印加時の高振動速度域では,出力は飽和していき,むしろ単結晶のLiNbO3 板などの方が,振動速度を稼げることが分かってきている1)。また,超音波診断装置用の数MHz帯の超音波プローブでは,多結晶セラミックス板から単結晶のPMN-PT(Pb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3)板に置き換わっている。だが,数十MHz 以上の領域では未だ,多結晶ZnO 薄膜やPZT セラミックス薄片およびPVDF(PolyVinylidene DiFluoride)の貼り付けによるトランスデューサが使われているのが現状である。この領域においても単結晶を使った方が,耐電力性の観点からも有利であることは間違いないだろう。
これまでMBE(分子線エピタキシ)法やCVD(化学気相成長)法がメインであった単結晶エピタキシャル成長技術は,ここ10 年ほどで産業化に有利なスパッタ法にまで拡張されてきている。いよいよ数十MHz 領域に単結晶化の波が迫りつつある。ここではスパッタエピタキシによる単結晶圧電薄膜を用いたトランスデューサについて,実際の性能を紹介しながら解説する。
超高周波プローブの設計や圧電薄膜については,超音波便覧において櫛引により定量的で詳しい説明が成されている2)。ここでは便覧発行から約20 年間の最近の進展に注目する。今回,プローブ分野に関ろうとする技術者の実用性を考えて,できるかぎり細かく具体的な数値,条件を明示して議論を進めている。カッコ書きの注釈が多いため,少々くどく読みづらくなっているが,ご了承頂けると幸いである。
愛媛大学 中畑 和之
Let’s Study the Utilization of Wave Theory Even in the Era of Artificial Intelligence
Ehime University Kazuyuki NAKAHATA
キーワード:AI,データ同化,波動理論,散乱振幅,数理モデリング
はじめに
最近では,NDE 4.0 のスローガンの下で,非破壊検査業界はデジタルトランスフォーメーション(DX)の導入を推し進めている。このNDE 4.0 とは,Meyendorf ら1)がIndustry4.0 を模倣して提唱したものである。アメリカ非破壊検査協会(ASNT)の機関誌「Materials Evaluation」(Vol.78, No.7)ではNDE 4.0の特集2)が組まれ,また,2021 年4 月には,NDE 4.0 に関するオンライン国際会議3)が開催される等,NDE 4.0 が非破壊検査に浸透しつつある。NDE 4.0 では,ICT,IoT,ロボティクスを駆使して多点計測や遠隔計測が可能となり,デジタライゼーションによるスマートな非破壊検査を実現する。具体的な導入技術としては,データ駆動型アプローチに基づくArtificial Intelligence(AI)技術,大規模なデータ処理と可視化,高性能コンピューティング,仮想・拡張・混合現実(VR・AR・MR),第5 世代移動通信システム(5G),ロボットセンシングなどが挙げられる。著者は,NDE 4.0 において,サイバー空間におけるシミュレーションとセンシングデータの融合に興味を持っている(図1)。超音波探傷試験(UT)において,シミュレーションの種類は,大きく分ければ,音場解析,波線推定,波動モード解析,さらには伝搬・散乱解析である。しかし,現状のシミュレーションの役割は,超音波プローブ等の検査装置の設計,疑似エコーの発生原因の推定,あるいは超音波の伝搬を理解するための教育用途等に用いられるのが大半で,シミュレーションは検査に対して補助的に使われているに過ぎない。
上記の現状を打開すべく,著者らはデータ同化に取り組んでおり,2019 年3 月の超音波計測に関する萌芽技術研究会で,「超音波非破壊検査へのデータ同化の導入 ~粒子フィルタによるきずの同定~」というタイトルで講演する機会を頂いた。データ同化はシミュレーションにセンシングデータを取り入れる方法と広義には解釈でき,その数理や計算技術体系は多岐にわたる4)。また,昨今,機械学習や深層学習をベースとしたAI を用いて,データ分析や予測がさかんに導入されている5)。AI は,大量の観測データから入力量と出力量の関係(学習モデル)を構築していくのに対して,データ同化は,シミュレーション(物理モデル)のパラメータを観測量で修正しながらその精度を高めるものである。AI には物理モデルは必ずしも必要ではなく,データの数で学習モデルの精度を高めるのに対して,データ同化は,データの数は少なくても良いが,物理モデルの性能がキーとなる。しかしながら,著者らの近年の取り組みを通して,データ同化だけでなくAI も物理モデルの導入が重要であると認識するようになった。それは,生波形・生画像を使えば,データの規則性や関連性を見いだすのに大量のデータが必要になったり,あるいは折角作った学習モデルが,検査装置や環境が変わったときに対応できない汎用性のないモデルになったりするからである。
具体的に例を示そう。図2(a)は超音波法で得られたアルミニウム中の横穴(直径2 mm)からのパルスエコーの生データであり,同図(b)は動弾性有限積分法のシミュレーション結果である。9 μs あたりの波形が横穴からの波形,23 μs の波形は底面エコーである。一見する限り,エコーの到達時間が整合するので,AI やデータ同化に使えそうと読者は判断するかもしれないが,実は波数や振幅は異なることに注意する。この波形の違いは,探触子や計測装置の影響によるものである。すなわち,同じ欠陥に対しても装置系が異なれば波形が変わる。装置系ごとの微妙な波形の差異を許容し,これらは同じ欠陥からの波形であると機械に判断させる,まさに高等検査員の域に達する判断には,膨大な数の教師データを与える必要があろう。その膨大なデータは,データ共有・交換の文化や習慣がない非破壊検査の場合,どうやって用意するのだろう。また,後の章で説明するが,この波形をデータ同化に用いたとしても,うまく収束しない。この失敗の原因は,図2(a)は装置系の影響関数を含んだいわゆる電圧値,図2(b)はシミュレーションで出力された鉛直方向の速度成分,だからである。もっと端的に言えば,これらは物理量が異なるためである。図1 に示すように,AI もデータ同化も生データから所望の物理量を抽出する“前処理”が重要であり,その前処理には波動理論・モデリングが必要となる。これまで,非破壊検査では膨大な量の物理・化学モデリングが報告されてきた。この“古典的”な前処理を,“現代”のAI やデータ同化に導入し,「機械が特徴を掴みやすくなるように人間がサポートする」ことが重要であると考える。ここでは,弾性波動論を基に生データに潜む欠陥の散乱振幅6)を抽出し,これを超音波イメージングやデータ同化に利用して,検査精度を向上させた事例を紹介する。
東北大学 小原 良和
Recent Progress on Nonlinear Ultrasonic Phased Array
of Utilizing Fundamental Waves
Tohoku University Yoshikazu OHARA
キーワード:非線形超音波,基本波振幅差分,フェーズドアレイ,閉じたき裂,破壊力学
はじめに
持続可能な社会の実現には,構造物を安全に長く使用することが重要である。また,品質保証による製造品の高付加価値化は,各産業の国際競争力強化につながる。これらの実現にとって,非破壊評価技術はキーテクノロジーであり,その高度化は喫緊の課題である。非破壊で計測すべき欠陥として,上位に来るのは,材料強度を大きく低下させるき裂である。き裂は,その性状に依存して計測難度が大きく変化する。例えば,き裂面間に空隙が存在する「開いたき裂」では,固体−空気間の音響インピーダンスミスマッチにより,散乱波や反射波が発生する。それゆえ,例えば,き裂端部からの散乱波を計測することで,き裂のサイジングも可能である1)。一方,圧縮残留応力やき裂面酸化により,き裂面間が密着した「閉じたき裂」では,超音波が透過してしまうため,き裂の見逃しや過小評価が起こりうる2)−4)。
この閉じたき裂の問題を解決するため,非線形超音波法が幅広く研究されてきた5),6)。非線形超音波法とは,線形の応力ひずみ関係で近似される線形弾性体が,全体的もしくは局所的に非線形の応力ひずみ関係を示すことを利用する超音波計測法である。サンプル全体にわたって強い非線形弾性特性を示す典型的な材料には,岩石や砂岩があげられる7),8)。これらの材料は,固い物質が弱い接合でつながっているとモデル化される9)。すなわち,弱い接合部が,非線形弾性特性を有する界面として働き,それが無数に存在することから媒質全体として強い非線形性を示す。それゆえ,入射周波数f の超音波を伝搬させると,超音波と界面の非線形相互作用により,高調波(2f,3f,…)や分調波(f/2,f/3,…)を豊富に発生させる。また,医用超音波で対象とする生体材料10)やマイクロバブル11)も同様に強い非線形性を示すことから,産業応用が進んでいる。一方,局所的に非線形弾性特性を示す固体材料としては,閉じたき裂を有する金属材料があげられる。金属は無欠陥ではその非線形性は微弱だが,閉じたき裂(界面)が発生すると,局所的に非線形性を示す。閉じたき裂は,上述の通り,従来法(線形超音波)では計測できないことから,非線形超音波が唯一の計測ツールとして期待されている。しかし,閉じたき裂(界面)の体積割合は,岩石や砂岩に比べてはるかに小さい。それゆえ,昔ながらの単一素子の探触子を用いた波形計測に基づくものでは不十分であることが多く,近年では,超音波フェーズドアレイと非線形超音波を融合した研究も始まった。これは,非線形超音波フェーズドアレイと呼ばれ,主に4 種類に分類できるが,その特徴,手法の選択指針,使用上の注意点については,参考文献6)を参照されたい。
本稿では,基本波の振幅依存性に着目し,アレイの送信方式を工夫した新しい映像法である,固定電圧の基本波振幅差分(Fundamental wave Amplitude Difference:FAD)に基づく非線形超音波フェーズドアレイについて紹介する12)− 16)。従来の非線形超音波法では,高調波17),18)や分調波3),19)− 25)などの非線形成分を直接計測する方法が主だったが,固定電圧FAD では,入射波振幅に対する基本波の非線形性26)を利用することで全非線形成分を間接的に計測する。入射波の周波数帯域を利用する計測法は,一般に線形超音波に分類されることが多いため,少し混乱するかもしれないが,実は,基本波の応答は,高調波や分調波の情報を含む。なぜなら,高調波や分調波などの非線形成分は無から発生するわけではなく,基本波のエネルギーの一部が分配されることによって発生するためである。つまり,非線形成分発生による基本波のエネルギーロスを計測できれば,異なる周波数を有するすべての非線形成分の発生量を間接的に測定できることになる。これは,ある入射波振幅に対してのみでは計測できないが,非線形成分の発生量が入射波振幅に対して非線形性を示すことに着目すると,基本波応答の入射波振幅依存性を利用することで可能となる。この特性を利用した振幅差分法の概念図を図1 に示す。開いたき裂のような線形欠陥では,図1(a)に示すように,入射波振幅を2 倍にすると(A1/2 → A1),その基本波の応答も2 倍となる。それゆえ,その振幅比(この例では2)を考慮してスケーリングを行い,両応答の差分を取るとゼロとなる。一方,閉じたき裂のような非線形欠陥の場合,図1(b)に示すように,入射波振幅を2 倍にすると,一般に非線形成分の発生量は非線形的に増大するため,基本波応答のエネルギーロスも大きくなる。これは,基本波応答の入射波振幅依存性において,線形性からのずれが大きくなることに相当する。従って,スケーリング後に応答差分を取ることで,発生した全非線形成分の影響を間接的に計測できる。これは,減衰の影響で高調波の計測が困難な高減衰材を対象として,波形計測に基づく方法として提案されたSSM(Scaling Subtraction Method)27),28)と類似点も多い。
この計測法では,微弱な非線形応答の取り扱いが必要な金属材料の場合,入射波振幅を変化させる方法を注意深く選ぶ必要がある。例えば,励振電圧を変えること22),26)が最も簡単だが,その場合,閉じたき裂で発生した非線形成分だけでなく,探触子や液体カップラントでの高調波の発生量も増大する。これは,砂岩や岩石などの高非線形性材料では無視できる27),28)が,わずかな非線形応答の取り扱いが必要な金属材料では問題となりうる。この問題を避けるには,励振電圧を変えることなく,試験片内部でのみ超音波の振幅を変えるという,一見不可能に思える手法が望ましい。水浸非線形超音波法では,共振を利用した試験片内での増幅法も提案されたが17),時間分解能の高い接触法としては,アレイの特徴を生かした送信方式を利用した固定電圧FAD12)− 16)が有望である。固定電圧FAD では,次章で詳述するように,送信素子数を工夫することで,各素子の励振電圧を固定したまま,試験片内での入射波振幅を変化させられる。それゆえ,その際の基本波応答の非線形性を計測することで,探触子や液体カップラントの非線形性の影響がキャンセルされ,き裂で発生した全非線形成分のみを間接的に計測できる。
本稿では,まず,この固定電圧FAD の基本原理を概念的に説明し,次に実証例として,大振幅入射の重要性と絡めて固定電圧FAD の有効性を示す12)。さらに,疲労き裂の奥行き方向の性状の違いを映像化した結果についても紹介する15)。
大阪大学 浅井 知 野村 和史
In-process Monitoring of Weld Quality Using Laser Ultrasonic Technique
Osaka University Satoru ASAI and Kazufumi NOMURA
キーワード:インプロセスモニタリング,レーザ超音波,溶融深さ,割れ,溶接ロボット
はじめに
IoT をはじめとし,ものづくりの革新としてDX(トランスフォーメーション)の推進が行われている。その一つの形態としてCPS(サイバーフィジカルシステム)によるものづくりが検討されている。ものづくりの基幹技術である溶接においても,その推進は急務である。図1 は,CPS 型溶接プロダクションシステムのコンセプトを示したものである1)。フィジカル空間での溶接作業におけるプロセス情報をもとにサイバー空間で数値シミュレーション,AI や機械学習を行い,得られた最適な施工情報をもとに自律的にロボットシステムが溶接を行うことで高品質かつ高効率な溶接を実現するものである。
ここで,キーとなるのがセンシング・モニタリング技術である。特殊工程と位置付けられる溶接作業において,多くの外乱因子による溶接現象の変動は,欠陥発生などの品質異常を招くことから,インプロセス中でのセンシング・モニタリングは,溶接中にリアルタイムに品質情報を得る上でCPS の実現には不可欠な技術である。図2 は,アーク溶接におけるモニタリング項目とその方法を示したものである2)。近年,CMOS 等のカメラを計測センサとして,溶接部のモニタリングが行われているが,これらの方法では表面情報を得るのみで,溶接内部の品質情報を得るには,計測情報と実験との相関やシミュレーションによる予測が必要である。このため直接内部情報を計測する方法が要求される。現状,非破壊検査で用いられる超音波やX線などが挙げられるが,これらの方法を実溶接ラインでのインプロセスモニタリングに適用するには高温環境や設備的制約などの問題があった。
そこで,測定対象に対し遠隔から非接触で超音波を送受信できるレーザ超音波法(LUT)3)に着目した。レーザ超音波法は,測定対象の材料表面にパルスレーザを照射することで内部に超音波が励起され,これをレーザ干渉計で受信する方法であり,溶接中のような高温環境下での適用が可能と考えられる。
以上のような背景から,溶接品質を溶接中にモニタリングできる計測システムを開発することにより,溶接中での融合不良などの溶接欠陥の検出に加え,溶接中に溶込み深さを含む溶融池形状を計測でき,品質を確認することで,異常検知による溶接条件の適切な管理が可能となると考えられる4)。しかしながら,LUT は,超音波の複数のモードの伝搬,散乱,減衰などの取り扱いやレーザ超音波装置の設備制約や操作性など考慮すべき課題もあり,未だ実用化例は多いとは言えない。ここでは,レーザ超音波を用いた溶接品質のインプロセスモニタリングとして,溶融池形状のその場計測技術,溶接欠陥のその場検出技術,さらに,実用化を目指したオンライン計測システムの開発について紹介する。
大阪大学 林 高弘 インサイト(株) 藤田 文雄
Remote Inspection for Pipeworks with Elastic Wave Generation
by Laser and Microphone Detection
Osaka University Takahiro HAYASHI
Insight K.K. Fumio FUJITA
キーワード:レーザ超音波,ガイド波,画像化,非接触,薄板
はじめに
プラント内の配管のような大型設備を適切に維持管理するために,定期的な検査が行われている。構造の表面を検査する手段として,目視や光学カメラ,赤外線カメラなどが広く利用されているが,配管内部の腐食による減肉や溶接部近傍に現れる疲労き裂などは,それらの簡便な手段で検出することはできない。そのため内部検査を行う場合,放射線や超音波が一般に利用される。X 線やガンマ線による放射線検査では,鮮明な透過エネルギ分布が画像として得られるものの,放射線が人体に影響を及ぼすため,様々な法令や事業所内でのルールに則った検査が義務付けられており,新しい内部検査手法を模索する場合には,超音波の利用をまず考える。
超音波による構造物の非破壊検査で最も広く利用されている手法は,接触式の超音波トランスデューサを用いたパルスエコー法である。このパルスエコー法は,超音波トランスデューサからMHz 帯域の超音波パルスを材料中に入射して,そのエコー波形の到達時間や振幅などを用いて材料内部を検査する手法である。最も信頼性のある手法であり,配管の肉厚検査などに広く利用されているが,1 回の計測で検査できる領域は,直径数十mm 程度の超音波トランスデューサ直下のごく限られた領域であり,プラント全体を検査するのは容易ではない。
そこで著者らは,配管のような薄板状の構造物を対象に内部の損傷を遠隔から効率よく検出できる手法を開発した1)−5)。遠隔からのレーザ照射によって配管内部の損傷が画像として得られることから,この配管診断システムを弾性波カメラと呼んでいる(図1)。このシステムは,弾性波を励振するファイバレーザ装置,そのレーザ光を走査するガルバノミラー,振動を検出するレーザドップラー振動計(LDV),それらを制御し,収録された波形を処理して内部損傷の画像化処理を行うパソコンから構成されており,遠隔にある配管内の損傷を画像として取得するものである。これまでの検証実験により5 m ~ 10 m 程度の遠隔からでも画像取得が可能であることが確認されているが,現場適用においては,振動の受信方法にいくつかの課題があることも分かっている。
LDV は,照射したレーザ光が材料表面で反射・散乱して戻ってくる光と,参照光との干渉によって振動を検出する。そのため,材料の表面状態によっては反射・散乱光強度が小さくなり,振動が検出できない場合も多い。また,屋外の配管などでは風や内容物の移動によって構造物が大きく揺動していることもあり,数mm ~数十mm の揺動する対象面上に伝搬する数十nm ~数μm の振動を検出するのは容易ではない。
そこで,著者らは振動の検出に高感度のMEMS マイクロホンを使用する手法を考案した4)。この手法では,対象構造物表面の近傍にMEMS マイクを取り付け,構造表面から空中に漏洩する音響振動を検出する。検出された音響信号は,増幅された後Bluetooth で無線送信され,離れた位置にある検査システムにつながっているBluetooth 受信器によって受信され,画像化用の信号処理が行われる。このMEMS マイクとBluetooth 送信器を備えた小型の振動検出デバイスは,構造物に載せておくだけでレーザ照射によって構造物内に発生させた振動を検出し,その信号を遠隔の計測システムに無線送信できる。そのため,LDV をマイクに変更した画像化システムを構築することが可能となり,構造の表面状態や揺動といったLDV による振動検出の課題を解決することができる。
著者らは,このMEMS マイクを備えた受信デバイスに太陽光パネルを取り付け,遠隔からの光給電によって起動,測定できる装置を開発した。本稿では,このマイク受信デバイスを用いた大型構造物検査についての研究結果を報告する。
四辻 淳一
Measurement of Molten Powder Thickness in Continuous Casting Process
− Application of Two Frequency Vector Analysis using Eddy Current Method −
Junichi YOTSUJI*
Abstract
Various reasons for measuring plural distances or thicknesses of multilayer structures exist in steel manufacturing processes.
Ultrasonic techniques are widely used in thickness measurement but cannot be applied under conditions in which sound does
not travel well, such as layers of gas and powder.
In this study, a multi frequency eddy current technique is applied to a thickness measurement of multiple layers in cases where the electrical conductivities of the layers are mutually very different. Eddy current signals contain vector information, viz.
amplitudes and phases. When two frequencies are used in a measurement, four kinds of data can be acquired. Therefore, the problem of measuring the thicknesses of three layers can be solved by using this data.
In this study,we assume measurement of three layers, layer 1 with very high electrical conductivity, layer 2 with low conductivity and layer 3 with very low conductivity, and use two frequencies. And the measurement of interlayer thickness is focused for an example.
In the first step, the coil specifications were designed and the two frequencies that should be used were decided by using a mathematical model.
A simple laboratory test was performed. Then an online test in the continuous casting line was carried out and the basic performance was confirmed.
Key Words:Continuous casting, Eddy current, Electric conducti vity, Three layers, Thickness, Frequency, Vector analysis
緒言
鉄鋼製造工程において,複数層の距離計測が必要な場合がある。例として上工程においては溶銑(溶けた鉄)上に浮いている酸化物の厚み計測,下工程においては鋼板上に生成された酸化膜もしくはコーティング層の厚みなどである。筆者はこれらを対象とした計測装置開発を進めるにあたり,ニーズが高い連続鋳造(CC:Continuous Casting)工程における層厚測定に焦点を当てた。
CC 工程は溶けた鋼(溶鋼)を固めるプロセスであり,ノズルを通して溶鋼を鋳型内に注ぎ込み下部から引き抜くラインである。Fig.1 に鋳型内部の断面図を示す。鋳型上部には粉末パウダが常時鋳型内に供給されている。粉末パウダは溶鋼の熱により境界面付近にて溶融している。操業上の管理値として重要度の高い順に,鋳型内の溶鋼レベル,溶融パウダ層厚となる。溶鋼レベル管理は鋳型から溶鋼が溢れ出ることを防ぐために必要である。溶融パウダ厚については,薄過ぎる場合には溶鋼内に粉末パウダが巻き込まれ凝固後の異物として残留し内部品質に悪影響があり,厚過ぎると溶鋼表面付近の熱バランスが崩れ凝固後の表面品質に悪影響が出るため,監視が強く望まれている。溶鋼レベル測定については既に数十 kHz の周波数を用いた測定装置が商品化され既設レベル計として利用されているが,溶融パウダ厚測定装置はまだ開発されていない。
この測定対象を,上から物質A(粉末パウダ),B(溶融パウダ),C(溶鋼)とした時、本論文では各物質の導電率がAR B % C でありかつ非磁性である三層構造と仮定し,A の厚み,B の厚み,C 層上面までの距離を,非接触にて測定する。多層膜を計測する手段としては,超音波1),熱位相2)などがあるが,上工程を前提とした場合,高温状況下であるためいずれの方式も適用が困難である。
筆者はこれらの条件から,電磁気的手法に注目しコイルを用いた渦電流方式を適用した。渦電流方式を用いる場合,導電率が異なる複数の対象に対しては複数の周波数を用いることが多い。伊藤ら3)は研削などによる加工変質層有無を判別するため二周波を用いた渦電流法を適用している。本論文においてもその考え方は同じであるが,交流信号における位相の情報も用いている。よって,本論文の方式を二周波数ベクトル渦電流方式と呼ぶ。
複数周波数という意味ではパルス状すなわち広帯域の周波数成分を利用して解析する手法があるが,導電率がほぼ同じで複数層中の探傷4)もしくは対象までのリフトオフ変動影響の低減5)などが目的とされている。本論文は導電率が大きく異なる複数層測定に関するものであり,周波数の高低差を確保しながら感度を維持するための設計が重要である。
今回,測定装置の設計において,導電率の異なる三層の解析と捉え数式化し,シミュレーションの結果と製作上の特性を加味して最適な周波数を選択した。ラボ試験にてその精度を評価し,実際のCC ラインにて実機試験を行い,性能を検証した。本論文では優先順位として溶鋼レベルと溶融パウダ層厚の測定精度向上を目的とし,粉末パウダ層厚については溶融パウダ層厚の精度向上に寄与するパラメータとして用いたが,粉末パウダ層厚の測定精度向上は今回目的としていない。また,鋳型上の空間的制約から既設レベル計の役目も兼ねる設計とした。
藤本 洋平*,中本 久志*,高岸 洋一*,佐々木敏彦**
X-ray Stress Measurement by using cosα Method for Spotty Debye-Scherrer Rings
− Improvement of Stress Measurement Accuracy by Adjusting the Diffraction Ring Intensity Distribution −
Yohei FUJIMOTO*, Hisashi NAKAMOTO*, Yoichi TAKAGISHI* and Toshihiko SASAKI**
Abstract
With the cosα method, granular (spotty) diffraction rings (Debye-Scherrer ring) are often measured, which may reduce the measurement accuracy.
Three types of countermeasures have been proposed so far for such cases.
The first is a method of expanding the X-ray irradiation area (sample plane oscillation method).
The second is a method of oscillating the X-ray incident angle (angle oscillation method).
The third is a method of averaging the measurement data of multiple adjacent measurement points (In-plane averaging).
However, these methods also have problems such as a decrease in position resolution, complexity of the device, and an increase in measurement time.
Therefore, in this study, we proposed a diffraction ring intensity distribution adjustment (DRIDA)method as the fourth method, and examined the effectiveness of this DRIDA method through application to SUS304, which is a typical material of austenitic stainless steel.
Key Words:cosα method, Coarse-grained material, Austenitic stainless steel, Two-dimensional X-ray detector X-ray, Stress measurement
緒言
残留応力の非破壊測定法であるX 線応力測定法は,多結晶材料の表面層に存在する結晶のうち,Bragg の条件を満たす結晶からの回折を利用して格子ひずみを求め,弾性学に基づき応力に変換する手法である。その基礎となる測定理論はsin2ψ 法1)であるが,現在市販されているsin2ψ 法の測定装置は比較的大型であり,総重量もおおむね50 kg 以上になるため,現場に持ち運んでの測定には適していない。一方,近年では,2 次元検出器を用いたX 線応力測定法であるcosα 法2)が普及している。これは,単一X 線入射により得られた回折環(デバイリング)から平面応力を求める手法で,従来の0 次元または1 次元検出器を用いた手法と異なり,X 線入射角度制御機構が不要となる。そのため,測定装置の小型化や測定の高速化が可能となり,現場適用性に優れている3)。当初,平らにより提案されたcosα 法は,吉岡らによるイメージングプレートの導入4),佐々木らによる三軸応力測定への理論の拡張5),6),多相材料7)や粗大結晶粒材料8),中性子応力測定に対する有効性の報告9)等を経て手法の汎用性が高まることとなった。
一方,cosα 法では光学系にピンホールコリメータを使用しビーム径がφ 1 mm 前後の入射X 線を用いるため,平行ビーム光学系を用いる場合のsin2ψ 法に比べてX 線の照射面積が小さく,測定される回折環が斑点状(スポッティ)になりやすい傾向もあり,測定精度が低下することがある。このような場合に対しては,既に照射面積を拡大する方法(試料平面揺動法)8),X 線入射角度を変動させる方法(角度揺動法)10),隣接する複数の測定点のデータを平均化する方法(In-plane averaging)11)などが提案されている。しかし,これらの方法には位置分解能の低下,装置の複雑化,測定時間の増加などの問題も存在している。
本研究では,結晶粒径50 μm と比較的粗大な結晶粒を持つオーステナイト系ステンレス鋼SUS304 に対し,試料平面揺動法とIn-plane averaging によるcosα 法を適用し,四点曲げ試験により測定精度の検証を行った。その結果,デバイリングがスポッティな場合は測定位置ごとに応力値が大きく変動し,負荷応力とcosα 法による応力との関係が1:1 の関係から外れる場合があることが判明した。特に,従来のIn-plane averaging 11),12)を単純に適用するだけでは十分な測定精度が得られない場合があることが判明した。そこで本研究では,X線測定で得られるデバイリング全周の回折X 線強度分布のパターンに着目し,四点曲げ負荷時の回折X 線強度分布と無負荷時の回折X 線強度分布のパターンの差異が小さくなるよう調整することで粗大結晶粒材料の測定精度を向上する方法(回折環強度分布調整法)を提案した。また,本回折環強度分布調整法をSUS304 へ適用することで,その有効性について検討した。