logo

機関誌

2021年10月号バックナンバー

2021年10月20日更新

巻頭言

「社会・輸送インフラの保守検査技術」 特集号刊行にあたって

川﨑  拓

今夏は,新型コロナウイルス感染症拡大による1 年の延期を経て,ついに東京2020 オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されました。緊急事態宣言下で開催された本大会では,ほとんどの会場が無観客となり,応援もテレビが主体となりました。しかし,日本のアスリートたちは,オリンピックで史上最多,パラリンピックでは史上2 番目となるメダル数を獲得し,大いに盛り上げてくれました。コロナ禍の中,「異例」だらけの大会となりましたが,大会運営の中には,今の時代に合った持続可能性に配慮した試みが見られました。その一つに,水素エネルギーの活用が挙げられます。開会式で点火された聖火には,大会史上初めて水素が活用され,選手村の一部に水素で発電する燃料電池を設置して,照明や空調に利用されるなど,至るところで水素活用の試みがなされました。東京2020 大会における,これらの水素活用の試みは,環境への配慮がレガシーとして未来に引き継がれていくと言われており,日本はCO2 を排出しない次世代エネルギー「水素」を全世界へと発信しました。

大会車両等に使用された燃料電池車(FCV)をはじめとして,近年,水素をエネルギーとした輸送インフラが大きな広がりを見せています。都内ではFC バスが運行しており,水素の供給基地となる水素ステーションも徐々に増えてきました。これらの水素輸送インフラにおいて必要不可欠なのが,軽量かつ高強度な材料である炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使用した高圧水素を貯蔵する複合蓄圧器となります。この複合蓄圧器は宇宙ロケットにも使用されており,安全性やメンテナンスコスト軽減の観点から,その保全技術が強く求められています。加えて,CFRP 単体に着目すると,航空機や乗用車などの構造の軽量化のため,適用数が年を追うごとに拡大しており,最近では CFRP なくしては機体が成立しえない状況です。このようにCFRP は,軽量化や水素燃料自動車の開発が進み,輸送インフラに必要不可欠な材料となりました。しかし,CFRP は製造方法によって発生する欠陥や品質レベルも様々であるため,製造コストに占める品質保証に関わるコストが金属に比べて高いことが知られています。そのため,求められる検査技術には高精度であることに加え,効率化が求められています。

保守検査部門では,これらの課題の重要性に鑑み,本特集号では高精度な新しい検査技術に加え,効率化を含んだモニタリング技術や形状計測技術といった幅広い分野における解説をまとめました。執筆はこの分野でご活躍されている第一人者にお願いしました。機関誌読者の皆様に最新の技術動向を紹介したく存じます。本特集によって,CFRP 製品のさらなる適用拡大および,安全性の確保に役立てられることを願っております。

最後になりますが,お忙しいなか快く執筆いただきました先生や企業の方々,ならびに編集にご協力いただきました皆様には,この誌面を借りて厚くお礼を申し上げ,巻頭の言葉とさせていただきます。

 

解説

社会・輸送インフラの保守検査技術

AE 法を用いた水素ステーション用Type-III 蓄圧器の健全性診断・モニタリングへの課題

明治大学 松尾 卓摩

Problems for Health Monitoring and Inspection of Type-III Composite Vessels
for Hydrogen Stations Utilizing an Acoustic Emission Method

Meiji University Takuma MATSUO

キーワード:アコースティック・エミッション,Type-III蓄圧器,水素ステーション,疲労き裂

はじめに
近年,水素はクリーンエネルギーとして期待されている。日本においては2021 年6 月現在で140ヵ所以上の水素ステーションが稼働し,今後も多くの設置が計画されている1)。水素ステーションで使用される蓄圧器としては,主にType-I,Type-III,Type-IV 蓄圧器が使用され,燃料電池自動車等に利用される蓄圧器としては,Type-III,Type-IV 蓄圧器が使用される。Type-I 蓄圧器は金属製の継目なし容器であり,鉄鋼材料が用いられる場合が多い。一方,Type-III 蓄圧器は薄肉化された金属ライナーの胴部およびドーム部に,高強度繊維を周方向(ヘリカル層)および軸方向(フープ層)に巻いて強化した容器である複合容器蓄圧器であり,水素ステーションで使用される蓄圧器では外表部に保護層としてGFRP がさらに被覆されている2)。蓄圧器で使用される金属ライナーの材質は耐水素性金属として知られるA6061-T6 およびSUS316L,高強度繊維の材質は炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)が一般的に用いられている。蓄圧器は水素の充填,放出を繰り返すことによってアルミニウム合金層に疲労が生じるため,疲労き裂の発生・進展によって蓄圧器が損傷することから,現状の蓄圧器は使用サイクル数によって交換時期が決定されている3)。今後水素エネルギーを普及するためには蓄圧器のコスト低下が必要となるため,蓄圧器を非破壊的に検査もしくはモニタリングを行い,蓄圧器の疲労損傷状態を評価する技術が求められている4)。

一般的な蓄圧器の疲労き裂評価手法として,例えば金属ライナーのみで構成されているType-I 蓄圧器では超音波探傷等が用いられている5)。しかし,Type-III 容器に超音波探傷を用いる場合では,各層間における信号の減衰や反射,また蓄圧器の首部等ではCFRP 層が厚いために信号の減衰が生じてアルミライナー部のき裂長さの評価が難しい問題がある。そこでアコースティック・エミッション(Acoustic Emission:AE)法を用いた手法が注目されている。複合容器蓄圧器では金属製の蓄圧器と比較して一般的に膨大なAE が発生する。そこで,計測したAE 信号を現象ごとに分類することは非常に精度の高いパターン認識技術が必要になる。一方で,蓄圧器は製造時に自緊処理を施し,使用時の負荷がそれ以下であることから,カイザー効果によってアルミライナー部の損傷と関係性が低いCFRP 層から発生するAE が少ないと考えられる6)。そこで,AE 法によって疲労き裂の状態を評価できる可能性がある。

そこで本研究では,疑似AE 信号を用いて,Type-III 容器を伝搬するAE 信号の特性を評価し,AE 法を用いて現状で可能なこと,またAE 法を用いた検査やモニタリングの実用化に向けて今後どのようなことが必要であるかについて検討することを目的とする。

 

水素ステーション用タイプ2蓄圧器の供用中検査手法の研究開発

千代田化工建設(株) 前田 守彦  鈴木 裕晶
JFE コンテイナー(株) 北川  敏  高野 俊夫
JFE スチール(株) 岡野 拓史  東京電機大学 辻  裕一

Development of In-service Inspection Method for Type 2 Accumulator
for Hydrogen Stations

Chiyoda Corporation Morihiko MAEDA and HiroakI SUZUKI
JFE Container Co., Ltd. Satoshi KITAGAWA and Toshio TAKANO
JFE Steel Corporation Hiroshi OKANO
Tokyo Denki University Hirokazu TSUJI

キーワード:アコースティック・エミッション,AE,水素蓄圧器,疲労損傷,供用中検査,定期自主検査

はじめに
日本のCO2 排出量の2 割弱は運輸部門より排出されており,このうち自動車が85%を占める1)。このため運輸部門における低炭素化を進めるためには,自動車の低炭素化を進めることが重要である。

水素は利用時にCO2 を排出せず,製造段階でのCCS 及び再生可能エネルギーの活用で,トータルでCO2 フリーのエネルギーである。そして,燃料電池との組み合わせであらゆる分野での究極的な低炭素化が可能であることから,低炭素社会の実現に向けたエネルギー選択肢として,水素利用の拡大・確立に注目が集まっている。水素・燃料電池戦略ロードマップの2025 年320ヵ所,2030 年900ヵ所程度の水素ステーション設置を実現するためには,水素ステーションの整備費,運営費等のコスト低減にかかる技術開発が必要とされた。

そこで,NEDO の「超高圧水素インフラ本格普及技術研究開発事業」において,蓄圧器供給メーカであるJFE スチール,JFE コンテイナーとプラントO&M の知見を有する千代田化工建設は共同で,水素ステーションの水素蓄圧器の保全コスト削減を目的として,「水素ステーション用タイプ2 蓄圧器の供用中検査手法の研究開発」を実施している。

本稿では,アコースティック・エミッション法(以降,AE 法)のタイプ2 蓄圧器の供用中検査手法としての適用可能性と著者らが提案している定期自主検査への導入シナリオについて述べる。

 

サンプリングモアレ法の大型宇宙構造物検査への適用

(国研)産業技術総合研究所 李  志遠  (株)IHI エアロスペース 吉田  剛
(国研)宇宙航空研究開発機構 佐藤 英一

Application of the Sampling Moiré Method to the Inspection
of Large Space Structures

National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (ASIT) Shien RI
IHI Aerospace Co., Ltd. Takeshi YOSHIDA
Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA) Eiichi SATO

キーワード:宇宙構造物,CFRP材料,サンプリングモアレ法,位相解析,変位計測

はじめに
ロケット等の宇宙構造物の想定外の変形は,運用中に危険な状態を引き起こす可能性がある。そのため,宇宙構造物を高い信頼性で品質保証することは非常に重要な課題である。大型宇宙構造物の検査の特徴は,(1)点検対象となる領域が広いにもかかわらず,高い空間分解能と高精度の変位計測技術が必要である。(2)検査対象となる部品の中には,アクセスが困難なものもあり,非接触・リモートでセンシングできる技術が望まれる。(3)多点同時計測が必要な場合が多いため,全視野変位計測法が望ましい。

従来の検査方法は,機械式の接触型変位計や非接触型のレーザ変位計を用いて変位を測定することが主流である。しかし,センサの設置に時間を要し,検査準備に手間がかかる。また,センサを多数設置するにあたり,必然的にコストがかかり,ケーブル配線も複雑になるなどのデメリットが多くある。そのため,様々な大型構造物の変位分布を高精度かつ高い空間分解能で計測できる技術の開発が求められる。

レーザ光源を用いる電子スペックルパターン干渉法1),位相シフトデジタルホログラフィ2),3),格子法4),5)やモアレ干渉法6)などの光学的手法は,全視野で構造物の形状・変位・ひずみ分布の測定に有用である7),8)。しかし,これらの干渉法の測定領域は比較的狭く,振動に非常に敏感であるため,実験室外でそのまま使用することは困難である。すなわち,宇宙構造物の構造健全性を評価するためには,メートル単位の大きな測定領域でサブミリメートル精度の変位測定を実現することが重要となる。デジタルカメラを用いて,ランダムな模様の相関から変位を算出するデジタル画像相関法9),10)は広く研究されている。対して,近年規則性模様を利用したサンプリングモアレ法11)− 14)と呼ばれる高速かつ高精度な変位分布測定法が開発された。この方法を大型構造物の微小変位測定に適用して,大型クレーンのたわみ計測15)や火力発電所の高温高圧配管の熱変位計測16),橋梁のたわみ・振動計測に適用している17),18)。デジタル画像相関法とサンプリングモアレ法はどちらも精度の良い変位計測が行えるが,変位算出のアルゴリズムの関係上で位相解析を行うサンプリングモアレ法のほうが解析速度は圧倒的に速いのが利点である19)。

本研究では,JAXA が開発したイプシロンロケット用固体ロケットモータケースの静的曲げ試験における変位計測にサンプリングモアレ法を適用した結果を報告している20),21)。曲げ試験では,2 次元の格子マーカを用いて,簡便にx 方向とy 方向の2 次元の面内変位分布を測定できることを示す。従来の変位センサとの比較により,その有効性と測定精度を確認した。

 

渦電流を用いたCFRP の繊維欠陥の非破壊検査

東北大学流体科学研究所 小助川博之  内一 哲哉
東北大学研究推進・支援機構知の創出センター 高木 敏行

Non-destructive Inspection for Fiber Defects of CFRP by using Eddy Current
Institute of Fluid Science, Tohoku University Hiroyuki KOSUKEGAWA and Tetsuya UCHIMOTO
Tohoku Forum for Creativity, Organization for Research Promotion, Tohoku University Toshiyuki TAKAGI

キーワード:渦電流試験,CFRP,繊維配向不良,繊維うねり,指向性渦電流

はじめに
炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は,高い比強度と比剛性を持つことから輸送機の燃料消費効率に大きく貢献できる,環境負荷を低減する材料として注目されている。CFRP は,今や航空機や自動車の部材に使われるのが当たり前となりつつあるが,一方でその品質保証には課題が残されている。

航空分野で利用されるCFRP を対象とする非破壊検査では,多くの場合超音波探傷試験やサーモグラフィ試験が行われる。これは主にバードストライクやひょうが当たることによって生じる層間はく離の検出を目的としている。このような欠陥は数mm から数十mm サイズの比較的大きなギャップであり,機体の運用に致命的となる可能性があるものである。一方,CFRP の機械的特性は殆どが炭素繊維が担っているため,その密度や繊維配向に変化が生じればCFRP の品質は大きく損なわれることになる。ところが,上述の層間はく離のように母材である樹脂に生じる欠陥に比べて繊維の欠陥は超音波探傷試験やサーモグラフィ試験では検出や同定が困難とされる。CFRP の品質保証のために,このような繊維欠陥を検出あるいは評価できる非破壊検査法の開発が望まれている。

近年では, 炭素繊維の導電性を利用して繊維欠陥を非破壊的に評価しようとする研究が活発である1)。本節では,筆者らも取り組んでいる渦電流を用いたCFRP の繊維欠陥の非破壊検査法について簡単に紹介する。

 

疲労き裂に対する運転中モニタリング技術の適用事例

出光興産(株) 戸ヶ崎 祐

Application of Online Fatigue Crack Monitoring
Idemitsu Kosan Co., Ltd. Yu TOGASAKI

キーワード:疲労破壊,非破壊検査,モニタリング,配管,FSM

はじめに
石油精製プラントでは,配管の中でも特に高温流体と低温流体が合流する箇所で熱疲労が発生しやすい1)。この疲労き裂に対して,配管の健全性を担保するには,装置停止中の検査に加えて,運転中の検査も望まれる。さらに,定期的な運転中の検査が可能となれば,き裂が発生する運転状態を特定することで熱疲労の原因究明と対策も期待できる。しかし,熱疲労が生じる配管は比較的高温であるため,運転中の疲労き裂の検出に超音波探傷試験は適用できない。また,放射線透過試験ではき裂サイズを精度よく検出できないといった問題があり,これら従来の検査技術では装置運転中に疲労き裂の発生・進展をモニタリングすることは困難であった。

そこで,比較的高温であっても疲労き裂の検出が期待できる検査技術として,電位差法を応用したFSM(Field Signature Method)2)の適用を検討した。FSM センサを対象配管に設置し,装置運転中における疲労き裂の発生・進展のモニタリングを試みた。さらに,モニタリングで得られたき裂発生位置およびき裂深さと,実際に疲労き裂が発生した配管の破面観察結果を比較することで,FSM が疲労き裂モニタリング技術として有効であるか検証したので紹介する。

 

to top