西野 秀郎
「機関誌アーカイブ選:今と未来に活きる論文と解説」と題し,本号と次号の二巻にわたってお届けします。同様の企画をここ最近の特集号で行わせていただいております。本特集の解説陣は12 の部門からの選りすぐり,それぞれ12 の至宝(アーカイブ)を選んでいただきました。それぞれを紹介・解説いただいた上で当該アーカイブを再掲しております。解説の皆様は,それぞれ各分野で長年活躍されており,博学,加えて思慮深く歴史的紹介のみならずその背景や意味するところ,そして将来への展望を拓いてくれる内容になっております。一方で,各人それぞれのアーカイブの紹介に個性も見られ読み物としての魅力も感じられるように思います。技術論,歴史的事実,その一方で引き継がれていく研究とそこに必ず存在する研究者たち, 私はいろいろな観点から読むことができました。とても勉強になり興味深く楽しかったです。以後の研究やその動機付けに具体的に役立ちそうなこと,興味深いこと,非破壊検査を支えている人々に優秀な方々がたくさんおられることの再確認,いろいろ思いながら読ませていただきました。
自画自賛かもしれませんが,本企画の良いところの一つは,読み入りやすいことと思っております。本記事は前段の比較的短い平易な解説と後段のアーカイブ本体から構成されています。まず前段をお読みください。解説陣個々の熱意と必要性が説かれており,ただ読むよりも動機の面も読中の理解においても読者の助けとなっております。また,お忙しい皆様においては前段だけでも有用です。
ノーベル物理学賞を授与された南部陽一郎先生が当時,研究に対する姿勢として論語を引用されておりました。覚えておられる方も多いかと思います。則ち「学びて思わざれば則ち罔(くら)し,思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし」。両方とも大事だなとしみじみ思います。でも時に私は忘れたりします。深くはない私の思いで言えば,「思う」という部分だけに研究の独創性創出を負わせていては痛いしっぺ返しを受けそうですし,オベンキョばかりではダメで,学びは常に創出を支えています。
学びを与えし解説陣に感謝です。
さて,今月号は六つの総説を掲載しました。新年の残りの六つが待ち遠しいと思っていただければ幸いです。
ポニー工業(株) 釜田敏光
Defect Detection by X-ray Radiography
(Research & Technical Committee on Radiographic Testing)
Pony Industry Co., Ltd. Toshimitsu KAMADA
キーワード:X線透過写真,非破壊検査,欠陥検出,撮影条件,露出表
はじめに
放射線部門の関連として,機関誌に数多く論文や解説を掲載している。その中で昭和28 年6 月に掲載された「X 選透過写真による欠陥検出(第1 報)X 線管球電圧と欠陥判別能力
東京都立工業奨励館 仙田富男」を紹介したい。
本文献の緒言で,「溶接部の欠陥を明確に把握することは溶接技術を向上させるために必要かくべからざるものであって,現在では溶接部に対してX 線透過写真による欠陥検査が通常行われているが,適当な条件においてX 線撮影を行わなければ溶接部の欠陥を明確に把握することは不可能である」と述べられている。現在では,規格や露出線図などの情報により,必要とする要件を満たしたX 線透過写真が撮影できる。このことは,先達の多大な努力により成り立っている。
大阪大学 林 高弘
Laser Ultrasonics(Research & Technical Committee on Ultrasonic Testing)
Osaka University Takahiro HAYASHI
キーワード:レーザ,超音波,非接触計測,材料評価,欠陥検出
レーザ超音波は,非接触で固体材料内に超音波を発生させ,材料内を伝搬して表面に現れた超音波を非接触で検出できる手法として,非破壊検査の分野においても広く利用されるようになった1)− 12)。最近では,Photo Acoustics として医療分野でも応用が進んでいる11)。応用が進むにつれて,レーザ超音波の基礎原理について講演発表で触れられる機会が減少し,レーザによってどのように超音波を発生させ,どのように超音波を検出するのかが曖昧なままになっているのではないだろうか。しかし,本格的にレーザ超音波に関する研究・開発を進めようとした場合,そのようなレーザ超音波の基礎原理を理解しないわけにもいかず,日本語で書かれた入門的な記事を探すがなかなか見つからない。英文であればScruby とDrain の名著「Laser Ultrasonics」12)から辿ることで,黎明期の多くの文献にアクセスすることができるが,日本語の読みやすい文献はなかなか入手しにくいのが現状である。
しかし,実は(一社)日本非破壊検査協会内では1996 年にレーザ超音波に関する特別研究会「レーザ非破壊試験研究会」が発足しており,その研究会資料をはじめ,講演概要集などにレーザ超音波に関する多くの知見が蓄積されている1)− 11)。それらを見ると,1980 年代後半から1990 年代において国内でのレーザ超音波の黎明期の活動が非常に活発で,この新しい技術を検査に応用展開しようという本気の意欲がうかがえる。その中で,国内でのレーザ超音波の黎明期の活動を示す文献として,1990 年に金属材料技術研究所(現・独立行政法人 物質・材料研究機構)の斎藤鉄哉氏によって執筆されたレーザ超音波に関する解説記事を紹介したい。
日本電磁測器(株) 堀 充孝
Attempt at the Quantitative Evaluation of Crack Shape from Indication
in Magnetic Particle Testing
(Research & Technical Committee on Magnetic Particle, Penetrant and Visual Testing)
Nihon Denji Sokki Co., Ltd. Michitaka HORI
キーワード:非破壊検査,磁粉探傷試験,漏洩磁束,磁粉,き裂定量評価,動画像計測
はじめに
昭和27 年「非破壊検査」第一巻が発行されてから現在まで,非破壊検査に関する多くの論文・解説が報告されている。磁粉浸透目視部門は,磁粉探傷試験,浸透探傷試験,目視試験を包括する形の部門となっており選択に大変な苦慮をした。今回,「今と未来に活きる論文と解説」として平成28 年第65巻に掲載された解説「磁粉探傷試験における磁粉模様からのき裂形状定量的評価への試み」とさせて頂いた。非破壊検査においてきずの有無判断だけではなく,健全性・予防保全のためきず形状の定量的な評価が期待されている。磁粉探傷試験は,磁粉の付着具合を視覚的に確認し,きずの有無の判断とその分布形状をおおよそ把握する検査に留まっており,きず形状の定量評価をするには苦手な試験法だとされている。ここ15 年間の論文・解説を振り返りながら,近年より身近になった動画像計測技術を駆使し磁粉探傷試験におけるきず形状の定量的な評価法に関する解説記事を紹介する。
EMF 応用計測 藤原弘次
Electromagnetic Field Analysis
(Research & Technical Committee on Electromagnetic Testing)
EMF Laboratory Hirotsugu FUJIWARA
キーワード:電磁場解析,渦電流探傷,有限要素法,伝熱管,強磁性
はじめに
電磁気を応用した検査法は材料の表面だけでなく内部の検査も可能な数少ない要素技術である。しかし,同じく内部検査が可能な放射線探傷法や超音波探傷法と比べて,検査エネルギである電磁場は直進性に乏しく,また高い透磁率部位に選択的に流入し,導体部分では渦電流を発生させるなどの複雑な挙動を示す。材料内部での電磁場の直接的な観察も難しいことから,数値解析技術は現象の可視化を行うためにも重要である。
現在では非破壊検査での電磁場解析技術はすでに研究開発をサポートするツールとして確立していると言っていいだろう。3 次元解析はもとより,ヒステリシスを含む強磁性体の非線形解析,そして渦電流を考慮した過渡解析についても実用化されている。これにはコンピュータの長足の進歩が欠かせなかったのは言うまでもない。スーパーコンピュータと呼ばれる代物が登場したときはその性能に驚いたものだが,その使用料金も高価で存分に使える状況ではなかった。現在ではパソコンはおろか,教育用と呼ばれるような数千円で購入できる名刺大のコンピュータでさえ,それを超える性能を有しており数値解析が低コストで行える恵まれた環境である。しかし,コンピュータの大容量・高速化が活きるのも数値解析技術そのものの研究開発の進展の賜物であることは言うまでもない。
ここでは,電磁場解析における課題や発展の経緯,そしてその中で特徴のある論文について述べる。
(国研)産業技術総合研究所 計量標準総合センター 新井健太
Toward Leak Detection by the Optical Method
(Research & Technical Committee on Leak Testing)
National Metrology Institute of Japan (NMIJ)
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Kenta ARAI
キーワード:漏れ試験,赤外吸収,ラマン散乱,光学測定,遠隔測定
はじめに
漏れ(リーク)試験は,我々の安全・安心を担保する重要な非破壊試験であり,我々に身近なプロパンガスなど可燃性ガスの設備から,真空装置,原子力,宇宙開発,自動車,冷凍空調機器,医療,食品など様々な産業で実施されている。近年は,持続可能な開発目標(SDGs)の推進やカーボン・ニュートラル達成に向けたエネルギー源として水素の普及が端緒についたところである。そのため,水素利用の安全・安心を担保するための水素の漏えい検出が重要になっている。
市中にある可燃性ガス施設や水素ステーションでは,天井や気体が溜まりやすい場所に可燃性ガスや水素のセンサを設置し,漏れの有無を調べている。漏れが検出された場合,リークディテクタを用いて,漏れ箇所を探る。しかし,漏れ箇所から漏れた気体が大気中を漂ってセンサまで到達するにはある程度時間を要し,さらにリークディテクタを持ち出して漏れ箇所を同定するまでにも時間を要す。気体の漏れは,可燃性ガスでは燃焼や爆発,不活性ガスでは窒息の可能性があるので,高感度に遠距離かつリアルタイムで漏れ試験できる方法が望まれている。
漏れの検出方法に立ち返ると,漏れを検出することは漏れに伴う事象を測定,評価することである。漏れを直接あるいは間接的に測定する方法として,質量分析計形リークディテクタをはじめ,様々なセンサが開発された。気体分子は一定の体積を占めるため,圧力を一定に保ったときの体積変化として,漏れを検出する方法は,例えば発泡法として広く普及している。漏れによる気体の分子数の変化を,体積を一定に保ったときの圧力変化として漏れを検出する方法は,圧力変化法(放置法)や自動機ではエアリークテスタとして広く普及している。しかし,いずれの方法も,配管や配線を長くすることは漏れ検出の感度を下げることになるため,漏れ箇所近くでの試験に限られていた。
遠距離かつリアルタイムで測定する方法として,光や音の利用が考えられる。音については,漏れに伴う振動を音や超音波として検出する超音波リークディテクタが遠隔の漏れ試験に使われる。この方法の現在の検出限界は10−3 Pa・m3/s 1)であるため,気体の漏れ試験には十分な感度をもたない。
光を用いた気体分子の検出は,吸収,散乱など光と物質の相互作用を用いる。散乱には,大気中の微粒子によるレイリー散乱,レイリー散乱よりも微弱ではあるが散乱を介在する気体分子に固有に散乱された光の波長が変化するラマン散乱がある。いずれの方法でも,気体では液体や固体と比べて分子密度が1/1000 以下であるため,検出の高効率化が課題となった。しかし,近年,光学部品の高性能化により検出の高効率化が図られており,光による漏れの検出方法の開発が進められるようになった。
(国研)産業技術総合研究所 李 志遠
Phase-shifting Digital Holography
(Research & Technical Committee on Stress and Strain Measurement)
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Shien RI
キーワード:デジタルホログラフィ,位相シフト,変位・ひずみ計測,インフラ構造物,装置小型化
変位・ひずみ計測は電子デバイスから社会インフラに至る様々なスケールの構造物の検査で必要とされている。従来の点計測である変位センサやひずみゲージに比べて,カメラを用いた全視野計測可能な光学的手法は極めて有効である。これまでにレーザ光を用いたモアレ干渉法やスペックル干渉法に加えて,結像レンズを用いないデジタルホログラフィ法がある。この方法は記録されたホログラムから任意の位置での物体像を再生できるのが特長である。
ホログラフィ1)は,顕微鏡イメージング2),光学セキュリティ3),データストレージ4)などの多くのアプリケーションの起源となる現代光学の1 つのツールである。特にホログラフィ干渉法は,光の干渉を利用して,強度の測定により光の場の位相成分を取り出す技術として広く利用されている。従来のフィルムの代わりにCCD カメラを用いるデジタルホログラフィは,測定物体表面に処理なしに非接触で微小な変位・ひずみ分布を測定できる光学的手法である。特に位相シフトデジタルホログラフィ5)は,高精細な再生像を得ることができる優れた手法である。
位相シフトデジタルホログラフィは,参照光と物体光を干渉させた複数の強度分布画像を用いて,測定物体の位相分布を再構成できる手法である。図1 に位相シフトデジタルホログラフィ干渉法における物体光と参照光の模式図を示す。光源から物体表面に照射された光は物体表面で散乱し,その一部は物体光として撮像素子に到達する。また,同一の光源から分離した参照光も撮像素子表面に入射させることで,物体光との干渉模様が撮像素子に記録される。加えて,参照光の位相をシフトさせることで,撮像素子の画素ごとに明暗が変化し,画素ごとに振幅と位相値(まとめて複素振幅と呼ぶ)を記録することができる。撮像素子表面における物体光の複素振幅A0 (X,Y)と参照光の複素振幅Ar (X,Y)が干渉されたホログラムを光の伝搬公式に当てはめると物体表面の複素振幅分布を計算し,再生像を得ることができる。