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機関誌

2022年11月号バックナンバー

2023年8月5日更新

巻頭言

「電磁気現象を利用した新しい非破壊試験」特集号刊行にあたって

後藤 雄治

毎年,春から夏にかけて職場での一大イベントに「健康診断」がある。若い頃は,身長がどのくらい伸びたかや体重の減少,各種筋力の強化度合や肺活量の数値に一喜一憂していた。一方,心配事としてはゲームや漫画の読みすぎによる視力の低下くらいであった。しかし最近は,身長は下降の一途をたどり,それに反比例して体重や体脂肪の増加が止まらない。視力にいたっては,遠くはおろか,最近は近くも見えなくなり,どの領域もぼやけている。その他,筋力や肺活量には見向きもせず「あ~尿酸値が~」とか,「コレステロール値が…」,「BMI が…」などの数値に目が移る。医学部出身ではないにもかかわらず,いつの間にか医学専門数値にやたらに詳しくなりつつある自分に気が付く。近年,健康意識向上の気運が高まりつつあるため,新しい指標値や診断法などが続々と出現しており,さらに新しい医学専門用語を覚える機会が増えつつある。厚生労働省においては「人生100 年時代構想会議」が創設されており,いかに健康を維持・管理するかの議論がされている。また経済産業省は健康経営に基づいた健康マネジメントを推奨しており,学術の分野においても「健康マネジメント学科」や「健康マネジメント研究科」などが大学等で新設されてもいる時代である。これらの基本には病気やその予兆の「早期発見」が重要であり,様々な非侵襲的な診断法や検査法が研究・開発されつつある。この考え方はプラントやインフラ設備も全く同じといえる。プラント設備等の健康寿命を延ばす方策としては,不良箇所やその予兆の「早期発見」を非侵襲的(非破壊的)に実施することが重要となる。医療における非侵襲的検査の代表としては磁気を使用したMRI や放射線を利用したCT 検査などがあるが,非破壊検査の分野でも同様に種々の検査法が実施されている。この中でも特に「電磁気現象を利用した試験法」は高速・非接触で実施可能であるため,「早期発見」の初段階における「スクリーニング検査」には最適な方法といえる。元来,「電磁気現象を利用した試験法」には渦電流探傷試験や磁粉探傷試験などを代表とした「表面探傷」に限定した試験法として認識されてきた歴史がある。しかしこれらの電磁気検査手法は,「スクリーニング検査」としての役割が重要視されるあまり,しばしば試験速度の向上のみが追求され,詳細な検査や定量評価は超音波試験や放射線試験等の他の試験法でジックリ再調査するといった使われ方も多かった。しかし近年,高度な信号処理技術や検査法の改良・改善研究が進展しており,高速試験を担保しつつ,「表面探傷」に限定されない手法や,他の試験法と同程度以上の高感度化を実現できる新しい試験法が続々と研究開発されつつある。本特集では近年注目されている「電磁気現象を利用した新しい非破壊試験」を紹介し,これからますます発展が期待されている電磁気試験法のさらなる可能性を提示させていただく。

最後に,本特集号の企画にあたって,大変ご多忙にもかかわらず快くご協力いただいた執筆者の方々ならびに関係各位に深く感謝申し上げる。

 

解説

電磁気現象を利用した新しい非破壊試験

フーリエ係数の計測に基づく配管探傷法

東京大学 奈良 高明

Inspection of Ferromagnetic Pipes Based on Measurements of Fourier Coefficients of Leakage Magnetic Flux
The University of Tokyo Takaaki NARA

キーワード:漏洩磁束,配管探傷,逆問題,磁気双極子,フーリエ係数

 

はじめに
 石油・天然ガスのパイプラインや,原子炉・工場配管の探傷は,安全な社会基盤を構築するための基礎となる技術である。超音波探傷,アコースティック・エミッション,渦電流探傷,磁粉探傷,漏洩磁束探傷など,様々な非破壊検査法の中で,漏洩磁束探傷法は,配管の内・外表面のきずを非接触で検出可能であるという特色をもつ。強磁性体の配管を交流磁界で磁化したとき,管表面にきずがあると,きず位置から磁束が漏洩する。そこで配管の円周に沿ってアレイ状に配置したセンサ素子を配管長軸方向にスキャンして漏洩磁束分布を検出し,逆問題手法によりきずの存在,位置,サイズ・形状を同定するのが従来法の概要である1)。例えば,Ireland らは,24 個のホール素子からなるセンサアレイを用いた配管内探傷法を提案している2)。

しかしながらセンサアレイを用いる方式では,管径が小さい場合,配置できる素子数に制限があり,欠陥位置同定の解像度が低下するという問題がある。逆に管径が大きくなると素子数が増大し,配線や処理回路が煩雑になるという問題がある。もしもごく少数個のセンサで,素子間隔から決まる解像度よりもさらに細かい解像度で配管探傷が行なえれば,多数のセンサ素子の校正が不要で,安価で簡易な装置を用いた高精度な探傷が実現できる。

そこで本稿では,配管内のきずの周方向・軸方向位置を,2 つのセンサだけで同定する手法を紹介する。

 

インバータを用いた矩形波渦電流探傷試験による減肉検査

九州大学 笹山 瑛由

Corrosion Testing Using Rectangular Wave Eddy Current Testing with Inverter
Kyushu University Teruyoshi SASAYAMA

キーワード:渦電流探傷試験,上置コイル, 矩形波渦電流探傷試験,多重周波数渦電流探傷試験,厚板,減肉,インバータ

 

はじめに
 金属などの導体の表面の探傷試験として,渦電流探傷試験(あるいは渦電流試験。Eddy Current Testing;ECT)が広く用いられている。さらに近年,非常に低い周波数で行うことにより,厚板の鋼材の表面きずだけでなく裏面きずを検出することも可能であり,老朽化したインフラ構造物への検査への応用が進んでいる1)−3)。

ECT では励磁コイルを正弦波電流で励磁して試験することが一般的4)である。一方,誘導機や変圧器等の電力機器を制御する際には,省エネ化や制御が容易なことから,近年,直流から交流へ電力変換する際にはインバータ装置が広く用いられている5)。渦電流探傷試験においてもインバータを用いれば探傷器を簡素・小型・軽量化できると考えられ,著者は,正弦波励磁の代わりにインバータ励磁とした渦電流探傷試験に関する研究を行っている6)−9)。インバータでの励磁方法は種々存在する5)が,本稿では,矩形波の電流又は電圧波形によって励磁する渦電流探傷試験を,矩形波渦電流探傷試験(あるいは矩形波渦電流試験,Rectangular wave Eddy Current Testing;RECT)と呼ぶことにする。RECT という名前は,Rectanglar の初め4 文字であるから覚えやすいこと,また,後述するが,RECT はパルス渦電流試験(Pulsed Eddy Current Testing:PECT)4)の一種とも考えられ,それを意識していることに由来する。

RECT を行う場合には,励磁コイルからは基本波だけではなく高調波が発生する。一般に,インバータ回路では高調波を抑制することが課題となっているが,逆に,その高調波の磁場を積極的に利用すれば,基本波だけでなく高調波による渦電流探傷試験を同時にできる。すなわち,多重周波数渦電流探傷試験(多重周波数試験)4)ができる。つまり,RECTによって探傷器の簡素化と効率化を達成できるだけでなく,正弦波励磁のECT よりも情報を多量に収集できる。

本稿では,まず,RECT の特長を紹介する。引き続いて,非磁性体の厚板における局所的な減肉きずと,磁性体の厚板における広範囲にわたる減肉きずの検出を想定したRECT の例を紹介する。

 

石油化学プラントを対象とした電磁気応用非破壊検査技術の開発

鳥羽商船高等専門学校 吉岡宰次郎

Development of Non-destructive Electromagnetic Inspection Technology for Petrochemical Plants
NIT,Toba college Saijiro YOSHIOKA

キーワード:電磁気非破壊検査,渦電流探傷試験,パルス磁界,強磁性体,3次元非線形 FEM 解析

 

はじめに
 石油化学プラントで使用されている原油タンクや加熱炉,配管設備では使用環境による設備劣化や経年劣化による事故が問題視されている。これらの事故を未然に防ぐために定期的なメンテナンス検査が実施されている。検査対象としては原油タンクの側面の板厚やタンク底面のアニュラ板の減肉検査,加熱炉で使用されている鋼管の炭素濃度評価による成分検査,被覆配管設備の減肉検査などが存在する1),2)。これまで著者は,渦電流探傷試験による減肉評価や漏洩磁束探傷試験法による炭素濃度評価技術の開発を行ってきた。ここでは,石油化学プラントでの適用を目的として提案を行ってきた様々な非破壊検査方法について記述を行う。

 

球状黒鉛鋳鉄内部に発生した引け巣を対象とする電磁力加振を応用した非破壊検査手法

大分大学 丹羽章太郎  後藤 雄治

Non-destructive Inspection Method Using Electromagnetic Force Excitation
for Shrinkage Cavity in Spheroidal Graphite Cast Iron

Oita University Shoutarou NIWA and Yuji GOTOH

キーワード:電磁力加振,強磁性体,電磁界解析,変位解析

 

はじめに
 球状黒鉛鋳鉄材は引張強度や靭性に優れた鋳造材としてクランクシャフトやタービンをはじめとする機械部品などに使われている。一方,球状黒鉛鋳鉄は一般的な鋳鉄材と比較して,引け巣と呼ばれる空洞が内部で発生しやすいことも知られている。引け巣は製品の強度を低下させるため,非破壊検査を実施して引け巣の有無を検査する必要がある1),2)。この引け巣を評価する手法としてはX 線や超音波,電磁気検査法が検討されている。X 線探傷法は放射線を鋳鉄内に透過させ,引け巣の有無を判別する方法であり,引け巣の形状や位置を画像で判別できる利点がある。しかし,一般的に検査設備は大掛かりになり,試験材の厚みが30 mm を超える大型の鋳鉄材への適用が困難となる場合がある。超音波探傷法は高い精度での評価が期待されるが,鋳鉄材表面部を研磨し,水やグリセリンなどの接触触媒を必要とする3)。渦電流などを使用する電磁気検査法は,通常,交流磁界を印加して発生する渦電流の変化を検出するため,表皮効果の影響で鋳鉄内の深い場所に存在する引け巣を検出することは困難である4),5)。そこで,本研究では球状黒鉛鋳鉄材内部に生じる引け巣を,より簡便に評価できる手法として,電磁力加振による差動振動測定による試験法を提案する。これは永久磁石による静直流磁界と交流励磁コイルによって鋳鉄材内に生じる渦電流で,電磁力による振動が発生する現象を応用したものである。試験表面の振動は振動検出素子を用いることで検出する。2 つの振動検出素子から検出した差動信号の強弱で引け巣を評価するものである。ここでは3 次元有限要素法による鋳鉄材の磁気特性の非線形性を考慮した電磁界解析と,電磁力によって変化する鋳鉄材内の変位に対して変位解析を使用することで,試験原理の解明を行う。最後に内部に引け巣を有した球状黒鉛鋳鉄材を使用し,検証実験を行う。

 

直流バイアス矩形波電流による炭素鋼鋼管の検査技術開発

東亜非破壊検査(株) 東原  純

Inspection Technology for Carbon Steel Tube Using Square Wave AC with DC Bias
Toa Non-Destructive Inspection Co., Ltd. Makoto TOHARA

キーワード:渦電流探傷試験,炭素鋼,熱交換器,直流バイアス矩形波,3次元有限要素法

 

はじめに
 石油精製,化学プラントをはじめとする各種プラントの多管式熱交換器には炭素鋼鋼管が広く用いられており,保守管理のため腐食検査が実施されている。現在,全数検査ではリモートフィールド渦電流探傷試験(以下RFECT),抜き取り検査では水浸超音波探傷試験(以下水浸UT)が主に適用されている。これまでRFECT は強磁性材である炭素鋼鋼管の電磁気検査手法として実績が積まれてきた一方で,強磁性材特有の磁性ノイズによって軽度な腐食の検出が困難なことが確認されている。水浸UT は減肉深さを精度良く評価可能であるものの,電磁気検査手法に比べ検査速度が遅いといった課題が挙げられる。近年,強磁性材の減肉検査には交流磁界に直流磁界を併用することで,検査適用が可能であることが報告されている1)−3)。一方で,特に鋼管検査に対する電磁界現象を説明した報告は見受けられない。当社では高速検査かつ局部減肉の検出を目的として,RFECT で用いられる正弦波交流磁界と比べ探傷感度の向上が見込まれる矩形波交流磁界を使用し,かつ直流磁界を併用した渦電流探傷装置を開発した。本稿では探傷原理について電磁界解析を用いて理解するとともに,装置の特徴や実機でのテスト結果について紹介する。

 

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