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機関誌

2022年10月号バックナンバー

2023年8月5日更新

巻頭言

「社会・輸送インフラの保守検査技術Ⅱ」特集号刊行にあたって

水野 亮二

 社会・輸送インフラは,我が国の経済・生産基盤を支える設備であり,これらの設備の健全性を確保するために,保守検査技術は大きな役割を担っています。

特に日本の高度成長期以降に整備された橋梁,トンネル等のインフラ設備は,建設後50 年以上経過し老朽化が進行しており,これらのインフラ設備の保守検査の重要性が高まっています。老朽化したインフラ設備の増加,維持修繕費の増加や少子高齢化や熟練技術者の減少による人手不足の懸念から効率的に検査・点検する手段としてICT(Information & Communication Technology),IoT(Internet of Things),ロボット技術,ドローン技術,ビッグデータ,AI(Artificial Intelligence)等の活用が期待され実用化されてきています。

内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)においても研究課題の一つとして「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」(2014 年度~ 2018 年度)があり,産官学連携して研究開発が推進されました。この中で(1)点検・モニタリング・診断技術,(2)構造材料・劣化機構・補修・補強技術,(3)情報・通信技術,(4)ロボット技術の基盤技術に加え(5)アセットマネジメント技術の五つの研究開発項目があり,数々の保守検査技術に関連する研究開発も行われています。

このように保守検査技術はインフラ設備の維持管理において重要な技術であり,事故の未然防止,人手不足の解消,メンテナンス費用等のコスト削減等のために保守検査技術のさらなる効率化,高性能化が期待されます。

保守検査部門は,プラント・インフラ設備が使用され始めてから廃棄されるまでの長期間にわたって,その健全性を確保するための保守検査技術を含むあらゆる技術を検討し,その実施を促進することを活動の目的としています。毎年2 回程度のミニシンポジウムを開催し産官学の専門家の皆様に最新技術や既存技術の動向や現場適用事例等を講演いただき,議論を行っています。また,毎年の特集号を企画し最新の保守検査技術に関する技術動向等を紹介させて頂いています。

今年度は,「社会・輸送インフラの保守検査技術Ⅱ」と題して特集号を企画しました。2021 年度の保守検査ミニシンポジウムにて新しい検査技術やロボットを活用した検査技術に関してご講演頂いたこの分野でご活躍されているご講演者に解説記事のご執筆をお願いしました。機関誌読者の皆様に最新の技術動向を紹介したく存じます。本特集が,読者の皆様方に少しでもお役に立てれば幸甚です。

本特集では,従来の透過X 線では困難であった大型構造物に対する後方散乱X 線を用いた非破壊検査技術の紹介,ノイズの抑制可能な一様渦電流探傷試験手法等の紹介,ロボットを活用した高所や人が接近困難な箇所での遠隔検査の技術の紹介,ドローンを活用した高所での点検ロボットの紹介の4 件の解説を頂きました。最後になりますが,ご多忙中にもかかわらず本特集号のために解説を寄稿いただきました執筆者の皆様にこの誌面を借りて厚くお礼を申し上げます。

 

解説

社会・輸送インフラの保守検査技術Ⅱ

高感度X 線検出器を用いた後方散乱X 線検査法の開発

(国研)産業技術総合研究所 藤原 健

Development of Back-scatter X-ray Inspection System Using High-sensitive X-ray Detectors
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology Takeshi FUJIWARA

キーワード:後方散乱 X線,X線非破壊検査,X線,鉄筋,インフラ検査

 

はじめに
 物質を透過するX 線を用いた“透過X 線”による検査は,医療診断をはじめとし,インフラや産業機器などの非破壊検査技術としても用いられ,X 線の発生技術と検出技術それぞれの進歩と共に発展を遂げてきた。現在では,自動車,鉄道,航空機,電子機器,産業機器など幅広い分野の非破壊検査法として広く利用されている。X 線非破壊検査の特長として,対象物内部の物質のX 線透過率の差がそのまま直感的に把握しやすい画像として現れることが挙げられる。またフラットパネル型X 線検出器の普及によるデジタル化1)や,X 線発生装置の小型化2)などにより,X 線非破壊検査の利便性は格段に向上している。しかしながら,通常のX 線非破壊検査は,対象物をX 線発生装置とX 線検出器で挟み込む必要があるため大型の構造物など装置で挟み込むことができないものの検査には適用できないという問題があった。特に近年では,高度経済成長時代に建設された高経年化したインフラの維持管理が先進国共通の課題となっている。道路橋,トンネル,鉄道,各種プラント,配管設備など広大なエリアの検査が必要で,従来の検査技術では対応できない箇所が多数存在する。これは大型ゆえに従来のようにX 線発生装置とX 線検出器で挟む形で装置を配置することができない,または対象物が大型ゆえにX 線の透過量が不十分となる場合も透過X 線による非破壊検査は適用できない。一方で,X 線は対象物をある確率で透過し,ある確率で物質に吸収(光電効果)されるが,その他にコンプトン散乱(散乱)する場合がある。これらの相互作用のそれぞれの確率はX 線のエネルギーによって異なるが,物質の元素・密度によっても異なる。また,X 線は対象物の後方(照射した方向と逆方向)にも散乱する。したがって対象物の後方にX 線検出器を配置し,散乱するX 線の分布・強度を検出することで,片側からX 線を用いた検査が可能になる。後方散乱するX 線の強度は透過するX 線に比べて著しく低いため従来技術では検出が難しかったが,高感度X 線検出器やフォトンカウンティング方式のX 線検出器の登場によって微弱な後方散乱X 線を検出し,対象物内部を片側から可視化することが可能になった。本稿では,X 線が対象物に当たって後方に散乱する現象を利用した検査方法(後方散乱X 線検査手法)について概説する。

 

ノイズを抑制可能な一様渦電流探傷試験とAlternating Current Field Measurement 試験について

横浜国立大学 Le Quang TRUNG  笠井 尚哉
(地独)神奈川県立産業技術総合研究所 関野 晃一

Uniform Eddy Current Testing and Alternating Current Field Measurement
Yokohama National University Le Quang TRUNG and Naoya KASAI
Kanagawa Institute of Industrial Science and Technology Kouichi SEKINO

キーワード:一様渦電流探傷試験,Alternating Current Field Measurement 試験,自己ヌル特性,バタフライプロット,回転一様渦電流

 

はじめに
 渦電流探傷試験は,電磁誘導現象を利用して導体の試験体表面の欠陥を検出,評価する非破壊試験方法であり,他の非破壊試験方法と比較し,特別な前処理が不要で,非接触なため高速探傷が可能である。欠陥を精度良く検出するためにはノイズの抑制が必要であるが,渦電流探傷試験では渦電流プローブと試験体表面と距離(以下,リフトオフ)の変化の影響を強く受ける。

従って,渦電流探傷試験を適用する対象は単純な表面形状を持つものが多く,溶接部のように表面形状が変化するものはリフトオフ変化によるノイズが発生するため,渦電流探傷試験を適切に適用することは難しい。

本稿では,リフトオフ変化によるノイズを抑制する渦電流探傷プローブとして,励磁コイルの軸を試験体表面と平行に配置(以後,タンジェンシャル)するなどで,試験体表面に一方向の直線状の誘導電流(一方向渦電流)を発生させ,S/N比を高める渦電流探傷試験の手法について紹介する。

 

壁面走行ロボットによる遠隔検査技術

非破壊検査(株) 宮地 孝徳  吉江 和晃  江淵 高弘  森 雅司

Remote Inspection Technology Using the Wall Climbing Robot
Non-Destructive Inspection Co., Ltd. Takanori MIYACHI, Kazuaki YOSHIE
Takahiro EBUCHI and Masashi MORI

キーワード:非破壊検査,ロボット,遠隔検査,超音波厚さ測定,打音点検,目視検査

 

はじめに
 我が国では,コンクリート構造物や鋼構造物等の社会インフラが高度経済成長期に集中的に整備され,今後20 年間で,建設後50 年以上経過する社会インフラの割合は加速度的に高くなる見込みである1)。これら一斉に老朽化するインフラの維持管理費用の増加や,少子高齢化による人材不足の懸念から,人に代わって効率的に検査・点検を行うロボットのニーズが高まっている。

当社では,材質を問わず壁面を走行可能なロボット「NDIC CLIMBER」(以下,クライマ)を導入し,各種検査装置を搭載することで,高所や人が接近困難な箇所で遠隔検査を実施しており,足場等の付帯工事の削減による維持管理費用の低減や作業員の安全性向上等の効果的な検査技術に貢献してきた。本稿では,これまで実施した遠隔検査事例について紹介する。

 

ポール型点検ロボットの現場適用

新日本非破壊検査(株) 下林 佑輝  和田 秀樹

Practical Use of Inspection Drone at a Pole
Shinnippon Nondestructive Inspection Co., Ltd. Yuki SHIMOBAYASHI and Hideki WADA

キーワード:ドローン,打音検査,渦電流探傷試験,厚さ測定,対象物の 3次元化

 

はじめに
 日本の社会インフラやプラント設備は,高度経済成長期以降,集中的に整備されたものが多く,老朽化による事故のリスクが増大している。これらの設備は目視点検を基本とし,設備に応じて打音検査や厚さ測定などが実施されるが,高所の点検箇所も多く,点検を行うためには足場を架設する必要がある。そのため,足場架設のための費用および工期の増大が課題となる。そこで,従来の点検に代わる新しい点検方法としてドローン技術による高所点検が注目されている。しかし,ドローンを使った点検では機体の墜落対策が必須であること,高い操縦技能が求められること,加えて搭載されているバッテリによって飛行時間が制限されること等の課題点も多い。そこで,これらの課題点を解消し,高所での点検を容易に行うことが可能なポール型点検ロボット1)の開発を行った。

 

研究調査資料

NDIS 3437:2021 硝酸銀溶液の噴霧による硬化コンクリートの塩化物イオン浸透深さ試験方法の概要および懸案事項

青木優介,澤本武博,森濱和正,川俣孝治

Outline and Concerns about NDIS 3437:2021 Test Method for Penetration Depth of
Chloride Ions into Hardened Concrete by Spraying AgNO3 Solution

Yusuke AOKI,Takehiro SAWAMOTO,Kazumasa MORIHAMA and Koji KAWAMATA

 

キーワード:硝酸銀溶液,噴霧,塩化物イオン,浸透深さ,規格

 

緒言
 コンクリートは,引張力に対して弱く,脆性的に破壊する。そのため,構造部材としてコンクリートを用いる場合には,補強材として内部に鋼材(鉄筋)を配置することが一般的である。ここで,海水飛沫の飛来や凍結防止剤の散布などによって,コンクリートの表面に塩化物イオンが付着すると,それが内部に向かって浸透し,内部の鋼材を腐食させる原因となる。よって,新設構造物を設計・施工する際には,使用するコンクリートの塩化物イオン浸透抵抗性を把握しておくことが重要となる1)。また,既設構造物を維持・管理する際には,現状の塩化物イオンの浸透深さを把握することが重要となる2)。これらの際に必要とされるのが,コンクリートの塩化物イオン浸透深さ試験である。

2021 年3 月3 日,(一社)日本非破壊検査協会規格NDIS3437:2021 硝酸銀溶液の噴霧による硬化コンクリートの塩化物イオン浸透深さ試験方法が制定された3)。試験方法の概要は2. に,原理は3. に後述するが,本試験方法は外部から塩化物イオンが浸透した硬化コンクリートの断面に硝酸銀溶液を噴霧することで,図1 のように一定量の塩化物イオンが浸透している深さを目視で確認できるものである。従来の試験方法に比べて,実施の容易さ,手早さ,結果のわかりやすさ,に優れると考えられ,コンクリート構造物の設計・施工・維持・管理の場面において広く実用されることが期待されている。

一方,本試験方法には,いくつかの懸案事項が残されている。本稿では,規格制定に従事した著者らの立場から本試験方法の概要および原理について紹介し,本試験方法の懸案事項について考察するとともに,その解決策・対応策について現段階での見解を述べる。

 

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