黒川 悠
つい先程私のところに研究室の学生が,「超音波試験の実験をやってると接触媒質で手や机のまわりがベタベタになるんです,何かいい解決策はありませんか」と質問に来たので,「超音波の研究をやってるんだからしょうがないよ,がんばってね」と答えておきました。
超音波探傷試験で最も広く用いられる形態は接触式かと思います。超音波探傷試験では材料の内部を伝搬した超音波を基にきず等の評価を行うので,超音波の送受信に超音波探触子を使用する場合,探触子で発生させた振動を材料内部に伝える必要と,材料内部を伝搬した超音波を探触子で受信する必要が生じます。ご存知のように空気と固体材料の音響インピーダンスは大きく異なるため,探触子と材料の間に空気があると超音波は相手にほとんど伝わらずに跳ね返されてしまいます。そのため接触式では探触子と材料の間に接触媒質を塗布し,音響インピーダンスの差を小さくして超音波を送受信します。接触媒質に水を選び,探触子と材料をある程度離して試験する水浸法や局部水浸法も広く用いられています。探触子と材料を離すことはできますが,水が材料に接しているので非接触とは呼ばれないようです。
接触媒質を導入することなく超音波を送受信できたら便利ですよね。そうすると,非常に強度の大きい超音波を入射するか,または別の方法で超音波の送信や受信を行う必要が生じます。それが非接触超音波で,レーザを送信及び/または受信に用いるレーザ超音波,空気を介して非常に強度の大きい超音波を送信する空中超音波,そして磁石とコイルを用いて超音波を送受信する電磁超音波が知られています。非接触超音波への関心は高く,技術は日進月歩のようです。今回の特集企画では非接触超音波に関して6 名の方に解説記事を執筆していただきました。
大阪大学の野村先生と浅井先生には,薄板溶接継手の溶接欠陥をレーザ超音波で検出する手法について解説いただきました。レーザ超音波の装置は大型であるケースが多いですが,装置を小型化しロボットアームに搭載することに成功しています。
大阪大学の林先生には,拡散場を用いて表面直下の欠陥を検出する手法について解説いただきました。通常,超音波探傷試験では残留エコーの影響が生じないように繰り返し周波数を設定しますが,この手法では逆に連続してパルス波を発生させSN 比を改善しています。
愛媛大学の中畑先生には,レーザ加熱による光音響効果で励起される超音波パルスをシミュレーションで計算する手法と計算結果について解説いただきました。スポット径が小さく照射時間が短いレーザを用いると簡単なモデルで近似した場合と音場が近くなるけれども,条件を変えると音場が変わり,場合によっては表面直下方向に縦波を励起できることを紹介いただいています。
タレスジャパンの小林様とSound & Bright のBruno 様には,超音波の受信にレーザを用いる装置について,最新の方式を解説いただきました。レーザ超音波の受信側は干渉を利用しているということは知っていましたが,仕組みの詳細や最新の動向については把握していなかったので大変勉強になりました。
福岡工業大学の村山先生には,電磁超音波の原理を解説いただいた後に,電磁超音波の最新の動向について調査いただいた結果を解説いただきました。電磁超音波は比較的古くからある非接触超音波ですが,過去に比べてより多くの論文が近年投稿されていることと,その内容の概要をご報告いただいています。
日本大学の大隅先生,清水様,伊藤先生には空中超音波をフェイズドアレイ方式で行う手法について解説いただきました。空中超音波で励起されたガイド波の伝搬の様子を可視化した結果や,減肉を検出した例をご紹介いただいています。
いずれの解説記事も興味深く,読者の皆様にとって非常に有益なものと思います。最後に,本企画にご協力いただいた皆様,特にお忙しいにもかかわらず解説記事執筆の依頼を快くお引き受けいただき,記事をご提供いただいた執筆者の皆様に心より感謝を申し上げます。
大阪大学 野村 和史 浅井 知
Non-contact Measurement of Fillet Welded Sheet Quality by Laser Ultrasonic
and its Robotic Application
Osaka University Kazufumi NOMURA and Satoru ASAI
キーワード:レーザ超音波,モニタリング,重ね隅肉溶接継手,ブローホール,マイクロチップレーザ
はじめに
アーク溶接法は,数ある接合プロセスの中でも簡便性やエネルギー効率の高さなどの理由から製造業の各分野における不可欠な技術となっており,さらなる高品質化,高効率化が常に求められている。ロボット溶接による製造の自動化は品質と生産性向上のために不可欠な技術として多くの現場で既に運用されているが,実際には多くの課題が残っており,アーク溶接プロセスに伴う様々な外乱のために継手性能の完全な保証は未だにできていない。図1 はアーク溶接における設定及び外乱の一例である1)。こちらから与える溶接条件のほかに,プロセス側で生じる外乱,溶接対象物側に生じる外乱など,一般的には制御することができない外乱が多い。したがって,ロバスト性に優れた溶接条件を設定する必要があるが,外乱に完全に対処することは難しく,結果として溶込み不良,気孔欠陥,割れなどの溶接欠陥の発生を排除することができない。そのため,溶接欠陥の有無を確認する検査プロセスが必要となる。
例えば多層盛溶接(数パスにわけて層を重ねて溶接が行われる溶接)では,連続で数パス,数層盛り終わった後,十分な冷却ののちにUT が行われることが多い。溶接欠陥が発見された場合は,欠陥の除去及び溶接のやり直し,すなわち欠陥が生じたパス以降の施工がすべて無駄になるという大幅な後戻り工程が生じるため,生産性が大きく阻害され,甚大なコスト増につながる。特に厚板ではパス数,層数も多くなるため非常に重要な課題となっている。1 パスごとに即座に欠陥の有無を判別するその場計測が求められるが,従来の接触型のUT は溶接中の高温環境での適用は不可能である。
大阪大学 林 高弘
Detection of Subsurface Micro Cracks Using Scanning Laser Source Technique
Osaka University Takahiro HAYASHI
キーワード:レーザ超音波,局所共振,金属三次元積層造形,拡散場
はじめに
超音波を用いた非破壊検査1)−4)は,固体材料内部の状態を検出できる数少ない手法として広く利用されている。一般的には,超音波トランスデューサを固体材料表面に接触させて材料内部へ超音波を伝達させ,その中を伝搬した後に表面に現れる超音波振動を検出することにより,超音波の伝搬経路内の状態を評価する。この非破壊検査手法は,超音波探傷が工業的に利用され始めた第1 次世界大戦時から広く用いられている手法であり,成熟した信頼性の高い技術として各種検査規格が制定されている。一方で,超音波の特性上,固体材料内に超音波を伝達させるためには,超音波トランスデューサを材料表面に接触させる必要があり,このことが超音波計測による固体材料内部の欠陥検出や材料特性評価の適用範囲を制限する大きな課題であった(図1)。
その中で,水−固体材料間の音響インピーダンス差が,空気−固体材料間よりもずっと小さいことから,水を媒介することで超音波トランスデューサから固体材料へ超音波を伝達させることができるという特性に着目した水浸法が開発された(図2)。これにより,材料表面上で走査しながら超音波エコー波形を計測する超音波顕微鏡や超音波映像装置が登場した。また,対象物全体を水に浸すことのできない航空機翼やパイプのような大型の被検体には,超音波トランスデューサと対象物との間だけに水を流す部分水浸法なども利用されている。
しかしながら,高温物体や容易に近づけない構造物,移動体や回転体などは,超音波トランスデューサによる接触法も水を結合媒体とした水浸法も適用することができないため,非接触で超音波を対象物内に入射し,検出できる手法が必要となってくる。そこで,利用されるのが電磁超音波法や空中超音波法,レーザ超音波法である。
愛媛大学 中畑 和之 三木 陽大 丸山 泰蔵
Simulation of Laser Ultrasonic Method Based on Photoacoustic Phenomenon
Ehime University Kazuyuki NAKAHATA, Akihiro MIKI and Taizo MARUYAMA
キーワード:レーザ超音波法,光音響現象,有限積分法,熱伝導方程式,波動方程式
はじめに
非接触で超音波を送受信する技術として,レーザ超音波法がある。レーザ超音波法は,対象から離れた位置で超音波を送受信できるので,工場内の検査だけでなく,社会インフラなどの大型構造物にも応用されている1),2)。レーザ超音波法は,超音波の送信と受信で異なる機構を用いている。超音波を送信するには,パルスレーザを被検体表面に照射したときの熱膨張やアブレーションを利用して,急激な応力変化を表面に作用させる。超音波を受信するには,被検体表面に連続発振レーザを照射し,反射光と参照光の干渉を利用して表面の変形を検出するものが多い。最新の動向は他の執筆者に譲るが,レーザ照射による超音波送信と受信を組み合わせれば,完全非接触で検査を実施することができるため,様々な分野で導入が加速している3),4)。
照射対象が弾性的に変形するようにレーザ出力を調整する場合,図1(a)に示すように,主として表面が急激に熱膨張して超音波が生じる。これを光音響現象5)(Photoacoustic phenomenon)という。このとき,短時間に光- 熱変換が行われることがポイントであり,熱の閉じ込めがないと単なる光熱現象(Photothermal phenomenon)となり,音はほとんど発生しない。医療分野でもレーザ照射による超音波を利用した画像診断が行われており,それは本誌68 巻12 号(2019 年)でも特集6)が組まれた。なお,生体は工業材料と違い,光が内部まで浸透するため,内部の光吸収体(血液,脂質,リンパ等)から光の波長に依存して超音波が発生する。一方,レーザ出力が大きいと図1(b)に示すように,材料組織の飛散(アブレーション)や光学破壊(プラズマ化)によって応力波が発生する。本稿では,光音響現象によって発生した超音波を,アブレーションと区別して,以下,光超音波と呼ぶことにする。
タレスジャパン(株) 小林 忍 Sound & Bright Bruno POUET
Recent Progress of Laser Ultrasonic Receiver
Thales Japan KK Shinobu KOBAYASHI
Sound & Bright Bruno POUET
キーワード:非破壊検査,レーザ超音波,レーザ干渉計,MCRQ干渉計
はじめに
昨今「インダストリーズ4.0」「ビッグデータ」などが浸透するにつれ,非破壊検査,自動測定の技術もますます重要性を増している。非破壊検査の中でもレーザ超音波を利用した測定は徐々にアプリケーションが広がりつつあるように思われる。レーザを利用した超音波検出では,接触式の超音波振動子に代わり,レーザパルスを対象物に照射し,対象物を伝搬する超音波を検出器として連続波レーザを使うことで非接触に内部欠陥や対象物の厚さを測定することができる。そのため,従来接触式で測定することが難しかった形状の物体や高温の物体などにも応用することができる。従来は粗面や振動に弱いといった問題があったこともあり,工業的な応用は限られていたレーザ超音波受信装置であるが,最近はそれらの弱点が改善された製品も開発されてきている。本稿ではレーザ超音波受信装置の中でも米国,サウンドアンドブライト社(Sound & Bright)1)で開発された製品とその応用を紹介する。
福岡工業大学 村山 理一
State-of-the-art Electromagnetic Acoustic Transducer
Fukuoka Institute of Technology Riichi MURAYAMA
キーワード:電磁超音波探触子,ローレンツ力,磁歪,電磁波,ハルバッハ磁石,位相制御
はじめに
電磁超音波センサ(Electromagnetic Acoustic Transducer:以下EMAT と略す)は,非接触測定可能な超音波センサとして,日本では1970 年代後半から1980 年代前半にかけてさかんに研究された。構造は導体内にバイアス磁場を与える永久磁石あるいは電磁石と,振動電場あるいは振動磁場を励起する電磁誘導コイルからなる。発生させる波のモード及び対象物形状,材質によって,磁石やコイルの形状が異なる。最初に非接触測定可能な超音波センサと記述したが,永久磁石では被検査材表面からの離隔距離は最大でも3 mm 程度,大規模な駆動装置を使った電磁石を使っても5 mm 前後が限界で,10 mm を超えて使用できることはまずない。EMAT の最大特長は,電磁波を使って振動源及び受信源を検査材表面内に形成できるため,接触媒質が不要である点である。従って接触媒質の塗りムラ,被検材表面粗度による感度変動がなく,特に製造ライン上での検査,走行する検査ロボットを使った場合,リフトオフ等を安定させるメカニカル装置があれば感度変動は極めて小さくなる。接触媒質を使う超音波探触子と比べても,その感度変動は小さい。またSH 波のような横波振動モードの送受信では,PZT 型超音波探触子が粘性の高い接触媒質を均一に安定して塗布する必要があり実質的に走行中の検査に適用できないのに対して,この課題が自動的に解決される。もう一つの長所は,磁石と高周波電流を与える電磁誘導コイルの形状及び配置が比較的任意に設定できるため,任意の位置・向き・パターンの力を形成でき,特殊な超音波モードの送受信が圧電振動子型よりも容易にできる点があげられる。
日本大学 大隅 歩 清水 鏡介 伊藤 洋一
Application to High-Speed Non-destructive Inspection Using Airborne
Ultrasound Phased Array
Nihon University Ayumu OSUMI, Kyosuke SHIMIZU and Youichi ITO
キーワード:フェイズドアレイ, ガイド波,空中超音波,波源走査法
はじめに
超音波非破壊評価における非接触測定方法には,電磁超音波やレーザ超音波,空中超音波を利用した方法1)−5)などがある。このうち,空中超音波を利用した方法(以下,空中超音波法)は,空気結合超音波法・空気伝搬超音波法などと呼ばれ,超音波探傷法が始まった半世紀以上前から提案され研究1),2)されてきた。
空中超音波法の難しさは,媒質の音速と密度の積で表される固有音響インピーダンスの相対的な差異にあり,空気と材料の間の往復透過率が10−5 オーダ1),2)と極めて小さいことにある。
固有音響インピーダンスの相対的な差異により,その定量的な反射および透過率は決定されるので,空中から金属材質に透過させ,さらに空中へ再放射されることを考えると,80 〜90 dB ほどの減衰1),2)となる。また,空中での著しい超音波減衰のため,実用できる上限周波数が数MHz 程度という制限もある。一方で,各種モード変換波の励起,超音波ビームの方位制御,焦点化が容易などの利点1),2)もある。
空中超音波法では,この著しい減衰ロスをハードウエアあるいはソフトウエアの観点から様々な工夫を行うことで実現されている。特に,近年では,高感度の空気超音波探触子および高品質な周辺機器(プリアンプやフィルタ)が開発され,各種材料の欠陥検出1),2)が可能になってきた。
このような背景の中,筆者らの研究グループでは,空中超音波法の減衰問題に対して,独自に開発した集束空中超音波デバイス6),7)から非常に強力な空中超音波(数万Pa 程度)を放射することで非接触非破壊検査を実現してきた。
例として挙げると,10000 Pa(音圧レベル約174 dB)の音波を対象に照射したとき,仮に80 dB 減衰した場合でも,1 Paは対象から再放射される。1 Pa は大気中において,音圧レベルに換算すると94 dB である。これは可聴域であれば,おおよそ電車の高架下の騒音レベル程度であり,市販のコンデンサマイクロホンでも十分なSN 比での計測が可能となる。
非常に強力な空中超音波は,空間を非線形超音波8)として伝搬させることが可能となるため,筆者らはこれを利用し非破壊検査や医療診断でも利用される,媒質の非線形を利用したハーモニックイメージング9)− 12)を空中でも実現してきた。具体的には,比較的低周波であるものの20 〜300 kHz 程度の広帯域多周波センシングを実現13),14)している。
また,対象の表面性状の影響を回避し,安定した計測を行うためレーザ弾性波源走査法15)− 18)の波源を,集束空中超音波に置き換えた空中超音波波源走査法19)− 22)を提案し,計測の安定化も行ってきた。この手法により,加算平均などの処理の必要がほぼなくなるため,計測がある程度高速化された。
その一方で,これまでの計測方法は,デバイスを機械的に走査し波源を走査していく方式であるため,ある程度計測時間が短くなったものの,実用するには依然として長時間の計測を行う必要があった。さらなる高速化を行うには,機械的な波源の操作ではなく,フェイズドアレイ23)のように電子スキャンによって音波の集束位置を高速走査する方法が考えられる。そこで,近年,ハプティクスやレビテーションの研究で利用されている空中超音波フェイズドアレイ24)− 29)を波源走査法に適用することを提案した。
本稿では,空中超音波フェイズドアレイと波源走査法を組み合わせた高速非破壊検査30)− 32)について,計測事例と合わせて報告する。