logo

<<2026>>

  • 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
  •  
  • 予定はありません。

機関誌

2023年3月号バックナンバー

2023年8月5日更新

巻頭言

「鉄筋の腐食と非破壊試験」特集号刊行にあたって

今本 啓一

コンクリートは一般に極めて強度の高い強靭な材料であると認識されているが,その引張強度は圧縮強度に比較して著しく低く,コンクリート単体で梁や柱として使用することは基本的に困難である。そのためコンクリートは鉄筋と併せて使用することにより各種の用途に利用できる有効な部材となる。設計上,鉄筋コンクリートに許容される応力レベルはコンクリートだけでなく鉄筋の量に基づいて計算される。そのため,コンクリート中の鉄筋腐食は安全性に直接かかわる極めて重篤な損傷である。RC 部門では歴史的に鉄筋腐食に関する非破壊検査手法に関する研究を展開するとともに,その動向を精査してきた。今回の特集号では,幅広い層の読者に鉄筋腐食の問題を理解していただくことを念頭に,記事を構成した。

京都大学高谷哲博士からは,「自然環境下におけるコンクリート中の鉄筋の腐食機構」を寄稿いただいた。

金属の腐食を考える上で,形成する酸化物層は非常に重要であり,コンクリート中の鉄筋の腐食の進行は環境に依存し,腐食環境は,水の作用を受け,「乾燥環境」,「湿潤環境(酸素十分)」,「湿潤環境」および「乾湿繰返し環境」の4 種類に分類することができるとした上で,精緻な分析に基づき,乾湿繰返しにおける腐食が我が国における鉄筋腐食の主要因となっていることを解説いただいた。

立命館大学福山智子博士からは,「微破壊電気化学的手法(自然電位・分極抵抗)」を寄稿いただいた。

コンクリート分野での鉄筋腐食診断において広く用いられている自然電位法や分極抵抗法について,その電気化学的な原理について文献に基づき概説いただき,これらの方法の各種基準の数値を機械的に当てはめるのではなく,コンクリート中の鉄筋の電気化学的な挙動の理解の上の適用が重要であることを解説いただいた。

中央大学大下英吉教授からは,当協会RC 部門における取り組みとして,2014 年9 月に設立された「鉄筋腐食診断手法研究委員会」およびこれに続いて2018 年9 月に設立された「鉄筋腐食診断に係る技術ガイドライン作成委員会」における,鉄筋腐食に関する非破壊検査技術の変遷と最新技術の整備内容について紹介をいただいた。

太平洋セメント(株)の江里口玲博士からは,「センサ技術の適用課題と期待」として,さらに最新となるRFID を「鉄センサ」の通信インターフェースに適用して埋設して無線で計測する技術等について紹介をいただいた。

鉄筋コンクリート構造物の耐久性は,構造性能の時間軸上での保持性能である。従って耐久性は一言でいえば鉄筋の腐食によって差配されるといっても過言ではない。この鉄筋の腐食状態を非破壊で評価することは,コンクリート分野に関わる研究者・技術者の積年の夢である。その夢に向け,RC 部門内での研究会の取り組みや各種の試験方法を紹介するほか腐食評価手法に関する最新の動向についても網羅的に紹介する。

 

解説

鉄筋の腐食と非破壊試験

自然環境下におけるコンクリート中の鉄筋の腐食機構

京都大学 高谷  哲

Corrosion Mechanism of Reinforcing Steel in Concrete under Actual Environment
Kyoto University Satoshi TAKAYA

キーワード:鉄筋腐食,腐食生成物,塩化物イオン,pH,溶存酸素,乾湿繰返し

 

はじめに
 コンクリート中の鉄筋は高アルカリ環境下にあるため腐食しにくい状態となっている。しかし,塩化物イオンの浸入や炭酸化に伴うpH の低下などにより,鉄筋が腐食することは良く知られている。コンクリート中の鉄筋が腐食すると,腐食生成物の体積が元の鉄筋体積よりも大きいため,かぶりコンクリートにひび割れが生じ,ひび割れを通じて劣化因子が浸入しやすくなるため,腐食が進行しやすくなる。鉄筋腐食が進行すると,かぶりのはく落や構造耐荷力の低下につながる危険性があるため,鉄筋の腐食状況を評価することはコンクリート構造物を維持管理する上で重要な課題である。

一方で,鉄は自然界では鉄鉱石(酸化物)の状態で存在しており,それを人工的に還元して使っているため,そもそも酸化しやすいという特徴がある。金属の酸化のしやすさを表す指標の一つに標準水素電極電位(表1)がある。一般的には,電位が卑な(表1 の電位が低い)金属の方が酸化されやすいが,鉄よりも電位が卑でも通常の環境では腐食しない金属もある。例えば,クロムやチタン,アルミニウムなどは不動態皮膜が形成することで腐食しないことが知られており,亜鉛などは大気環境下などで防食性のさびが形成することで腐食しにくいことが知られている。したがって,金属が腐食するかどうかは表面に形成する酸化物層に大きく依存すると言える。

青銅器時代は紀元前3500 年頃からと言われているのに対し,鉄器時代は紀元前1400 年頃からと言われており,鉄の利用は銅に対して2000 年ほど遅れている。この理由は,銅よりも鉄の方が,還元する(酸素を取除く)際に,より高いエネルギーが必要だからである。言い換えると,鉄の表面はそれだけ酸素と結合しやすく,酸化鉄に戻ろうとする傾向が強いということになる。したがって,鉄表面が金属光沢のある状態であっても,表面には何らかの酸化物が形成していると言える。

本稿では,まず腐食反応の基本について解説した後に,鉄酸化物に与えるOH-,Cl- および溶存酸素の影響について検討した結果を紹介する。さらに,様々な環境に置かれるコンクリート構造物においてどのような酸化物が形成し,形成した酸化物層が腐食に対してどのような影響を与えるかについて解説する。

 

微破壊電気化学的手法(自然電位・分極抵抗)

立命館大学 福山 智子

Minor-destructive Electrochemical Techniques: Self-potential
and Polarization Resistance

Ritsumeikan University Tomoko FUKUYAMA

キーワード:自然電位,平衡電位,分極抵抗,アノード分極,カソード分極

 

はじめに
 コンクリート中の鉄筋の腐食は大きな課題であり,そのメカニズムや腐食診断について多くの研究がなされている。鉄の腐食は,鉄の酸化溶解反応であるアノード反応と,アノード反応で生じた電子を消費するカソード反応のカップリングにより進行する電気化学的現象であることから,その診断については主に電気化学的手法が用いられている。その中で,実構造物における鉄筋腐食の代表的な評価手法としては,自然電位法(調査時点での腐食の可能性の推定1))と分極抵抗法(腐食速度の推定)が挙げられる。

ここで,野田ら2)が述べているように,腐食防食に関わる様々な現象を解釈するためには,反応の素過程や反応速度などに基づく電気化学的理解が重要である。

本稿では,コンクリート分野における自然電位法や分極抵抗法の適用について紹介し,特に分極曲線を用いた金属イオン溶出速度(腐食速度)や耐食性を求める一般的な手法について既報に基づき概説する。なお,事例や既往研究の紹介に際しては,概念の伝達を優先した説明の単純化や前提条件の省略などを行っているため,詳細については元の文献をあたられたい。

 

鉄筋腐食診断委員会における取り組み

中央大学 大下 英吉  長岡工業高等専門学校 村上 祐貴
日鉄テクノロジー(株) 金田 尚志  (株)アミック 高鍋 雅則

Activity Report of Diagnosis Committee for Rebar Corrosion of RC Structure
Chuo University Hideki OSHITA
National Institute of Technology, Nagaoka College Yuki MURAKAMI
Nippon Steel Technology Co., Ltd. Hisashi KANADA
AMIC Co.,Ltd. Masanori TAKANABE

キーワード:鉄筋コンクリート,鉄筋腐食診断,非破壊検査,微破壊検査

 

はじめに
 近年,鉄筋コンクリート構造物における非破壊あるいは微破壊による各種の劣化診断技術は急速な進歩を遂げている。鉄筋の腐食性状評価に関しても例外ではなく,腐食量の高精度な定性的評価手法やその絶対値をも評価する手法など,多数の手法が提案されてきている。

鉄筋コンクリート構造物における鉄筋の腐食は,腐食生成物の体積膨張によりコンクリートにひび割れを発生させるばかりでなく,断面減少によって構造物の耐荷性能を低下させる。また,鉄筋腐食が進行するとかぶりコンクリートの浮きやはく落も引き起こすとともに鉄筋自体が直接大気に暴露されることとなるため,劣化の進行が助長され,耐荷性,耐久性の著しい低下を引き起こすことになる。さらに,鉄筋の腐食は錆汁の発生による美観の低下やかぶりコンクリートはく落による第三者災害の発生の恐れもある。

このようなことから,鉄筋コンクリート構造物の調査・診断において,鉄筋の状態を時空間内において把握することは極めて重要である。現時点で鉄筋の状態を最も正確に診断する方法は,構造物のかぶりコンクリートをはつり,目視観察と鉄筋片の切り出しにより定量的に評価する方法である。しかしながら,実構造物において広範囲にわたる鉄筋状況をはつりや鉄筋切り出し調査によって判断することは現実的に困難であり,各種非破壊診断との併用によって部分的に鉄筋腐食状況を判断する場合が多い。

このような背景から,日本非破壊検査協会・鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門では,2014 年9 月に「鉄筋腐食診断手法研究委員会」,2018 年9 月に「鉄筋腐食診断に係る技術ガイドライン作成委員会」が設立され(両委員会を纏めて「鉄筋腐食診断委員会」と呼称),鉄筋腐食に関する非破壊検査技術の変遷と最新技術の整備を実施してきた。

 

センサ技術の適用課題と期待

太平洋セメント(株) 中央研究所 江里口 玲

Sensor Technology Application Issues and Expectations
TAIHEIYO CEMENT CORPORATION Central Research Laboratory Akira ERIGUCHI

キーワード:鉄筋腐食,センサ,モニタリング,予防保全,維持管理,耐久性

 

はじめに
 鉄筋コンクリート内部の鉄筋腐食は,耐久性の観点からも最も重要な評価項目といえる。一方,コンクリート内部の状態を可視化することは困難であり,鉄筋腐食が表面から判断できる状態になってからでは,腐食膨張によるひび割れが発生しており,結果,かぶりコンクリートのはく落等,第三者被害につながる恐れがある。

鉄筋腐食を判定する方法には自然電位や分極抵抗といった手法が広く普及しているが,実際の鉄筋を計測することから,腐食を判定した際には,想定以上に腐食が進んでいることもあり,事後保全として対応しなければいけないケースがある。国土交通省では,今後の維持管理の方向性を予防保全型に移行すると宣言しており1),鉄筋腐食についても事後保全から予防保全的維持管理に移行するための技術が求められる。

鉄筋腐食の代表的な要因としてコンクリート中の塩化物イオン量や中性化が挙げられ,構造物から試料を採取して,化学分析やElectron Probe Micro Analyzer(EPMA)等でその量や浸透状況,中性化範囲を確認することは広く行われている。しかし,鉄筋腐食はコンクリートの配合やひび割れ等の状態,水がかり,気温等の環境条件によって,大きく左右されることから,塩化物イオン量や中性化の影響が大きいものの,それらの要因のみで必ずしも鉄筋腐食が発生するとはいえない。加えて酸素の侵入や水分,さらにはミクロセル腐食に代表される電気化学的な作用も影響することから,塩化物イオンと中性化の進展を把握するだけで,鉄筋腐食を評価することは十分とはいえない。

昨今,センサを利用した鉄筋腐食の検討も数多く実施されている。センサを使うことで自然電位や分極抵抗を適用する際に必要な鉄筋へのケーブル接続を行うための,微破壊が不要となることや,多くの任意の箇所を計測することができる等,様々なメリットがある。また,センサの種類によってはセンサ自身の腐食による物理現象を電気的に捉えることができるため,自然電位の評価判断で言われる「90%以上の腐食の可能性」といった曖昧な判定ではなく,確実に腐食を捉えることが可能となる。さらには設置位置を工夫することで,実際の鉄筋が腐食する前に腐食の可能性を捉えられることから,予防保全型維持管理を実現する技術として適用できる。

本稿では,センサによる鉄筋腐食の計測手法を中心に概説し,課題を含めた将来への期待を記載する。

 

to top