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機関誌

2023年4月号バックナンバー

2023年8月5日更新

巻頭言

「運動器バイオメカニクス」特集号刊行にあたって

坂本  信

人間の身体は機能ごとに分業しています。酸素を取り入れ二酸化炭素を排出する呼吸器(気管や肺),酸素や栄養,老廃物などを運ぶ血液を流す循環器(心臓や血管)。食物を消化・吸収する消化器(胃や腸)などはよく知られています。この特集号で対象とする運動器(Locomotion)とは,上記のような人間の器官の分類の一つであり,身体を構成し,支えるとともに,身体運動を可能にする器官です。運動器は,骨,筋肉,関節,腱,靱帯,神経等の総称で,運動器はそれぞれが連携して機能しており,どの一つが悪くても身体は正常に動くことができません。運動器を扱う医学は整形外科です。運動器は自動車で例えれば,エンジン,タイヤ,シャシに対応します。近年,「ロコモティブシンドローム(運動器の衰え)」という言葉が使われており,加齢に伴い運動器の疾患が生じることで,要支援や要介護になる原因となることが問題となっています。2000年にWHO が「健康寿命」を提唱して以来,寿命を延ばすだけでなく,いかに健康に生活できる期間を延ばすかに関心が高まっています。平均寿命と健康寿命の差は,男女で相違はあるものの平均すると10 年ほどの違いがみられます。長寿社会を迎えた日本では,健康で日常生活を送れる健康寿命を伸ばすことが重要です。健康寿命は,本人のみならず家族のためにも大切です。近頃,テレビ等では変形性膝関節症(膝関節表面の関節軟骨が変性,摩耗する病態)に起因する関節痛の低減に効果があるという多種のサプリメントの広告が流れています。サプリメントは経口摂取なので,胃や腸で分解されてしまいます。もし運良く有効成分が血中に取り込まれたとしても関節軟骨は血流が乏しい組織なので成分が辿り着くのは難しいのではないかと専門家は危惧しています。この種の薬に関する効果は一般に心理的作用が大きいと考えられており,関節症の有効な解決法ではないと考えられ,科学的根拠に基づいた医療(Evidence-Based Medicine,EBM)が求められています。

一方,歯科では運動器という用語が使われることが少ないですが,歯科も運動器を扱う医療分野です。顎を運動器としてみた場合,そこには他の骨に見られない大きな特色があります。それは顎骨に歯がつながっていることです。しかし,これまで歯と顎を一体で考えてきた歯科ではなじみにくい見方であり,これを理解するためには,それは「運動器+道具」という考え方でよいのではないかと考えられます。歯科でもロコモティブシンドロームと同様に「オーラルフレイル(口腔機能の衰え)」という用語が使われています。オーラルフレイルは,口腔機能の軽微な低下や食の偏りなどを含み,身体の衰えの一つです。そして,口腔機能の衰えが全身の老化につながるということを意味しています。

 

解説

運動器バイオメカニクス

骨密度の非侵襲的光計測の可能性

金沢大学 田中 茂雄  Ostics(株) 三浦  要

Potential for Noninvasive Optical Measurement of Bone Density
Kanazawa University Shigeo TANAKA
Ostics Inc. Kaname MIURA

キーワード:骨密度,非侵襲検査,光生体計測,近赤外光

 

はじめに
1.1 骨粗鬆症と骨密度
 日本は世界で最も高齢化が進んだ国であり,2036 年には人口の3 分の1 が高齢者(65 歳以上)となると予測されている1)。骨粗鬆症は,加齢により発症する骨疾患であり,世界保健機関(WHO)において「骨量の低下と骨組織の微細構造の劣化を特徴とし,骨の脆弱性の増強とそれに伴う骨折リスクの増大をもたらす疾患」と定義されている2)。国内での骨粗鬆症の患者数は,現在約1300 万人であり,高齢化の進行に伴い患者数は増加傾向にある。骨粗鬆症による骨折は,高齢者の生活の質(QOL:Quality Of Life)を著しく低下させるだけではなく死亡リスクをも高めるため3),超高齢社会の我が国において解決すべき社会的重要課題の一つである。

骨量は成長期に増加し,20 代でピークに達する。その後,骨量は比較的安定するが,加齢とともに減少し骨粗鬆症に至る。特に女性は閉経に伴い骨量が減少しやすい傾向にある。骨粗鬆症の診断カテゴリーは,若年成人の骨密度(BMD:Bone Mineral Density) の平均(YAM:Young Adult Mean)からの差を標準偏差(SD)で表したT スコアにより分類される2)。すなわち,T スコアが−1SD 以上を正常,−1 SD 未満から−2.5 SD 以上を骨減少症,−2.5 SD 以下を骨粗鬆症とされている。なお,国際的にはT スコアによる診断が標準であるが,日本では脆弱性骨折の有無で分類し,骨密度がYAM の70%以下を骨粗鬆症としている1)。骨の強度は,骨密度と骨質という二つの要素で定義される。骨質には,骨の組成や構造など骨密度以外の骨強度の決定因子が含まれる。一方,骨密度は骨強度の約70%を占める要因であり4),骨折リスクを評価する上で骨密度値はより重視すべき指標であると言える。

 

脱灰・再石灰化骨の力学挙動計測

北海道大学 東藤 正浩

Mechanical Behaviors of Demineralized/Remineralized Bone Matrix
Hokkaido University Masahiro TODOH

キーワード:バイオメカニクス,骨,脱灰,再石灰化,X線回折

 

はじめに
 近年の高齢化社会の到来により,骨折や骨疾患などによる運動機能障害が重大な問題となっている。現在,レントゲン装置やX 線CT 装置といったX 線吸収特性によって骨密度を測定し,骨強度を推定・診断する手法が広く普及してきた。微視的には骨は無機成分のハイドロキシアパタイト(HAp)結晶と有機成分のコラーゲン分子からなる複合構造をとっている1)。特に,剛性・強度の高いアパタイト結晶は骨密度と密接な関係があり,従来の骨強度推定法の根拠となっている。

しかし,近年,加齢や骨粗しょう症,糖尿病などにおいて骨コラーゲンの異常によるマイクロダメージ発生や骨強度低下がみられ,微視構造に関わる「骨質」の重要性が指摘されている。このように骨の微視構造が,身体を支える十分な強度と衝撃・変形に耐える十分なしなやかさの両立に重要な役割を果たしていると考えられるが,その複雑さかつ微細さゆえに,いまだそのメカニズムは明らかにされていない。

また骨コラーゲンの異常による骨折や骨疾患等重大な問題となっている。そのためこれらの微視複合構造を模倣した人工骨材料の開発も試みられている。近年,高分子マトリックスの石灰化を目的として,高分子誘導液体前駆体(PILP)プロセスが注目されている。本手法によれば,高分子マトリックス構造に由来した石灰化組織を簡便に生成することが可能となり,より生体骨に近い階層構造性を持ち,力学的機能を併せ持つバイオマテリアル開発に寄与するものと考えられる。

そこで本稿では,筆者らが取り組んでいる脱灰・再石灰化骨の力学挙動計測について解説する。はじめに骨の力学特性に及ぼすHAp 体積分率の影響2)について述べ,続いて,X 線回折による再石灰化骨の力学挙動計測3)に関して紹介する。

 

脊柱を構成する靭帯の力学的特性

近畿大学 山本  衛  川村 勇樹

Mechanical Properties of Spinal Ligaments
Kindai University Ei YAMAMOTO and Yuki KAWAMURA

キーワード:バイオメカニクス,脊柱靭帯,黄色靭帯,力学的特性,エラスチン

 

はじめに
 靭帯は,骨と骨とを繋ぎ,関節を形成する線維性結合組織であり,関節の支持安定性と可動性をバランスよく制御するという力学的な役割を担っている。このような靭帯は,骨,軟骨,筋,腱,神経などとともに運動器を構成し,身体運動を行ううえで受動的ではあるものの極めて重要な機能を発揮している。よって,靭帯に断裂や損傷,ならびに機能障害が生じた場合は,身体運動の能力を著しく低下させることになる。靭帯の力学的特性に関する先行研究は,膝関節などに存在するコラーゲンを主成分とする前十字靭帯や内側側副靭帯などを対象としたものが多い1),2)。一方,脊柱靭帯に分類され,エラスチン含有量の高い項靭帯や黄色靭帯の生体力学的特性を詳細に検討した事例は非常に少なく3),特に靭帯破断時の応力やひずみを正確に測定した研究はほぼ存在しない。項靭帯と黄色靭帯(Yellow Ligament)(図1)は,椎骨や椎間板などとともに脊柱を構成しており,それらの乾燥重量の約80%がエラスチン成分であり4),5),コラーゲンを主成分とする他の靭帯とは生体力学的特性が異なっていると考えられている。

皮膚や血管,腱,靭帯などの生体軟組織に含まれるコラーゲンとエラスチンは,代表的な細胞外マトリックスである。これら両成分は,線維性の高分子であり,様々な組織中で支持構造体を形成する材料として,力学的な役割を果たしている4),5)。コラーゲンは強靭な線維であり,組織の剛性や破断特性と密接に関連していると推察されている。一方,エラスチンは低剛性,低強度の特徴を有する線維であり,組織の伸展性や弾性を支配する主要素と考えられている。

脊柱靭帯の力学的機能はエラスチンの性状に依存し,その老化や損傷治癒過程においても,エラスチン成分の変化が関与していると推測される。従って,損傷靭帯の治療においてもエラスチン材料を有効に利用できる可能性がある。本稿では,脊柱靭帯の一種である黄色靭帯に対して力学試験を実施し,エラスチンが靭帯において果たしている力学的機能についての知見を得ることを試みた研究について紹介する。

 

ストレイン超音波エラストグラフィを用いたヒト膝関節包および膝内側側副靱帯の生体内剛性評価

新潟大学 坂本  信  University of Peradeniya Surangika WADUGODAPITIYA
新潟医療福祉大学 森清 友亮  新潟県健康づくり・スポーツ医科学センター 田中 正栄  新潟大学 小林 公一

In Vivo Stiffness Evaluation of Human Joint Capsule and Medial Collateral Ligament
of Knee by Strain Ultrasound Elastography

Niigata University Makoto SAKAMOTO
University of Peradeniya Surangika WADUGODAPITIYA
Niigata University of Health and Welfare Yusuke MORISE
Niigata Institute for Health and Sports Medicine Masaei TANAKA
Niigata University Koichi KOBAYASHI

キーワード:バイオメカニクス,超音波,エラストグラフィ,剛性,膝関節,軟部組織

 

はじめに
膝関節は人体の中で最大かつ複雑な運動を行う関節であり,図1 に示されるように大腿骨,脛骨,膝蓋骨の3 つの骨から構成されている。膝関節は高い負荷に耐えられるとともに,最大で130°程度屈曲することができる。詳細に膝関節の運動を調べると,屈曲-伸展という動作の他にも空間内のすべての動きができる6 自由度運動を有する関節である。これらの運動は,靱帯や腱等の軟部組織と呼ばれる柔らかい組織で支えられて安定性を保っている。膝は2 つの関節から構成されている。それは,脛骨と大腿骨とが接触する脛骨大腿関節と膝蓋骨と大腿骨とが接触している膝蓋大腿関節であり,3 つの骨の関節表面には関節軟骨(硝子軟骨)が存在し,これらは極めて滑らかな運動を行う。脛骨大腿関節の間に存在する半月板は線維性軟骨であり,関節に作用する力を分散させる機能を有する。内側半月板は内側側副靱帯に付着している。靱帯は,コラーゲンと弾性線維の両方を含む結合組織で構成される線維性の束であり,骨同士をつなぎ,関節運動を滑らかにすると同時に動きを制限する役割がある。内側側副靱帯(Medial Collateral Ligament:以下,MCL)および外側側副靱帯(Lateral Collateral Ligament:以下,LCL)は主に冠状面(ヘッドホンの向きで切断した断面)の曲げの力に対して膝を安定させる。一方,前十字靱帯(Anterior Cruciate Ligament:以下,ACL)と後十字靱帯(Posterior Cruciate Ligament:以下,PCL)は大腿骨と脛骨の間で交差しており,主にACL は脛骨の前方移動,PCL は脛骨の後方移動をそれぞれ抑制している。膝蓋骨は,筋肉や腱の中に形成される骨と分類された種子骨の1 つであり,腱や靱帯の方向を変える滑車のように振る舞い,骨と腱の間の摩擦を減らし,筋力を伝達する腱の能力を高めるという機能がある。関節包は,膝関節を保護するための柔軟性のある袋状の軟部組織で,外側の線維性膜と内側の滑膜の二層構造であり,線維性膜は神経に富み関節の安定化と脱臼防止に働き,滑膜は滑液(関節液)を分泌し,関節を滑らかに動かす潤滑油の役割を果たすとともに,軟骨に酸素と栄養分を与える。

近年,高齢化が進むにつれ,膝の疾病の1 つである変形性膝関節症(Knee Osteoarthritis:以下,KOA)1),2)の患者が増加している。KOA は,力学的要因等から関節軟骨が変性・摩耗することによって運動時に膝の疼痛が出現し,滑膜の炎症が併発して変性が加速する。KOA の疼痛の要因は,軟骨下骨等の骨組織や軟部組織(半月板,靱帯および関節包等)の変性や損傷と考えられている3)。特に関節包では,血管増生や神経線維の増生を伴う線維化が生じることで,関節包の柔軟性が損なわれて疼痛を感じやすくなることが知られている。

上記のことから,膝関節包の力学的性質を知ることが重要と考えられるが,関節包の力学的特性に関する検討は,死体肢から膝関節包の試験片を作成して引張試験を行った生体外研究4)があるのみで,生体内での評価法に関する研究は皆無である。さらに,膝MCL のバイオメカニクスに関する力学機能的研究は,ヒト切断膝を用いた生体外研究が多く,ロボットマニピュレータを使用して切断膝を動かせてMCL の長さやひずみ変化が測定されてきた5)−7)。しかし,生体外実験では,切断膝を生きているヒトの生体内に近づけた力学的環境下で実験を行うことは困難である。そこで,生体内でのMCL の力学的特性を把握することが重要となるが,MCL はX 線を用いて描写することができないことから,MCL の力学的挙動に関する研究は少ない。例えば,Harvard 大学病院の研究グループ8),9)によるMCL およびLCL の生体内研究があげられる。彼らは,磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging:以下,MRI)から3 次元骨モデルを作成し,骨の靱帯付着位置を定め靱帯を3 本の直線として近似した。その後に2 つのX 線透視撮像装置(C アームまたはX 線テレビとも呼ばれ,手術中に患者の身体内部の骨,臓器,血管等を観察するためのX 線の動画取得装置)により,ヒト運動時の骨の靱帯付着位置から3 本の直線距離を求めることで各膝屈曲角度の靱帯長さを推定している。

本稿では,非侵襲的な生体診断法であるストレイン超音波エラストグラフィ(Strain ultrasound Elastography:以下,SE)を用いて,生体内における健常者を対象とした膝関節包および膝MCL の剛性評価を試みた筆者らの研究グループの研究例10),11)について紹介する。

 

歯科臨床におけるX 線を用いた非破壊検査を補うバイオメカニクスの重要性

日本歯科大学 亀田  剛

Importance of Biomechanics as Complement of X-ray Non-destructive Examination
in Clinical Dentistry

Nippon Dental University Takashi KAMEDA

キーワード:矯正歯科治療,X線検査,バイオメカニクス,材料科学・工学,バイオロジー

 

はじめに
 新型コロナウイルス感染症の流行により,一時期,市中からマスクや消毒液,特に消毒用アルコール(76.9 ~ 81.4%エタノール溶液(15℃))が姿を消した。「見えない」ものに対する恐怖は大きい。医療従事者,中でも特に歯科医療関係はあらゆる感染症に対してハイリスクな職業であるが1),そもそも危ないことを前提に日頃から厳重な日常の感染予防対策や衛生管理を行っているためか,他の医療分野と比較して,全くクラスタが起きていない。これには,「見えないものを見る」ことが関わっている。例えば,器具類の滅菌のためのオートクレーブの定期的なバイオロジカルインジケータなどによる可否のチェック1)などや消毒用アルコールを多用した過剰にまめな消毒などが関係している。ただし,消毒用アルコールは揮発物の吸引や引火性,また誤飲などの危険性が高いため,小児(世界保健機構(WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)で非推奨)や老人がいる環境での使用は推奨しかねるし2),殺菌目的であれば,最低数十秒以上(通常,数分),液に触れている必要がある3)。さらに,耐薬品性の低い非晶性樹脂であるビニル系やアクリル系樹脂への使用は禁忌である2)。アルコールよりも抗菌スペクトルが遥かに広い次亜塩素酸水の方が安全性の面でも推奨できるが,ここでも「見えない」ことが問題となる。アルコールと比較して,次亜塩素酸は光や熱で劣化しやすく,対象物に錆びや劣化を引き起こしやすい4)。特に劣化は目視ではわからない。そのため,使用前に必ず有効塩素濃度とpH,酸化力をチェックする「見えないものを見ておく」必要がある。そこで,筆者らはその欠点を払拭した,錆びや劣化を起こしにくい新しい次亜塩素酸を開発した5)(図1)。

このように「見えないものを見る」,しかも,その対象物を「壊さない」ことは極めて重要である。これは,対象が「生体」であればなおのことである。生体為害性が少ないほどいいモノ,いい検査方法となる。本稿では,歯科業界における非破壊検査(ここでは主にX線検査)とそれを補う,材料科学・工学やバイオロジーを考慮したバイオメカニクスについて,歯科臨床の立場から記述する。

 

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