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機関誌

2023年11月号バックナンバー

2023年11月20日更新

巻頭言

「表面探傷技術の最前線」特集号刊行にあたって

笠井 尚哉

我が国の多くの社会・産業インフラは1960 年代からの高度経済成長期に整備されたため,60年以上経過し老朽化が著しい。さらに,生産年齢人口が1995 年に増加傾向から減少傾向に転じている。このように社会・産業インフラが老朽化している中,さらに労働人口,熟練技術者の減少という状況において現在までに蓄えた社会・産業インフラを効率的に維持管理する重要性が増加している。

この特集号は,磁粉・浸透・目視部門が担当している。磁粉探傷試験,浸透探傷試験及び目視試験は表面欠陥の探傷技術として長年産業界で広く用いられている,伝統的な非破壊検査手法である。上記のような喫緊の課題が存在する中,この分野の諸先輩方が築いてこられた我が国のこれらの非破壊検査手法の学術,技術レベルの維持が重要である。さらに,これらの非破壊検査手法は作業工程が多い試験方法であるため,カメラで欠陥や指示模様を撮影し,機械学習,AI 技術,高度な画像処理技術などを用いて自動で客観的かつ定量的評価を行う技術開発,及びロボット技術などを用いた自動探傷システム,年齢,性別,国籍のような属性が多様な技術者にも扱いやすい作業性,操作性を有する探傷システムの開発も強く望まれる。

以上のような背景の下,本特集号では,職業能力開発総合大学校の橋本光男氏,小坂大吾氏に磁粉探傷試験における電磁現象について,日本電磁測器(株)の堀 充孝氏,大分大学の後藤雄治氏に磁粉探傷試験での励磁電流波形の影響について,JFE スチール(株)の四辻淳一氏,腰原敬弘氏に漏えい磁束法を用いた鉄鋼製品検査システムの開発例について,大阪産業大学の福岡克弘氏に全方向のき裂探傷を可能とするマルチコイル型磁粉探傷磁化装置について,日本電磁測器(株)の永田太祐氏,佐藤真樹氏にディープラーニングを用いた自動磁粉探傷試験装置についてご執筆いただいた。これらの内容は基礎から応用,及び先進的な取り組みまで網羅され充実しており,今回の特集号が読者の方々やご所属の会社で少しでもお役に立てれば幸甚である。

磁粉・浸透・目視部門は,電磁気応用部門,漏れ試験部門とともに表面3 部門として幹事会をはじめ,研究集会,シンポジウム等の学術活動を合同で行っている。今後も,この表面3 部門の研究集会,研究委員会活動などにおいて,日本非破壊検査協会の会員の皆様の積極的な参加及び発表をお願いする。なお,末筆ながら大変ご多忙にもかかわらず本特集号に執筆いただいた方々に誌面を借りてお礼を申し上げる。

 

解説

表面探傷技術の最前線

磁粉探傷試験における電磁現象

職業能力開発総合大学校 橋本 光男  小坂 大吾

Electromagnetic Phenomena in Magnetic Powder Testing
Polytechnic University Mitsuo HASHIMOTO and Daigo KOSAKA

キーワード:磁粉探傷試験,電磁界解析,非線形電磁界解析,漏えい磁束,SN 比

 

はじめに
 磁粉探傷試験は,鉄鋼材料のような強磁性体の表面近傍のきずの検査に実用的な手法として広く用いられている。図1はレールに生じたきずを蛍光磁粉を用いた磁粉探傷試験で検出した例を示す。中央部には,溶接部も捉えている。このように,短時間に試験体の表面のきずの形状および分布が目視で確認できることがこの手法の特長である。

磁粉探傷試験の原理は,磁化器または電流により試験体を磁化させて,きずから発生する漏えい磁束に表面に吸着させた磁粉の模様として観測する手法である。この磁粉はカラーコーティングされてコントラストを明瞭にする方法や蛍光顔料がコーティングされた紫外線を用いて明瞭に観測することができる。磁粉探傷試験の原理である試験体の磁化,きずによる漏れ磁束,磁粉の吸着はすべて電磁気の現象によるものである。現場では磁化の確認程度で試験が行えるので,電磁現象として意識することは少ない。そこで,この解説では,磁粉探傷試験における電磁的な現象を紹介する。

 

励磁電流波形による磁粉探傷試験の性能について

日本電磁測器(株) 堀  充孝  大分大学 後藤 雄治

Performance of Magnetic Particle Testing by Excitation Current Waveform
Nihon Denji Sokki Co., Ltd. Michitaka HORI
Oita University Yuji GOTOH

キーワード:磁気探傷試験,JIS,磁化,励磁電流,波高率,実効値,波高値,磁粉インジケーション

 

はじめに
 磁気探傷試験は,JIS Z 2320,ISO 9934,ASTM E1444 等により規定されている。産業界において自動車,航空機,鉄鋼,鉄道,プラント溶接部など多くの分野の探傷・検査に適用されている。磁気探傷試験では,適正な試験結果を得るために被試験体の寸法・形状に応じた適切な強度の磁界を与える必要があり,その強度は通常,被試験体を磁化するための励磁電流値により制御される。この制御には,古くからスライドトランス(可変交流変圧器)により入力電圧を変化させて正弦波の振幅を制御する方式があるが,近年は電力用半導体であるサイリスタなどを用いた位相制御方式が採用されるようになっている。位相制御方式は正弦波1 周期中の電圧ON 時間を制御することにより,励磁電流の大きさを変化させる手法である。この方式による電流波形は歪んだ波形(歪み波)となり,正弦波のように波高値と実効値の関係が一意ではなくなる。磁気探傷試験の規格であるJIS Z 2320-1:2017 非破壊試験−磁粉探傷試験−第1 部:一般通則1)では正弦波電流を基本として規定され,歪み波については波高率(波高値を実効値で除した割合)を考慮することの重要性を指摘している。そこで,筆者らは歪み波の波高率の違いが探傷結果に及ぼす影響について検討を行い,表面3 部門研究集会等で報告・検討を行ってきた2)。この取り組みを体系的に評価していくことが有益と考え,磁粉探傷研究委員会を設置し,励磁電流の波形が探傷性能に与える影響について実験・解析を行っている3),4)。今回,きずを模擬した加工溝を用いてコイル法により探傷実験を行った結果を示すとともに,その磁粉インジケーションの妥当性を確認するため溝部に発生する漏洩磁束密度の解析を進めているのでその様子と今後の予定について報告する。

 

漏洩磁束法を用いた鉄鋼製品検査システム開発例

JFE スチール(株) 四辻 淳一  腰原 敬弘

Some Ideas on Developments of Inspection Systems for Steel Product Line Using
Magnetic Leakage Flux Methods

JFE Steel Corporation Junichi YOTSUJI and Takahiro KOSHIHARA

キーワード:漏洩磁束,鉄鋼,品質管理,磁気センサ,信号処理

 

はじめに
 鉄鋼業における計測は非常に厳しい条件で行われる場合が多い。その特徴について,計測技術という視点から岩村1)が,主に要求精度の厳しさ,測定環境の厳しさ,対象物の多様性,高度な信頼性などを挙げて述べている。そしてこれらの条件下で適用される測定技術の一つが非破壊検査技術である。その代表的な用途として品質保証および品質管理(QA/QC)が挙げられる。QA/QC の中でも特に欠陥検査という視点で松實によりまとめられた例2)がある。ここでは表面きずおよび内部欠陥検出について技術動向,開発課題が述べられており,素材の高品質化に伴う検出能向上,信頼性向上などが課題として挙げられている。時代とともに鉄鋼製品に対する低コスト化・品質高度化の要求が厳しくなり,それに伴い製造プロセスの改善も必要となる中で,測定技術およびソフト技術の向上が重要となっていることを示している。

本稿ではこれらの課題に対して漏洩磁束測定技術に焦点を絞り,適用に際して工夫した例についてハード的およびソフト的な面から述べることとした。基本的には,測定したい対象は何か,どのような電磁気的特徴があるかを徹底的に理解し,その上で特徴をいかにしてSN 比(ノイズ信号に対する見たい信号の比)良く捉えるかを考える。

 

高感度な全方向き裂探傷を可能とするマルチコイル型磁粉探傷磁化装置の検討

大阪産業大学 福岡 克弘

Consideration of Multi-coil Magnetizer for Highly Sensitive Magnetic Particle
Testing of Omnidirectional Crack

Osaka Sangyo University Katsuhiro FUKUOKA

キーワード:磁粉探傷試験,回転磁界,マルチコイル,磁化,有限要素法

 

はじめに
 磁粉探傷試験では,き裂に対して直交する方向に磁化を与えた場合に漏洩磁束が大きくなり,磁粉模様が明瞭に現れる。そのため,試験対象物の形状および予測されるき裂の方向に応じて磁化方法が適宜選択される。しかし,磁化の強度および方向が適切ではない場合,き裂が存在しても磁粉模様が形成されず,き裂が未検出となる可能性がある。非破壊検査における欠陥箇所の見落としは,人命に関わる重大で深刻な事故に直結する。これを解決するために,回転磁界を発生する磁化器1)−3)を用いた磁粉探傷試験が検討されている。回転磁界を用いて磁化することで,一度の探傷試験で全方向のき裂の検出が可能となり,効率的でかつき裂の見落としのない検査が可能となる。ここで,あらゆる方向のき裂を高感度に検出するためには,試験面で均一な2 次元回転磁界を発生させ,試験体を試験面に平行な全方向に,均一に磁化することが重要となる。

そこで筆者らは,広範囲に均一な回転磁界を効率的に発生可能な磁化器の開発を目的とし研究を進めている。先行研究においては,回転磁界を発生させる一手法として,三相交流を利用した3 極コイル型磁化器3)(以降,3 極コイルと呼ぶ)を検討した。この磁化器は,3 つの磁極にそれぞれ位相が120°異なる三相交流電流を印加し,3 極コイルの内側領域に回転磁界が発生する。さらには,均一な回転磁界の発生を目的とし,3極コイルの各磁極を分割した分割コイル型磁化器4),5)(以降,分割コイルと呼ぶ)を提案し,磁極の配置条件を検討した。

本研究では,均一な全方向磁化をより広範囲に分布させることを目的とし,磁極の数を6 極に増やしたマルチコイル型磁化器6),7)(以降,マルチコイルと呼ぶ)を新たに提案する。磁化器内側領域の回転磁束密度分布の均一度を,有限要素法を用いた数値解析により評価し,マルチコイルの有用性を確認した。さらに,解析結果を基に実機磁化器を作製し,その特性を実証評価した研究について解説する。

 

ディープラーニングを用いた自動磁粉探傷試験装置

日本電磁測器(株) 永田 太祐  佐藤 真樹

Automatic Magnetic Particle Flaw Detector System Using Deep Learning
Nihon Denji Sokki Co.,Ltd. Daisuke NAGATA and Masaki SATO

キーワード:非破壊試験,磁粉探傷試験,自動化,ディープラーニング

 

はじめに
 現在,蛍光磁粉探傷試験の良否判定は目視で行っていることが多く,検査員は20 lx 以下1)の暗室内で高湿度な状態になり,場合によっては製造過程の騒音という悪環境下で検査しなければならない。また,製造される製品の不良率はとても低く2),良品ばかりの結果の中,稀に現れる不良品を見逃してはならず,長時間集中して検査を行わなければならない。そこで,蛍光磁粉探傷試験の良否判定を画像処理で自動判定するため,プログラミングでソフトを構築し,ルールベースの画像処理で行ってきた。撮像した画像を白と黒に分ける二値化を行い,磁紛模様の形状を取得し,きずであるか判断する方法であった。しかし,被検査物によっては被検査物の形状急変部へ付着する疑似磁粉模様ときずの磁粉模様の形状特徴量が酷似しており区別が難しい課題があった。図1 にきずと被検査物の形状急変部の磁粉模様が酷似した際の画像を示す。図中赤枠のきず磁粉模様と青枠の被検査物の形状急変部を図2 のように二値化すると形状特徴量が酷似している。

近年AI 技術の活用が活発であり,様々な分野で使われ始め,パッケージ化され簡単な操作で使用可能なソフトが普及してきた。そこで,ディープラーニングを使用したAI による良否判定処理を搭載した新しい自動磁粉探傷試験装置の開発を行い,従来の課題を解決したのでその概要を報告する。

 

論文

5-8 μm 波長帯に感度を有する赤外線カメラを用いた建築物タイル外壁診断の精度向上

阪上 隆英,佐藤 大輔,塩澤 大輝,小川 裕樹

Accuracy Improvement of Building Tile Wall Diagnosis Using an Infrared Camera
with Sensitivity in the 5-8 μm Wavelength Range

Takahide SAKAGAMI, Daisuke SATO, Daiki SHIOZAWA and Yuki OGAWA

 

Abstract
The infrared thermography NDT technique is employed in exterior wall inspections conducted in accordance with the Building Standards Act, Article 12 as a non-destructive inspection method that can efficiently detect delamination defects of tiled exterior walls of buildings, in conjunction with the NDT technique based on hammering sound. Since the exterior wall survey using the infrared method is conducted outdoors, not only infrared radiation emitted from the surface of the object, but also reflected infrared radiation from the background, such as sunlight and surrounding buildings, are detected by the infrared camera. This causes an error in inspection results. This paper describes the development of a microbolometer infrared camera with sensitivity in the 5-8 μm wavelength range, verification of its effectiveness in reducing background reflections on tile surfaces, and the results of nondestructive inspection of actual buildings using this camera. It was found that the reflection noise due to the sunlight or surrounding objects were drastically reduced using the 5-8 μm wavelength range infrared camera.

Key Words:Infrared thermography, 5-8 Key Words μm wavelength range, Thermal insulation method, Tiled exterior wall, Buildings

 

緒言
 オフィスビルやマンション等の建築物外壁には,主に美観向上を目的として,躯体コンクリート上に外装仕上げタイルが施工されている。このようなタイル張り建築物は,年月の経過とともに浮きやはく離などの劣化損傷が発生する。特に,初期欠陥や施工不良等があれば,より早期に浮きやはく離などの損傷の発生が考えられる。このような損傷を放置すれば,損傷の進展によるタイル片の落下,あるいは最悪の場合にはタイル張りモルタルの大規模な落下が起こり,深刻な第三者被害を引き起こすことにつながる。このため,建築基準法第12 条の定期報告制度では,第三者被害を引き起こす可能性がある大型建築物に対して,竣工後10 年を超えた外壁に浮きやはく離などの落下の危険性がある欠陥がないかどうか全面調査が義務付けられている1)。

建築物外壁の浮きやはく離の検出においては,これまで一般にテストハンマによる打音検査が用いられている。しかしながら,外壁の全面に対して打音検査を行うためには,検査者が建築物外壁に近づく必要があるため,高所作業車,ゴンドラの使用,あるいは建築物全体を囲むように作業足場を仮設しなければならず,時間とコストが必要となる。また,浮きやはく離の検出に際しては,健全部と異なるテストハンマによる打撃音や擦過音を,作業員が聞き分ける必要があり,音響に対する作業員の知覚個人差や経験が試験結果に大きく影響するという問題点も指摘されている2)。

赤外線サーモグラフィ*1 は,優れた赤外線センサの開発とデジタル信号処理技術の発展を背景に,高分解能・高精度化,高速化,小型・軽量化等の進歩を遂げてきた。建築物のタイルやモルタル等の表面仕上げ材内部に存在するはく離や浮きを,建築物表面の温度分布に基づき検出する非破壊検査は,古くから赤外線サーモグラフィが有効に活用されてきた事例の一つである3)−5)。

日中には,建築物は太陽光や外気温上昇により,表面から温められるため,建築物の躯体には表面から内部へと向かう熱移動が生じる。このとき,仕上げ材の内部に浮きやはく離等の欠陥が存在すれば,欠陥部の空気層が持つ断熱効果によって,欠陥部分直上の表面温度は健全部に比べて高くなる。逆に,夜間には放射冷却や外気温の低下により,建築物には日中とは逆に内部から表面に向かう熱移動が生じるため,欠陥部分直上の温度は健全部に比べて低くなる。このような欠陥部直上に生じた,局所的に温度が異なる領域を赤外線サーモグラフィで検出することにより,浮きやはく離などの欠陥を検出することができる。

 

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