logo

機関誌

2020年3月号バックナンバー

2020年3月1日更新

巻頭言

「歴史的建造物への非破壊試験の展開」
特集号刊行にあたって 湯浅 昇

 鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門では,平成28 年6 月,非破壊検査総合シンポジウムにおいて,「歴史的建造物の保存のための調査設計技術」のセッションを設け,歴史的建造物に展開する非破壊試験のあり方を模索した。
 他の歴史的構造物を取り巻く非破壊検査に関連する活動をみると,日本コンクリート工学会では,平成27 年度より長崎市から研究委託を受け,野口貴文東京大学教授を委員長とした「供用不可まで劣化破損が進行したコンクリート構造物の補修・補強工法に関する研究委員会」,引き続き平成29 年度より「危急存亡状態のコンクリート構造物対応委員会」を設置して活動されている。
 また,平成28 年度から令和2 年度までの予定で,国内外の歴史的構造物を対象に名古屋市立大学青木孝義教授を代表として,日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)課題「歴史的建造物のオーセンティシティと耐震性確保のための保存再生技術の開発」の研究が展開されている。このように歴史的構造物の維持管理・保存に関する議論が活発になっている中,非破壊検査に寄せられる期待は大きなものになっている。
 このような状況を鑑み,鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門では,本年3 月にミニシンポジウム「歴史的構造物の非破壊検査」を開催し,歴史的構造物への非破壊検査の適用における国・地域の行政の期待・考え方,検査対象品質,適用可能な試験方法の開発・提案,適用例などに関するパネルディスカッション,論文講演をいただく。本ミニシンポジウムを通して,歴史的構造物への非破壊試験の適用の現状を整理し,今後の日本非破壊検査協会の活動展開に役立てていただきたいと考える。
 本特集号は,このミニシンポジウムの開催にあたり,関連して歴史的構造物(群)の調査事例を調査者である4 名の研究者から解説いただき,広く議論するために企画したものである。
①大久保孝昭 広島大学教授「広島で被爆した鉄筋コンクリート造建築物の調査事例-常時微動のリサージュによる振動の可視化技術-」
②青木孝義 名古屋市立大学教授「イタリアの歴史的建造物の調査事例-ヴィコフォルテ教会堂,イタリア中部地震による被災建物,ギルランディーナ鐘楼-」
③濱崎仁 芝浦工業大学教授「長崎県端島(軍艦島)におけるコンクリート建造物の調査」
④今本啓一 東京理科大学教授「国立西洋美術館本館躯体の健全度調査および改修における非破壊試験の適用」
 鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門では,3 月2 日,ミニシンポジウム終了後,阪上会長,大岡元会長を来賓にお迎えし,“創設30 周年式典”を挙行する。部門会員一同で,これまでを総括し,未来に向けて気持ちを一つにしたい。
 これからも鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門の活動に注目・期待していただきたい。

解説

歴史的建造物への非破壊試験の展開

広島で被爆した鉄筋コンクリート造建築物の調査事例
-常時微動のリサージュによる振動の可視化技術-広島大学 大久保孝昭

Investigations of Reinforced Concrete Buildings which Suffered
from Atomic Bombing in Hiroshima
− Vibration Visualization Technology using Lissajous Figures of Microtremor −

Hiroshima University Takaaki OHKUBO

キーワード:被爆建築物,鉄筋コンクリート ,常時微動,リサージュ,中性化,TG-DTA

はじめに
 広島市には複数の被爆RC 造建築物が現存しており,これら被爆建築物は,基本的に補強・補修して有効活用しながら保存する方向で検討が進められている。例えば,「広島旧陸軍被服支廠倉庫」や「広島大学旧理学部一号館」は,平和希求の象徴の歴史的建築物として,それらを管理する自治体は2017 年に相次いで保存・活用の方針を打ち出した。本稿では,このような歴史的建築物の調査において,常時微動計測により得られるリサージュが補強や補修計画に活用できることを,広島旧陸軍被服支廠倉庫の調査事例をもとに紹介する。
 なお,筆者は,2006 年に解体された被爆建築物・広島県立広島商業高校本館のテストピースで各種試験を行った。その結果,被爆したコンクリートは,特に高熱によるものと考えられる著しい劣化が認められ,原爆の凄まじさを改めて示す貴重なデータが得られた。本特集号のメインテーマとは少し外れるが,被服支廠の調査結果に先立ち,主要な実験結果を紹介したい。

イタリアの歴史的建造物の調査事例
-ヴィコフォルテ教会堂,イタリア中部地震による被災建物,ギルランディーナ鐘楼-
名古屋市立大学 青木 孝義

Investigation of Historical Masonry Buildings in Italy
− Sanctuary of Vicoforte, Damaged Buildings of Central Italy Earthquake and Ghirlandina Tower −

Nagoya City University Takayoshi AOKI

キーワード:歴史的建造物,イタリア,非破壊試験,微破壊試験,モニタリング

 日本には大規模なドーム状組積造建造物はないが,ヨーロッパには,その代表的なものがいくつかある。特にイタリアには,ローマのパンテオン(ドームの平面形状は円形,2 世紀),サン・ピエトロ聖堂(ドームの平面形状は円形,16 世紀),フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドームの平面形状は8 角形,15 世紀),モンドヴィ市近郊ヴィコフォルテのヴィコフォルテ教会堂(ドームの平面形状は楕円形,18 世紀)などがある。これらは宗教建築として建設され,それぞれの時代・都市・様式・文化を代表する重要建築物である。これらの歴史的記念建築物は,内径25 ~ 40 m 以上の組積造ドームを持つ,優れた空間構造としても位置づけられている。しかし,これらの大規模なドームをもつ歴史的な組積造建築物のなかにはドームの力学特性と施工方法に不明点を残す例が少なくない。イタリアには,この他にも規模の大小,構造種別にかかわらず,数多くの教会がある。ご存知の方も多いかと思うが,2009 年4 月6 日(ラクイラ,M6.3)に発生したイタリア中部地震,2016 年8 月24 日(ノルチャ,M6.2),10月30 日(ノルチャ,M6.6)で,石や煉瓦でできた組積造の教会が大きな被害を受けた。このように組積造でできた教会は,その崩壊に関する構造的安定性が地震や現在進行中のき裂により脅かされ,維持保全の面からその有効な対策が切望されている。一方で,地震直後の避難所の中に教会が設置され,復興住宅の中に教会が建設されるなど,イタリア人にとって教会は切っても切り離せない存在となっている。
 本稿では,イタリア国宝のヴィコフォルテ教会堂の劣化現況調査1)−9),イタリア中部地震10)− 15)により被災した歴史的建造物の調査,世界遺産「モデナ大聖堂とグランデ広場」のギルランディーナ鐘楼16)− 18)へ展開してきた非破壊試験・微破壊試験について紹介したい。

長崎県端島(軍艦島)におけるコンクリート建造物の調査
芝浦工業大学 濱崎  仁

Investigation of Concrete Buildings in Gunkanjima Island
Shibaura Institute of Technology Hitoshi HAMASAKI

キーワード:歴史的構造物,軍艦島,コンクリート,非破壊試験,耐久性,構造安全性

長崎県端島(以下,軍艦島)は,長崎港から南西約20 kmの海上に浮かぶ,東西160 m,南北480 m,周囲1.2 km の無人島である(図1)。正式名称は「端島」であり,その形が軍艦「土佐」に似ていたことから「軍艦島」と呼ばれるようになった。2015 年7 月にユネスコの世界文化遺産の構成要素の一つとして登録されたことは記憶に新しい。
 鉄筋コンクリート造の構造物を構成要素とする世界文化遺産は数少なく,最近では2016 年に指定されたLe Corbusier の作品群(西洋美術館の調査については本号にも掲載)のほか,Jorn Utzon 設計のシドニーのオペラハウス(2007 年に指定),Auguste Perret によるフランス・ルアーブルの再建都市(2005年に指定)など数えるほどである。したがって,軍艦島のように数多くのコンクリート構造物が現存している構造物群は貴重であり,観光資源としてだけでなく,学術的な価値も非常に高い。
 このような背景から,現在の所有者・管理者である長崎市から日本建築学会に対して,軍艦島の構造物に関する文化財指定に関する資料を作成することを目的として,2011 ~ 2012年度および2015 年度に学術調査の委託が行われた。日本建築学会では,「軍艦島コンクリート構造物劣化調査ワーキンググループ」(主査:野口貴文東京大学大学院教授,以下軍艦島WG)を設置して,現況調査および補修方法の検討が行われた。本稿は,そこで実施された構造物群の調査について,調査結果の概要と非破壊試験の関わり等について解説する。なお,ここでの調査結果については,軍艦島WG 委員等によって報告された内容(例えば文献1),2))をとりまとめたものである。

国立西洋美術館本館躯体の健全度調査および改修における非破壊試験の適用
東京理科大学 今本 啓一

Application of Non-destructive Test Methods to Condition Assessment and
Renovation of the National Museum of Western Art

Tokyo University of Science Kei-ichi IMAMOTO

キーワード:国立西洋美術館,中性化,透気性,水,表面含浸材,非破壊

 国立西洋美術館本館(図1)は,ル・コルビュジエによって設計された国内唯一の建築物で2008 年に重要文化財に,2016 年に世界遺産登録されている。
 当時,コルビュジエによって設計された本建物を「ル・コルビュジエの建築と都市計画」の一リストとして世界遺産に登録するための活動が進められていたが,この過程で,本建物を今後100 年間供用するための維持・改修計画を策定することが前提としていた。
 この調査は,(社)日本建築学会に組織された国立西洋美術館本館の保存活用計画策定に関する調査WG(主査:故鈴木博之 青山学院大学教授(当時))の活動の一環として実施したものである。

資料

認証事業50 周年記念式典の報告
認証運営委員会 認証事業50 周年記念式典WG 主査,東京工業大学 井上 裕嗣

Report on the 50th Anniversary of Certification Activity
Certification Steering Committee, Chief of WG for the 50th Anniversary Ceremony of Certification Activity

Tokyo Institute of Technology Hirotsugu INOUE

キーワード:認証,技量認定,非破壊検査,式典,表彰

一般社団法人日本非破壊検査協会は,1952 年に非破壊検査法研究会として設立され,1955 年に社団法人日本非破壊検査協会となり,2012 年に一般社団法人に移行して今日に至っている。その間,技術者の認定・認証については,1950 年代から非破壊検査技術者の技量認定に関する検討が開始され,1968 年には非破壊検査技術者技量認定規程が制定され,1969 年からこの規程に基づく技量認定が始まり,その後の様々な変遷を経て2019年に50 周年を迎えた。この大きな節目を記念して,2019 年12月13 日に東京 学士会館において認証事業50 周年記念式典を開催した。本稿では,この記念式典の概要を報告する。

to top