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機関誌

2023年12月号バックナンバー

2025年10月21日更新

巻頭言

「水素社会実現のキーとなる高圧水素貯蔵の周辺技術」特集号刊行にあたって

水谷 義弘

水素は,持続可能なエネルギー供給のキーとして,ますます注目されています。この特集号では,「水素社会実現のキーとなる高圧水素貯蔵の周辺技術」に焦点を当て,その実現に向けての研究と技術および規格の動向を紹介しました。高圧水素の安全な貯蔵と利用に関する課題は多岐にわたります。本特集号では,水素貯蔵に関わる様々な分野の専門家に解説の執筆を依頼し,この課題について掘り下げることを試みました。

はじめに,日本自動車研究所の田村浩明氏に水素・燃料電池自動車の国際統一技術基準について解説をお願いしました。自動車の各国間の流通を容易にするための「国連の車両等の相互承認協定」と「国連の車両等の世界的技術規則協定」についてご紹介頂くとともに,後者に関わる技術基準であるUNGlobal Technical Regulation No.13(GTR13)の最新動向と,日本がGTR13 の①容器初期破裂圧の設定,②容器火災暴露試験法,③金属材料の水素適合性試験法について大きな貢献をしていることを説明して頂きました。

次に,高圧ガス保安協会の竹花立美氏にFRP 複合容器の安全性評価と非破壊検査について解説をお願いしました。FRP 複合容器の概略とその設計方法を分かりやすく解説して頂くとともに,容器試験と供用中に発生し得る損傷とその非破壊検査について説明をして頂きました。また最後に非破壊検査の課題についてもまとめて頂きました。

さらに,今回の特集号テーマに関連するNEDO プロジェクトの中から,日本大学の上田政人先生らが取り組まれている燃料電池車用のType IV 高圧水素ガスタンクに生じる製造欠陥に関する研究の成果をType IV 高圧水素タンクの成形方法や製造中に発生し得る製造欠陥の解説を含め多くの写真と図を使って説明して頂きました。また,同じくNEDO プロジェクトとして私が関係している水素ステーション用蓄圧器と燃料電池自動車用高圧水素容器の損傷モニタリングシステムの適用についても紹介させて頂きました。前者については,AE 試験を開放検査の代替として適用できるように準備をすすめていることを,後者については,損傷モニタリングシステムの導入により,現在設定されている容器の使用期限が撤廃できる可能性を述べさせて頂きました。

今回の特集号の編集をとおして,高圧水素の安全性と効率的な貯蔵方法の開発とその実現には,基礎研究が大事であるとともに,産学官の連携および規格化のために世界中の技術者の協調が必要なことを私自身が痛感しました。世界に対して日本の技術的優位性を保ち続けること,また,そのためにも日本の中で“水素”に対する関心を絶やさずに持ち続け,個々人および各社が持っている技術を出し合い,協力しながら技術開発を進めていくことが大事だと思っています。この特集号が読者の皆様の参考となり,また,水素社会の実現に向けて行われている活動に関心を持って頂くことに少しでも貢献できれば幸いです。

 

解説

水素社会実現のキーとなる高圧水素貯蔵の周辺技術

水素・燃料電池自動車の世界統一技術基準について

(一財)日本自動車研究所 田村 浩明

Explanation on the UN Global Technical Regulation for Hydrogen and Fuel Cell Vehicles
Japan Automobile Research Institute Hiroaki TAMURA

キーワード: 国際基準,高圧水素容器,X 線CT,火炎暴露試験,ステンレス鋼,SSRT 試験,疲労寿命試験

 

はじめに
 日本全体のCO2 排出量のうち運輸部門からの排出量はその20%弱を占める。国際的な環境対策としてカーボンニュートラルの施策が求められる中,自動車のCO2 排出量削減のために,水素を燃料とする燃料電池自動車(以下FCV)の普及拡大が期待されている。一方でFCV の普及と国際流通の円滑化を図るには,各国ごとに相違している自動車の安全性や環境技術上の基準を世界的に調和させることが重要であり,そのために国際的な技術基準として2013 年6 月に国連で採択されたのが,FCV の世界統一技術基準:UN Global Technical Regulation No.13(以下GTR13)である。GTR13 には,FCVの定義や,車両を構成する各システムに関する記述がなされており,安全に関する事項として圧縮水素容器,水素安全,電気安全に関する試験法と判定基準が記されている。このGTR13 はそのまま国内法へ適用されるため,国連における国際審議の場で,国際的な基準調和を図ることが大変重要である。ただし2013 年に採択されたGTR13(Phase1)では,技術発展途上ということもあり,いくつかの課題が残された。この残課題解決のため,GTR13 の新たな改訂議論(以下GTR13 Phase2)が2017 年10 月より国連の場で開始された。(一財)日本自動車研究所(以下JARI)ではGTR13 Phase2 に備え,(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受けて,各分野の専門家を加えた国内審議体制を構築し,データに基づく技術審議を行ってきた。そして安全性を確保しつつ,過剰な要求を抑制した合理的な基準となるよう,残課題に対する日本提案をまとめ,試験法案の提案やドラフトドキュメントの提示を行った。これらの取り組みを経て,2022 年5 月に国連GRSP へInformal Draft が提案された。2023 年6 月に国連WP29(自動車基準調和世界フォーラム)におけるGTR13 第1 改訂版(GTR13 Amendment1)が承認された。また並行してGTR13 Phass2 を取り込んだ相互認証基準:UN ECE Regulation 134(以下UN R134)の国際審議が継続されており,2024 年に日本の国内法への適用を目指している。本稿では,GTR13 Phase2 改定審議により変更・追加された項目の内,主に日本が提案した圧縮水素貯蔵システムに関する試験法案を中心に紹介する。

 

FRP 複合容器の安全性評価と非破壊検査

特別民間法人 高圧ガス保安協会 竹花 立美

Safety Evaluation and Non-destructive Inspection of FRP Composite Cylinder
The High Pressure Gas Safety Institute of JapanTatsumi TAKEHANA

キーワード: FRP 複合容器,容器再検査,非破壊検査,損傷評価,設計,規格

 

はじめに

 圧力容器の主な目的は,ガスを運ぶことと貯蔵することである。一般的な圧力容器の質量は,充塡できるガスの数倍から数十倍にもなる。例えば,ガス溶接等で使用されている最高充塡圧力14.7MPa の内容積46.7 L の容器は,標準状態(0℃,1 気圧)で7 m3 のガスを充塡することができる。この容器を鋼で製作した場合,容器質量は約45 kg である。この容器に酸素ガスであれば10 kg を充塡することができるが,容器質量はガスの質量の4.5 倍になる。同様に水素ガスの場合にガス定数を考慮するとガスの質量は,約0.5 kg であり,容器質量は充塡できるガスの90 倍にもなる。このため,圧力容器の軽量化の要望は高く,海外では引張強さ1400 MPa 級の高強度鋼や7000 番台の高強度アルミニウム合金を用いて軽量化を追求した容器もある。このような軽量化を目指した容器のなかで最も軽量化が可能な容器は,FRP 複合容器である。最も軽量な容器では,鋼製容器の1/3 程度の軽量化が可能である。現在では,軽量という特長を生かし航空宇宙用をはじめ,在宅酸素医療用容器,空気呼吸器用容器,車両搭載用容器等に広く使用されている。また,最近では高圧水素ガスで劣化しにくい材料を組み合わせた容器であることが評価され,水素燃料を用いる自動車搭載用容器には,重い容器が好まれるフォークリフト用を除きFRP 複合容器が多用されている。

FRP 複合容器は,一般的な金属容器とは異なった設計,検査に基づいて技術基準が作られている。また容器が使用中に生じる外部損傷,すなわち擦傷,切傷等が,容器の安全率,容器の寿命に与える影響については,十分な研究が進められておらず,比較的保守的な許容きず深さが採用されている。本稿では,FRP 複合容器の軽量化のための設計方法と検査方法,供用中のきずに対する考え方及び非破壊検査等について報告する。

 

燃料電池車用のType IV 高圧水素ガスタンクに生じる製造欠陥

日本大学 上田 政人
   八千代工業(株) 岩瀬  航
筑波大学 森田 直樹  松田 哲也
東京大学 青木 涼馬  横関 智弘

Manufacturing Defects in a Type IV High Pressure Hydrogen Gas Tank for Fuel Cell Vehicles
Nihon University Masahito UEDA
Yachiyo Industry Co., Ltd. Wataru IWASE
University of TsukubaNaoki MORITA and Tetsuya MATSUDA
The University of TokyoRyoma AOKI and Tomohiro YOKOZEKI

キーワード: 複合材料,自動車,タンク,欠陥,品質管理

 

はじめに
 脱炭素に向けた水素社会構築のための技術開発が進められている。太陽光,風力,水力,潮力,地熱発電などによる再生可能エネルギーを水素に変換すれば,その貯蔵が可能となる。必要な時にエネルギーを取り出すことができ,液化すれば大量のエネルギー輸送も可能である。自動車分野においては,この水素を燃料として,車上で電気を作り出しモーターへと供給する燃料電池車の開発が進んでいる。燃料電池車では走行に伴い排出されるのは水のみである。電気自動車と比べると,燃料電池車はガソリン車と同等の短い燃料給油時間で長い航続距離を確保することができるメリットを有している。

燃料電池車に用いられる高圧水素タンクはType I 〜IV まで種別されており1),2),その中でも70 MPa(約700 気圧)を超える高圧水素ガスを貯蔵するシステムとして,樹脂ライナーと炭素繊維強化プラスチック(CFRP)とからなるType IV 高圧水素タンクが現在の主流である3)。また,Type IV から樹脂ライナーをなくしたType V 高圧水素タンクの研究開発も進められている。

Type IV 高圧水素タンクは,炭素繊維束にエポキシ樹脂を含浸させたトウプレグを樹脂ライナーに巻き付けるフィラメントワインディング成形4)により製作される。その後,恒温炉内で加熱してエポキシ樹脂を硬化させれば,タンク成形品が得られる。しかしながら,このような方法で製作されたType IV 高圧水素タンクの強度や寿命にばらつきが大きいため,設計時の安全率が高く設定されている。すなわち,材料費の高い炭素繊維を必要以上に使用する必要があり,コストと重量の点で課題を有している3)。燃料電池車の更なる普及を目指し,Type IV 高圧水素タンクの強度ばらつきの原因を特定して改善し,低コスト化及び軽量化を進めていく必要がある。また,通常の運用では生じない大きな衝撃等が加わる可能性も考慮した安全設計であることもコスト及び重量を押し上げる要因となっており,衝撃や損傷を検出する常時モニタリング技術またはLBB(漏洩先行型破損)設計手法等の開発も期待されている。

本稿では,Type IV 高圧水素タンクの強度ばらつきの原因と考えられる,製造欠陥について解説する。まず,Type IV 高圧水素タンクの成形方法を紹介した後,その成形法に起因した製造欠陥について説明する。

 

高圧水素容器への損傷モニタリングシステムの適用

東京工業大学 水谷 義弘

Application of Damage Monitoring Systems to High-pressure Hydrogen Vessels
Tokyo Institute of Technology Yoshihiro MIZUTANI

キーワード: 高圧水素容器,損傷モニタリング,CFRP,FCV,水素ステーション

 

はじめに
 カーボンニュートラル実現のキーの一つとして,燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle:FCV)の普及拡大が挙げられる。普及拡大にはFCV そのものと,FCV を支えるインフラの低価格化,低運用コスト化,長寿命化,ライフサイクルコスト低減が必要となる。FCV と水素ステーションでは,水素を高圧容器に保管することで小さな体積で大量の水素を保管できるようにしている。水素ステーションではこの容器を蓄圧器ともいう。これらの容器はFCV と水素ステーションの主要構成要素となっており,前述の低価格化,低運用コスト化,長寿命化,ライフサイクルコスト低減が求められているが,従来の設計法・維持管理法の延長ではこれらを劇的に変化させることはできない。

一方,技術革新が進み,エンジニアが使用可能なツールが増えている。例えば,各種センサ,無線でデータを送信する技術,大量のデータを効率よく処理する技術が開発され,過去と比較して現在では様々な物理量を容易に測定し,解析し,評価できるようになった。これらのツールを利用して圧力容器の損傷をモニタリングできれば,タンクの維持管理を大幅に変化させることができる可能性がある。

例えば,NEDO プロジェクト1)では,損傷モニタリング法の適用により維持管理法を従来法から変えようとする試みの検討がなされた。このプロジェクトでは,水素ステーションの圧力容器の開放検査をアコースティック・エミッション法で代替することを目標に,これが可能であることを実証するための検討と試験2)が行われた。

また,別のNEDO プロジェクト3)では,FCV 用の高圧水素容器に対する損傷モニタリングシステムの適用の検討も行われている。このプロジェクトでは,使用期限を設定して容器の健全性を担保するという考え方から,個々の容器の健全性を供用中に監視することで,容器の状態に応じて使用期限を設定するということまで想定して活動を実施している。

本稿ではこれらの二つの事例を取り上げつつ,損傷モニタリングシステムの導入によって高圧水素容器の維持管理をどのように変化させることができるか,その可能性を紹介する。

 

論文

形状が不規則な部位における超音波探傷試験に用いる音響カプラの材質に関する基礎的検討

福冨 広幸

Fundamental Study on Materials of Acoustic Couplers for the Ultrasonic Testing of Irregular Surfaces
Hiroyuki FUKUTOMI

 

Abstract
The Adaptive Total Focusing Method (ATFM), which can be applied to an irregular surface, has been attracting attention in the field of phased array ultrasonic testing for power plants and chemical plants, and its introduction into ultrasonic testing for plants is being considered. When ATFM is applied to an irregular surface, such as a weld cap of piping in a power plant, a gel acoustic coupler is promising from the viewpoint of workability in the field. Segmented Polyurethane Gel (SPUG), which is like water in sound velocity and density, is beginning to be used in ultrasound imaging in the medical field. This paper discusses the use of SPUG as a material for acoustic couplers in the field application of ATFM, and examines the behavior of SPUG in contact with water, machine oil, glycerin paste, and epoxy resin, and shows examples assuming the wall thickness measurement of steel structures and delamination inspection of glass fiber reinforced resin.

Key Words: Phased Array Ultrasonic Testing, Irregular surface, Adaptive Total Focusing Method, Acoustic coupler Segmented Polyurethane Gel

 

緒言
 構造物に対する超音波探傷試験にはフェーズドアレイ超音波法(Phased Array Ultrasonic Testing:PAUT)が広く用いられている。PAUT では電子制御により屈折角を制御できるが,斜角探傷においては検出感度を高めるために樹脂製のウェッジが使用される。探触子の超音波を送受信する部分(音響整合層)とウェッジ,ウェッジと検査対象物の探傷面の間には接触媒質として水,マシン油もしくはグリセリンペーストなどの液体が塗布される。溶接部の余盛など形状が不規則な部位からの超音波探傷試験において,ウェッジと探傷面の間の接触媒質の厚さが不均一となる。これは,送受信に同一のディレイローを用いる旧来のPAUT(以下,単にPAUT と記す)の探傷装置では,検出感度の低下の原因の一つとなる。対処方法として,形状不規則部位から離れた位置からの一回反射法の実施が考えられるが,ビーム路程が長くなることによる減衰や反射時の損失により検出感度は低下する。

上記の課題解決のため,探傷面が不規則な形状を有する場合においてもその形状を考慮したFull Matrix Capture and Total Focusing Method(FMC/TFM)1),2)による直射法が検討されている3)−5)。同技術は開口合成法6)を起源としており,FMC はアレイ探触子による超音波の送受信に使用する振動子の制御方法であり,TFM は断面像の各画素が受信焦点となるように遅延補正された受信波形の振幅を加算する処理である。FMC/TFM を用いることによりPAUT に比べて高精細な断面画像が得られる。これまで画像化に要する計算時間が課題であったが,汎用的な数値計算に用いることができるグラフィックス・プロセッシング・ユニットを搭載したコンピュータによって受信波形の遅延和の計算を並列処理することで検査対象部位の断面像をスムーズに表示できるようになってきており,欧米では既にFMC/TFM に関する規格が発行されている7)。

探傷面の不規則な形状を考慮して断面画像を再構成できるTFM はAdaptive Total Focusing Method(ATFM)4),8)などと呼ばれている。ATFM では標準的なアレイ探触子と音響カプラを用いるのに対し,可撓性のあるアレイ探触子を直接押し付ける方法も開発されている9)。ATFM では横波と縦波による探傷が可能であるのに対し,可撓性のあるアレイ探触子を用いる方法では縦波による探傷に限られる。仮に,横波による探傷を実施しようとすると検出感度は低くなることが予想される10)。また,急峻な形状の変化がある部位には適用が難しいと思われる。ATFM を実際の構造物の形状不規則部位に適用する場合,アレイ探触子の音響整合層の表面と探傷面の間の空間を水などの接触媒質で充填する局部水浸法を用いることが考えられる。しかしながら,現場で局部水浸法を実施することは,樹脂製ウェッジを用いる場合に比べると容易ではない。水やゲルを充填した音響カプラをアレイ探触子に装着して利用されることがある11)− 14)。水を充填した音響カプラに関しては確立していると思われ,検査対象部位にグリセリンペーストなどの接触媒質を塗布する必要がある。ゲルに関しては超音波探傷試験での利用の観点から様々な組成の高分子が考えられ,確立しているとは言い難い。アレイ探触子を機械走査しなければ粘着性を有するゲルを採用することにより接触媒質を使用することなく探傷できる可能性がある。医療分野の超音波画像診断では,断面像における不感帯の低減などのため,検査用ゼリーの代わりに水に近い音速および密度,高柔軟性および粘着性を有し,検査後の拭き取りが不要な親水性のセグメント化ポリウレタンゲル(Segmented Polyurethane Gel:SPUG)15)が採用され始めている。

そこで,本研究では,ATFM の実機適用の事前検討として,音響カプラとして使用するためのゲルを選定し,その諸特性を調査することを目的とする。第2 章では調査対象とするゲルの選定とその物性を示す。超音波探傷試験の環境下においてゲルは水などの接触媒質やアレイ探触子の音響整合層に接触することが考えられるため,第3 章ではそれによる影響の観察結果を示す。第4 章では鋼構造物の形状変化部からの事前調査としてSPUG と鋼の音響結合の状況を確認するために実施した鋼製平板の厚さ測定の結果を示す。第5 章では今後の予定,第6 章では本論文のまとめを述べる。

 

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