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機関誌

2024年3月号バックナンバー

2025年10月27日更新

巻頭言

「歴史的建造物の保存に資する非破壊試験」特集号刊行にあたって

今本 啓一

高度経済成長期以前に建設された鉄筋コンクリート造建築物のうち現存するものは,築50 年を超え,もうすぐ100 年になろうとするものも現れてきており,歴史的文化財として価値を与えられたものもある。今後,築50 年を超え,使用を継続するか解体するかの判断を迫られる鉄筋コンクリート造建築物が急増することは必至である。これら鉄筋コンクリート造建築物をいかにして後世に残していくかは大きな課題である。

これまで歴史的建造物に関する特集として,57 巻2 号(2008 年)「歴史的建造物を守る非破壊検査」,69 巻3 号(2020 年)「歴史的建造物への非破壊試験の展開」が企画されている。これらの特集では,対象物の状況把握に関する計測に焦点を当てている。

日本非破壊検査協会は「社会に価値ある安全・安心を提供するJSNDI」をミッションステートメントにしており,本特集ではこれまで以上に社会にいかに貢献できるかを検討し記事を構成した。すなわち,非破壊試験方法を利活用している実現場を想定し,躯体に損傷を与えないよう特に慎重に取り扱う必要があり,鉄筋コンクリート構造物の非破壊試験部門の活動をPR できる歴史的建造物を対象に,補修・補強までのプロセスの中で非破壊試験方法が貢献した事例に焦点を当てることで,実社会に役立てる内容とした。

青木孝義先生より,「イタリアの文化財への適用事例」と題して,イタリアに所在する各種の鉄筋コンクリート(RC)造文化財建造物へ展開してきた非破壊試験・モニタリング技術を解説いただいた。

井上裕司氏より,「重要文化財本願寺大谷派函館別院本堂における鉄筋コンクリート造躯体の構造調査の概要」と題して,補強の検討が必要となる既存の鉄筋コンクリート造躯体の破損及び構造的な調査において,一部非破壊調査を実施していることを解説いただいた。

東 健二氏より,「広島市平和記念公園に建つ被爆建物の耐震改修のための建物調査」と題して,建物の継続使用を目的として,補強計画立案時および耐震改修実施時において行った詳細調査における,赤外線サーモグラフィ法等,歴史的建造物の補強工法の随所に非破壊試験が用いられたことを解説いただいた。

根路銘安史氏より,「内在塩分を有する今帰仁村中央公民館の非/微破壊調査および劣化進行抑制方法の実証実験」と題して,鉄筋腐食を助長する鍵となるコンクリートへの水分の浸透状況とその抑制効果を電気的な微破壊試験で評価し,改修に至った事例を解説いただいた。

佐藤大輔氏,三浦雅仁氏より,「旧志免鉱業所竪坑櫓の修理と非破壊試験」と題して,重要文化財に対して,補修工事にあたって各種非破壊試験の特長を生かした事例を解説いただいた。

最後に筆者より軍艦島の構造物群をテーマに,現地実況中継を含めて開催されたオンラインシンポジウムの概況を解説させていただいた。

以上,歴史的建造物を対象に,補修・補強までのプロセスの中で非破壊試験方法が貢献した事例を,本特集号として取りまとめた。

 

解説

歴史的建造物の保存に資する非破壊試験

イタリア文化財への適用事例

名古屋市立大学 青木 孝義

Cultural Heritage in Italy
Nagoya City University Takayoshi AOKI

キーワード: 歴史的建造物,イタリア,非破壊試験,モニタリング,構造解析

 

はじめに
 本稿では,イタリアの文化財への適用事例として,鉄筋コンクリート(RC)造の飛行船格納庫の調査1),2),イタリア国宝のヴィコフォルテ教会堂の劣化現況調査3),4),イタリア中部地震5),6)により被災した歴史的建造物の調査,イタリア北部地震で被害を受けた世界遺産「モデナ大聖堂とグランデ広場」のモデナ大聖堂7)へ展開してきた非破壊試験8)について紹介する。

 

重要文化財本願寺大谷派函館別院本堂における鉄筋コンクリート造躯体の構造調査の概要

(公財)文化財建造物保存技術協会 井上 裕司

Overview of Structural Investigation of Reinforced Concrete Structures in an Important Cultural Property Higashi Honganji Hakodate Betsuin Temple’s Main Hall
The Japanese Association for Conservation of Architectural Monuments Yuji INOUE

キーワード: 非破壊検査,X 線,コンクリート構造,建築構造物,重要文化財

 

はじめに

 国指定重要文化財建造物については,木造が大半を占め,その保存修理の方針や方法については,明治以降のこれまでの多数の事例により,ほぼ確立されていると考えられる。一方,近年になり,近現代以降に建設された非木造の建築についても指定が増えている状況であり,鉄筋コンクリート造建造物についても同様である。その中で躯体等の劣化・破損が進行し,今後の文化財としての保存を考慮した保存修理が必要な建造物も少なくない。しかし,その保存修理については,まだ,事例が少なく,既にいくつか保存修理を実施した事例注)はあるものの修理の方針や方法については,試行錯誤しながら進めている状況である。さらに昨今は,破損による修理だけではなく,構造的な検証を行い,耐震性等が不足していれば,補強も検討する必要がある。そのために既存の鉄筋コンクリート造躯体の破損及び構造的な調査が必要であり,この調査において,一部非破壊調査を実施している。

本稿では,令和元年度から同2 年度にかけて「重要文化財大谷派函館別院本堂ほか4 棟調査工事」において実施した構造調査の概要を紹介し,さらに今後の修理・補強に向けた課題等を記す。

 

広島市平和記念公園に建つ被爆建物の耐震改修のための建物調査

(株)UR リンケージ西日本支社(現在,(株)新井組) 東  健二

Seismic Investigations of Atom-Bombed Building in Hiroshima City Peace Memorial Park
UR Linkage Co., Ltd. West Japan branch office (Present Adress: Araigumi Co., Ltd.) Kenji AZUMA

キーワード: 耐震補強,赤外線調査,固有振動数,衝撃弾性波

 

はじめに
 本建物は,1929 年(昭和4 年)に大正呉服店として建設された。設計者は, 大阪を中心に活躍した建築家の増田清氏である。1945年8月6日に上空600mで炸裂した原子爆弾により,鉄筋コンクリート造の屋根は大破した。建設地の中島本町は爆心地より水平距離で170m であり,現存する建物としては原爆ドーム(160m)に次いで爆心地に近い建物である。被爆後,市の東部地域の復興拠点として活用され,1982 年からは平和記念公園レストハウスとして公園を訪れる人々の憩いの場として活用されてきた。老朽化が目立つため,2015 年より被爆の歴史や平和への願いを共用する場として改修計画がすすめられ,2018 年2 月より着手した改修工事は2020 年7月に竣工し,リニューアルオープンしている。

建物を継続して使用するためには,現行の建築基準法で定められている耐震性能と同等以上の性能を有している必要がある。本事業は耐震診断業務として,まず既存建物の現状の耐震性能を把握し,この結果を基に目標とする耐震性能を確保するための補強計画案の作成,意匠・構造・設備を含めた改修実施設計,改修工事の実施と進められた。耐震診断業務において,躯体からコンクリートコアを採取し,躯体に打設されたコンクリートに局所的な空洞・欠損,ひび割れなどの劣化が見られることは判明していたが,その原因については不明であった。本稿は,補強計画立案から改修工事の準備期間に,構造躯体の劣化状況とその原因の把握,補強計画に対するコンクリートの状態の影響の確認および劣化状況に応じた補修方法の策定を目的として行った調査結果について示すものである。

 

内在塩分を有する今帰仁村中央公民館の非/微破壊調査および劣化進行抑制方法の実証実験

東京理科大学 根路銘安史

Non/Micro-destructive Investigation and Restoration of Inherent Salt Damaged Nakijin Village Central Community Center
Tokyo University of Science Yasufumi NEROME

キーワード: 電気抵抗式含水率計,鉄筋コンクリート造,歴史的建造物,含水率,鉄筋腐食,塩化物イオン,シラン系含浸材

 

はじめに
 近年,鉄筋コンクリート造の歴史的建造物の保全を求める声が高まっているが,ドコモモジャパンに選定された蒸暑地域沖縄の那覇市民会館の解体が決定された。地域の建築文化を醸成させるためには,那覇市民会館と同様な近代建築の保全に取り組む必要がある。そのためには,建築物の長期使用に向け,保存再生や維持管理を行う手法を確立することが重要である。

鉄筋コンクリート造の劣化の原因として,鉄筋の腐食が挙げられる。腐食が進行する要因としてコンクリート内部の水分の影響が大きい。そのコンクリート内部の水分状態を非/微破壊で評価する方法は,建造物にキズをつけることなく必要な情報を得られることから歴史/文化財的建造物などの保全には必要な調査方法である。

鉄筋コンクリート造建築物の耐久性に影響を及ぼす重要な劣化因子の一つとして塩害が挙げられる。塩害は,塩化物が当初からコンクリート材料中に混入している内在塩分によるものとコンクリート硬化後に外部から塩化物が浸透した外来塩分によるものに大別される。細骨材資源の多くを海砂に頼らざるを得ない沖縄県において,内在塩分による建物被害が古くから報告されている1)。

図1 は,1960 年代から2010 年代にかけての生コンの出荷量と住宅着工数を示したグラフである2),3)。1960 年代後半のいざなぎ景気によって大きな建設投資が行われ,生コンの出荷量および住宅着工数が急激に増加した。これによりコンクリートの需要が高まり,材料確保のため細骨材に海砂が使われるようになった。

図2 は年代別の細骨材の塩分含有量を示したグラフである。1960 年代後半から多量の塩化物を含み,十分に除塩されなかった海砂が細骨材として利用されたため,塩分含有量が増加している。1975 年頃ピークに達した後,1977 年に建設省により塩分含有量0.04%以下とするという通達が出された。しかし,海砂の除塩対策を徹底することは困難であり,基準はあまり十分には守られなかったようである4)。そして,1986年に建設省より塩化物総量規制ならびにJASS5 の改正を受け,次第に除塩されていない海砂は使用されなくなり,細骨材の塩分含有量は減少した。

このような経緯から,沖縄県では1966 年から1977年にかけて建設された多くの建築物でひび割れやコンクリートのはく離など,塩害の被害を受けた事例が報告されている1)。

今回,海砂による内在塩分を含んだ鉄筋コンクリート造建築物の調査を実施する機会を得た。本研究では,内在塩分を含むコンクリートの劣化状況を確認するとともに,定期的な測定および検証実験を通して今後の腐食進行の抑制を目的とした維持保存方法について検討を行った。

 

旧志免鉱業所竪坑櫓の修理と非破壊試験

(株)コンステック 佐藤 大輔  三浦 雅仁

Repair and Non-destructive Testing of The Former Shime Mining Winding Tower
Constec Engi,Co. Daisuke SATO and Masahito MIURA

キーワード: 鉄筋コンクリート,文化財,調査,補修,竪坑櫓

 

はじめに
 福岡県志免町に現存する旧志免鉱業所竪坑櫓は79 年前に建設されたRC 造構造物で,2009年に国の重要文化財に指定されている。RC 造重要文化財の保存修理工事として,2014年に調査工事,2018年に修理工事が着工された。文化財修理では建造物の価値を最大限残すための通常の補修工事とは異なるため,様々な検討とともに評価判断が必要となる。

また,調査では,いかに工事に役立つデータを多く取得する必要がある。

本稿では,調査および工事の一部について報告する。

 

軍艦島現地オンラインシンポジウム
-極限劣化構造物の保存とアーカイブス化のための非破壊検査技術とは?-

東京理科大学 今本 啓一

On-line and On-site Symposium at Gunkan Island
Tokyo University of Science Kei-ichi IMAMOTO

キーワード: オンライン,現地,軍艦島,劣化

 

シンポジウムの趣旨
 副題の極限劣化構造物は端島(軍艦島)構造物群を意味する。島に所在する構造物群は著しい塩害環境に晒され,崩落等の劣化の進行が著しい状況にある。このような極限劣化構造物は保存できるのか,撤去せざるを得ないのか,または他の手法があるのか,そこにはこの分野の技術の貢献できる解は未だにないかも知れない。

端島にて,最先端の研究の紹介とともに,島内の実況中継をオンラインにて開催し,この島の構造物群の保存に向けた現状と今後の課題に対する情報共有のためのシンポジウムを企画した。

 

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