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機関誌

2025年4月号バックナンバー

2025年11月18日更新

巻頭言

「人体運動のバイオメカニクス」特集号刊行にあたって

坂本  信

「人体運動のバイオメカニクス」と題した本特集号は,人体運動の複雑な動きや力学的特性を学際的な視点から探求し,その理解と新たな応用可能性を追求することを目的としています。バイオメカニクスは,医療,スポーツ,工学といった多分野にわたる研究テーマであり,人間の運動システムを解明するためや新たな機械を開発する重要な学問分野です。生体組織,関節,筋肉などの運動や力学的特性を解析する現代のバイオメカニクスの起源は,ルネサンス期にまで遡ります。芸術家であり,機械設計をはじめとする工学に優れたレオナルド・ダ・ヴィンチが残した人体解剖スケッチによる考察は,この学問の礎を築いた重要な成果であり,彼の科学的探究心は近代の技術進歩に大きな影響を与えています。

本特集号は,執筆者6 名全員が機械工学の出身であり,国際的に活躍している教育・研究者で,そのバックグラウンドを活かした研究成果を集約しています。また,非破壊検査技術を活用した人体運動解析の最先端研究を紹介しています。非破壊検査技術は,対象物を損傷せずに内部構造や特性を評価するもので,医学にも広く応用されています。特に,X 線,超音波,光学センサなどの技術が,人体運動解析を支え,応用の幅を広げています。

特集号の冒頭は,肩関節の運動特性に関する木口量夫先生の解説記事です。肩関節の運動解析が提供する新たな視点は,ロボット装具や支援機器の設計を進める可能性を秘めています。また,肩関節の複雑な動きを詳しく理解することで,装具を使用する人の負担を軽減するだけでなく,スポーツリハビリテーション,医療現場でのケア,高齢者の動作支援技術など幅広い応用が期待されます。

次に,プラムディタ ジョナス先生と穂刈一樹先生の記事では,人間工学的視点から握り心地の評価を探求し,製品デザインや日常生活での利便性向上に直結するユニークな視点を提供しています。さらに,この研究では,指関節の動きや皮膚と物体との接触圧力が人間の感性に与える影響に着目し,製品設計におけるユーザ体験の向上を目指しています。

続いて,川上健作先生の記事は,下肢関節の運動解析に焦点を当てています。特に,歩行時の運動力学的挙動や股,膝,足関節の協調的な動きに関する分析は,変形性関節症をはじめとする関節疾患や歩行障害の診断・予防,リハビリテーションプログラムの設計に大きな貢献を果たす内容です。

さらに,小林公一先生の解説記事では,前腕と手関節の詳細な運動解析が取り上げられます。X 線と三次元骨形状モデルを用いることで,人体運動の精密な解析が可能となり,関節の動きの仕組みを深く理解することで,医療機器の開発や新しい手術計画への応用が期待されます。この技術は,特に複雑な手術の事前シミュレーションや個々の患者に最適化された治療法の提案に役立ちます。

最後に,私からの記事では,超音波エラストグラフィを用いた肘の靱帯剛性評価の最新研究を紹介します。肘靱帯について性差や関節に作用する外反負荷が靱帯の力学特性にどのように影響するかを解明し,新たな診断や治療法の開発につながる内容を提供しています。

このように非破壊検査技術の活用により,医学,人間工学,ロボット工学といった分野で,これまでにない応用が期待されており,本特集号は,人間の主要な関節運動をすべて含み,「人体運動のバイオメカニクス」の幅広い分野の研究成果が集約されています。

この特集号の各記事を通じて,人体運動の魅力と社会的意義を感じていただき,バイオメカニクスへの関心を深めていただければ幸いです。最後に,執筆者の皆様と編集関係者の皆様に深く感謝申し上げるとともに,非破壊検査技術のさらなる発展を心より願っています。

 

解説

人体運動のバイオメカニクス

ストレイン超音波エラストグラフィによる肘靱帯剛性の評価と性差

新潟大学 坂本  信

Evaluation of Elbow Ligament Stiffness and Gender Differences Using Strain Ultrasound Elastography
Niigata University Makoto SAKAMOTO

キーワード: バイオメカニクス,肘関節,靭帯,剛性,超音波エラストグラフィ,性差

 

はじめに
 骨と骨とをつなぐ結合組織の束である靱帯は,人体運動のバイオメカニクスにおいて,関節の安定性を保ち,力を伝達し,動きをコントロールする重要な役割を果たす。靱帯が損傷すると,関節の機能低下や運動パフォーマンスの悪化を引き起こし,運動全体に深刻な影響を及ぼす。靱帯の構造は,引張強度と柔軟性を持つタイプI コラーゲン繊維を主成分とし,弾性繊維や細胞外基質がこれを補強している。また,線維芽細胞が靱帯の修復と維持を行い,血管と神経が栄養と感覚を提供している。

本稿が対象とする肘は,上腕骨,橈骨,尺骨の三つの骨から構成され,腕尺関節,腕橈関節,近位橈尺関節の三つの関節面によって安定性が保たれている。肘関節の靱帯は内側と外側に位置し,内側側副靱帯(Ulnar Collateral Ligament:UCL)は,前斜走靱帯(Anterior Oblique Ligament:AOL),横走靱帯(Transverse Ligament:TL),後斜走靱帯(Posterior Oblique Ligament:POL)からなる(図1)。臨床的には,肘の外側側副靱帯(Lateral Collateral Ligament:LCL)よりもUCL 損傷が多い。UCL の中でもAOL は機能的に重要な靱帯で,肘を外側に押す力である外反負荷(図1)が作用する際の主な制動要素であり,Morrey-An 1)によれば,外反安定性の55 ~ 70%を担うとされている。

野球の投球動作によって損傷したAOL を修復するための治療法として,トミー・ジョン手術が広く知られている。手術の名称は,この手術を1974 年に最初に受けたロサンゼルス・ドジャースの投手名に由来している。日本人投手のダルビッシュ有選手,藤川球児投手,前田健太投手,大谷翔平選手らが,この手術を受けたことでも注目されている。日本人メジャーリーガー投手がAOL 損傷を多く起こす理由は,投球ホーム,若年時の投球過多,マウンドが日本より硬いための腕への過負荷,アメリカのボールが滑りやすいために強く握るなど,様々な説があるが定かではない。トミー・ジョン手術では損傷したAOL を切除し,長掌筋腱や膝蓋腱などを用いて新たな靱帯を構築する。近年では手術技術やリハビリテーション方法の向上により,競技復帰率は90%近くに達しており,プロ選手がキャリアを継続するための重要な治療法となっている。投球動作では,肘関節に持続的かつ反復的な外反負荷が作用する。これによりAOL に小さな損傷が蓄積し,最終的には靱帯断裂につながる場合がある。野球以外のスポーツでは,テニスのサーブやバレーボールのスパイク,体操の着地時の衝撃などでAOL が損傷するリスクがある。日常生活においても,転倒時に手をついて肘に負荷がかかることで損傷が発生する可能性がある。現時点では,AOL の状態を正確に診断するための確立された方法は存在せず,医師の徒手による診断,超音波や磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)による画像診断が主であり,これらの診断法には限界がある。

AOL のバイオメカニクス研究では,屍体肘が主に使用されてきた。Pribyl ら2)は,5 体の屍体肘を用いて,肘関節の屈曲角度を変化させた際のAOL およびPOL のひずみを調査した。各靱帯にはひずみトランスデューサを縫合し,角度変化に伴うひずみを測定した。また,Matsuura ら3)は,10 体の屍体肘を使用し,肘関節を0°から120°まで屈曲させ,AOLを前部束と後部束に分けて各束の引張応力を求めた。これらの研究は,AOL の機能特性を明らかにするための基礎データとして重要な知見を提供している。

一方,AOL の生体内での力学的特性を調べた研究は極めて少ない。Yoshikawa ら4)は,日本プロ野球選手35 名の利き腕と非利き腕のAOL を対象に,超音波せん断波エラストグラフィ(Ultrasonic Shear Wave Elastography:SWE)を用いて弾性率を測定した。肩90°外転,肘30°屈曲の仰臥位で行った結果,利き腕のAOL は非利き腕よりも厚みが大きく,弾性率は低いことを示した。しかし,彼らは筋骨格系におけるSWEの応用がまだ初期段階であり,靱帯や腱の弾性率に関するデータが限られていること,さらに結果に矛盾が生じる場合があることを指摘している。

SWE は,組織を伝搬する超音波せん断波(横波)速度から弾性率を推定計算する手法であり,近年,様々な生体組織の評価に広く用いられている。しかし,Reynolds ら5)は,新鮮凍結されたAOL を用いた研究で,SWE による弾性率が力学試験による弾性率よりも3 桁小さいことを報告している。さらに,SWE で得られた弾性率と力学試験の弾性率には相関関係が見られず,靱帯の剛性をSWE で定量評価する際には慎重な検討が必要であると述べている。筆者もSWE による靱帯のせん断波速度は,靱帯が有する高い含水率や力学的異方性に影響されるため,測定結果の正確性や再現性が低下する可能性があると推測している。

これに対して,超音波を用いて生体組織の剛性を測定する方法として,ストレイン超音波エラストグラフィ(Strain ultrasound Elastography:SE)があげられる6)。SE は,超音波プローブで皮膚表面から圧縮力を加え,組織の変形を基に剛性を求める技術である。この手法は,MRI のような大規模な機器と異なり,診断やリハビリテーションの現場で広く利用される可能性がある。特に,靱帯,筋肉および腱などの軟部組織の力学的特性をリアルタイムで評価する方法として期待されている。

これまでに筆者らは,SE を用いた研究により,膝関節屈曲に伴う関節包7),内側側副靱帯8),9),外側側副靱帯10),膝蓋腱および大腿四頭筋腱11)の剛性変化を明らかにしてきた。本稿では,健常者を対象にSE を用いて,肘関節の屈曲角度,外反負荷および性差がAOL の剛性に与える影響を評価した例12)について述べる。この研究は,AOL の力学的特性を理解し,その制動機能の特徴を明らかにすることを主な目的とし,新たな診断技術の可能性を検討したものである。

 

前腕と手関節における機能的動作の生体内三次元解析

新潟大学 小林 公一

In Vivo Three-dimensional Analysis of Functional Movements of the Forearm and Wrist Joints
Niigata University Koichi KOBAYASHI

キーワード: バイオメカニクス,運動解析,接触解析,前腕,手関節,生体内評価

 

はじめに

 上肢による日常生活動作(Activities of Daily Living,ADL)は,食事,身の回りのケア,仕事,作業,趣味,スポーツなどの多岐に渡り,生活の質(Quality of Life,QOL)を保つ上で極めて重要な役割を果たしている。上肢とは肩から手までの部位であり,「肩」,「上腕」,「前腕」および「手」に分けられる。これらが互いに協調して働くことで,物を投げるといった大きな動作から,指先による巧緻な作業までを可能としている。本稿で対象とする前腕と手関節は連続した構造であるが,解剖学的には肘から手首までを前腕,前腕の末端に接続し,手の下部を構成する部位を手関節という(図1)。前腕は長管骨である橈骨と尺骨が平行し,手のひらを裏表に回転させる動きである回内・回外を行うことが可能である。手関節は橈骨および尺骨の遠位端と,手根骨近位列を構成する舟状骨,月状骨,三角骨,豆状骨との間の関節であり,手首の掌屈(屈曲)・背屈(伸展)と橈骨側(親指側)または尺骨側(小指側)への偏位運動である橈屈と尺屈を担う。どちらも骨,筋,血管,神経が密集している部位であり,運動だけではなく,感覚受容器を介して温度や圧力などを知覚する機能も有する。

上肢の多様で複雑な機能を明らかにし,関節疾患や機能障害の発生要因解明と,最適な治療法および予防法の開発に役立てることを目的に,これまで数多くのバイオメカニクス研究が報告されてきた。筆者らの研究グループは生体内で三次元解析が可能な手法として,単面または二面X 線画像と三次元骨・関節形状モデルとのイメージマッチングを応用した関節運動ならびに関節接触解析法を開発し,生体関節や人工関節に適用してきた。ここでは,健常者に対して前腕の回内・回外における橈骨と尺骨の三次元相対位置変化と,掌・背屈ならびに橈・尺屈時における手関節内の接触状態をそれぞれ生体内で解析した結果について紹介する。

 

下肢関節の運動解析

函館工業高等専門学校 川上 健作

Motion Analysis of Lower Limb Joints
National Institute of Technology, Hakodate College Kensaku KAWAKAMI

キーワード: バイオメカニクス,下肢関節,運動解析,キネマティクス,キネティクス,床反力

 

はじめに
 バイオメカニクス分野の研究において生体関節の機能評価を行う場合,関節の動きを捉える運動解析が広く行われている。また,人体の下肢関節は,体重を支持しながら移動を行う移動機構としての機能的特性から,疾患や傷害の発生も多く,その機能低下などが生活の質に大きく影響する部位である。そのため下肢関節の機能評価では,関節角度や位置,アライメントなどのキネマティクスの評価だけでなく,床反力や関節のモーメントなどのキネティクスの評価も重要となる。

これまで下肢関節の機能評価は,様々な解析が行われている1)− 13)。これらは下肢に存在する足関節,膝関節,股関節それぞれにて,X 線画像やCT,MRI による骨の位置関係の測定1),5),7)や光学マーカを用いた多方向ビデオ撮影による運動解析2)−4),8),フルオロスコピー画像にマッチングした3D モデルを用いた2D/3D レジストレイションによる膝運動解析6),光学マーカを21 点用いることにより皮膚動揺による誤差を低減するPoint Cluster 法(以下,PC 法)による膝運動解析9)− 11),切断肢による関節内の力学状態の解析2),4),AIを用いた動画データからの膝関節内反モーメントの推定12),13)などが行われている。

この様に多くの解析がなされているが,その多くは個々の関節に注目した解析が多い。しかし,下肢関節はそれぞれの関節が連動して運動と体重支持を行っており,それぞれの関節機能が相互に大きく影響している。そのため単一の関節の解析だけでなく,隣接する関節も含めて機能解析を行うことも重要である。そこで本稿では,著者がこれまで研究グループで行ってきたPC 法のマーカセットに基づいた足関節,膝関節,股関節を含めた下肢関節の運動解析,逆動力学計算による関節モーメントの算出,関節モーメントに影響すると考えられる床反力の通過点軌跡の解析について紹介する。

 

肩の運動解析

九州大学 木口 量夫

Shoulder Motion Analysis
Kyushu University Kazuo KIGUCHI

キーワード: 肩関節,メカニズム,運動,モデリング

 

はじめに
 人の日常生活,作業,あるいはスポーツの様々な上肢動作において肩関節運動は重要な役割を果たしている。そのため,上肢動作を解析したり検討したりする際は肩関節運動の特性を理解する必要がある.肩関節の骨の構成自体はシンプルであるが,肩関節の運動は3 自由度の肩関節(肩甲上腕関節)運動だけではなく肩関節複合体の運動として考える必要があり,より複雑な運動となる。すなわち,肩関節単体ではなく肩関節複合体として運動することにより3 自由度の肩関節の回転中心位置自体が運動中に移動するため,肩関節回転中心位置移動も含めた肩関節運動となる。

近年,作業者の動作支援,高齢者等の日常動作支援,リハビリテーションでの動作支援,あるいはスポーツでのティーチング等において,動作支援ロボットや装具等の開発が進められている。身体装着型の上肢支援ロボットや装具等を設計する上で,人の関節の回転軸とロボットや装具等の関節の回転軸を合わせることは基本かつ重要なポイントである。そのため,肩関節3 自由度の回転中心位置情報は重要であるが,回転中心は身体内にあるため直接計測することは容易ではなく,しかも回転中心自体が上肢動作中に移動するため,肩関節回転中心位置移動の特性を理解することが重要となる。この特性を理解した上で,身体装着型の上肢支援ロボットでは,肩関節回転中心位置の移動を受動的に許容するメカニズム1),2)や能動的に追従するメカニズム3)が用いられている。なお,肩関節から遠位の上肢の自由度(指の自由度は除く)は7 であり,腕型ロボットの場合は7 自由度あれば人の上肢と同様の動作を生成できる。ただし,産業用ロボットマニピュレータでは,3 次元空間上の位置と姿勢が制御可能な6 自由度を有していれば,ほとんどの作業を問題なく遂行できる。

本稿では,肩関節の構造や運動について説明した後,肩関節回転中心位置の移動軌跡について実験で得られた結果を基に解説する。

 

手部の生体力学パラメータによる握り心地の評価

日本大学 プラムディタ ジョナス  日本文理大学 穂刈 一樹

Assesment of Gripping Comfort Using Biomechanical Parameters of Hand
Nihon University Jonas A. PRAMUDITA
Nippon Bunri University Kazuki HOKARI

キーワード: 握り心地,面圧,関節角,回帰式,VAS

 

はじめに
 製品開発において感性価値を導入する取り組みが増えてきている。特に握って使用する製品においては握り心地が重要な設計要素である。握り心地を評価するために,被験者による官能評価実験がよく行われている。製品のモックアップなどを用いて官能評価を実施することにより,その製品の握り心地に関する主観的評価を得ることができる。しかし,主観的評価には欠点がある。それは被験者の心身の状態や実験環境の状況の変化により評価が変わる可能性がある。そこで,握り心地に関する主観的評価を何等かの客観的評価で裏付け説明できる必要がある。

握り心地を客観的評価するために,過去に様々な手法が提案されている。その中で最も一般的に使用されているのは手部と把持物体との接触により発生する面圧である。接触面圧を計測するために,感圧センサシートはよく利用されている。感圧センサシートを被験者の手部に貼付する方法1)−4)と把持物体の表面に貼付する方法5)−7)の2 種類の活用方法があったが,手部の掌側面が面圧を感じやすいこと8),9)から,計測される接触面圧と握り心地との関係を調べるためには,手部の掌側面に貼付する方法の方が適切であると考えられる。

一方,近年ではモーションキャプチャシステムの技術の発展に伴い,手部の把持運動および最終把持姿勢が握り心地の評価指標として注目されてきている。国内外で三次元モーションキャプチャシステムによる手部の把持運動および最終把持姿勢を計測する試み10)− 12)が多く行われてきた。手部の最終把持姿勢は把持時の筋負荷に影響を及ぼしていると報告されている13),14)ため,握り心地との相関があると推測されている。また,特定の筋肉のみを対象とした手部の筋電図による評価2),15)の代替としても活用できる可能性があると考えられる。このように多くの研究者が面圧や関節角といった手部のキネティクスとキネマティクスに関連している生体力学パラメータによる握り心地の客観的評価手法の確立を目指している。

製品の設計開発において生体力学パラメータによる握り心地評価を実施するために,握り心地と生体力学パラメータとの関係を表す数学的モデルが必要である。このために,握り心地の程度を1 つのパラメータまたは複数のパラメータで予測する回帰式がよく用いられている。手部の掌側面の接触面圧や把持力を予測パラメータとした回帰式2),16),17)はすでに提案されているが,最終把持姿勢における手指の関節角などを用いた予測手法は提案されていない。また,手部の掌側面の接触面圧および手指の関節角による握り心地の予測性能の違いも明らかになっていない。

そこで,本稿では著者らが行った被験者による握り心地評価実験18)について解説し,握り心地と手部の掌側面の接触面圧および手指の関節角との関係を示し,両パラメータによる握り心地の予測性能の違いを明らかにするとともに,生体力学パラメータを用いた握り心地の客観的評価手法の確立の試みについて紹介する。

 

論文

デジタル画像相関法とアコースティック・エミッション法を用いた塗膜下腐食発生箇所の早期検出手法の開発

奈良 征哉,松尾 卓摩

Development of an Early Detection Method for Corrosion of Under Coating Using Digital Image Correlation and Acoustic Emission Methods
Masaya NARA and Takuma MATSUO

 

Abstract
The purpose of this study was to develop a method for the early detection of corrosion in under coating using the Digital Image Correlation (DIC) method and the Acoustic Emission (AE) method. Accelerated corrosion tests were conducted on one-layer coated steel sheets (barrier corrosion preventive steel sheets) and monitored using the DIC and AE methods. Corrosion was detected at approximately the same timing using both methods. However, for the 2-layer coated steel plate (sacrificial corrosion protection and barrier corrosion protection), DIC could detect corrosion at an early stage, while AE did not detect it during the test. The results of the two types of specimens were evaluated in combination with the results of SEM and EDS analyses. In the one-layer specimen, rust initially formed under the coating film, followed by the swelling of the coating film. Then, rust cracking occurred due to the growth of rust, and it was presumed that the growth of rust damaged the coating film. Alternatively, in the two-layer sample, moisture penetrated into the coating film and white rust formed on the coating film, followed by the swelling of the coating film. It was presumed that the rust then grew and cracked the coating film. Therefore, this method can be applied to the early detection of corrosion under the coating.

Key Words: Digital Image Correlation method, Acoustic Emission method, Corrosion under coating, Coated steel plate

 

緒言
 鉄鋼材料は機械部品,インフラ構造物の部材等,様々な用途で用いられている。これらの製品や設備にとって,腐食は重大な問題となることから1),2),腐食による機能低下を防ぐために防食塗装を施すことが一般的である3)。防食処理には様々な手法があるが,防食塗料によるコーティングは比較的簡便に耐食性を向上させることが可能であることから,広く用いられている。塗料によるコーティングには主にバリア防食と犠牲防食が存在するが4),5),いずれの場合においても長期間の使用によって防食機能が低下して塗膜下腐食が発生し,進展することで防食機能が喪失する6)。そこで,塗膜下腐食の発生を早期に検出することが重要となる。しかし塗膜下腐食は目視での検出が難しいため,早期に検出できる非破壊検査手法が求められている。そのためには塗膜下で発生する腐食の発生,進展メカニズムを明らかにする必要がある。

また,塗装鋼板の耐腐食性評価については試験期間の短縮のために複合サイクル試験,塩水噴霧試験等の腐食促進試験による評価が行われている7),8)。しかし,塗膜下腐食の発生を検出するためには定期的に試験を中断して観察する必要がある。そのため,試験時間や必要となる試験数も増加する問題がある。そこで,加速腐食試験と併用して簡便に塗膜下腐食の発生や進展を評価できる手法が求められている。

塗膜下腐食初期では塗膜表面に変形(膨らみ)が発生する。塗膜表面の変形を計測できる手法としてデジタル画像相関(Digital Image Correlation:以後,DIC と表記)法がある9)。DIC 法はCCD カメラなどで撮影したデジタル画像を解析することにより,計測範囲全体の変位・ひずみ分布やその方向を非接触・高精度に求めることができる手法である。DIC 法で検出できる変形は単位画素辺りの長さや表面に塗布するランダムパターンによって決定される10)。そこで,顕微鏡によって微小な領域を解析することで,塗膜下腐食初期における塗膜表面の変形を計測できる可能性がある。

一方,鉄鋼材料の腐食を非破壊的に評価できる手法としてアコースティック・エミッション(Acoustic Emission:以後,AEと表記)法がある。AE 法は鋼の腐食に伴う腐食生成物(さび)の体積膨張による自壊によって発生するAE 波を検出することで腐食の発生やその位置を特定することが可能である11)− 13)。そこで,塗膜下で発生する腐食であっても検出することが可能で,腐食状態を評価できると考えられる。

そこで本研究では,DIC 法とAE 法を用いて防食塗料下で発生する塗膜下腐食のモニタリングを行い,検出可能な腐食サイズについて検討した。また,走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)やエネルギー分散型X 線(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)分析による材料評価結果と併用することで本手法が適用可能な塗膜や内部の腐食形態について評価する。そして,実機械や構造物の塗膜下腐食検出手法の応用について検討を行う。

 

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