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機関誌

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2025年11月5日更新

巻頭言

「社会・輸送インフラの保守検査技術Ⅳ」特集号刊行にあたって

津田  浩

1970 年代の高度成長期に建設された社会・輸送インフラが築半世紀を超え,これら老朽化したインフラの安全性確保が喫緊の社会課題になっています。国土交通省が発行する国土交通白書によると老朽化したインフラに対しては定期検査を行い,不具合が軽微なうちに修繕することで経済的に維持管理できると試算されています。今後,我が国の労働者人口は減少すると見込まれることから,数少ない検査員で,数多くの老朽化したインフラの健全性を評価する効率的な検査技術の確立が求められています。このような背景からロボットや人工知能といったIT を活用することにより,省力的に信頼性の高い構造物検査を可能にする保守検査のデジタルトランスフォーメーション(DX)が期待されています。その一環として令和5 年から開始された内閣府が主導する第3 期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートインフラマネジメントシステムの構築」ではロボットやセンサが収集した構造物の情報を仮想空間モデルに入力して,インフラ構造物の劣化診断や寿命予測を試みるインフラ維持管理に関するDX 研究が進められています。このような保守検査におけるDX の実現には仮想空間上のモデル構築とともに,入力データとなる現場の情報を正しく収集する検査技術が必要になります。

保守検査部門は安全性と経済性の両側面を考慮した構造物検査を検討・実施するための情報を関係者間で共有することで,信頼性と経済性を両立させた効率的な保守検査を実現することを活動の目的としています。その情報交換の場として毎年2 回の保守検査ミニシンポジウムを開催し,具体的には社会・輸送インフラ,プラント設備などの構造信頼性を維持・向上させるため,既存の非破壊検査技術の現場適用事例の紹介の他,ロボットやIT といった新しい技術を活用した非破壊検査技術を紹介しています。今回の特集号は2023 年度保守検査ミニシンポジウムの講演の中から保守検査のDX への貢献が期待される検査現場から正しく情報を収集する技術に関連する5 件の解説の掲載を企画しました。

横浜国立大学のLe Quang Trung 先生らからは渦流探傷プローブの形状を工夫することで容易に全方向の欠陥を検出できる技術,ならびに欠陥信号を増幅させる技術を紹介いただきました。桐蔭横浜大学の杉本恒美先生には音響を利用した欠陥検出技術を紹介いただきました。音源をドローンに搭載することで励起信号となる音響が届きにくかった高所検査が可能になります。(株)セイコーウェーブの新村稔様からはパターン投影を利用した3 次元デジタル画像計測を利用した鉄橋の損傷レベル評価について紹介いただきました。この技術は従来の検査員による目視検査を省力化する代替検査として期待されます。鈴鹿工業高等専門学校の遠藤健太先生らは渦流探傷によるCUI 検査における保温材質や配管温度の影響を紹介され,電磁気を利用した検査が難しい磁性のある亜鉛鋼板への適用性について述べられています。非破壊検査(株)の半田さくら様からは超音波の多重反射エコーを利用してライニング配管のはく離と腐食を容易に検出する技術,および従来の目視検査からの改善点を言及した解説記事を執筆いただきました。

上記5 件の解説記事が保守検査に関する最近の技術動向情報として,読者の皆様のご参考になれば特集号を企画した保守検査部門として幸甚です。最後になりますが,ご多忙にもかかわらず本特集号に解説原稿を寄稿いただきました執筆者の皆様にこの誌面をお借りして厚くお礼申し上げます。

 

解説

社会・輸送インフラの保守検査技術Ⅳ

励磁コイルと検出コイルの形状,材質を工夫した渦電流探傷プローブについて

横浜国立大学 Le Quang TRUNG  笠井 尚哉
(地独)神奈川県立産業技術総合研究所 関野 晃一

Eddy Current Probes with Sophisticated Design
Yokohama National University Le Quang TRUNG and Naoya KASAI
Kanagawa Institute of Industrial Science and Technology Kouichi SEKINO

キーワード: 渦電流探傷試験,回転渦電流収束プローブ,フィルム渦電流プローブ,強磁性アモルファス合金粒子

 

はじめに
 渦電流探傷試験は,導体材料の表面及び表面下の欠陥を検出するために広く使用されている非破壊試験法である。この試験法は,交流電流をコイルに流し試験体表面に渦電流を発生させ,その渦電流の変化を測定することによって欠陥を検出・評価する。渦電流探傷試験に関する世界中の研究者と技術者は常に,き裂などの小さな欠陥や材質・組織変化などの検出・評価能力を向上させる新しい渦電流探傷プローブの開発に努めている。

本稿では,筆者らが研究した二つの渦電流探傷プローブを紹介する。

 

音波照射加振とレーザドップラ振動計を用いた非接触音響探査法

桐蔭横浜大学 杉本 恒美

Noncontact Acoustic Inspection Method Using Acoustic Irradiation Induced Vibration and Laser Doppler Vibrometer
Toin University of Yokohama Tsuneyoshi SUGIMOTO

キーワード: 非破壊検査,内部きず,可視化,信号処理,非接触法,振動解析

 

はじめに
 我が国は地震や台風など,自然災害が多い国であるため, 社会・輸送インフラを支えるコンクリート構造物等の維持管理は極めて重要である。そのため,保守検査も定期的に行われているが,主として目視点検と叩き点検に依存しているというのが実情である。目視点検については高精細カメラを用いることで代用可能であるが,あくまでも表面状態の把握だけで,内部欠陥の有無までは検出できないという問題がある。一方で叩き点検は,ハンマー打音の周波数成分を検査者自身が判断する必要があるために,正確な欠陥検出を行えるようになるにはそれなりの経験を必要としている。ところが,少子高齢化の進展に伴い,従来叩き点検を行っていた熟練検査者に代わるべき,次世代の検査者の育成が十分に行えていないことから,保守検査作業の効率化・自動化が将来的に必要であると言われている。

定量的な検査手法としては,インパクトエコー法1),超音波探査法2),レーダ探査法3),フード付きマイクを用いた打音法4)といった非破壊検査手法が既に開発されているが,これらの手法は基本的に測定機材を測定対象面に接触もしくは近接させて使用する必要があるため,検査作業の効率改善には結びついていないという問題がある。そのため,遠距離非接触で実施でき,かつ作業効率を改善できる叩き点検の代替検査手法の開発が期待されている。

 

社会インフラ(鉄橋)保守に資する近接3D 計測と損傷レベル評価

(株)セイコーウェーブ 新村  稔

Close-up 3D Measurement and Damage Level Assessment Contributing to Maintenance of Social Infrastructure (Steel Bridge)
SEIKOWAVE K.K. Minoru NIIMURA

キーワード: 非破壊検査,3D 計測,橋梁点検,耐候性鋼橋,さび外観評点

 

はじめに
 我が国には,管理対象となる73 万橋(橋長2m 以上),1 万1 千本のトンネル,その他水門や下水道函渠など数多くの社会資本ストックがある。それらを総称して本稿では社会インフラと呼ぶ。これら老朽化が進む社会インフラの課題を明らかにし,広く社会の叡智を集めて解決に結びつけるべく「インフラメンテナンス国民会議」が国土交通省や地方自治体,民間,関連団体の参加を得て,国土交通省地方整備局単位で毎年数回開催されている1)。

本稿ではこれらの社会インフラのうち,適量のCu,Cr,Niなどの合金元素を含有し,大気中での適度な乾湿の繰り返しにより表面に緻密なさびを形成するとされる耐候性鋼材を用いて建造された耐候性鋼橋表面に発生した腐食性さびの性状(凹凸状態)を,非接触式3D 計測装置で計測し,それを解析した事例,およびその評価手法に焦点を当てて論じる。

 

保温材下の高温炭素鋼管のパルス渦電流試験による減肉評価

鈴鹿工業高等専門学校 遠藤 健太  板谷 年也

Pulsed Eddy Current Testing of Wall-thinning of High Temperature Carbon Steel Pipes under Insulation
National Institute of Technology, Suzuka College Kenta ENDO and Toshiya ITAYA

キーワード: パルス渦電流試験,保温材下外面腐食,高温炭素鋼管,数値シミュレーション

 

はじめに
 日本のプラントは,高度経済成長期に建設されたものがほとんどであり,設備の経年劣化が進んでいる。そのため,設備の保安・保全は重要な課題であるが,少子高齢化による人材不足や検査費用が高額という問題を抱えている。特に,保温材に覆われた鋼管は、プラントの稼働を停止し,保温材をはがした上での検査が多くなるため,非常に検査費用がかかる。さらに,プラント設備の漏洩事故の多くは,保温材下鋼管の外面腐食であることが統計で示唆されている1)。通常,保温材下鋼管はその上から防雨材として外装板金が巻かれている。保温材下鋼管は,漏洩事故の起こりやすい箇所かつ検査費用が高額という状況である。そこで,非破壊検査法による1次スクリーニング検査で保温材のはく離箇所にあらかじめ見当をつけることで検査費用と検査時間を削減したいというニーズがある。配管用炭素鋼管の腐食による減肉の非破壊検査法として,渦電流探傷試験・磁粉探傷試験・超音波探傷試験・ガイド波探傷試験・放射線透過法試験などがある。磁粉探傷試験,超音波探傷試験,ガイド波探傷試験では,保温材をはがす必要があり,プラントの稼働を止めての検査となり,検査に時間と費用を要する。放射線透過法試験は,放射線管理上の難しさがある。

パルス渦電流試験(Pulsed Eddy Current Testing:PEC)は,検査時間が早く,保温材などの被覆をはがさず,プラントの稼働も止めない,被覆鋼管の減肉評価に有効な非破壊検査法として研究開発が進められている。例えば,Xu らは,被覆鋼管の表面正方形孔検出をパルス渦電流試験を用いてシミュレーションと実験の双方からを調査している2)。吉岡らは被覆鋼管の肉厚の定量評価についてパルス励磁電流の遮断直後に得られる電圧信号から検討している3)。程らは保温材下の配管減肉評価の可能性をシミュレーション解析に基づきパルス渦電流試験で検討をしている4)。Chen らは,保温材と金属網下の炭素鋼の腐食の深さについての研究をしている5)。Cheng は,円形励磁コイルとAnisotropic Magneto Resistance(AMR)センサを利用したパルス渦電流試験で配管の減肉評価について報告している6)。

本稿は,これまで筆者らが取り組んできた貫通型コイル系による保温材下炭素鋼管の減肉評価のパルス渦電流試験に関する研究紹介をする。パルス渦電流探傷装置は市販されているが,定点測定に限られたり,移動測定をする場合には特別なプローブを用いなければならないのが現状である。さらに,防雨材が磁性材料である場合は電磁気現象による非破壊検査はより困難となる。本研究では,配管の減肉評価について,全面減肉に特化する代わりに,高速で検査できる実験システムを開発した。加えて,配管が高温になったときの影響も考慮する。

 

超音波を用いたライニング材下のはく離及び腐食検出手法の開発

非破壊検査(株) 半田さくら

Detection of Delamination and Corrosion in Lined Equipment using Ultrasonic
Non-Destructive Inspection Co., Ltd. Sakura HANDA

キーワード: 超音波探傷試験,多重反射エコー,音圧反射率,ライニング材,保守検査

 

はじめに
 製油所,化学プラントをはじめ,火力及び原子力発電所などの施設には,薬品や海水などの腐食性の流体を取り扱う機器が多く存在する。そのような機器には,腐食に対する耐性を持たせるために内面にライニング材を施工しているものが多い。

ライニング材の健全性確認には目視検査を適用することがほとんどであったが,機器の開放が必須であることや,検査員の入槽のための内部清掃など,付帯工事が多く発生する。さらに機器を停止する必要があるため,製品製造などのロスも発生する。また,検査員が入槽できない配管などの検査においては,目視検査が困難な対象物も存在する。

上記のような問題を解決するために,当社では「超音波の多重反射エコーを用いたライニング材下のはく離腐食検出試験技術(以下,はく離腐食試験)」を開発し,現場へ適用してきた。本稿では,はく離腐食試験について試験原理,適用方法などを紹介する。

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