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機関誌

2025年5月号バックナンバー

2025年11月18日更新

巻頭言

「AI とロボティクスを活用する新しいX 線検査・解析の技術と応用」特集号刊行にあたって

富澤 雅美

「非破壊検査」のVol.72, No.5(2023 年5 月号)では「特長のあるX 線管・X 線発生装置とその技術」を,また,Vol.73, No.5(2024 年5 月号)では「新しいX 線画像化検出器とその応用」をそれぞれ特集しました。これらのX 線源とX 線画像化検出器に続いて,今号では,AI(Artificial Intelligence,人工知能)とロボティクスを活用する新しいX 線検査・解析の技術と応用を特集します。なお,2025 年6 月の非破壊検査総合シンポジウムでは,SPRINT Robotics との併催による技術セミナーが予定されており,それとリンクする観点からも今号の特集にロボティクスを含めていることは有意義と思います。

昨今のDX(Digital Transformation,デジタルによる変容)の波は,NDE 4.0 としての観点からも非破壊検査にも及んでおり,なかでもAI とロボティクスはX 線による非破壊検査の種々の方面にて研究開発が進められ,実用化が始まっています。そして,様々なニーズから実用への期待が高まっていると思われます。この時期に,これらの技術の基礎と応用例などを特集することは,その技術の理解と普及に寄与し,また,今後のさらなる発展・応用への布石にもなると思います。

X 線による検査・解析におけるAI とロボティクスの主な活用域として現在では次のようなことがあると思います。

AI に関して:
(A-1)透視像・CT 像での病変,欠陥(す,クラック,異物)等の自動抽出,種別識別
(A-2)透視像・CT 像での領域分け(セグメンテーション),形状認識,異常部・材質の弁別
(A-3)CT 像の画像再構成における画質改善(アーチファクト低減,制限角・少ビュー数投影への対応など)

ロボティクスに関して:
(R-1)被検体のハンドリング(搬入・搬出,検査の姿勢と位置決めなど),被検体の準備・交換
(R-2)被検体をCT スキャンのために回転動作など
(R-3)X 線撮像系の位置決め((R-1)との連係動作を含めて)
(R-4)X 線撮像系を様々なスキャン方式でCT スキャン動作

特に,AI によって欠陥等の自動判定精度の向上や検査画像の画質改善ができたり,新たな着想を得てより高精度・高速・均質に検査ができたりするととても役立ちます。また,人はX 線による検査中の被検体には触れたり,近寄ったりすることができないので,ロボティクスによって被検体,および,X 線撮像系の位置・姿勢・動きを一層自由に制御できることもとても有効です。

この特集では,これらの活用域を含めて,6 編の解説をご寄稿いただきました。木戸尚治様に「AI の概説とAI によるX 線CT 画像を用いたコンピュータ支援診断」,谷田川達也様に「深層ニューラルネットによるCT画像再構成技術」,下茂道人様に「機械学習によるX 線CT 画像からのき裂の自動抽出−多クラスセマンティックセグメンテーションの適用−」,吉岡寛紀様に「鋳造品等のX 線検査におけるロボットとAI の活用」,河口彰吾様と矢橋牧名様に「SPring-8 での粉末X 線回折法におけるロボティクスの活用とデータの処理・解析」,そして,長井超慧様に「X 線CT スキャンへのロボット技術の応用と開発事例」をご寄稿いただきました。

この特集によって,X 線による検査・解析におけるAI とロボティクスの活用について,知見を広げ,理解を深めていただき,本特集が読者の皆様にとって有意義なものとなることを切に願います。

最後になりましたが,本特集号にあたりまして,年末年始から年度末という一層ご多忙な時期を挟みながらも,大変貴重な内容を丁寧に分かりやすく解説していただきました執筆者の皆様,ならびに編集にあたりましてご尽力いただきました皆様に深く感謝申し上げます。

 

解説

AI とロボティクスを活用する新しいX 線検査・解析の技術と応用

AI の概説とAI によるX 線CT 画像を用いたコンピュータ支援診断

大西脳神経外科病院 木戸 尚治

Overview of AI and Computer-Aided Diagnosis Using X-ray CT Imaging Based on AI
Ohnishi Neurological Center Shoji KIDO

キーワード: X 線 CT,コンピュータ支援診断,人工知能,深層学習,生成系人工知能,基盤モデル

 

はじめに
 人工知能(Artificial Intelligence:AI)は,人間の知的活動を模倣する技術であり,その中心となるのは機械学習(Machine learning)と深層学習(Deep learning)である。特に深層学習は,機械学習の一分野に属し,膨大なデータを用いて多層のニューラルネットワークを訓練することにより,従来の手法では困難であった複雑なパターン認識や予測を可能にする技術である(図1)。これらの技術は近年急速に進化しており,画像診断を含む医療分野における応用が急速に拡大している。特に放射線科医の画像診断支援や作業効率の向上において,AI 技術は極めて重要な役割を果たしている。

X 線CT 画像は,人体内部を非侵襲的に可視化する技術であり,癌をはじめとする疾患の早期発見と治療において極めて重要な役割を果たしている。その読影には,病変の微細な変化や特徴を的確に判断するための高度な専門知識と豊富な臨床経験が不可欠である。近年の技術的進歩により,X 線CT装置は高速化と高解像度化を実現しており,一件の検査で生成される画像データの量は飛躍的に増加している。この膨大な画像量は,放射線科医にとって大きな負担となっており,画像を迅速かつ正確に解析するための手段の必要性が一層高まっている。

このような背景を踏まえ,放射線科医の業務負担を軽減しながら診断精度を維持・向上させるためには,AI 技術の活用が不可欠である。AI の効果的な導入により,医療現場における読影業務の効率化が図られ,より迅速で質の高い医療の提供が可能となることが期待されている。

 

深層ニューラルネットによるCT 画像再構成技術

一橋大学 谷田川達也

Recent Computed Tomography Reconstruction Using Deep Neural Networks
Hitotsubashi University Tatsuya YATAGAWA

キーワード: X 線 CT,画像再構成,ニューラルネットワーク,深層学習,NeRF(Neural Radiance Field)

 

はじめに
 近年,深層学習を始めとするニューラルネット関連技術の進歩は目覚ましく,非破壊検査技術においても,研究・実用の両レベルで技術革新が起こっている。CT 画像処理に限っても,本稿で紹介するCT 画像再構成やアーチファクト除去,領域分割等において,ニューラルネット関連技術が飛躍的な品質向上を実現している。2024 年は,ノーベル物理学賞・化学賞の両方をニューラルネット関連の研究が受賞したこともあり,今後の技術展開に注目が集まっている。

本稿は,近年のCT 画像再構成技術のうち,深層学習とNeRF(Neural Radiance Field)に基づく手法を紹介する。両者は,いずれもニューラルネットを基盤とする技術であり,特にアーチファクトが発生しやすい対象や,一周360 度の投影方向のうち少数の投影像だけを用いるスパースビュー再構成において高い性能を発揮する。これら,CT 画像再構成に関する研究は,医療用CT においても精力的に研究がなされている。そこで,本稿では非破壊検査関連の研究に限定せず,広く一般的なCT 画像再構成について紹介する。

 

機械学習によるX 線CT 画像からのき裂の自動抽出
−多クラスセマンティックセグメンテーションの適用−

(公財)深田地質研究所 下茂 道人

Automated Fracture Extraction from X-ray CT Images Using Machine Learning
− Application of Multi-class Semantic Segmentation −

Fukada Geological Institute Michito SHIMO

キーワード: 岩盤,き裂抽出,U-Net,データ不均衡問題,Focal Loss

 

はじめに
 岩盤内のき裂は,流体の移動経路や変形・破壊を促進する弱面として,岩盤の水理・力学特性に大きな影響を与える1)。近年,X 線CT 技術の進歩により,岩石内の3 次元構造を非破壊的に解析できるようになり,詳細なき裂情報を活用した研究が注目されている2)。しかし,CT 画像にはノイズが含まれ,従来の画像処理ではき裂を正確に判別することが難しい場合がある。一方,機械学習技術の進歩により,畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いた高度な画像認識技術が可能となり,き裂の自動抽出が期待されている。ただし,抽出対象が細長い「線分」であることや,き裂画素の比率が極めて小さいことなど,CT 画像からのき裂抽出には特有の課題がある。本稿では,CNN を用いた多クラスセマンティックセグメンテーションにより,岩石ブロック内のCT 画像からのき裂抽出を試みた結果に基づき,き裂の自動抽出の可能性および課題を検討する。

 

鋳造品等のX 線検査におけるロボットとAI の活用

ポニー工業(株) 吉岡 寛紀

Application of Robots and AI in X-ray Inspection of Castings, etc.
Pony Industry Co., Ltd. Hiroki YOSHIOKA

キーワード: 工業用 X 線装置,デジタルラジオグラフィ(DR),鋳造品,人工知能,ロボット

 

はじめに
 X 線検査における現状の課題として,技術者の高齢化や後継者減少による労働力の不足,国際競争の激化によるコスト圧力の増加,品質基準及び規制の高度化,検査対象物の複雑化などがあり,より効率的で高精度な検査方法の確立が求められている。本稿では,ドイツVisiConsult 社が開発した,ロボットを用いることにより検査の自動化・高機能化・高速化・省人化などに対応した鋳造品用X 線検査装置,及び,それと組み合わせて技術者の判定作業の負担を軽減し,また,判定の均一化と精度向上を図るAI(Artificial Intelligence,人工知能)による欠陥の自動検出について解説する。

 

SPring-8 での粉末X 線回折法におけるロボティクスの活用とデータの処理・解析

高輝度光科学研究センター 河口 彰吾  理化学研究所 矢橋 牧名

Application of Robotics and Data Processing for High-throughput Powder X-ray Diffraction Analysis at SPring-8
Japan Synchrotron Radiation Research Institute Shogo KAWAGUCHI
RIKEN Makina YABASHI

キーワード: 粉末 X 線回折,放射光,自動化,試料調整,データサイエンス

 

はじめに
 粉末X 線回折(XRD)は,結晶性物質の構造解析において最も広く利用されている手法の一つであり,材料科学,化学,地球科学など多岐にわたる分野で重要な役割を果たしている。粉末XRD から得られる情報には,結晶構造だけでなく,構成成分やその比率,結晶子サイズや結晶化度も含まれ,それらの情報は,物質の物理的および化学的性質に密接に関連していることから,その詳細な理解は新規材料の設計や反応メカニズムの解明に直結する。

大型放射光施設SPring-8 の高輝度X 線を利用することで,高い角度分解能と広い逆空間(逆格子空間)のデータが得られるとともに短時間での粉末XRD 計測が可能となる。放射光を用いた粉末回折実験では,一般的に透過法(デバイシェラー光学系)が用いられ,散乱角2θ に対するX 線回折強度データを取得する。特に,高エネルギーX 線を使用することで,広い範囲の散乱ベクトルq(逆空間における波数ベクトル)の情報が得られ,より詳細な結晶構造解析が可能となる。また,リートベルト法による結晶構造解析が容易になるとともに,その透過力を活かすことで,電池や実試料の合成に用いる容器の内部の結晶相情報の取得が可能となる。そのため,多くの放射光施設では専用の粉末回折ビームラインが設置されており,SPring-8 でもBL02B2 およびBL13XU に粉末XRD の共用装置が展開されている1),2)。これらのビームラインではロボティクスを活用した自動化が進められている。自動化および光源性能やX 線検出器性能の向上も相まって,現在では一日あたり数百~千以上の試料計測が可能となっている。この膨大な試料数に対応し,大規模データ群を活用した新たな研究を展開するためには,計測の自動化だけでは不十分であり,試料準備,試料交換,位置調整,機器切替,データ処理など,“実験フロー全体”(図1)のロボティクスによる自動化とハイスループット化が必要不可欠である。SPring-8 では,粉末XRDの実験全体の自動化を進めており,スループットの大幅な向上や手作業に伴うミスの軽減が可能となるだけでなく,データの質や再現性の向上にも寄与している。さらに,自動化された計測とデータ処理システムにより,従来の試行錯誤型アプローチでは実現が困難だった高精度での広範な条件探索が可能となっている。

本稿では,特に計測データの要となる試料準備の自動化技術に焦点を当て,高分解能粉末回折装置の自動計測やデータ処理を含め,SPring-8 におけるロボティクスを活用した粉末XRD 自動化技術の最新動向を紹介する。

 

X 線CT スキャンへのロボット技術の応用と開発事例

東京大学 長井 超慧

Application and Development Case Studies of Robot Technology to X-ray CT Scanning
The University of Tokyo Yukie NAGAI

キーワード: ロボット,X 線 CTスキャン,非破壊検査,自由軌道,角度制限

 

はじめに
 物体の内部形状を非破壊に計測できる非破壊検査技術の一つに産業用X 線CT スキャン(CT はComputed Tomography,コンピュータ断層画像の意)がある。しかし一般的なCT 装置では大きな計測物に対応できないなどの課題があった。近年,その課題を解消するとして注目を集めている技術が図1に示すロボットCT 1)である。

一般的な産業用X 線CT 装置では,その外観をなすX 線遮蔽ボックス(図2 上図 白の筐体)内部にX 線源と検出器が配置されている。この配置に沿った単一の方向からX 線を照射し,計測物を回転することで,多方向からの計測データを得る。これに対しロボットCT では,2 本のロボットアームの先端にX 線源と検出器をそれぞれ搭載し,ロボットアームを計測物の周囲で動かすことで多方向からX 線を照射する。この仕組みにより,計測物のサイズを選ばず,任意の部位の局所的計測を可能にしている。機構制御・データ処理共に高度な技術が要求され,産業用X 線CT 分野で研究が進んでいる。本稿では,まず,次の第2 節にて一般的なX 線CT スキャン(以下,本文中では簡単にX 線CT)について説明したのち,それとの比較をしつつ第3 節にてロボットCT の基礎を解説する。第4 節で最新の開発事例を紹介し,第5 節で今後の研究開発の展望について触れ,結びとする。

 

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