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機関誌

2025年6月号バックナンバー

2025年11月18日更新

巻頭言

「NDIS の制定/改正と標準化の展望」特集号刊行にあたって

水谷 義弘

本特集は「NDIS の制定/改正と標準化の展望」と題し,近年制定/改正されたNDIS(日本非破壊検査協会規格)の意義と背景,さらにはDX(デジタルトランスフォーメーション)時代における標準化の課題と展望を整理したものである。規格とは“過去を整理するもの”ではなく,“未来を切り拓くための道具”である。そうした視点から,執筆者の皆様には単なる技術的記述にとどまらず,標準化の制度的枠組みや戦略的意義を含む基盤的な視点,現場との接続性,そして将来への期待まで幅広く語っていただいた。

標準化は,単に文書としての規格を整備する作業ではなく,それを通じて技術の信頼性や透明性を確保し,産業界全体の品質向上や国際競争力強化を支える重要な活動である。特に非破壊検査の分野では,試験方法や実施条件のばらつきを抑制し,試験の再現性を確保することが求められており,そのためにも標準化による共通の技術的基盤の整備が不可欠である。NDIS は,こうした背景のもとで,実務に根差した国内標準として重要な役割を果たしている。

小林氏には,標準化の意義や基本機能,国内外の標準化体系の構造と,国際標準化活動の背景について解説していただいた。特にWTO/TBT 協定(世界貿易機関協定の一部を構成する貿易の技術的障害に関する協定)やISO の役割,および日本国内におけるJIS とNDIS 等の団体規格の位置付けが整理され,標準化活動を制度的に俯瞰するうえで有益な視座が提供されている。また,圧力容器分野における国際標準化の進展を例に,日本が直面する課題とその対応方策についても論じられている。

黒川氏には,TOFD 法に関して規定したNDIS 2423 の改正内容を紹介していただいた。TOFD 法は,きずの高さ測定に有効な手法として実績を重ねてきたが,2024 年の改正では,きずの検出を含む適用範囲の拡大が行われ,きずの位置や長さも測定対象として明示された。また,構成の見直しや用語定義の整備を通じて,ISO 10863(溶接部の非破壊試験−超音波探傷試験− TOFD 法)との整合性が図られ,国際的にも通用する規格へと進化している。

三原氏には,NDIS 2429 として新たに制定されたフェーズドアレイ法による超音波探傷試験方法通則について,その制定経緯と技術的論点を整理していただいた。医用画像分野で発展したフェーズドアレイ技術は,原子力設備をはじめとした工業分野にも応用が進んでおり,高精度かつ可視化可能な探傷法として注目されている。JIS Z 3060(鋼溶接部の超音波探傷試験方法)との整合性を意識しながら,一般用途への展開を可能にする通則として,本規格がどのような位置付けを持つかが示されている。

渡辺氏・細田氏には,NDIS 3440 として制定されたコンクリート構造物の水分浸透抵抗性試験に関する規格の構成と適用方法について解説していただいた。表面吸水試験,表面透水試験,および散水試験の三手法は,構造物をそのままの状態で簡便に実施できることを特徴とし,インフラ構造物の耐久性評価に対して,現場での実施を想定した実用的な手法として整備されている。

最後に私からは,DX 技術の進展により非破壊検査分野における標準化・認証の対象が拡張しつつある現状を踏まえ,AI やIoT を活用した診断・予測・制御技術の導入に向けた規格整備の課題と方向性について検討した内容を紹介した。非破壊検査の本質である「状態を把握し,安全を確保する」という目的を達成するためには,従来の試験手法に加えて,リアルタイムなモニタリング,状態基準保全,健全性制御といった技術との連携が必要となりつつある。そうした中で,標準化が果たすべき役割の変化にも目を向ける必要がある。

本特集が,当協会における標準化活動の最新動向を制度面・技術面の両面から把握するための一助となり,読者の皆様が各現場で標準化を推進されていく上での参考になれば幸いである。

 

解説

NDIS の制定/改正と標準化の展望

標準化の役割と戦略

東京工業大学 名誉教授 小林 英男

Role and Strategy of Standardization
Professor Emeritus, Tokyo Institute of Technology Hideo KOBAYASHI

キーワード: 標準,標準化,国際標準,検査,認証

 

1. 始めに言葉ありき
 我が国では,「規格」と「標準」に明確な区別はないが,使い分けされている。しかし,国際的には,規格の英文は「Standards」で,規格と標準は同意語である。英文の「Codes」は,法律用語の法典で,一般的な用語ではない。以下では,用語として標準を使用し,規格は使用しない。「標準化」(Standardization)と「規格化」も同様である。

ものづくりに,標準は欠くことができない存在である。ものづくり(製造)ともの(製品)の市場獲得は,競争の世界である。競争がなければ,進歩もない。競争に勝てば,市場を獲得できる。したがって,標準の制定も,競争の世界となる。競争は,戦争である。戦争に勝利するためには,戦略(Strategy)と戦術(Tractics)が必要である。また,平和的解決として,協定がある。協定も標準の一部である。

本稿では,産業を対象として,標準化の役割と戦略を解説する。

 

NDIS 2423(旧:TOFD 法によるきず高さ測定方法,新:TOFD 法による超音波探傷試験方法)の改正

東京科学大学 黒川  悠

Revision of NDIS 2423( Old: Method of Measuring Defect Height by Using TOFD Technique, New: Method for Ultrasonic Testing by TOFD Technique)
Institute of Science Tokyo Yu KUROKAWA

キーワード: 超音波探傷試験,TOFD 法,NDIS,きず高さ測定,きずの検出

 

はじめに
 構造物の健全性を維持するうえで,きずの検出だけでなくその寸法を正確に測定することが重要である。Time-of-Flight Diffraction(TOFD)法とは,二つの縦波斜角探触子を用いて,送信探触子と受信探触子とを試験体の表面に一定距離を隔てて対向させ,表面を伝搬するラテラル波及び裏面反射波に加え,材料中にきずがある場合には,きずの上端部及び下端部の回折波を受信し,D-スキャン画像及びB-スキャン画像のTOFD 画像として表示する探傷方法である。TOFD 法によるきず高さ測定方法について規定していたNDIS 2423:2001 1)が2024 年2 月22 日に改正され,今回の改正できずの評価も可能になったため規格名もTOFD 法による超音波探傷試験方法と改められた2)。このNDIS の改正について,現行NDIS の制定の趣旨及び旧規格からの主な変更点について報告する。

 

NDIS 2429 フェーズドアレイ法による超音波探傷試験方法通則制定のポイント

島根大学 三原  毅

Key Points for Establishment of NDIS 2429 for Ultrasonic Flaw Detection Testing Methods Using Phased Array Method
Shimane University Tsuyoshi MIHARA

キーワード: NDIS,超音波,フェーズドアレイ,通則

 

はじめに
 昨年12 月24 日に,NDIS 2429 フェーズドアレイ法による超音波探傷試験方法通則1)が制定された。本規格は,一連のフェーズドアレイ規格の中核となる通則であり,規格化が計画されて以降,本NDIS 制定まで長期間を要した。本稿では,本規格の骨子をご紹介すると共に,もう一度フェーズドアレイ規格制定に至る経緯を振り返り,どういう経緯で本規格が制定され,また長時間を要したかを整理すると共に,本通則を利用する上での留意事項についても触れる。さらに本NDISは,工業用超音波フェーズドアレイの汎用規格としては初めての規格だが,すでに欧米では規格の整備と利用が進み,我が国でも原子力機器の保守分野では,規格の整備と共に部材の経年損傷計測の標準的手法として,また他の用途でもフェーズドアレイの利用は拡がってきており,遅ればせながら発行された本NDIS が,我が国の超音波フェーズドアレイのさらなる利用拡大の一助になることを,関係者一同,心から祈念している。

 

NDIS 3440 コンクリートの非破壊試験 水分浸透抵抗性試験 制定の主旨および概要

徳島大学 渡辺  健  横浜国立大学 細田  暁

Main Points and Overview of the Establishment of NDIS 3440 Non-destructive Testing of Concrete
- Resistance against Water Penetration

Tokushima University Takeshi WATANABE
Yokohama National University Aakira HOSODA

キーワード: 水分浸透抵抗性試験,表面吸水試験,表面透水試験,散水試験,水密性

 

はじめに
 近年,コンクリート構造物の耐久性の確保において,鉄筋を保護するコンクリート表層の物質移動抵抗性や,かぶり厚さの重要性が指摘されている1),2)。

コンクリート構造物の維持管理においては,水が掛かる場合に,塩害等の鋼材腐食,凍害,アルカリシリカ反応,化学的侵食等の水が関与する劣化が進行しやすいとされている3)。このため,水掛かりがあるコンクリート構造物においては,水の浸透に対する水分浸透抵抗性,水密性の非破壊試験の確立が待望されている。

コンクリートの水分浸透抵抗性試験については,国内外において研究が盛んとなっており,実構造物において可能な完全非破壊で水分浸透抵抗性を計測する試験方法に関する研究成果が多数報告されている。土木学会のコンクリート標準示方書[設計編(2017 年制定)]3)では,鋼材腐食の耐久性照査において,「短期の水掛かりを受けるコンクリート中の水分浸透速度係数試験方法(案)(JSCE-G 582-2018)」が用いられることとなり,水分浸透抵抗性を計測するニーズがさらに高まっているといえる。

一方,水密性に対する照査は,ダルシー則を用いて透水係数を水セメント比から求める関係式が示され,その透水係数によって求めた透水量によって行うと規定されており,透水係数を求める透水試験については,米国開拓局の方法(アウトプット法)又はDIN 1048 の方法(インプット法)で行ってよいとされている。これらのことより,非破壊試験で透水係数(透水量)を計測する手法が確立されれば,施工段階での水密性,耐久性の品質管理に活用することが可能である。

本協会の機関誌では「鉄筋コンクリート構造物の維持管理における水と非破壊試験」2021 年3 月号に特集号として刊行している。しかし,国内では,非破壊でのコンクリートの水分浸透抵抗性,水密性(透水試験法)に関する試験規格はまだ制定されていなかった。

そこで,主に国内で検討が進められてきた各種の水分浸透抵抗性を計測する試験方法について,実用に資する規格を制定するための基礎的データの収集を目的として,本協会において,2016 年9 月に表層透水性・吸水性試験方法研究委員会を組織し,対象とする試験方法に関して検討を重ねた。その成果を踏まえ,2020 年4 月~ 2021 年3 月の期間において,標準化委員会RC 専門別委員会の下にNDIS 原案作成準備WGを設置し,規格原案の基礎資料となる検討を行った。その後,2021 年9 月から「コンクリートの水分浸透抵抗性試験方法」原案作成委員会を設置して規格原案に関する審議を重ねることによって,このNDIS 3440 の規格群を2023 年に制定するに至っている。ここでは,これら規格の概要を以下に紹介する。

 

DX 時代の標準化と認証の戦略

東京科学大学 水谷 義弘

Strategies for Standardization and Certification in the Digital Transformation Era
Institute of Science Tokyo Yoshihiro MIZUTANI

キーワード: 標準化,認証,DX(Digital Transformation),AI 活用

 

はじめに
 非破壊検査(Non-Destructive Inspection,NDI)は,対象物を破壊することなく内部の欠陥や異常を検出し,その結果に基づいて合否を判定する技術である。その起源は産業革命期に遡る。産業革命ではボイラが大量に製造・使用されるようになったが,製造技術や品質管理の未熟さから破裂事故が多発した。1858 年にはマンチェスター蒸気ユーザー協会(MSUA)が設立され,ボイラの安全性向上のための検査が制度化された。また,1866 年のミシシッピ川のサルタナ号のボイラ破裂事故を契機に,ハートフォード蒸気ボイラー検査保険会社(HSB)が設立され,ボイラの検査と保険を組み合わせた仕組みが確立された1)。このように,ボイラ事故のリスクを評価し,安全性を確保することが非破壊検査の起源であった。特に,保険会社はボイラが破壊する可能性と,破壊した際の被害度合を評価し,適切な保険料を算定する必要があった(現在のリスクマトリックスの考え方に通じる)。そのため,ボイラの健全性を評価できる手法として,非破壊検査が導入され,この技術が発展する契機となった。その後,1895 年のX 線の発見を契機に,非破壊検査技術は飛躍的に進化した。1920 年代からは工業分野でのX 線検査が導入され,1940 年代には日本でも造船業における溶接部の検査に放射線透過試験が用いられるようになった。大事なことは,過去から現在にいたるまで,X 線を含めて新たに発見された物理現象や法則を応用した非破壊検査が次々と開発され,規格化して社会で使えるようにしてきたということである。現状使っている各種非破壊検査法はノーベル賞を受賞した物理現象を利用しているものも多い2)。近年では,非破壊検査は放射線透過試験,超音波探傷試験,磁気探傷試験,浸透探傷試験,渦電流探傷試験,赤外線サーモグラフィ試験,ひずみ測定,アコースティック・エミッション(AE)試験などの様々な手法が適用されるようになり,航空宇宙,建設,エネルギー,製造業,インフラなどのほぼすべての工業分野で使われるようになったが,非破壊検査の誕生,発達期に比べるとその進化のスピードは停滞してきている。

近年,DX 技術が飛躍的に発達し,非破壊検査の目的である「機械や構造物の健全性を保証し,安全性を確保すること」に対し,その手段を再考する余地が生まれつつある。つまり,従来の非破壊検査手法に限定されることなく,IoT を利用したデータ取得,データ活用やAI 技術を駆使することで,目的を達成できる可能性が広がっている。さらには,設計情報のデジタル化も進んでおり,これにより様々なデジタルデータを統合・活用することで,従来の非破壊検査の枠を超えた新たな価値を創出できる可能性が高まっている。すなわち,診断や予測の高度化にとどまらず,状態監視データを活用した運転管理による健全性制御など,非破壊検査の枠を超えた新たな応用可能性が広がっている。そこで本稿では,DX の活用が非破壊検査にもたらす変革の可能性を探り,それを業界全体に普及させるための標準化・認証の戦略について考察する。日本がISO/TC 135 の幹事国である強みを活かし,世界に通用する非破壊検査技術の確立を目指す方策についても提案する。

 

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