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機関誌

2025年10月号バックナンバー

2025年11月19日更新

巻頭言

「社会・産業インフラの保守検査技術Ⅱ」特集号刊行にあたって

笠井 尚哉

我が国の多くの社会・産業インフラは1960 年代からの高度経済成長期に整備されたため,60 年以上経過し老朽化が著しい。そのため,毎月のように社会・産業インフラの劣化に起因する事故のニュースに触れるようになった。特に,近年は上水道及び下水道に関する事故が多い印象を受ける。今年の1 月28 日に埼玉県八潮市で下水道管が破損し走行中のトラックが陥没箇所に転落する事故が発生し,3ヵ月後の5 月2 日に運転手が発見された。事故発生以来,関係者による懸命な救助活動が行われたと思うが(救助が困難な特殊な環境ということもあったが),ほんの数10 m 先の空間にいる運転手を3ヵ月間救うことができないという状況に,筆者はこんなことが現在の我が国で起こるのかと信じられない気持ちになった。インターネットで調べてみると,この事故の全面的な復旧に5 ~ 7 年が必要であるとともに,事故対応に189 億円,当面の復旧に300 億円かかるという情報が受け取れる。上水道管の破損事故も執筆時点での最新の事例では6 月28 日に神奈川県鎌倉市で起きている。こちらもインターネットで調べてみると,毎月のように日本全国で上水道の配管劣化による破損事故が生じている。

上記では社会インフラの例を取り上げたが,産業インフラが置かれている状況も同様で老朽化が進んでいる。さらに労働人口,熟練技術者の減少という状況も重なり,保守検査技術の高度化が必須である。このような背景の下,保守検査部門が担当した本特集号では,明治大学の岩堀豊氏に航空機における構造設計技術の変遷と非破壊検査について,(株)ウィズソルの松山雅幸氏,平末伸一氏,瀬戸山達也氏にアレイ渦電流によるクラッド鋼合せ材厚さ測定の実用化について,千葉大学の丸山喜久氏に時刻歴波形の機械学習による異常検出事例について,(株)IHI 検査計測の宮下和大氏に無線監視システムを用いた溶接継手の疲労損傷評価について,(株)INPEX の岸昴太郎氏にヘビ型マニピュレータとRealtime-RT 検査を統合させた高所CUI 検査についてご執筆いただいた。今回の特集号が読者の方々やご所属の会社で少しでもお役に立てれば幸甚である。

社会・産業インフラの効率的なメンテナンスのためには,まず,検査する必要があり,我が国では,現在,非破壊検査の重要性がますます増加している。適切な非破壊検査を実施し,社会・産業インフラの安全を確保するためには,当然コストがかかる。その適切なコストを受け入れる考え方,また,そのコストを少しでも削減するために検査がしやすい設計が少しでも優先されるインスペクションベースデザインのような考え方を浸透させることが必要であると考えている。

末筆ながら大変ご多忙にも関わらず本特集号にご執筆いただいた方々に誌面を借りてお礼を申し上げる。

 

解説

社会・産業インフラの保守検査技術Ⅱ

航空機における構造設計技術の変遷と非破壊検査

明治大学 岩堀  豊

Evolution of Aircraft Structural Design and Non-destructive Inspection
Meiji University Yutaka IWAHORI

キーワード: 航空機構造設計,航空機整備,複合材料,損傷許容設計,耐損傷設計,非破壊検査

 

はじめに
 動力有人飛行成功(1903 年)から百年以上の時が過ぎ,今や国内旅客量は約1 億人/年,全世界では約35 億人/年の旅客を輸送するインフラとして定着した。この輸送インフラを安全に定時性,経済性のバランスを保ちながら運用するため,特に旅客機では設計段階から厳しい要求が課せられ,構造設計者は常にこれらの要件を確保するための強度,軽量化,低コスト化(製造,整備性を含む)を意識しながら設計を進めている。また,旅客機が運用に入ると,エアラインは,整備作業を行い,当初の設計強度要求や運航によって逐次追加される変更(改善)要求を満足させつつ,安全かつ効率的な運航が行えるよう努力が払われる。航空機構造設計と運用時における整備作業は,航空機構造を構成している材料,構造様式を加味しながら情報を受け継ぎ,密接に結びついているのである。

旅客機が現在のように安全で快適なインフラとして成長するまでには,構造設計思想に大きな変化があった。世界初のジェット旅客機であるコメットを皮切りに,航空機の設計は,数々の事例を経て現在の輸送システムとして成り立っている。自然を相手としながら経済活動としての高速空中輸送を実現するためには,人間の設計力には限界があることを認め,保守点検によってこのシステムの健全性を維持していくことが有効であるという結論に達したのである。現在の航空機構造設計は,損傷許容設計という設計思想をベースとして,設計の時点で保守,修理,復旧する整備作業を前提として進められることが必須である。そのため,構造設計者は規定や設計要求に基づき,機体の使われ方,運航時の整備方法等を意識しながら,使用材料,構造様式を決めていく必要がある。また運航者(保守点検側)は,構造設計者が何を意図して材料や構造様式を選定したのか,規定の存在する意味を理解しつつ保守点検・復旧をすることが重要になる。

2011 年に就航したBoeing 787 型機は,これまでの旅客機構造材料の構成を大きく変化させ,複合材料(CFRP:炭素繊維強化プラスチック)を構造重量の50%程度適用した航空機である。この機体はCFRP の適用によって,軽量化による燃費向上をはじめ,窓サイズ拡大,客室内の快適性向上,定例整備間隔の延長が図られ,今や国内エアラインでも主力の機材となっている。後発のAirbus A350 型機についても,同様に複合材料を多用しており,CFRP は一般的な航空機材料となったといっても過言ではない。CFRP は,金属材料を用いた航空機構造部品の製造手法を大きく変えた材料である。金属材料とは欠陥の発生,損傷拡大特性,外からの物体衝突(鳥,雹,石,雷,ツールドロップ等)による損傷状態が大きく異なる特徴を有している。

本稿では,旅客機の構造設計思想の変遷,複合材料の特性や製造方法,航空機の点検整備に必要な非破壊検査との関係等について述べる。

 

アレイ渦電流によるクラッド鋼合せ材厚さ測定の実用化

(株)ウィズソル 松山 雅幸  平末 伸一  瀬戸山達也

Practical Application of Array Eddy Current Testing for Measuring Clad Steel Overlay Thickness
WITHSOL Inc. Masayuki MATSUYAMA, Shinichi HIRASUE and Tatsuya SETOYAMA

キーワード: 渦電流,クラッド鋼,合せ材厚さ,電磁気的結合度,電磁式膜厚計

 

はじめに
 産業プラントに設置されている反応槽では,強度部材である炭素鋼に,耐食性を有する合せ材が接合されたクラッド鋼が使用されることがある。図1 に爆着によって接合されたステンレスクラッド鋼の断面を示す。

合せ材は,ステンレス鋼,チタンなどの高耐食性材料であるが,表面に減肉が生じることがある。その原因は,腐食性が高い環境に晒されて腐食したり,槽内で撹拌された反応液によってエロ―ジョンが生じるためである。

プラント稼働中に合せ材の減肉が進展すると,最終的には合せ材が消失して反応槽内面に炭素鋼が露出する。露出した炭素鋼に反応液が直接接触すると,短期間のうちに炭素鋼を貫通し漏洩に至るおそれがある。そのため,定期的に反応槽を開放して内面から合せ材厚さを測定し,減肉の進展状況を調べる必要がある。

当社では,電磁式膜厚計とアレイ渦電流を併用したクラッド鋼合せ材厚さ測定を実用化している。図2 に測定状況(イメージ)を示す。本稿では測定の概要を紹介する。

 

時刻歴波形の機械学習による異常検出事例の紹介

千葉大学 丸山 喜久

Case Studies of Anomaly Detection Using Machine Learning on Time History Waveforms
Chiba University Yoshihisa MARUYAMA

キーワード: 道路舗装,国際ラフネス指数(IRI),スマートフォン,木造建物,応答塑性率

 

はじめに
 我が国の社会基盤施設は老朽化が進んでおり,維持管理の必要性が高まっている。また,人口減少や高齢化社会の影響で社会基盤施設に関連する業務に携わる技術者の減少が続いており,平常時だけではなく地震後の災害対応業務の処理能力も低下しつつある。このような背景から,社会基盤施設のモニタリングに関する研究が進められている1)。さらに,IoTの普及に伴い,センサによって取得された時刻歴波形の機械学習に基づく診断技術に関する研究も盛んである2)。

本稿では,著者らがこれまでに行ってきた時刻歴波形の機械学習に基づく異常検出に関する研究事例を紹介する。一つ目は,自動車の加速度波形を用いた路面平坦性評価に関する研究3),4)である。二つ目は,構造物の地震応答波形を用いた損傷度評価に関する研究5)である。

 

無線監視システムを用いた溶接継手の疲労損傷評価

(株)IHI 検査計測 宮下 和大

Fatigue Damage Assessment of Welded Joints Using Wireless Monitoring System
IHI Inspection & Instrumentation Co., Ltd. Kazuhiro MIYASHITA

キーワード: 疲労破壊,無線モニタリング,溶接継手,ホットスポット法,ひずみゲージ

 

はじめに
 変動荷重を受ける機械や構造物の破壊事例の多くは,それを構成する部材の疲労損傷が原因であることが知られている。特に,鋼構造物の破壊事例の約80 ~ 90%は疲労破壊に関連しており1),2),疲労現象は社会的インパクトが大きい重大な事故の要因となることも少なくない。機械や構造物の健全性を確保するには,疲労損傷の進行を早期に把握し,事故を未然に防ぐことが必要となる。このような事故を未然に防ぐには,機械や構造物の状態を継続的に監視することが重要である。特に近年では,DX やIoT 技術の進展により,状態監視保全を目的とした健全性モニタリングの導入が容易になりつつある。従来,状態監視保全の導入には,モニタリング機器の設置費用や維持費,センサや機器,配線のためのスペース不足といった課題が存在していた。しかし,近年では無線通信技術や関連デバイスの性能が向上し,機能を限定すれば比較的安価な機器が入手可能となっている。これにより,設置スペースの制約が少なく,コストを抑えたモニタリングが可能となっている。このような技術の進展により,これまで事後保全や時間計画保全を採用してきた機械や構造物においても,モニタリングを活用した状態監視保全を導入できる可能性が広がっている。これにより,機械や構造物の健全性をより効率的かつ効果的に維持することが期待される。

構造物の疲労破壊をモニタリングするには,累積疲労損傷度を正確に把握し,疲労寿命を予測することが重要である。近年,疲労寿命の予測を目的とした研究が進められており,ひずみゲージとIoT 機器を組み合わせたモニタリングシステム3)−5)が提案されている。このようなシステムは,テスト試験片を用いた検証が行われており,実際の構造物への適用例として,鉄道鋼材のテルミット溶接部への適用が報告されている6)。上述の文献では疲労評価に公称応力を用いている。しかし,複雑な形状の構造物や溶接部などで明確な公称応力を設定することができず,公称応力による疲労評価が適用できない場合がある。その場合,溶接止端部などの構造的応力集中部の応力を測定するホットスポット応力の適用が有効である。しかしながら,無線モニタリングシステムを用いたホットスポット応力の適用に関しては,十分に検討されていない。そこで,著者は無線モニタリングシステムを作製して,溶接継手への疲労評価におけるホットスポット応力の適用性を確認した。さらに,無線モニタリングシステムを用いたことで生じる無線通信時に発生するデータ欠損が疲労評価に与える影響についても評価した。また,データ処理方式や無線通信方式の違いが評価精度やシステム運用に与える影響についても考察した。

 

ヘビ型多関節マニピュレータと Realtime-RT 検査を統合させた高所CUI 検査

(株)INPEX 岸 昂太朗

CUI Inspection Combining Snake-like Multi-joint Manipulator and Realtime-RT Device
INPEX CORPORATION Kotaro KISHI

キーワード: 非破壊検査,デジタルラジオグラフィ(DR),保温材下腐食,ロボティクス,多関節マニピュレータ

 

はじめに
 プラント保全における課題の一つである保温材下腐食(以下Corrosion Under Insulation:CUI と称す)は事象を予防する抜本的な解決策はなく,プラント保全エンジニアは保温材下に隠れ,外観から確認できない配管の腐食度合いを推測あるいは定期的な検査を以て確認することで対応している。一方で,プラント保全においては常に費用,人員,時間,安全上の制約が存在し,これらは昨今のインフレーションや少子高齢化をはじめとする外的要因の影響を受け,より厳しいものとなっている。この保全上の制約は国外の大型プラントでは特に顕著化しており,保全手法の最適化は急務の課題である。

CUI は保温材が設置されたすべての配管に潜在的な懸念があり,その大部分が高所やアクセスが容易ではない箇所に存在する。そのため実際の検査作業では,大掛かりな足場設置やロープアクセス(図1)を使用した検査を必要とするが,これには莫大な費用と時間,安全上の課題が発生しプラント操業費(Operating Expenditure:OPEX)を悪化させる要因となっている。

今回プラント操業主側である筆者は,高所CUI 検査の最適化を図る目的でロボット技術サプライヤと共に,ロボティクスと非破壊検査技術を統合させ従来検査作業方法の代替となる検査手法の開発と実証的活用試験を実施した。本稿では当該取り組みについて紹介させていただく。

 

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