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機関誌

2025年12月号バックナンバー

2025年12月1日更新

巻頭言

「テラヘルツ波を用いた非破壊試験」特集号刊行にあたって

遠藤 英樹

これまで,世の中に存在する非破壊検査のニーズに我々非破壊検査に携わる技術者が100%応えられたことはあったであろうか?少なくとも筆者自身の赤外線サーモグラフィ検査の経験や他の技術を用いる非破壊検査技術者から聞くところによれば,検査業務を依頼する発注者側の最低限のニーズをかろうじて満たすことで精一杯であることが多いように思われる。高度成長期に整備された社会・産業インフラの老朽化が進行している我が国では,非破壊検査のニーズが右肩上がりに増加することが予想されており,非破壊検査以外の業界からの参入も相次いでいる。このような状況である今,JIS Z 2305 で規定された専門分野に閉じこもり,結果として専門家である我々が社会のニーズに最初に応えられないことを懸念している。

筆者が主査を務める赤外線サーモグラフィ部門では,部門名称からも分かるように設立当初はいわゆる熱赤外線を用いた検査手法が主な対象であった。しかし,最近では扱う波長範囲が近赤外領域から本特集で取り上げるテラヘルツ領域にまで広がってきている。これは,部門の設立当初から“非破壊検査工学は実学であるので,検査ニーズを満たす最適な電磁波を用いることが当然である”という暗黙の了解が代々の主査に受け継がれてきたためと感じている。9 月には国際会議“Advanced Infrared Technology and Applications 2025”が神戸で開催された。この国際会議は“Infrared”とあるように当初は熱赤外線を中心とした研究について議論されていたと伺っている。しかし,現在では赤外線,テラヘルツ波以外にミリ波,マイクロ波を扱う講演もあり,わが意を得たりとうれしく感じた。

さて,本特集は赤外線サーモグラフィ部門で企画したものである。テラヘルツ波は、周波数帯が0.1 ~10 THz(テラヘルツ)の電磁波である。光と電波の性質を併せ持ち,高い透過性と直進性を持っているが,人体には非侵襲であるという特徴を有している。そのため,空港などで安全を確保する技術としてすでに実用化されており,その原理は非破壊試験分野でも十分に活用できるだけのポテンシャルを示している。当部門では2019 年3 月のミニシンポジウムでテラヘルツ波関連の特別講演を実施したが機関誌での特集は今回が初めてである。そこで,まず読者の皆様にテラヘルツ波を用いた非破壊試験について概要を把握いただくために本分野で用いられる試験の原理について紹介する。この解説は徳島大学 時実 悠氏に執筆いただいた。続いて試験時間やきずの検出精度に大きい影響を及ぼすテラヘルツ波源の現状について紹介する。この解説はローム(株)鶴田一魁氏,九州大学 加藤和利氏,千葉工業大学 枚田明彦氏に執筆いただいた。これらの解説によって,我々が非破壊試験に使用できる道具立てを概観できる。次に,非破壊試験分野における適用検討事例を2 ケース紹介する。まず,大型の原油貯蔵タンクのメンテナンスにおいて重要なタンク底部の防食コーティング及び鋼板腐食の評価に適用した事例を紹介する。この解説は神戸大学 阪上隆英氏,塩澤大輝氏に執筆いただいた。続いてコンクリート構造物における鉄筋の腐食検出に適用した事例を紹介する。この解説は芝浦工業大学 濱崎 仁氏,(株)コンステック 佐藤大輔氏に執筆いただいた。これら2 編の解説から,非破壊試験分野におけるテラヘルツ波適用のおよその現在地をうかがうことができる。最後に,他分野での適用検討事例として不特定多数の人が出入りする環境下での金属物探知を紹介する。この解説は,防衛大学校 山田俊輔氏,辻田哲平氏に執筆いただいた。最終的にはロボットによるセキュリティチェックの実施を構想されており,非破壊試験分野でも同様な自動化ができないかと夢想する次第である。

本特集が読者の皆様に(当然筆者にも)存在する“専門分野”という見えない壁を打ち破る契機となり,非破壊検査技術者としての本来の責務を思い起こす機会となれば幸いである。

 

解説

テラヘルツ波を用いた非破壊試験

テラヘルツ波を用いた非破壊検査における計測技術

徳島大学 時実  悠

Non-destructive Imaging by Utilizing Terahertz Wave
Tokushima University Yu TOKIZANE

キーワード: テラヘルツ波,テラヘルツ波イメージング,THz-TDS,デジタルホログラフィ

 

非破壊検査のためのTHz イメージング
 非破壊検査は,対象を損傷させることなく内部構造や物性を評価するための技術として,工業製品の品質保証,社会インフラの維持管理,医療診断,文化財保存など多様な分野で不可欠な役割を果たしている。非破壊検査では,評価対象の種類や測定目的に応じて,X 線1),超音波2),赤外線3)などさまざまな手法が用いられている。

X 線検査は高い透過力と空間分解能を有し,金属内部の欠陥検出や構造解析に広く利用されているが,放射線を使用するため生体に対する侵襲性があり,扱いには安全管理を要する。超音波検査は深部構造の高精度測定に適するが,媒質を介して音波を伝える必要があるため,探信を試料に接触する必要がある。赤外線サーモグラフィは非接触な測定が可能で,表面温度分布の可視化に優れるが,測定環境に影響されやすく,表層付近の測定に限定される。既存の手法はいずれも優れた技術である一方,非侵襲・非接触に,内部情報を取得できる新たな非破壊検査手段が求められている。

近年注目されているのが,テラヘルツ(THz)波4)を利用した非破壊検査である。図1 に示すように,THz 波はマイクロ波と赤外線の間(およそ0.1 〜10 THz,波長30 μm 〜3 mm)の周波数を持つ電磁波であり,光子エネルギーが数meV と低いため生体に対する侵襲性が低い。また,紙,プラスチック,塗膜,ゴム,木材,繊維など,多くの非導電性材料を透過できる一方で,水分や極性分子を強く吸収するという特徴をもつ。この特性により,THz 波は内部構造・層厚・水分分布・化学組成など,構造情報や分光情報を取得できる電磁波領域として注目を集めている。THz 波を用いた非破壊検査では,電波に比べて短いTHz 波の波長を活かした高い空間分解能の画像を取得可能である。したがってTHz 非破壊検査ではサンプル面内の情報を得るTHz イメージング5)が有用である。

THz イメージング技術は1980 年代に確立されたテラヘルツ時間領域分光(Terahertz Time-Domain Spectroscopy:THz-TDS)6)に始まる。THz-TDS では,フェムト秒レーザによって生成される超短パルス光を用いて瞬間的に広帯域なパルスTHz 波を発生させ,その時間波形を計測する手法である。得られる信号には振幅と位相の情報が含まれ,フーリエ変換を行うことで広帯域の周波数スペクトルを取得できる。この方式は時間領域の波形から分光情報を得られる点で優れており,材料の誘電応答や層構造の深さ方向解析に有効である。またコヒーレント検出に基づく高い測定ダイナミックレンジを持つ特徴がある。

一方で,連続的にTHz 波を発生するCW 連続波(Continuous Wave:CW)方式の進展も著しい。CW 方式では,特定の周波数で発振するTHz 波を用いる。電気的な手法でTHz 波を発生させる方式や,光学的に二つの近赤外レーザの周波数差を利用するフォトミキシング方式や,量子カスケードレーザ(Quantum Cascade Laser:QCL)などが代表的であり,周波数分解能と高出力性に優れる。このため,製造ラインやインライン検査のように特定周波数での定常的な異物検査や厚み計測を要する場面に適する。このようにTHz 光源はパルス光源と,CW 光源の二つに大別される(図2)。

また検出方式は,単一検出器方式とカメラアレイ方式に大別できる。単一検出器方式は一画素ずつ信号を取得し,機械的または光学的に走査して二次元像を構成する方式であり,一般に高い感度や広帯域動作を可能とする。その代表例が,光伝導アンテナや電気光学サンプリングを用いたTHz-TDS システムである。これに対し,カメラアレイ方式は多数の検出素子を並列的に配置し,面全体を同時に観測する手法である。マイクロボロメータアレイ等を利用したTHz カメラが開発されており,リアルタイム観察や動画取得が可能である。感度やスペクトル情報は限定的であるが,広視野・高速観察において大きな利点を持つ。

すなわち,THz イメージングは光源(パルス/CW)と検出器(単一/アレイ)という二つの選択肢の組み合わせによって多様な特性を示す。したがって,非破壊検査への応用を考える際には,対象物の材質・厚み・測定速度などの要件に応じて最適な構成を選択することが重要である。

本稿では,このようなTHz イメージングシステムの構成要素を整理することを目的とする。まず第2 章でTHz 波の発生および検出の原理を概説する。第3 章では,計測手法を整理し,各方式の得られる情報の性質を比較する。その上で,第4 章以降で,パルス光源と連続波光源,単一検出器とカメラアレイという二つの組み合わせを用いた,我々の研究事例を紹介する。

これにより,THz イメージング技術の多様な構成と測定手法と計測例を明らかにし,既存の非破壊検査技術の中でTHzが果たす役割を整理することを目的とする。

 

テラヘルツ波源の現状

ローム(株)/テラヘルツシステム応用推進協議会 鶴田 一魁
九州大学/テラヘルツシステム応用推進協議会 加藤 和利
千葉工業大学/テラヘルツシステム応用推進協議会 枚田 明彦

Overview of Terahertz Source Technologies
ROHM Co., Ltd./Terahertz Systems Consortium Kazuisao TSURUDA
Kyushu University/Terahertz Systems Consortium Kazutoshi KATO
Chiba Institute of Technology/Terahertz Systems Consortium Akihiko HIRATA

キーワード: テラヘルツ波,単一走行キャリア・フォトダイオード,UTC-PD,共鳴トンネルダイオード,RTD

 

はじめに
 未開拓周波数と言われてきたテラヘルツ帯(約0.1 ~10 THz)も近年の研究開発により,分光・イメージング・センシング・通信と幅広い応用検討が進んでいる。要素技術として特に重要な波源の開発も,広帯域化,高出力化,小型化が進み,様々な応用ニーズに応えられるようになってきている。本稿では,そのようなテラヘルツ波源の現状について,俯瞰的な解説を行う。

 

テラヘルツ波による石油タンク底部の非破壊検査

神戸大学 阪上 隆英  塩澤 大輝

Development of Non-destructive Testing Technique for Oil Tank Bottom Floor Using Terahertz Wave
Kobe University Takahide SAKAGAMI and Daiki SHIOZAWA

キーワード: テラヘルツ電磁波,イメージング,石油タンク,防食コーティング,劣化,腐食

 

はじめに
 原油備蓄用として11 万キロリットル級の大型原油貯蔵タンクが使用されている。原油貯蔵タンクのメンテナンスにおいて,底部鋼板の腐食に対する健全性評価は重要な課題の一つである。タンク底部鋼板の表面は,防食コーティングにより保護されている。しかし,長年の供用により防食コーティングが劣化し,放置すれば底部鋼板の腐食につながる恐れがある。防食コーティング下に腐食が生成されるまでの模式図を図1 に示すとともに,そのプロセスを以下に説明する。(a)時間の経過とともに原油に含まれている水分がコーティング内に浸透する。(b)コーティングには水の浸透を遅らせる目的でガラスフレークが含まれているが,長年の使用により水分が鋼板まで到達し滞留すると,鋼板には黒錆が発生する。錆が成長し膨張することで,コーティング表面には膨れが現れる。(c)コーティングの膨れに割れが生じ,そこから酸素が供給されると黒錆が赤錆にかわり,鋼板の腐食が加速する。

大型石油タンクは消防法により10 年ごとの開放検査が義務付けられている。コーティングの膨れを伴う鋼板腐食は,現状では主に目視により検査されている。しかし,膨れが小さい場合やピンホールによる腐食等の膨れを伴わない腐食の場合,目視検査ではその発見は困難である。また,鋼板素地が健全な場合でも,コーティングの層間はく離によりコーティング表面に膨れが生じる場合があり,目視検査ではこの膨れも補修対象として判断してしまう。このため,防食コーティングおよび底部鋼板の劣化損傷に対する新しい非破壊検査手法が求められている。そこで,筆者らはこれまでに物質透過性に優れたテラヘルツ波を用いた非破壊検査法の開発に取り組んできた。本稿では,光学定盤上に組み立てたテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)計測システムを用いることで得られた実験的検討結果の一部を示し,防食コーティングに対するテラヘルツ波の基本的性質について説明する。さらに,2010 年代半ば頃に開発が加速していた,可搬型THz-TDS 計測システムを石油タンクに導入し,防食コーティング越しにタンク底板の劣化を検出する実験を行った結果を示す。

 

サブテラヘルツ波によるコンクリート中の鉄筋腐食度評価

芝浦工業大学 濱崎  仁  (株)コンステック 佐藤 大輔

Evaluation of Reinforcement Corrosion in Concrete Using Sub-terahertz Waves
Shibaura Institute of Technology Hitoshi HAMASAKI
Constec Engi,Co. Daisuke SATO

キーワード: サブテラヘルツ波,コンクリート,鉄筋腐食,差分反射強度

 

はじめに
 鉄筋コンクリート構造物の主な劣化としては,中性化や塩化物イオンの存在によるコンクリート内部の鉄筋腐食が挙げられるが,鉄筋腐食が腐食ひび割れとして顕在化する頃には,鉄筋腐食は大きく進んでしまっている。鉄筋腐食状況を非破壊的に評価する手法として,自然電位法や分極抵抗法などの電気化学的手法が挙げられるが,これらは十分な精度を有しているとは言えず,腐食量を直接的に評価可能な手法はない状況にある。鉄筋腐食状況の評価を早期にかつ非破壊で行うことができれば,鉄筋コンクリート構造物の維持保全の容易化・ライフサイクルコストの低減などが可能になる。

テラヘルツ波を用いたコンクリート材料の評価は,丸山らによるセメント硬化体の含水率の評価1),西脇らによるコンクリートの自己治癒効果の評価2)などの研究が行われてきた。また,筆者らは,鉄筋コンクリート構造物に対して,サブテラヘルツ波を適用して,含水状態や塩化物イオン量の評価,鉄筋の可視化や腐食度の評価の可能性などについて,検討を行ってきた3),4)。本稿では,サブテラヘルツ波を用いて,コンクリート中の鉄筋の腐食度を,早期に非破壊かつ非接触的に評価する手法について検討した結果3)について解説する。

 

移動検閲ロボットへ搭載可能なテラヘルツ波による金属物探知システム

防衛大学校 山田 俊輔  辻田 哲平

Metal Detection System Using Terahertz Waves Mountable on Mobile Inspection Robots
National Defense Academy Shunsuke YAMADA and Teppei TSUJITA

キーワード: セキュリティシステム,移動検閲ロボット,テラヘルツ波,アクティブイメージング法,金属物探知

 

はじめに
 2018 年東海道新幹線車内殺傷事件や2021 年白金高輪駅の硫酸事件といった,特定の人物または不特定多数をターゲットとし,殺傷を目的とした凶悪事件が発生している。2019 年には国土交通省では,鉄道の更なるセキュリティ向上策の検討のため,旅客スクリーニング装置の運用に関する実証実験も実施されている1)。こうした観点から,セキュリティ対策に関する関心は非常に高く,人が集まる空港や駅といったパブリックスペースにおけるスムーズなセキュリティチェックの観点から移動検閲ロボットを用いたセキュリティシステムは有効と考えられる。乗客や通行人に紛れ,着衣の下に隠し持った危険物を探知するセキュリティ検査として,非接触で透視による可視化手法として電磁誘導,超音波,磁気共鳴,遠赤外線,ミリ波を用いた危険物の検知システムが研究開発され2)-4),その中でもテラヘルツ波を用いた非接触探知システムが注目されている5),6)。このような状況から,国外メーカからアクティブイメージング用のテラヘルツカメラが市販されている7)。

テラヘルツ波は,金属以外の非金属に対しては透過しやすく,金属に対しては反射する。しかし,すべての非金属の物質に対して透過するわけではないことに注意が必要であり,物質中のテラヘルツ波の振る舞いは,テラヘルツ波の波長に対する屈折率の大きさにより決定され,テラヘルツ波の分光特性を十分に理解したうえで,利用しなければならない。本稿では,テラヘルツイメージング装置の解説と実際に金属物を計測した際の画像の特性について簡単に紹介する。

 

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