西村 信司
磁粉・浸透・目視部門が担当する磁粉探傷試験,浸透探傷試験及び目視試験は表面欠陥の探傷技術として長年産業界で広く用いられている伝統的な非破壊検査手法である。磁粉探傷試験は,強磁性体しか適用できないという欠点もあるが,検出できるきず幅は1 μm 程度と,浸透探傷及び目視試験よりもきず幅の小さい割れが検出可能で,疲労割れの初期段階から検出できる利点を持つ。この磁粉探傷試験の規格は,国内ではJIS G 0565 として1960 年に初めて制定された。その後の改廃を経て現在はJIS Z2320-1 から3 に規定されており,鉄鋼・自動車・航空機などの産業界,化学,発電などのプラント設備,インフラストラクチャのメンテナンス等において検査手法の一つとして重要な役割を担っている。
近年の,就労人口の減少や,熟練技術者の引退等の社会的課題に呼応して,非破壊試験を実施した結果の品質維持がますます重要となってきている。非破壊試験の品質を維持するためには評価すべききずを過不足なく検出できなければならず,原理・現象の十分な理解と規格の適切な適用・運用が不可欠である。一方,JIS Z 2320-1 には励磁電流の波高率の影響や,必要な磁界の強さの定義,きずの視認性など研究・開発の進展に伴って改めて検討が求められるようになってきた事項が存在している。また,近年はカメラで欠陥や指示模様を撮影し,機械学習,AI,高度な画像処理などを用いて自動で客観的かつ定量的評価を行う技術の開発も進んでいる。
本特集は,「磁粉探傷試験の課題とこれから」と題して,JIS Z 2320-1 から3 を理解するために改めて検討した事項と,省人化と品質維持を同時に進めるために重要な自動でのきず検出・判定技術に焦点を当てた。特集の前半では磁粉探傷試験の課題として,日本電磁測器(株)の堀 充孝様,マークテック(株)の一本哲男様,(地独)東京都立産業技術研究センターの西村から磁粉探傷試験の規格の中で現状に合わせて再検討が望まれる紫外線の安全性と観察条件・波高率が検出感度に及ぼす影響について,筆者から鉄鋼材料の熱処理組織と硬さと磁気特性の関係について解説がされている。後半ではこれから活用の機会が増えていくと期待される機械学習やAI によるきず判定技術として,(公財)鉄道総合技術研究所の牧野一成様,小笠原柚様から溶接欠陥の磁粉探傷試験に対する機械学習モデルの適用について,大同特殊鋼(株)の山腰浩平様,有澤 亮様から磁粉探傷画像を用いたAI による鋼片表面きず深さの推定について解説がされている。いずれの記事も充実した内容に富んでおり,本特集が読者の方々が業務を進められる上で少しでもお役に立てば幸甚である。
磁粉・浸透・目視部門は,電磁気部門,漏れ試験部門とともに表面3 部門として幹事会をはじめ,研究集会,シンポジウム等の学術活動を合同で行っている。今後も,この表面3 部門の研究集会,研究委員会活動などにおいて,会員の皆様の積極的な参加及び発表をお願いする。末筆ながら大変ご多忙にもかかわらず執筆いただいた方々に誌面を借りてお礼を申し上げる。
日本電磁測器(株) 堀 充孝
マークテック(株) 一本 哲男
(地独)東京都立産業技術研究センター 西村 信司
Safety and Viewing Conditions for Ultraviolet Radiation, and the Effect of the Crest Factor of the Excitation Current on Detection Sensitivity in Magnetic Particle Testing− Study of Outstanding Issues in MT Standards -
Nihon Denji Sokki Co., Ltd. Michitaka HORI
Marktec Corporation Tetsuo ICHIMOTO
Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute Shinji NISHIMURA
キーワード: 磁粉探傷試験,ブラックライト,A 領域紫外線,励磁電流,波高率
はじめに
磁粉探傷試験に関するJIS Z 2320 シリーズには,現在,いくつかの懸案事項が存在する。
第一の懸案事項は観察条件である。JIS Z 2323:2017「非破壊試験-浸透探傷試験及び磁粉探傷試験-観察条件」1)における第6 項「蛍光による方法」では,試験面の照度は20 lx 以下と規定している。一方,JIS Z 2320-3:2017「非破壊試験-磁粉探傷試験-第3 部:装置」2)第7 項「検査室」では,「可視光照度≦20 lx」と定めた上で,例外的に「より強いA 領域紫外線を用いて,対象試験体と同様のきず磁粉模様又は標準試験片の磁粉模様が確認されるならば,20 lx 以上の可視光照度であってもよい」としている。しかし,産業界からの「明るい環境において磁粉探傷試験を行いたい」という要望に対して,高強度の紫外線使用時の安全性および観察条件の指標は十分に整理されていないのが実情である。そこで,JSNDI 標準化委員会MT 専門別委員会内にJIS Z 2323 WG を設置し,明るい環境下での磁粉探傷試験の運用指針を明確化することを目的とし,紫外線のリスク評価,磁粉模様の視認性評価,および光源に対する観察方向が視認性に与える影響について基礎的な実験・検討を行った。
第二の懸案事項は,位相制御による歪み波である励磁電流の検出感度への影響である。JIS Z 2320-1:2017「非破壊試験-磁粉探傷試験-第1 部:一般通則」3)では正弦波電流を基本として規定されているが,歪み波については波高率(波高値を実効値で除した割合)を管理することの重要性を指摘している。被検査物を磁化するため,励磁電流の大きさを変化させる手法として位相制御方式が採用される場合がある。この方式による励磁電流の波形は歪み波となり,波高値と実効値の関係が一意ではなく波高率が変化する。この波高率が変化した励磁電流が,実用において探傷性能にどのように影響するのかについては,十分に評価されていない。そこで,この課題を検討するため磁粉・浸透・目視部門内に磁粉探傷試験研究委員会を設置した4)。励磁電流の波高率を変化させ磁粉探傷試験を行い,磁粉模様の変化を観察するとともに,磁場解析を行いその妥当性を確認した。波高率が変化することにより励磁電流の周波数成分が変化する。正弦波の状態において周波数を変化させて探傷試験を行い,周波数変化による影響と波高率による影響を比較評価した。
本稿において,第一の懸案事項である明るい環境下でより強いA 領域紫外線を用いる場合の観察条件について,第二の懸案事項である励磁電流の波高率が検出感度に及ぼす影響について,実験と解析を行った結果とともに今後の展望について報告する。
(公財)鉄道総合技術研究所 牧野 一成 小笠原 柚
Application of Machine Learning Models to Magnetic Particle Testing for Welding Defects
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) Kazunari MAKINO and Yu OGASAWARA
キーワード: 溶接欠陥,磁粉探傷試験,自動化,機械学習,畳み込みニューラルネットワーク
はじめに
鉄道車両の台車枠,輪軸などの台車部品に対しては,従来,磁粉探傷や超音波探傷などの非破壊検査が行われている1)。台車部品の磁粉探傷で,特に台車枠に関しては,台車枠に起因した近年の重大インシデントの発生に伴って探傷検査箇所は増加傾向にある2)。一方で,検査業務の省力化,省人化や脱技能化が求められているが,磁粉探傷ではきず指示模様の判定に相応の経験,技能や知識を要し,技術継承における継続的な課題となっている。その対策の一つとして,台車枠の磁粉探傷検査の自動化が考えられる。具体的には,磁粉探傷結果を撮影して得られた画像(以下,磁粉探傷画像)に対して機械学習を適用し,きずを自動的に検出する手法である。非破壊検査においても近年,外観検査,磁粉探傷,赤外線サーモグラフィ等で得られた画像データや,超音波探傷で得られた波形や断面像に対して,AI や機械学習を適用する研究が活発に進められている3)。
ここで,台車枠の構造の例を図1 に示す。台車枠は,側ばり,横ばり,つなぎばりからなる主構造を溶接により組み立て,これに吊り金具や空気配管などの部品を溶接で取り付けた構造が主流である。そのため,強度上の弱点と考えられる溶接部が探傷検査箇所に指定されることが多いが,すべての溶接部がグラインダ等で滑らかに仕上げられてはいない。仮に,溶接の非仕上げ部に欠陥が発生した場合には,溶接形状の凹凸に起因する疑似模様との区別が困難で,機械学習においてもこの点に留意する必要がある。
本解説では,台車部品の探傷を人手によらず自動化するための要素技術として筆者らが研究を進めている,磁粉探傷画像に対して機械学習を適用し,磁粉模様からきずを自動的に検出する手法について述べる。まず,台車枠の溶接部を想定した試験片(溶接試験片)の磁粉探傷画像を一定数取得し,学習用とテスト用の画像に分ける。きずの学習過程では,学習用画像を分割して作成した多数の小さな画像を畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)4)で機械学習させ,学習済みモデルを生成する。きずの検出過程では,テスト用画像に対して,学習時の分割画像の大きさに対応する小領域ごとにきず検出を行い,きず疑いの箇所が複数つながっていれば「きず」と判定する。以下では,これら一連の手法の概要とその適用例を紹介する。また,CNN をベースとする数種類の汎用の学習モデルを用いてきず検出を行い,それらの性能を比較した結果を述べる。
大同特殊鋼(株) 山腰 浩平 有澤 亮
AI-Based Estimation of Surface Defect Depth in Steel Billets Using Magnetic Particle Testing Images
Daido Steel Co., Ltd. Kohei YAMAKOSHI and Ryo ARISAWA
キーワード: 保磁粉探傷,深層学習,特殊鋼,深さ推定,マルチモーダル
はじめに
特殊鋼の製造工程において,分塊圧延にて加工された鋼片は製品圧延を経て最終製品となる(図1)。鋼片表面に存在するきずは,製品圧延によって圧延方向に伸長することで,製品品質に影響を及ぼすおそれがある。このため,鋼片の段階で表面きずを検出し,研削により除去する中間検査として,蛍光磁粉探傷試験(以下,磁粉探傷試験)が採用されている。磁粉探傷試験の検査員は,鋼片表面に形成された蛍光磁粉の指示模様(以下,磁粉模様)に基づいてきずを検出し,磁粉模様の形状や大きさなどを手がかりに,きずの深さを推定することで研削量を判断する。これらの判断は,熟練検査員の目視に依存しており,長時間の作業では,疲労に起因して判定結果が変動しやすい。加えて,熟練検査員の不足が将来的な課題となっている。
これらの課題に対し,1980 年代以降,画像処理による磁粉探傷の自動化が検討されてきた1)。しかし,従来のルールベース画像処理(判定のしきい値や規則をあらかじめ人が設計する方式)では,形状や輝度が類似するきずと疑似模様の識別や,多様な磁粉模様への対応に限界があった。近年は,画像の特徴を人が設計することなくデータから高精度で学習できるAIが鉄鋼業界でも外観検査へ適用されており2),磁粉探傷画像についても,CNN(Convolutional Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク)を用いて表面きずの有無を判定する手法が報告されている3)。
一方,磁粉模様からきず深さを定量的に推定することは難しい。その理由は,磁粉探傷試験は漏洩磁束により形成された磁粉模様を観察するため,きず深さを直接計測できないからである。漏洩磁束はきずが深いほど大きくなる傾向がある。また,磁粉の付着量が増えることで磁粉模様の輝度も高くなる。このため,先行研究では線状のきずを対象に,輝度と深さの相関を用いたルールベース画像処理による深さ推定が試みられている4)。しかし,漏洩磁束は深さだけでなく,きずの断面形状にも左右される。図2 に示すように断面形状の異なるきず種が混在する実生産ラインでは,単一の輝度と深さの関係を適用しても高精度な推定は困難となる。
そこで本研究では,深さ推定精度の向上を目的として,磁粉模様の画像を入力とするCNN に,きず種および磁粉模様の寸法を付加情報として組み合わせるマルチモーダル(複数種類の情報を組み合わせて入力する方式)な深さ推定AI を提案する。
(地独) 東京都立産業技術研究センター 西村 信司
Influence of Microstructure and Hardness on the Magnetic Properties of Steel Materials
Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute Shinji NISHIMURA
キーワード: 磁粉探傷試験,磁気特性量,B-Hカーブ,硬さ,鉄鋼材料の組織
はじめに
磁粉探傷試験とは,きずから漏洩した磁束に強磁性体の微粉末を吸着させ,その模様(きず磁粉模様)から,きずの形状・位置・大きさを目視又は画像評価する方法である。きずからの漏洩磁束を十分に得るためには,試験体に電流又は磁束を投入し,磁化する必要がある。このとき,試験体の磁化条件(磁化の強さ,あるいは磁界の強さ)が重要となるこそ,インフラが健全に機能している平和で安定した社会とも言えるようにも思える。
磁粉探傷試験の規格は,JIS Z 2320,ISO 9934,ASTM E709などがある。磁化の条件としては,JIS Z 2320-1:2017 1)及びISO 9934-1:2016 2)では,「試験面の最小磁束密度は1T 程度が望ましい。−(中略)− 一般的には試験面に平行な磁界の強さとして2000 A/m が必要と考えられる。」としている。また,JIS Z 2320-1 の解説表1 では,用途ごとに適切な磁界の強さを提示している。一般的には,これら二つの磁界の強さの指標を活用し,磁粉探傷試験に用いられている(表1)。しかしながら,これらの指標に関して裏付けとなる技術データは日本規格協会などからまとまった形で提供されていないのが現状である。
一方で,鉄鋼材料の磁気特性は,熱処理に伴う金属組織の変化によって大きく異なる。これまでの報告では,鋼種と熱処理,炭素量と熱処理を変えた磁気特性の報告は存在する3),4)が,組織及び硬さと並べて比較している事例は見られない。
そこで,筆者は各種鉄鋼材料に異なる熱処理を与え,それぞれの磁気特性と顕微鏡組織及び硬さを測定し,現在提唱されている,磁粉探傷試験におけるきず検出に必要な磁界の強さの妥当性を検討した。
本稿では,各種熱処理を施した鉄鋼材料の組織及び硬さと磁気特性について説明・解説するが,鋳鍛造品や表面に塑性加工領域を有する機械部品等を対象としていないため,JIS Z 2320-1 解説表1 全体まで言及することは難しい。併せて,磁気特性曲線(B-H 曲線)から得られたデータのみを基にしているため,きず検出性の議論まで至らず,一般的,基礎的な知見となることをご容赦いただきたい。
遠藤 英樹,佐々木 昇
Non-destructive Evaluation Method for Fatigue Crack Repair Quality Using Infrared Thermographic Testing
Hideki ENDO and Noboru SASAKI
Abstract
In Society 5.0, the Japanese version of Industry 4.0, minimizing the life cycle costs (LCC) of social infrastructure is a key goal, and is also applicable to industrial infrastructure. Addressing fatigue cracks is crucial for minimizing the LCC of steel structures like cranes. Impact Crack Closure Retrofit Treatment (ICRT), a fatigue crack countermeasure to reduce stress intensity factor range, is commonly used on bridges due to its ease of installation. However, there are issues with the quality assurance process using penetrant testing employed at ICRT. In this study, we focused on ICRT and proposed a new sensing method for quality evaluation that utilizes thermoelastic effects. We applied this method to overhead cranes in a steel mill and confirmed its effectiveness.
Key Words: Society 5.0, Life cycle cost, Infrared thermography, Thermoelastic effect, Fatigue crack
緒言
産業および社会インフラは,高度経済成長期に建設されたものが多く,老朽化が進んでいる。Industry 4.0 の日本版のSociety 5.0 では,社会インフラのライフサイクルコスト(LCC)の最小化が目標の一つであり1),産業インフラでも同様の対応が必要である。また,少子・高齢化といった将来の経済社会情勢に伴って,十分な資金と高度な専門知識を有する人材の不足が課題となっている。このような中,安全なインフラを継続的に使えるような維持管理・更新手法や新技術の開発を検討し,トータルコストの縮減を目指すことが求められている2),3)。
そのため,産業および社会インフラの重要な基盤の一つである鋼構造の,その主要な劣化要因の一つである疲労き裂に対する対策が重要となる。鋼構造物を検査して疲労き裂が発見されると,き裂の発生部位,き裂の長さ,対策目的(応急対策,恒久対策)などから総合的に判断して,適用する疲労き裂対策工法が選定される。一般に,疲労き裂対策工法は,次の四種に大別される4)。
①応力拡大係数範囲の低減
②発生応力の低減
③き裂近傍の構造変更
④き裂の除去
最近では,特に①に分類される工法で,現場施工が容易な特徴を有する様々な新技術が提案され,実用化されてきている4)。しかし,現時点では,工法を提案した技術者による技術紹介や施工報告が多く,非破壊試験技術者の視点から,現場で実施できる施工品質の評価方法の検討をさらに進めていく必要がある。
これまで,筆者らの一部は,①に分類される工法の一つである,微細粒ペーストを用いた疲労き裂進展抑制剤の効果を,熱弾性応力測定によって評価5),6)している。また,東らは,③に分類される半円切り欠き補修の効果を,熱弾性応力測定を用いて評価している7)。
本研究では,①に分類される工法のうち,衝撃き裂閉口処理(Impact Crack Closure Retrofit Treatment,通称ICR 処理)8),9)の施工品質を評価する手法を検討した。また,実際の天井クレーンに生じた疲労き裂を対象として,その施工品質評価手法の有用性を確認した。