新産業・イノベーション創出や国際競争力強化を牽引することを目的とした,Industry 4.0 が我が国でも注目されつつある。現在,各機関でAI(人工知能)を核としたIoT の社会・ビジネスへの実装に向けた研究開発・実証が進められている。具体的には種々のセンサで得た巨大データをインターネットを通じて,クラウドに集約し,AI を利用して合理的判断を下そうとするものである。この合理的判断の信頼度は,実は用いるデータの質と解釈の方法に依存しており,やみくもに多量のデータを分析すれば良い,ということではない。
AE 計測は,高周波数を対象とした弾性波動を検出する手法であり,例えばμ秒ごとの波形のサンプリング,つまりMHz オーダの破壊現象を計測の対象とした計測手法である。従って,先人達は対象とする破壊現象すべてのAE 波形を記録することができなかったため,自ずとAE 波形の特徴量(到達時間,最大振幅値,立上り/立下り/継続時間,エネルギーなど)の抽出アルゴリズムを構築してきた。そして,得られた特徴量は別に測定された物理値や求められた破壊指標と比較検討され,有意な特徴量が見いだされ,場合によっては驚くべきことにAE 特徴量を応力など物理量に変換する試みもなされてきた。我が国では,NDIS 2412 に見られるように,球形タンク健全性のAE による等級分類方法がAE 科学の創始者の一人である尾上守夫先生を代表として提案,規格化され,それがほぼ30 年前の1980 年であったことは,まさにAE がこの分野での先駆者であったことを如実に伝えている。その事実は,2 つの代表的AE 解析ソフト,Visual AE(独,Vallen Systeme 社)とAE Win(米,MistrasHoldings 社)でも垣間見ることができる。前者はVisual Class,後者はNoesis というAE データのパターン認識,学習分類,つまりはAI を導入した解析ソフトを20 年以上も前から開発し,世界中で販売している。このように,AE 特徴量(パラメータ)の抽出技術やその学習分析評価は,まさしく昨今でいうIoT とAI を利用した一連の計測・評価システムであり,AE 計測・評価そのものがその方法論を古くから先導していたことがわかる。
このような経緯から,本特集号では,実際の工場や構造物で実践的に用いているIoT,AI を利用したAE 計測評価方法について,第一線で活躍している技術者,研究者に詳細を解説頂いた。一方で IoT(AE)を駆動するための微振動を利用した先端的Energy Harvesting 技術(エレクトレット自立発電)や,MEMS を応用したパッケージングAE システム(次世代スマートAE 計測装置),さらには,インフラなどの長期評価を可能とするための次世代AE 計測技術(FBG 光ファイバAE センサ)についてもAEの将来を担うカッティングエッジ技術として執筆,ご紹介頂いた。本特集が読者の皆様のご研究,お仕事の一助となれれば深甚である。さらに興味がおありの読者には,格好の機会がある。本年11 月に札幌で開催される第24 回国際アコースティック・エミッションシンポジウム(IAES-24)である。このシンポジウムでは,前掲のNoesis の開発者であり,20 年以上前にNDT のAI で学位を取得したNassos(Dr.Athanasios Anastasopoulos,Mistras Group Hellas 副社長)に基調講演“Interpretation and Validation of Acoustic Emission Indications”をお願いしている。実践でAE データをいかにAI を援用して有意な評価に結びつけてきたか,様々な事例を用いて講演頂く予定である。奮ってご参加頂きたい。
最後に,末筆ながら本特集号に寄稿頂いた執筆者の皆様に深く感謝申し上げる次第である。
Current Situation and Future Prospect of IoT, Big Data
and AI for Industrial Applications<br>
Nippon Physical Acoustics, Ltd. Shigenori YUYAMA
Kyoto University Tomoki SHIOTANI
キーワード:AE,AI,IoT,ビッグデータ,産業競争力
はじめに
IoT(モノのインターネット),ビッグデータ,AI(人工知能)などの用語が,大きな注目を浴びている。2016 年の初頭,文部科学省,総務省,経済産業省の連携により,AI を核としたIoT の社会・ビジネスへの実装に向けた研究開発・実証が進められつつあることが報道された。これは,3 省連携による研究開発成果を関係省庁にも提供し,政府全体としてさらなる新産業・イノベーション創出や国際競争力強化を牽引することを目的としたものとされる。
2016 年4 月19 日,政府が主催する産業競争力会議は,成長戦略の概要をまとめた。その中で,2016 年4 月時点で500 兆円の名目GDP を,600 兆円に高めるために,成長戦略としてIoT,ビッグデータ,AI などの先進技術により新たな市場を創出し,第4 次産業革命(Industry 4.0)を起こすことを一つの柱にしている。少子高齢化に苦しむ日本にとって,世界の主要プレイヤーとして生き残るために,こうした施策の実行が極めて重要で,必要欠くべからざるものと考えられている。
さらに,政府は経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会として,Society 5.0 を提唱している1)。これは,狩猟社会(Society 1.0),農耕社会(Society 2.0),工業社会(Society 3.0),情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指し,サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムで実現される。ここでは,フィジカル空間に設置されたセンサで採取される膨大な情報がサイバー空間に集積され,得られたビッグデータを人工知能(AI)が解析し,その解析結果がフィジカル空間に住む人間に様々な形でフィードバックされる。これまでの情報社会では,人間が情報を解析することで価値が生まれてきた。しかし,Society 5.0 では,膨大なビッグデータを人間の能力を超えたAI が解析し,その結果がロボットなどを通して人間にフィードバックされ,新たな価値が創生されて産業や社会に貢献する。
世界の経済状況を示す指標の一つであり,企業の実力を反映する株式時価総額を見ると,世界のベスト5 は,アップル,アルファベット(グーグル),アマゾン,マイクロソフト,フェイスブックとなり,その額はそれぞれ50 ~ 90 兆円(2018 年1 月末時点)に達し,アメリカの先進IT 企業が上位を独占している。これらの企業は,ありとあらゆるデータの採取・解析・評価を最も効率的に実施し,ビジネス化するためのシステムを設計・構築・確立することにより,他国企業の追随を,全く許さないほどの経営的実力を有するに至った。一方,かつては世界トップ10 を狙う立場にあった日本企業の最高位にあるトヨタは,最近の情勢を見るとその総額は約20 兆円程度に留まり,世界ランクで45 位である。また,アメリカの代表的メーカであり,かつて常にトップ10 に入ったGE も,そのランクは22 位(25 兆円)となり,IT 企業に比べ,伝統的製造業の停滞が顕著となっている。これは,21 世紀以降,デジタル通信・情報技術の急速な発展とともに,人々の求める経済的価値が,モノからデータ・情報へと急激に変化したことを端的に物語っている。
現在大きな注目を浴びるIoT では,モノからセンシングを通じて得られるデータを情報化し,その経済的価値を最大限高めることが主要な業務となる。これまで,製造業の分野で圧倒的強さを誇ってきた多くの日本企業にとって,モノから得られるデータ・情報の活用法を見誤らず,適切な対応さえ取れば,製造・情報・通信・サービスが混然一体となる最先進科学技術ビジネスの分野で,かつて世界に誇ることのできた栄光を,もう一度取り戻すことが可能になると考えられる。
現在,「ビッグデータ」は必ずしも定義がはっきりせず,曖昧な意味を含んだまま,個々の都合や状況に合わせ,大量のデータを取り扱い解析する方法を表す概念として使用されている。物理学,化学,生物学,気象学,地震学,宇宙科学,材料科学,機械工学,電気・電子工学,情報工学,土木工学,医学,薬学,農学など,科学技術の分野で扱うのは,まぎれもなく大量のデータ,すなわちビッグデータの解析・評価である。
近年,経済,経営,金融,マーケティングなどの分野で,ビッグデータという用語が頻繁に用いられるようになった。古くから大量のデータを取り扱っている科学技術において,データは目的を明確に定め,理論的裏付けを基に採取されるのが一般的であり,専門用語として「ビッグデータ」が用いられることはほとんどない。しかし,経済,経営,マーケティングなどで,今まであまり注意が払われてこなかった,例えばIT(サイバー空間)で得られる多様性と複雑な構造を持つ大量のデータから,何らかの有意な情報を得るために,統計的処理を施して特徴を抽出(Feature extraction)し,分析するなど,科学的手法(データサイエンス)の適用が進みつつある。ビッグデータは,ほぼ同時進行の形で,加速度的に発展を続けるIoT,AI とともに,時代を代表する用語になっている。IoT により採取されたデータを蓄積することでデータベースが構築され,それを解析した結果にAI を適用して評価・フィードバックを行い新たな価値が創造される。IoT,ビッグデータ,AI の相互関係を示す模式図を図1 に示す2)。
我が国で,最初にスマート工場の原型をなすIoT の適用が行われたのは,21 世紀に入った直後(2001 年)の自動車,および自動車部品工場においてである3)。データ採取には,100 kHz ~ 1 MHz の周波数帯域に高感度を有するアコースティック・エミッション(AE)センサが用いられ,自動車部品の成型,プレス加工,研削などの製造・生産プロセスにおいて,不良品検出,製品管理の目的で連続的にデータが採取され,工場内LAN を通して工場管理のスマート化が試みられた。
一方,欧米諸国において,加齢化する橋梁などインフラ構造物のヘルスモニタリングとして,数多くのIoT が実施されている4)。我が国では,2000 年代初頭に,IoT による構造物の健全性評価の実用化をめざし,高速道路橋でAE による連続モニタリングの基礎実験5)や岩盤構造物の長期AE 監視6)が行われた。しかし,その後実質的進展の見られないうちに,欧米諸国での成果が広く知られるところとなった。
化学コンビナートには,各種タンクなどの貯蔵施設,配管,反応容器,ポンプなど多種・多様な機器が存在する。それらを操業停止することなく,安全性を確保したうえで効率的なメンテナンスを実施することが,最重要課題となっている7)。そのための方法として,プラント各所に様々なセンサを取り付け,常時監視によるスマート化(IoT 化,AI 化)が,世界各地で行われようとしている。
Current State of AE Application in Smart Factories
Nippon Physical Acoustics, Ltd. Shigeto NISHIMOTO
キーワード:スマート工場,ロボット,射出成型,研削,摩耗,健全性評価
はじめに
インダストリー4.0 は,日本では第4 次産業革命とも言われ,この第4 次産業革命に対応した工場をスマート工場という。このスマート工場とは,具体的には部品調達から生産工程,出荷工程までをコンピュータネットワークで接続してIoT 化を図り,生産性を高めることを目標とした工場を指す。スマート工場により,市場ニーズに合った製品を柔軟に生産できるようになり,そして生産効率は最大に高めることができる。
しかし,このような工場を具体的に構築するためには,品質や設備の稼働状況を「見える化」して,すなわち生産に影響する前に設備の故障の兆候をセンシングして設備の健全性を明らかにし,この結果を保全にフィードバックして生産への影響をできるだけ小さくする必要がある。ここで,目的を達成するための要となるのは設備状況の「見える化」である。よく「振動や温度や電流など,いろいろなデータを集めてきてビッグデータを作成すれば設備の健全性を把握できる」などと言われるが,本当にビッグデータで設備の健全性を評価できるであろうか?例えば,振動が上昇するということは,半導体製造装置のような微細な加工ではすでに製品の品質に影響を与えていることになるし,緊急修理のためにラインを予定外に停止することが必要となる。すなわち,このような末期現象のデータをたくさん集めても,予知ではなく末期の状況しか把握できない。必要なのは,設備の振動や温度などの変化を生じる原因,すなわち設備に生じるき裂や摩耗を検出しなければ健全性の評価はできない。
このような状況下,最近,AE(Acoustic Emission)法が注目を集めるようになってきた。AE 法については,解説が多数出ているので本稿では説明は省略するが,AE 法の基本原理であるき裂や摩耗をリアルタイムに検出できる特徴がスマート工場のセンシング技術として非常に有効で,さまざまな分野のさまざまな工程へ導入が進んでいる。本稿では,市場で注目を浴びているこのAE 法について,スマート工場への適用例について解説していく。
Current Status of IoT/AI Applications Using AE in Smart Chemical
Industrial Complexes
Nippon Physical Acoustics, Ltd. Shigenori YUYAMA
キーワード:アコースティック・エミッション(AE),AI(人工知能),スマートコンビナート,データベース,IoT(モノのインターネット)
はじめに
現在稼動中の大部分の石油・石化プラントは高度成長時代に建設され,すでに稼動開始後40 年を超えたものも多い。人口の超高齢化とともに,安定型経済成長が生み出す成熟型社会への移行が進むにつれ,これら産業基盤となる構造物の効率的な維持・管理技術確立の必要性が高まりつつある。
化学プラントのメンテナンスにおいて,状態を把握するために,ひずみ,変位,応力,振動,温度,湿度,圧力,流量,電力量,音,AE,画像など様々なセンサで採取される大量のデータが,解析・評価される。こうしたデータを基にデータベースが,1980 年代半ばより欧米で構築され,安全性を十分に確保しながら効率的なプラント操業を行うために活用されている。現在,センサによるデータ採取に対してIoT 化が急速に進みつつあり,データベースの充実とともにAI を適用して評価・フィードバックを行い,新たな付加価値が創造されようとしている。
AE 法は,工業技術の一つとして利用され始めてから40 年以上の歴史を持ち,現在多くの分野で実用化されている。高周波数帯域を対象とするAE 法は,環境雑音の影響を受けにくいため,多くの雑音が定常的に存在するプラントにおいて,回転装置など機械装置の状態監視や設備診断を実施するための切り札になると期待されている。
本稿では,化学コンビナートにおけるAE によるIoT 適用の実態を述べるとともに,採取されたデータのデータベース化を基に,AI による解析を適用することにより,安全性を確保しながら,効率的なメンテナンスを行う方法について,海外の事例1)を参考にしながら考察する。
Big Data and AI
− Predictive Maintenance for All:Utilization of Predictive Maintenance Data
by Cutting-edge Sensing Technologies −
Toshiba Corporation Yasuo MATSUOKA
キーワード:AI,ビッグデータ,IoT,フォグコンピュータ,予知保全,IVI
はじめに
「ビッグデータとAI」という言葉で何を想像し期待されるだろうか。昨今,本キーワードは,一日も新聞,雑誌等で見ない日がない程に見聞きしその解釈もそれぞれと拝察する。本題の解説にあたり,巻頭言「Industry 4.0 を担う実践技術と将来を見据えた先端基礎技術」の冒頭にもあるように,昨今Industry 4.0 が2015 年を境に注目されつつあり,わが国でも,新産業・イノベーション創出や国際競争力強化を牽引することを目的として,現在,各種業種ごと,様々な機関が存在している。中でも「AI(人工知能),IoT,ビッグデータ」をキーワードに,これらを核とした IoT の社会・ビジネスへの実装に向けた研究開発・実証がそれぞれの立場で,目的をもって進められている。究極は,どの機関でも,種々のセンサで得た巨大なデータを活用して集約する技術,また集約したデータ(ビッグデータ)を基に統計学的な解析判断を下す,または各種AI を利用して合理的判断を下そうという動きは共通している。ただ,それぞれに置かれている立場,立ち位置の違いから,そのデータの集積場所,AI の活用場所に大きな違いがあり,ビジネスモデルも違う。そうした中,半導体微細化技術,集積応用技術が進んで様々なエコ(低価格化,高速化,大容量化,長寿命化)な技術開発のもとで革新的に進化している半導体集積回路(メモリIC)をはじめ,コンピュータの高速処理に特化したハードウェア化(例:NVIDIA*1)は注目に値する。こうした技術の進歩にも牽引され,これまでの概念を大きく変えているケースも多々現れている。近年,将来動向を見据えたうえで戦略的にビジネスモデルの大幅な見直しが各機関,企業にて急ピッチに進展しており,エッジコンピュータ化がそのトレンドの一つである。膨大な各種センサから収集できるデータをこれまでは,インターネットを通じて,クラウドに集約し,AI を活用して物事の最適解を求めるといったサイバー空間の考えから,日本に見られる現場主義,いわゆる,現場の末端,例えば製造装置から上がってくる各種時間軸管理(タイムアセット)に沿ったディープなデータを基にそのままリアルタイムにフィジカル空間の中で最適解を求める自律制御の考え方にシフトしている傾向が製造業において特に強くなっている。
そこで,本稿では,日本の強みとする製造業を主体としたManufacturing Industry 系の中より現実の困りごとから最終的なあるべき姿を通して,ボトムアップ的な発想でサイバーフィジカルシステム(CPS*2)を考え,様々な実証検証を通して共通なリファレンスモデルを構築しようとしている団体の一つ,日本における第4 次産業革命をリードする業界団体IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ:Industrial Value Chain Initiative:以下IVI)の活動を通してこれからの「Next Big Data & AI(NBA)」を見据えて,世界的に注目されているコンソーシアムの動向を敷衍(ふえん)しつつ日本における活動動向などを通して筆者が活動しているIVI での活動の紹介(公知情報)を通して「ビッグデータとAI」の現在の課題,将来の期待について筆者なりの新解釈のもとで解説する。
Development of an Optical Fiber AE Sensor by FBG Capable
of Multipoint Simultaneous Measurement
Kyoto University Hisafumi ASAUE and Tomoki SHIOTANI
Fuji Ceramics Corporation Iori YAMAMOTO and Hidehiro INABA
キーワード:光ファイバ,FBG,WDM,弾性波,フィルタリング処理
はじめに
近年,我が国では少子高齢化による人口減少とこれに伴う技術者不足や公共事業費の削減などの背景により,土木構造物の維持管理を効率よく行うことが強く望まれている1)。戦略的な維持管理を行う上で,詳細かつ高頻度の点検調査が不可欠である。これは上記の問題もあり,目視点検などの人の手によるものからセンサを使用する点検調査に移行しつつある。センサを使用する調査法の1 つに,AE 法が挙げられる。この手法は,構造物の破壊に伴う音を計測する手法であり,実床版のような比較的大きい対象物に対しても有効に適用できる。しかし,AE 法に使用される電気式センサは,センサと計測器をつなぐケーブルの本数が増えると総重量が大きくなる,劣化や故障のため長期間使用を前提とした埋設が困難である,および電気ノイズの影響を受けるなどの問題点が存在する。そこで本稿では,上記の問題点に強い光ファイバセンサに着目し,FBG(Fiber Bragg Grating)を使用したAE センサの開発を試みた。
A Smart AE Sensor System for Next Generation
Toshiba Corp., NMEMS Technology Research Organization Kazuo WATABE
Kyoto University Tomoki SHIOTANI
キーワード:AE,コンクリート床版,健全性診断,IoT,モニタリング,環境発電
はじめに
国内インフラ構造物は昭和30 年代にはじまる高度経済成長期に多くが建設されたため,今後,建設後50 年を迎えるものが急激に増えていくこととなる1)。また,2012 年12 月の笹子トンネル天井板崩落事故をきっかけに,道路法が改正され,近接目視による5 年に1 回の点検が義務化されている。一方で我が国の人口は2008 年をピークに減少に転じており,中でも生産年齢人口(15 歳から64 歳)は1994 年をピークに減少に転じ,2035 年にはピーク時の25%以上の減少が予測されている状況である2)。
このため,老朽化が進むインフラ構造物を厳格化された法令に従って維持管理することは,人的リソース的にも,財政的にも,早晩限界が訪れることが予測され,新たな効率化への取り組みが急務となってくると考えられる。損傷が深刻化してから大規模な修繕を行う,「事後保全型」から,損傷が軽微なうちに補修を行う「予防保全型」への転換はその基本となる取り組みである。国交省では,直轄管理国道の今後20 年間の修繕費について,事後保全と予防保全の2 パターンで昨年初めて試算した3)(図1)。
図中のAが予防保全の修繕費が事後保全の修繕費を上回る領域であり,Bが事後保全の修繕費が予防保全を上回る領域である。予防保全では,事後保全で経過観察している最初の数年間において費用が高くなるが,7 ~ 8 年後には,事後保全に掛かる費用が,予防保全に掛かる費用を逆転する試算である。20 年後の修繕費で比較すると,予防保全により年間700 億円から900 億円のコスト縮減効果が見込まれる。また,20 年間の累計では,予防保全により,最大約6000 億円のコストの低減が可能と算出されている。予防保全によるライフサイクルコストの縮減効果が国により示されたことは,今後の維持管理の取り組みに対して与えるインパクトは少なくない。
一方で,予防保全そのものを効率化する取り組みも必要となる。予防保全の判断材料となる点検が,人手,特に目視に頼っているためである。そこで人手にできるだけ頼らずに健全性を判断する手法,例えばセンサを用いたインフラモニタリングの導入が期待されている。
国内の社会インフラ構造物のなかでも,橋梁について見ると,長さ2 m 以上の橋梁が70 万橋以上存在しており,2023 年にはこのうち約43%が建設後50 年を超えることになる4)。これらの橋梁の維持管理をどのように効率化していくかは,喫緊の社会課題になりつつある。
このような背景を受け,筆者らは,橋梁内部の劣化を検知する手段としてAE(Acoustic Emission)に着目し5),6),AEセンサを用いた構造物ヘルスモニタリングシステムの開発を進めている7),8)。これまで,高速道路橋のRC(ReinforcedConcrete)床版において,交通荷重に伴うAE 計測を実施し,コア採取により,計測結果と実際の損傷の整合性を検証することにより,AE 計測データに基づく橋梁の健全性評価の有効性を確認してきた9)− 14)。一方で,このような技術を社会実装し,床版内部の損傷を継続的に監視していくためには,常時モニタリング可能なAE 機器および,合理的な信号取得アルゴリズムが必要といえる。
本稿では,主に橋梁の健全性モニタリングを主眼として開発した,イベントドリブンアーキテクチャ,エナジー・ハーベスティング,およびエッジコンピューティング技術を統合した新しいAE センサシステム(次世代型スマートAE センサシステム)について詳しく述べる。また,このAE センサシステムを高速道路橋梁のRC 床版に適用し,無線を含むネットワークシステムを構築し,長期のモニタリング実証実験を行った結果について紹介する。
MEMS Vibrational Energy Harvester for Wireless Sensors
Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo Hiroshi TOSHIYOSHI
キーワード:MEMS,エレクトレット,振動発電,エナジーハーベスタ,IoT
はじめに
1964 年の東京オリンピックから50 年以上が経過し,その当時の建設ラッシュで作られた道路や橋梁,建物等の社会インフラを経済効率よく整備・更新することが新たな社会課題として浮上している1)。社会インフラの維持管理には,鉄道施設のように定期的に目視点検して異常を早期発見することが理想的であるが,検査のための人員を十分に確保できない管理団体・自治体もある。このため,事故の予兆となる異常振動等を検出するために,センサを建築構造物に設置して自動診断する新たな検査技術が,IoT(Internet-of-Things)応用の一つとして研究開発されている2)。
既存の建築物にセンサを設置する場合には,電源や信号等の配線工事を極力排除するために,電池駆動型の無線センサが使用されることが多い。しかしながら,無線センサを高所や閉空間に設置したあとでは,数年おきに電池交換するための労力とコストが無視できない。このため,設置環境から駆動電力を回収して無線センサを駆動する発電素子,すなわち「エナジーハーベスタ」への期待が高まっている。
著者らの研究グループではこれまでに,建物や道路等の環境振動から電力を回収してZigBee 等の無線センサを駆動するシステムを試作した3)。図1 のシステム概略に示すように,本構成の特色はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems,微小電気機械システム)型の振動発電素子を使用した点にある。これにより,50 〜100 Hz,0.1 〜0.55 G の微小加速度(G= 9.8 m/s2 は重力加速度)の環境振動から100 〜500 μW の電力を回収し,整流・蓄電した後に間欠的に無線センサを駆動して,温度・湿度などのセンサ情報を定期的にエッジコンピュータに無線送信可能であることを実証した。
本稿では,エネルギー源となる環境振動の特徴と,振動発電素子の設計上のポイント,および,著者らの研究グループが開発した静電型の振動発電の特性について解説するとともに,エナジーハーベスタで駆動できるエレクトロニクスの将来像について述べる。