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機関誌

2018年04月号バックナンバー

2018年4月1日更新

巻頭言

「関節のバイオメカニクス」特集号刊行にあたって 坂本 信

 整形外科学は,筋骨格系(骨格や筋肉),神経を含んだ運動器を扱う医学であることから,バイオメカニクスの知識がなくては,多くの整形外科的疾病を理解し,治療することは不可能な状態となっている。なかでも関節のバイオメカニクスは,機械工学を主な基盤としたバイオメカニクス研究者ばかりでなく,整形外科学,歯学,スポーツ科学,運動生理学,理学・作業療法,運動制御学,人間工学,福祉工学,ロボット工学等の専門家にとって興味のある分野であり,関節のバイオメカニクスが取り扱う範囲は極めて広く,様々なアプローチの手法がある。関節の構造や機能を研究することは,医学では臨床に直結した課題であり,工学的には人工物では達成できていない機械部品を考える上で重要である。また,関節のバイオメカニクスでは,生きている人間を傷つけずにX 線,MRI,超音波等の機器で関節の評価を行うことから,非破壊検査と結びつきは強い。
 整形外科学に関する関節のバイオメカニクスは,生物学的実験と力学モデルに基づいており,関節軟骨の材料学と関節運動学の二つの分野で主に研究が進められている。
 骨と骨をつなぐ関節表面に存在する関節軟骨は,関節のバイオメカニクスにおいて重要な研究課題である。それは,関節軟骨は血管やリンパ管を欠くために極めて再生能力に乏しい組織であることから,軟骨が摩耗して歩行困難な状態となる変形性関節症の問題として多くの人々を悩ませているからである。関節軟骨の機能は力の分散であり,関節に加えられた荷重を和らげ分散して軟骨下骨に伝達して骨を守る機能がある。材料学的には,わずか数mm 程度の関節軟骨が,約70 ~ 80 年の酷使に耐えるとともに,その優れた潤滑機構は驚異に値する。しかしながら,関節軟骨接触のメカニズムは完全には明らかにはなっておらず,人工軟骨も実用化には至っていない。
 一方,関節運動学は,運動器を考える上で重要であるが,三次元運動を正確に評価することは極めて困難である。最近,骨と骨との三次元関節運動を詳細に評価する方法として,Image Matching 法による三次元動態解析が用いられている。これは,人工関節の三次元CAD モデルあるいは生体関節のCT やMRI から構築した三次元骨モデルをX 線透視画像にマッチングさせることで生体内の関節運動を調べる方法であり,その空間精度は1 mm 以下程度まで向上している。しかし,本手法では関節運動範囲の制限やX 線被曝の問題があることから,皮膚表面に貼付したマーカーを光学式カメラで連続的に捉えるモーションキャプチャシステムを用いて,運動解析する方法が行われ,臨床的に有意義な知見を多く示しているが,軟部組織(皮膚,脂肪,筋肉等)の影響は避けられないという問題がある。
 このような背景の下,多くの工学・医学研究者が関節のバイオメカニクスの研究に取り組んでいる。本特集号では,関節バイオメカニクスの研究を行っている15 名の専門家に,以下のような関節の病気,関節の構造と機能に関する解説をご執筆していただいた。下肢関節に関して,膝関節専門の整形外科医師である大森 豪先生から「変形性膝関節症の病態−発症・進行と関節運動変化」,小林公一先生からは「荷重下における関節の三次元アライメント評価」について解説していただいた。関節軟骨に関しては,藤江裕道先生による「生体関節の潤滑」,佐伯壮一先生らによる「低コヒーレンス干渉計を用いた関節軟骨における粘弾性挙動の非侵襲マイクロ断層可視化法」,佐久間淳先生には,「柔軟素材の変形特性の押込試験による物理的な同定法」について,それぞれ解説していただいた。最後に,坂本らによる「核磁気共鳴画像法による示指中手指節関節の三次元生体内接触運動の解析」では,関節軟骨を加味した生体内での関節接触運動に関する内容について解説した。
 本特集号を通して関節のバイオメカニクスに関してご理解をいただき,興味を持っていただければ幸いである。

 

解説

関節のバイオメカニクス

変形性膝関節症の病態−発症・進行と関節運動変化
 新潟医療福祉大学健康科学部健康スポーツ学科 大森 豪

Pathology of Knee Osteoarthritis − Incidence,
Progression and Change of Knee Kinematics

Department of Health and Sports, Faculty of Health and Science,
Niigata University of Health and Welfare Go OMORI

キーワード:変形性膝関節症,病態,疫学調査,歩行解析,内反スラスト

はじめに
 膝関節は身体骨格中最大の関節で下肢の中心に位置し,日常動作における起立歩行といった基本動作の「要」となっている。膝関節には起立時で体重の1 ~ 2 倍,歩行時で2 ~ 3 倍,階段昇降時には約4 倍,ランニングやジャンプ時には6 ~ 10倍以上の荷重負荷が生ずると言われている1)−3)。また,人間の平均寿命は徐々に伸びており,日本人の場合2015 年の調査では女性の平均寿命は86.99 歳,男性は80.75 歳で世界有数の長寿社会となっている。さらに,近年,健康寿命の延伸や高いQOL(Quality of Life)の獲得に対する関心が高まり,ウォーキングやジョギングをはじめとした中高年者における健康運動が一段と盛んになっている。
 一方で,加齢に伴う身体の退行性変化は運動器にも確実に発生する。変形性関節症は関節の代表的な加齢性変化であり,部位によって多少異なるが50 歳以降に徐々に発症する。変形性関節症では,関節の基本的機能である「可動性」と「支持性」の機能低下が起こり,進行すれば日常生活動作に影響を及ぼす症状を呈する。
 本稿では,膝関節の加齢性疾患である変形性膝関節症(KneeOsteoarthritis:膝OA)について,臨床的および疫学研究の観点から見た病態,さらに関節運動の観点から見た膝OA による膝関節運動の変化について概説する。

 

荷重下における関節の三次元アライメント評価
 新潟大学医学部 小林 公一

Three-Dimensional Assessment of Joint Alignment during Weight-Bearing
Niigata University School of Medicine Koichi KOBAYASHI

キーワード:生体力学,関節,アライメント,放射線,画像処理

はじめに
 バイオメカニクス(Biomechanics:生体力学)は,生体の構造や機能を力学の理論と手法により理解,解釈または記述する学問領域であり,その適用分野は多岐にわたる。その中にあって関節を含む筋骨格系は古くからバイオメカニクスの研究対象であり,現在においても筋や骨を形成する分子や細胞レベルにおける力学現象の解明から様々な臨床的課題の解決まで,基礎から応用にわたって盛んに研究が行われている。本稿では関節のバイオメカニクスにおいて基本となる関節のアライメントについて概説するとともに,荷重下における三次元評価法とその適用例について紹介する。

 

生体関節の潤滑
 首都大学東京 藤江 裕道

Lubrication of Biological Joints
Tokyo Metropolitan University Hiromichi FUJIE

キーワード:生体関節,軟骨,流体潤滑,二相性潤滑,水和潤滑,摩擦係数

はじめに
 生体は最も優れた機械と称される。たとえば骨格系や循環器系などを眺めるとそれらがいかに精緻かつ高機能であるかということに驚かされる。しかし,それら生体を要素まで細かく分割し,その一つひとつの特性や機能をみると,工業材料・製品のレベルに及ばないものが多いのも事実である。たとえば,骨よりも鉄鋼材料の方が硬くて強い,血管よりも繊維強化高分子材料の方が強靭であるなど,ほとんどの生体要素が工業材料・製品に劣っている。生体の凄さは,それら要素を絶妙に配置して連動させ,しかもその連動を生涯の長きにわたって維持することと,たとえそれら要素に問題が生じても,自己修復能力で問題解決を図れる点にある。そのような,総合的な観点において,生体は最も優れた機械なのである。ところが,生体要素のなかで,特性や機能が工業材料や製品に比べ一歩も引けをとらないものがある。それが関節軟骨である。その摩擦係数は千分の一のオーダであると言われ,固体同士が擦れあう摩擦形態の中では,すべり軸受けの摩擦部分がかろうじて対抗できるのみで,それ以外の機械要素では歯が立たない。その優れた潤滑メカニズムに関して古くより関心が持たれ,多くの説が唱えられてきたものの,未だに完全な説明はなされていない。本稿では,関節軟骨の潤滑に関し,著者が試みている関連研究を含め,これまで提唱されたメカニズムについて概説しようと思う。

 

柔軟素材の変形特性の押込試験による物理的な同定法
 京都工芸繊維大学 佐久間 淳

Physical Identification of the Deformation Characteristics
of Soft Materials by Indentation Test

Kyoto Institute of Technology Atsushi SAKUMA

キーワード:触診,柔さ,軟さ,弾性,粘性,押込試験,医療デバイス

はじめに
 とても柔らかいモノの変形特性について,医療テクノロジーの高度化ニーズと情報システムの急速な発展を背景としながら,特に医師の触診テクニックに基づいて,触れるだけで物理的に数値データ化することができる方法・装置が実用化されました。これは,もともと診療における利用を想定して研究開発されたものでしたが,その状態によって敏感に変わりやすいさまざまな柔軟素材へ適用できたことから,いま分野を問わず幅広い場面において利用され始めています。そこでここでは,この「柔らかいモノ」の変形特性を押込試験によって物理的に測る方法を紹介いたします。

 

低コヒーレンス干渉計を用いた関節軟骨における粘弾性
挙動の非侵襲マイクロ断層可視化法(Dynamic OpticalCoherence Straingraphy)
 大阪市立大学大学院 工学研究科 佐伯壮一、古川大介
 大阪市立大学大学院 医学研究科 池渕充彦、中村 卓、中村博亮
 日本シグマックス(株) 新実信夫、塚原義人

Non-invasive Micro-tomographic Visualization on Viscoelastic Behavior
of Articular Cartilage using Low Coherence Interferometer:
Dynamic Optical Coherence Straingraphy

Graduate School of Engineering, Mechanical & Physical Engineering, Osaka City University
Souichi SAEKI and Daisuke FURUKAWA
Graduate School of Engineering, Department of Orthopedic Surgery, Osaka City University
Mitsuhiko IKEBUCHI, Suguru NAKAMURA and Hiroaki NAKAMURA
Nippon Sigmax Co., Ltd. Nobuo NIIMI and Yoshito TSUKAHARA

キーワード:変性関節疾患(DJD,OA),軟骨,マイクロ断層可視化, ひずみ速度計測,
Dynamic Optical Coherence Straingraphy,Optical Coherence Tomography

はじめに
 骨格系骨間の可動結合部における摩擦面は,比較的軟質かつ高含水率の関節軟骨により覆われている。下肢関節は日常生活において体重の数倍もの荷重を受けているが,荷重の吸収や拡散を引き起こす軟骨組織の多モード粘弾性機構1)−5)によって,負荷が軽減されていることが知られている。軟骨組織は2 mm 程度の厚さであり,主に軟骨細胞を取り囲むコラーゲンとプロテオグリカンの多孔質な基質によって構成され,これらが間質液によって満たされている組織である。このため,その力学特性を理解するためには,組織内部におけるマイクロスケールでの力学挙動を実験的に評価することが不可欠である4)。しかし,組織内部を非侵襲in vivo 可視化する困難さに加え,軟骨は奥行き依存性を有する基質異方性や多孔質体流れなどによって複雑なメカニズムを有するため,そのバイオメカニクスは未だに明確になっていない1)。一方,変形性膝関節症(Osteoarthritis:OA)などに代表される軟骨損傷を原因とした変性関節疾患(Degenerative Joint Disease:DJD)の症例数が,高齢化社会に伴い増加の一途をたどっている。これは軟骨の優れた粘弾性特性が損なわれる疾患であるため,DJD の診断治療法としても,軟骨組織のマイクロバイオメカニクスを直接検出する手法が検討されている3),4)。更に,軟骨バイオミメティクスを考慮した人工膝関節の開発や,軟骨細胞による再生医療治療法の発展においても,そのマイクロバイオメカニクスの観点からの組織評価法の確立が急務となっている。このように,軟骨組織内部の力学特性を,ひずみや応力などの力学量としてマイクロスケールにて非侵襲 in vivo 断層可視化する手法が求められている。
 近年,医療診断技術の発達に伴い,光コヒーレンス断層画像(Optical Coherence Tomography:OCT)が開発された6)。OCT は 1 ~ 10 μm の高空間分解能にて生体組織内の形態分布を非侵襲in vivo 断層可視化することができる。また,容易なカテーテル化によって低侵襲に臨床適用がシームレスなシステムであることから,網膜診断や動脈硬化診断などに臨床応用が進んでいる7)。しかし,OCT 断層画像のみでは組織の力学量の検出は困難であることから,著者らはOCT を用いて生体組織内部のひずみテンソル分布をマイクロ断層可視化するOptical Coherence Straingraphy(OCSA)の開発を行ってきた8)− 10)。本研究では,コラーゲンを変性させた関節軟骨にex vivo 応力緩和試験とOCSA 法を連続時間適用し(DynamicOCSA)を適用し,軟骨組織内部に発生するひずみ速度分布の時空間変化を非侵襲断層可視化を行う。その結果として,軟骨におけるマイクロ力学挙動に基づき,そのマイクロバイオメカニクスについて検討すると共に,本手法のDJD 臨床診断能力について考察する。

 

核磁気共鳴画像法による示指中手指節関節の三次元生体内接触運動の解析
 新潟大学医学部 坂本 信、小林公一 新潟市民病院 春日勇人
 新潟手の外科研究所病院 風間清子

Three-dimensional In Vivo Analysis of the Contact Motion of the
Metacarpophalangeal Joint of the Index Finger with Magnetic Resonance Imaging

Niigata University School of Medicine Makoto SAKAMOTO and Koichi KOBAYASHI
Department of Radiology, Niigata City General Hospital Yuto KASUGA
Niigata Hand Surgery Foundation, Niigata Hand Care Center Kiyoko KAZAMA

キーワード:バイオメカニクス,中手指節関節,核磁気共鳴画像法,接触,運動,生体内解析

はじめに
 整形外科分野では,手指は母指と他の指(示指,中指,薬指,小指)とに区別される。手指の関節には,図1 のように手根骨と中手骨間に手根中手関節(Carpometacarpal joint:CM 関節),中手骨と基節骨間に中手指節関節(Metacarpophalangealjoint:MCP 関節),母指を除く基節骨と中節骨間に近位指節間関節(Proximal interphalangeal joint:PIP 関節), 同じく母指を除く中節骨と末節骨間に遠位指節間関節(Distalinterphalangeal joint:DIP 関節)があり,母指における基節骨と末節骨間の関節は指節間関節(Interphalangeal joint:IP関節)と呼ばれる。
 MCP 関節は中手骨頭(Metacarpal head:MCH)と基節骨底(Proximal phalangeal base:PPB)における骨同士の連結部である可動関節であり,一般には顆状関節に分類されている。顆状関節とは屈曲-伸展方向の運動と側方-傾斜方向の運動は可能であるが,骨の長軸に対して回旋量が少ないと考えられる二軸性の関節である。しかし,MCP 関節は靱帯の弛緩性の影響で,ある程度の他動軸回旋が可能である。これまで,MCP 関節についてバイオメカニクスに基づいた研究は多くはないが関節リウマチをはじめとする疾患に対する治療法や人工関節の設計を考える上で,正確なMCP 関節の運動力学的特性を知ることは重要である。
 示指MCP 関節のバイオメカニクスに関する先駆的な研究として,Chao ら1)は,pinch(指をつまむ)およびgrasp(手を握る)動作時におけるMCP 関節に対する三次元的な力の静的釣合い式を提案した。Pagowski-Piekarski 2)は,二次元MCP 関節の力学モデルから,関節のころがり接触機構が関節潤滑に重要な役割を果たしていると予測した。
 一方,MCP 関節の接触機構を実験的に調べた研究は極めて少ない。Moran ら3)は,17 体の切断示指に対して印象剤法*1 を用いて接触面積を測定し,pinch およびgrasp 動作においてMCP 関節の接触面積は中間位状態から増加することを示した。Tamai ら4)は20 体の切断示指を用いて,MCP 関節を屈曲および伸展させた状態で樹脂固定し,その後1 mm スライスの厚さに機械的に切断して五つの関節角度におけるMCP関節の接触面積を求めている。
 上記のような切断示指を用いたin vitro(生体外)での関節接触領域の測定実験は,種々の条件でシミュレーションが可能である反面,関節負荷,靱帯,腱および軟部組織の収縮力等の設定により結果が左右され,臨床的な意味づけが難しい場合がある。よって,in vivo(生体内)でのMCP 関節の接触挙動の定量的評価が必要であるが,in vivo での接触運動学に関する研究は見あたらない。
 近年in vivo における関節軟骨の接触状態を調べるために,核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)による関節軟骨の直接的接触測定が有効な手段として考えられており,著者らは関節に荷重を作用させた状態での膝蓋大腿関節5)や脛距関節6)のin vivo での接触状態をMRI により明らかにしてきた。本稿では,MRI を利用して静的関節角度変化に伴うin vivo での示指MCP 関節の接触挙動について解析した研究7)について紹介する。

 

論文

中性子回折法による曲げとせん断を受けた鉄筋コンクリートの付着応力度の非破壊評価
鈴木裕士,楠 浩一,佐竹高祐,兼松 学,小山 拓,
丹羽 章暢,椛山 健二,向井 智久,川崎卓郎,ハルヨステファヌス

Abstract
The bond strength between rebar and concrete under bending moment was investigated by measuring the stress distribution in the twodimensionally distributed rebars embedded in the reinforced concrete (RC) beam using neutron diffraction. The stress distributions in both of the main rebar and the transverse stirrups embedded in concrete were successfully measured at the fixed measurement configuration without any sample rotations, by using a simple measurement technique suggested based on the technical knowledge obtained in the previous experiments. The bending and shear fracture behavior of the RC beam specimen was predicted by comparing changes in the stress distribution in the rebars measured by neutron diffraction with respect to the applied stress, with the macroscopic deformation measured by strain gauges fixed on the concrete surface. In this study, it was found that the neutron diffraction technique can be a useful technique to evaluate not only the anchorage performance but also the bending behavior of the RC beam.

Key Words : Reinforced concrete, Neutron diffraction, Shear fracture, Flexural bond, Bond stress, Bond degradation, Truss-Arch model

緒言
 鉄筋コンクリート(RC)構造物の危険な壊れ方の一つに「せん断破壊」がある。建物の落階や倒壊につながる非常に危険な壊れ方であり,これを避けるためには,構造部材のせん断耐力を精確に推定する必要がある。この推定には,元来,実験結果を近似した実験式が使われてきたが,最近では「トラス・アーチ理論」という半理論式が主流となりつつある1),2)。このトラス・アーチ理論は,トラス機構とアーチ機構に分けられるが,せん断補強筋の量が増えればトラス機構が支配的となる。このトラス機構は,部材の中で「主筋の付着力」,「せん断補強筋の引張力」,「コンクリートの圧縮力」の三つの力が三角形を形成し,トラスとして作用することでせん断力を伝えているという考え方である。このとき,RC 部材のせん断耐力は,「せん断補強筋の負担分」と「コンクリートの負担分」の和として表されるが,特にコンクリートにひび割れが生じた後のコンクリートの負担する力の解釈の仕方が,せん断耐力の予測精度に影響する。しかしながら,これまでに,コンクリートにかかる応力はもちろんのこと,主筋やせん断補強筋にかかる応力,特に主筋の付着力分布を精確に実測する方法がなかったために,本理論の妥当性を検証するに至っていない。
 中性子応力測定技術は,中性子線の回折現象を応用した非破壊・非接触のひずみ測定技術の一つであり,中性子線の優れた透過能を生かすことで,材料深部の応力状態を定量的に評価することが可能である3),4)。著者らは,世界で初めてRC の構造力学研究に中性子応力測定技術を応用し,コンクリートに埋設された鉄筋について,付着性状を乱すことなく,十分な精度かつ位置分解能で応力分布や付着応力度分布の測定が可能であることを実証するとともに,コンクリートのひび割れや鉄筋腐食に伴う付着劣化の評価を可能にした5)− 10)。従って,中性子回折法を用いれば,RC 構造における主筋やせん断補強筋の応力分布を測定可能であり,さらに,それらとコンクリートとの力学バランスから,コンクリートの負担する力を予測することが可能になる。
 中性子応力測定技術を用いた従来研究においては,引抜荷重,あるいは引張荷重を加えた主筋1 本の応力分布測定を対象としてきた。しかし,本研究で着目するトラス・アーチ理論の検証のためには,実構造により近いRC 梁試験体について,主筋だけでなく,それに直交するせん断補強筋を含んだ広範にわたる二次元応力分布の測定が必要になる。このとき,直交関係にある主筋とせん断補強筋の応力測定を行うためには,試験体を回転させるなどの操作により,それぞれの鉄筋の軸方向と散乱ベクトルを一致させる必要がある。しかし,載荷状態における試験体を回転させるのは困難であり,さらに,それが可能であっても,試験体の回転に伴う力学バランスの変化の影響を避けなければならない。そこで本研究では,中性子応力測定技術によるトラス・アーチ理論の検証を可能にすべく,試験体を回転させることなく,RC 梁の主筋およびせん断補強筋の応力分布測定を実現するための技術開発を行った。また,開発した測定技術により,RC 梁の曲げ・せん断変形に伴う,主筋およびせん断補強筋の応力変化を実測するとともに,その結果から変形破壊過程の推定を行った。

 

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