古来より,人々は海の生み出す多くの恵みを活用しながら生きてきた。その恩恵は,海に囲まれた我が国においては測ることができないほど大きい。一方,その資源の活用の過程で,多くの災害を受けてきたことも事実である。海からの贈り物を得るための活動を安全に行うことを目的として,海の情報を的確に得る努力をしてきたのは必然的成り行きである。これには,多くの先人の科学的試みがある。ところが,科学的取組みの成果が有効に機能し始めるようになってから,まだ半世紀しか経過していない。一方で,この間の進歩のスピードは飛躍的に大きく,それから得られる成果によって海の恩恵を得るための安全な経済活動,安心な生活ができる礎が築かれつつある。 人間の安全な活動に必要な海の情報は,宇宙と地球の物理的事象の結果として生ずる海面変位の状況を知ることに帰結する。このために長く用いられてきた手法は,観天望気と呼ばれる経験に基づく判断である。これは科学的根拠に基づいていないため,多くの誤判断を生み,結果として多くの災害を招いて来た歴史がある。この場合の科学的判断とは,その事象が起こるメカニズムの物理的解釈,適切な事象計測及びこれらを統合した予測技術である。これは,日常的に目にする風波や潮汐の現象からその研究が始まり,これらの中間的周期をもつ津波に至るまでこの一連の技術が確立されてきた。 さて,JSNDIも昨年は五十周年の式典を挙行し,この半世紀間に関与された研究者・技術者の健闘を相互に祝い,次の半世紀の歩みを始めたばかりである。非破壊検査技術は,先に述べた海面変位の観測と予測技術の飛躍的発展と同じ時期を歩んで来ている。手法的にも同種の技術を用いていることから,先進的に進んでいるこれらの技術を知ることは意義深いものがある。 まず,波浪の計測の歴史と我が国の全土をカバーできる波浪情報観測網を構築しているNOWPHASシステムを紹介する。超音波技術を駆使して実現している状況は,非破壊検査技術関係者にとって大きい示唆が得られる。続いて,これらの海象情報に気象情報を加え,全地球レベルで波浪を予測する手法とその現状について解説をする。正に,観測技術と予測技術の調和が,真の知りたい情報をもたらしてくれる好例である。次に,陸上にいる人間にも大きい災害をもたらす海象条件は,高潮と津波であることから,最近の津波計開発の最前線を紹介する。これは,以前に本誌で特集したGPS技術の応用である。この分野で,創造的な新技術の活用に対して,たゆまぬ努力が傾注されていることの一端を見ることができる。また,気象庁で行われている津波予報の基礎となっている津波伝播計算法と災害予測の視点まで及んだシミュレーション技術を提示する。現在,地震発生から数分で広報される気象庁の津波予報が,津波伝播計算結果だけで出されていることに対して,軽い驚きを覚える。非破壊検査技術における超音波探傷技術においても,検出したきずの性状を明らかにする場合に,超音波の伝播と反射のシミュレーション結果をリアルタイムで参照しながら判定できるような日が来ることを夢想する次第である。本特集が,非破壊検査技術の更なる発展のモチベーションとなることを期待する。
*特集号編集担当 寺田幸博
Observation of the Sea Surface Fluctuation
Toshihiko NAGAI Marine Environment and Engineering Dept., Port and Air Research Institute
キーワード 海面変動,波浪,潮位,ナウファス,海象計
1. はじめに 波浪や潮位は,海洋における最も支配的,かつ特徴的な外力である。このため,海洋および沿岸域の開発・利用さらには防災に当たっては,波浪や潮位の条件を適切に評価しなければならない。 本稿では,波浪および波浪観測に関する基礎知識を紹介するとともに,波浪観測機器の開発・改良の歴史を振り返り,全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス:NOWPHAS : Nationwide Ocean Wave information network for Ports and HArbourS)と呼ばれる我が国沿岸の波浪観測網の発展について述べる。あわせて,潮位観測に関する解説を行い,現状と今後の技術課題について紹介する。 なお,海象計や波浪監視計(複合ケーブル)の開発,リアルタイム波浪情報システムの開発による港湾局と気象庁との連携体制の確立,連続観測とスペクトルの周期帯表示による方向スペクトルや長周期波浪成分観測の実用化,など,最近の概ね10年間の波浪観測に関する技術の進歩と状況変化は,実にめまぐるしいものとなっている。詳しくは,参考文献1)および2)を参照願いたい。 また,潮位の観測情報は,近年の地球環境問題への関心の高まりに伴って,長期間の海水面上昇モニタリングといった観点からも,注目されるようになってきている。同時に防災の観点からも,従来の井戸を設ける観測方式よりも簡便でかつ観測精度や信頼性の高い観測方式の確立に向けての技術開発が進んでいる。詳しくは,参考文献3)を参照願いたい。
図1 マルチスライスCTによる分解能向上(体軸方向)
IOcean Wave Forecast
Yasushi SUZUKI Japan Weather Association
キーワード シミュレーション,差分法,計算機利用,波浪,予測
1. はじめに 海面の変動は様々な時空間スケールの現象が重なり,いろいろな波として分類されている。それらの海面変動のうち,日々連続的に存在する海面変動の相対的なエネルギースペクトルを模式的に示したのが図1である。現象は周期の短い表面張力波から重力波,長周期波,潮汐波まで主に復元力の違いによって分けられている。その中でも波浪と呼ばれている周波数0.1Hz(周期10秒)前後の重力波はエネルギーが強いことが分かる。海洋の波浪は,海難や災害を引き起こす大きな要因となるため,その予測は海洋の利用や海洋における人間活動にとってきわめて重要である。海洋の波浪予測は,海洋における様々な自然現象の中では,潮汐についで予測精度が高いと言えるが,その研究はこの半世紀ほどの間に急速に進歩してきたものである。
図1
我が国の数値波浪予報業務は,Isozaki and Uji(1973)2)のMRIモデルの完成を契機として,1977年3月より始まった。1980年前後には千葉県野島崎沖で大型船の遭難事故が多発し,1980年末に尾道丸が沈没した海難現場付近に事故後大型波浪ブイが設置された。ひと冬観測した結果,波高10m以上の波浪が12回あり,鋭角の異常波浪「一発波」によっておきるスラミングによる船底への衝撃が予想以上であることが分かった。これをきっかけに波浪の方向スペクトル観測と波浪モデル精度向上の重要性が指摘され,波浪モデルに改良が加えられた結果,現在では高精度な第3世代波浪モデルが利用されている。波浪モデルが精緻なものとなるに従い,波浪モデルの初期条件および境界条件として必要な波浪の観測情報と海上風の予測情報の精度が波浪予測の精度を左右するようになってきている。 本稿では波浪予測研究の発展と最新の予測手法である第3世代波浪モデルの概要,その入力情報として波浪観測値や海上風データがどのように利用されるか,また,波浪モデルの出力情報としてどのような情報がどう生かされているのかを説明する。
TA New Tsunami Observation System using GPS
Yukihiro TERADA Technical Research Institute, Hitachi Zosen Corporation and
Teruyuki KATO Earthquake Research Institute, The University of Tokyo
キーワード 津波計,GPS,波浪,RTK,PVD,KVD
1. はじめに 四方を海に囲まれた我が国は,古くから津波の被害に遭って来た。津波の発生を止めることはできないが,その襲来の予測と適切な情報の伝達によって,被害を最小限にとどめることができる。津波は,周期が数分から数十分であり,その波高は深海では低く,浅海域では高くなる傾向がある。また,津波のエネルギーは大きく,浅海域において後続の波が重畳するなどのことから,打ち上げ高さが数十メートルになる場合がある。気象庁では,半世紀の実績のある津波予報を1999年春から大幅に改善し,全国を66か所に区分して精度の高い量的津波予報を出している。これは,震源のマグニチュード及び位置などから,発生する津波を予測し,海底地形などが考慮された伝播シミュレーションによる計算値を参照して,対象位置への到達時刻と津波高さを予報するシステムである1)。津波注意報と津波警報は,0.5 m以上の津波高さが予測される場合に出される。津波高さ0.5 mで津波注意報となり,津波高さ1 m及び2 mの予測では津波警報となる。これ以上の津波高さ予測値については,大津波警報となり,m単位の値を用いて予報が出される。この気象庁のシステムは,地震の発生を前提とした予報であり,地震の検出が必須である。しかし,長周期のゆっくりとした地震には,地震計そのものが感度をもたない場合もある。これらは津波地震とも呼ばれ,地上で生活している住民は何らの揺れも感じることなく,突然津波に襲われることになる。 やはり,発生した津波は計測することがその性状を捕らえる上で,最も良い方法である。現状でも,全国の検潮所で井戸式の検潮儀で計測をしている。また,国土交通省港湾空港技術研究所が中心になって日本近海に展開している超音波式波浪計による計測網及び自治体の設置した波高計などがある。しかし,検潮所に代表されるこれらの観測システムは,設置位置が内湾の中であるなど防災の視点での利用が十分でない状況にある。津波防災の初期段階において重要なことは,津波を沿岸に到達する前に検知して,住民に知らせることである。これによって,津波の被害を軽減することができる。そこで,筆者らは,これまでの計測方法とは全く異なる発想の津波計を開発し,津波防災システムを構築する試みを続けている。本稿では,この開発内容を提示することによって津波計開発の最前線で到達している技術レベルと将来展望について紹介する。
Numerical Modeling of Tsunamis and its Application
Shunichi KOSHIMURA Disaster Reduction and Human Renovation Institution
キーワード 津波,地震,数値解析,量的予報,防災
1. はじめに 地震多発帯にある我が国は,過去幾度となく津波の被害を被ってきた。表1は我が国の津波災害の歴史である。1960年のチリ津波以降,我が国の津波防災対策は飛躍的に進んだ。特に,津波の数値解析技術は,コンピュータの進歩と足並みをそろえるようにして発展し,数10 m以下の解像度で精緻な数値解析が容易に行われるようになってきた。このような背景のもと,現在の津波研究は数値解析によるものが主流になりつつあり,数値解析結果に基づく津波被害想定の高度化・多様化が期待されている。今後は,沿岸部の津波防災対策強化に向けて,数値解析技術をどのように利用し,応用するかが課題となるであろう。たとえば,津波の予測浸水域に加え,人的・物的被害をどのように評価し,地域防災計画に反映させていくか,住民避難や防災教育に役立てるかといった問題である。 本稿では,津波の数値解析技術とその応用について述べる。数値解析技術については既往の研究で得られたもののレビューを行い,応用例については,筆者が取り組んでいる研究を中心に紹介する。
表1 我が国の津波災害の歴史
Development of a Hydraulic Servo Dynamic Biaxial Loading Device
Jeonghwan NAM*, Akira SHIMAMOTO* and Taku SHIMOMURA**
Abstract
Since most structures are under dynamic and complex loads in working conditions, studying the mechanical behaviors of materials under dynamic and complex loads is of great significance. For this purpose, the authors developed a dynamic biaxial loading device that produced high strain rate by a hydraulic system. The device not only can create both dynamic and static states, but also can produce both uniaxial and biaxial stress states. More importantly, it can control various load ratios between X-Y axis under the biaxial state since the two axes are independent of each other. The effectiveness of the new device is discussed. Effectiveness under the dynamic condition was examined by testing its strain rate and load-strain relationship, and under the static condition was confirmed by photoelastic method and stress-strain curve.
Key Words Strain rate, Photoelastic experiment, Biaxial load, Experimental stress analysis, Load ratio, Combined stress, Fracture mechanics, Stress intensity factor
1. 緒言 自動車や船舶,航空機などの機械・構造物は静的単軸応力下にあることは少なく,動的で複合的な多軸応力下にあるのが普通である。動的多軸応力下における破壊問題を明らかにすることは,信頼性の確保や,事故防止対策上から最も重要な課題である。各種部材が動的あるいは衝撃応力下において十分に機能を発揮できるように設計することが肝要である。一般に材料が動的荷重を受けると,高いひずみ速度で変形するが,材料の変形挙動はひずみ速度によって著しく影響を受け,衝撃速度が速ければ速い程,材料は塑性変形を生じ,固体中には塑性波が伝播するため,材料の破壊様相がひずみ速度によって大きく異なることが知られている。白鳥ら1)−4)は板状試験片を使用する二軸引張試験機の試作と二軸応力下での静的荷重を受ける場合の応力解析について報告している。しかし,静・動的荷重下における多軸応力場に関する研究は,実験方法の難しさなどから,ほとんどなされていないのが現状である。以上にかんがみ,静・動的破壊実験が可能な二軸試験機の開発と実験方法を確立する事が必須である。先に著者ら5)−9)は静・動的二軸試験機の開発と応用に関する基礎研究について報告した。 本研究では,この基礎研究結果に基づき二軸試験機の設計および製作を行い,完成した試験機を用いてX−Y軸の荷重比とその負荷速度比を種々に変化させて,静的ならびに動的実験を行い,ひずみゲージと光弾性法により検証を行った。その結果,著者らが開発した本装置の有効性が確められた。
原稿受付:平成14年4月15日
埼玉工業大学 工学部(369-0293 埼玉県大里郡岡部町普済寺1690)Dept. of Mechanical Engineering, Saitama Institute of Technology
越生工業技術専門学校(350-0415 埼玉県入間郡越生町上野178)Ogose Technical School
Nondestructive Inspection of Rolling Stock Wheels Using Magnetostriction
Stress Measuring Method
Kenji KASHIWAYA*, Hiroshi SAKAMOTO* and Shingo YOSHIDA**
Abstract
Potential for a wheel break which could result in derailment should be prevented by nondestructive measurement of the hoop stress which would be imposed on that wheel if there were braking trouble. A wheel found to have large tensile hoop stress should not be used. The magnetostriction stress measuring method, by which a residual stress on the surface can easily be measured with a small sensor, is applied. The most suitable measurement site for good evaluation of the hoop stress is found to be inside the rim near the standard groove. Comparison of measured results by the referenced method and those by a destructive method shows good correlation between the two. After measurements of many wheels, the referenced method is confirmed to be effective in evaluating the hoop stress in wheels.
Key Words Rolling stock wheel, Hoop stress, Braking trouble, Nondestructive evaluation, Magnetostriction stress measuring method
1. 緒言 鉄道車両の摩擦ブレーキには,古くから使われている車輪踏面に制輪子を押し当てるタイプのものと,高速車両に採用されているディスクブレーキがある。前者では,制輪子が車輪踏面に押し当てられたまま列車走行するブレーキ故障が時々発生する。その場合,摩擦熱が発生し,車輪リム部(外周)の温度が上昇する。車輪温度が450℃以上になった履歴をもつ車輪のリム部には円周方向に大きい引張残留応力が生じており,小さいき裂からでも車輪割損(脆性破壊)に至るおそれがある。もともと車輪は割損防止のために円周方向に約100MPaの圧縮残留応力をもつように造られており,比較的大きいき裂も許容できるようになっている。 従来,現場においては,出荷時に塗られている車輪側面の防錆塗膜のめくれを見て発熱履歴を推測していた。その後,示温塗料が開発され1),塗膜の色の変化から発熱温度が判定できるようになった。しかし,経済的理由から,全ての車輪に示温塗料を塗布するまでには至っていない。 次に,車輪の残留応力を非破壊で測定できる装置の出現が望まれるようになった。これまで,車輪の円周方向応力を非破壊で効率良く測定する方法として,電磁超音波探触子(EMAT)を用いた音弾性法が採用され,良好な実績を残している2),3)。これはリム部の板厚方向(輪軸方向)に超音波を伝播させ,リム内部の平均的残留応力を測定するものである。この方法は集合組織の影響を強く受けるので,集合組織の無い鍛造車輪にのみ有効である3)。幸いなことに日本の鉄道で使用されている車輪の大半は鍛造車輪であるので,有効に活用できた。 筆者らは,装置が廉価で測定作業が簡便な磁気ひずみ応力測定法4)の適用を検討してきた。この方法はリム表層(深さ1mm未満)の残留応力しか測定できない。そこでリム部における車輪円周方向の平均的残留応力を代表する部位を探すことから始めた。そして,その最適部位を見出し,破壊法との比較から,間接的に車輪を診断することに成功した。以下,それについて報告する。
原稿受付:平成15年1月23日
(財)鉄道総合技術研究所(国分寺市光町2-8-38)Railway Technical Research Institute
日本貨物鉄道(株)Japan Freight Railway Co., Ltd.