新年おめでとうございます。本年が皆様にとって良い年となりますことを心より祈念申し上げます。
アベノミクスなる経済政策が政府によって提唱されて2 年が経ちました。好転している経済指標がある一
方で,昨年4 月に実施した消費税アップの影響が長引いているという指摘もあり,その評価に注目が集まっ
ています。社会保障や財政再建のためには増税を避けることはできませんが,増税のために経済そのものが
立ち行かなくなっては本末転倒となってしまいます。本来,非破壊検査は設備の安全に関わる技術なので,
経済状況とは無縁であるはずですが,非破壊検査の生業は経済状況に大きく左右されているのが現状です。
社会保障や財政再建を実現しつつ,早く本格的な景気回復が望まれるところです。
さて,最近の主な当協会の動きをご紹介させていただきます。学術活動においては春・秋の講演大会の内
容を変更する予定です。現在,当協会の学術行事としては,年2 回の講演大会に加えて各部門の行事が原則
年3 回開催されていますが,学術組織が部門制となって以降,講演件数が減少傾向にあります。そこで,今
年以降の春季行事ではこれまでの投稿形式の学術講演大会をとりやめて,12 の部門がそれぞれに企画した行
事をまとめて開催する「非破壊検査総合シンポジウム」(仮称)に移行する予定です。これまで長い間続い
た春・秋の2 回の講演の機会を1 回減らすことになりますが,その分,各部門での活動を活性化させるとと
もに,部門間の交流を深めていただければと思います。なお,社員総会,特別講演,懇親会については従来
通り,春季行事に合わせて開催いたします。一方,秋季講演大会については,英語セッションを創設する予
定です。その理由については後で述べます。認証活動では,すでにご案内の通り,今秋からJIS Z 2305:2013
に基づく認証制度を開始します。そのために,様々な準備を急ピッチで進めています。東京地区の試験セン
ターについては昨年6 月,亀戸への事務局移転に伴って事務局と同じビル内に開設しました。現在,大阪地
区にも新たな試験センターを開設すべく場所の選定を進めています。また,テキストや試験問題の作成,シ
ステム改修などの作業も着々と進められています。
最近,他団体との交流が盛んになってきました。当協会は,内閣府主導で進められている革新的研究開発
推進プログラム(ImPACT)の1 つの「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」なるプロジェ
クトに協力をしています。具体的には,光超音波(あるいは光音響)を用いた三次元可視化技術を,非破壊
検査も含めた幅広い産業分野へ展開すべく技術調査を行っています。また,当協会は,日本非破壊検査工業
会が実施する「インフラ調査士」なる資格認証制度の創設においても,技術的な協力をさせていただきます。
一方,目を海外に向けると,一昨年11 月に発足したアジア・太平洋非破壊試験連盟(APFNDT)において6
つのTask Group が立ち上がり,具体的な活動がスタートしました。その内,当協会はTG3:Communication
とTG6:Standards のとりまとめを担当し,アジア太平洋地域における先導的な役割を果たしています。また,
昨年10 月には韓国非破壊試験学会(KSNT)を訪問し,MOU を締結しました。KSNT とは1990 年に友好協
定を締結していましたが,より実質的な交流をめざして今回MOU を締結する運びとなりました。具体的に
はそれぞれの国内の講演大会に英語セッションを設けて,互いに学術交流を深めることになりました。前述
の秋季講演大会における英語セッションの創設はこのような事情で始められるものです。長期的には韓国だ
けでなく,他のアジア諸国あるいは欧米からも参加を募り国際的な学術・技術の交流の場を提供できればと
期待しています。
国内外に関わらず,非破壊検査を取り巻く状況は大きく,かつ,素早く動いています。国内唯一の非破壊
検査に関する学術団体である当協会の役割は益々大きくなっており,その期待に応えられるよう今年も努力
してまいります。会員の皆様にはご協力のほどよろしくお願いいたします。
日本非破壊検査協会(JSNDI)が工業製品や設備の品質を保証し,社会の安心安全に大きく貢献して来て
いることは社会の多くの方の知るところである。JSNDI は早くから検査員の技量を評価し,資格を認証する
ことの重要性を認識して1968 年から試験を開始し,技術者の認証を行ってきたことがその背景にある。
工業の飛躍的な進歩に伴って,使われる材料も鋳鍛鋼品から溶接,コンクリートに広がり,かつての一般
的な非破壊検査から造船,建築,原子炉,高圧容器の構造物に至るまで拡大し,これ等に適応した検査技術
の検討もなされてきた。またこうした検査の判定には欠陥の状態がその強度に及ぼす知識の理解や,構造物
の設計及び製造技術に対する理解も検査技術者には要求される状況になってきている。さらには外国とのこ
うした製品検査の相互認証のための整合性も必要になり,協会はJIS Z 2305 改正に伴って新たな認証体制を
構築する必要に迫られたことが今回の新制度につながっている。
今回の特集企画「NDT 資格と認証について考える」では全体の構成が以下のように
1) 日本の資格認証の制度についての実情に対する解説3編
2) 技術資格取得教育に必要な視点に関する解説2編
から成り立っている。
1)に関しては新制度の実施に際し,これまで行われてきた日本の資格認証制度に対して,改めて実情の
理解を深めるための解説をいただいたのが次の3 氏である。八木尚人氏による解説では日本の資格認証の歴
史的背景や実情を概観するとともに,アメリカのASME コード(ASME Boiler and Pressure Vessel Code)
に基づいて圧力容器を建造する場合を例に,日本と海外の仕事のやり方の違いを比較し,レベル3 試験技術
者の果たす役割とその重要性,日本でのレベル3 試験技術者の今後のあり方について述べていただいた。ま
た荻野裕治氏には海外の資格制度と認証について海外で取り上げられている状況を理解するために,海外の
主要な論文4 篇を取り上げて解説していただいた。そしてまた今回の新認証制度の立ち上げのメンバーでも
あった藤岡和俊氏には国内の取り巻く状況の解説から,海外の認証制度との違いを解説していただき,今回
の新制度で取り上げた課題とその検討,そして将来への制度についての私見を述べていただいた。
次に2)については技術教育に取り入れたい視点について述べていただいた。非破壊検査技術者を育成す
る養成機関の教育がますます重要になってきているが,NDT 技術者教育は新しい状況に応じた技術を早く
取り入れ,正確な判定に資することが中心である。
特に現代は即戦力を求められる状況でもあり,これまでの発展を考えれば,そのこと自体に効果は十分で
あったが,近年のNDT 資格試験の受験教育は学習内容も多岐にわたるので,実践に則した内容で,技量認
定試験に対応した講習会活動を中心とした教育になっていることも指摘されている。これまでにも技術者
倫理の考えや実務経験の有無に重点を置いたりする思想は取り込まれていたようであるが,NDT のように,
人が際立って介在する技術の教育に関しての取り上げは十分ではなかったように思われる。過日NDI 協会が
行った新JIS 説明会でも,改正JIS Z 2305 の従来規格との比較で相違点の注目を集めたのは,レベル1,2 の
新規実技試験体の最小限の数及び種類,レベル1,2 の再認証試験の内容と合格点,再認証試験の再試験受
験回数及び受験期間などであり,今回の制度でどのようなNDT 技術者を輩出しようとしているかの解説も
少なく,このような点に関する参加技術者の関心も持たれなかったように思われる。
今回の特集はこうした現代にあって,改めて技術の本質について掘り下げ,これからの技術者教育に必要
な視点について2 編の解説を取り上げた。宮林正恭氏には「リスクを知った技術の視点を教育に」と題して,
科学と技術の違いから技術の本質について解説いただいた。科学技術の用語が使われることが多くなった近
年は科学と技術が一緒に扱われている。未来の明るさを印象づける意味合いが醸し出されるが,本来はこの
両者は別物である。科学と技術の違いを理解した上で,資格は科学ではなくて,技術に立脚しているからその資格
の取得は科学を理解していることには繋がらないものであるという。資格を取得するという意味と背景にある科学
の理解を促し,使われる技術のリスクも併せて取り入れる教育の提言である。
技術の特性は「使って役立つ」ための「何かを行う方法,手段およびわざ」,であるが,想定外の使用があったり
すると使えない,役に立たないなどが起こる。場合によってはその技術のあることが邪魔になってしまうこともあ
るという。つまり技術およびそれから得られるモノやサービスにはリスクも存在することである。こうした点に注
目してNDT 技術の中にもあるリスクについて解説いただいた。ともすれば科学技術が万能のように扱われる現代に
おいて3.11 福島の事故はそれを覆したといえる。この特集の初めにそれを取り上げて,NDT 技術者にも警鐘の意味
を込めてリスクの存在を認識していただくと共に,それを念頭に置いた検査業務に従事していただきたいとの願い
からこの特集企画の最初に取り上げた。
もう一編は佐野 浩氏,坂本 勇氏の両者による日本の技術教育の問題点を指摘し,技術教育の在り方と資格取
得の意味についての提案である。先人が語っている技術に関する言葉を多数引用して,技術の世界や技術の位置付
けを述べている。重要なのは技術として体系化された学びではなく専門に長じているだけではなくて社会,環境,
生活,教育などの様々な状況に対峙できる哲学を内に秘めていることが必須であるとの指摘である。教えられた回
路でしか考えず,加えて知識の様式及び機器の多様化,利便性そして迅速化の向上が,却って理解を薄くし,視野
狭窄を加速してきているところがあるという。
この解説は含蓄が多く,自己の技術者としての生き方にも通じるものが含まれていて,これからの目標を設定す
るうえでも考慮に値すると思い,この特集の最後に取り入れた。
この機会に「技術教育は本来どうあるべきか?」を原点に帰って模索し,新たな提案と議論の発展につながるこ
とをも期待した特集である。急激な変革は到底無理であるが,これまでとこれからを見据えて,新たな観点で将来
の非破壊検査技術者養成に役立てる一助とすることができれば幸いである。
The Risks Associated with Technology and Engineering should be More Recognized
Visiting Professor, Tokyo City University Masayasu MIYABAYASHI
キーワード 各要素技術のリスク,技術が本来持っている性格に起因するリスク,技術活動に伴うリスク,技術の不適切な科学化理解によるリスク,リスク危機マネジメント,リスクコントロール
1. はじめに
3.11(2011 年3 月11 日に発生した東北地方太平洋沖地震およびそれに伴って発生した津波や余震によって引き起こさ
れた東日本大震災,ならびに,この地震をきっかけに発生した東京電力福島第一原子力発電所事故)は,わが国に甚大な
被害をもたらした。特に,福島第一原子力発電所事故は,今後,長期間にわたって,我が国がその後始末とその後遺症に悩む
ことになりそうである。
この3.11 は,直接的な災害としてだけではなく,わが国のこれまでの考え方や物事の進め方にも,大きく再検討を迫っ
ている様に思われる。しかも,その後も,中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故(2012 年12 月), JR 北海道におけ
る一連の火災,脱線事故および関連不祥事(2011 ~ 2013 年)などがあり,技術のあり方,あるいは,それを担う技術者の
あり方について,原点にさかのぼって考えてみるタイミングにあると考えられる。
また,我が国産業の国際的展開は急速に進み,それに伴って,技術的活動も,国内だけではなく,広く国際的に通用するも
のであることが絶対的要件になってきている。
非破壊検査については,我が国規格を国際的に通用するものとするためのJIS Z 2305 の改正1)があり,その技術者の資
格試験についても大きな変更を伴うものとなっている。
このような背景認識の下に,背景となっている問題と関係の深い技術のリスクの問題,あるいは技術者を含めた日本人
のリスクへの態度や取り扱いの問題について検討し,技術者をはじめ関係者へのリスクについての教育,あるいは,非破
壊検査およびその資格試験に伴う教育について考えることとしたい。
Linking Career Development and Standard Development
for NDT Personnel Certification in Overseas Countries
The Japanese Society for Non-Destructive Inspection Yuji OGINO
キーワード 非破壊試験,技術者認証,ISO 9712,NDT教育,NDT訓練,資格制度
1. はじめに
「非破壊検査技術者の資格及び認証」の国際規格ISO 9712 が,内容的にほぼ同等な欧州地域規格EN 473 と一本化され約2 年と半年
が経過した。この統一には,それを審議するISO 会員各国代表(時にCEN 会員でもある)それぞれに強い思惑があり,最初の着想から
長い準備期間を経過したのち,2009 年になって欧州標準化委員会CEN/TC 138 と国際標準化機構ISO/TC 135 それぞれの技術委員会
(Technical Committee,TC)に整合案作成の作業部会が設置され,わずか3 回の合同会議を経て,驚愕的短期の2012 年に取り敢えず
の着地をみた。もともと歴史,文化,産業構造やそもそもの資格に対する考え方も異なる国々の資格認証制度を一つにするというのは難
しい事である。現在,この統一規格をベースに各国の非破壊技術者認証(NDT 要員認証)制度の整備・改正が進められているが,その
規格解釈にも過去の経緯やお国柄が反映され,ばらつきがあるようであり,この分野の国際標準化はまだ緒についたばかりの感がある。
ISO 規格は定期的に内容を見直し,必要であれば改正する取り決めとなっている。次回の見直しは2017 年ごろに行われる予定
であるが,それまでにメンバー各国の状況をできるだけ把握し,その方向性を見極めたい。そこで各国の事情を知る手掛かりとし
てNDT 要員認証を扱う業界Newsletter に掲載された記事を集めてみた。今回,ISO Focus 誌,米国Quality Magazine 誌及び英国
NDT News から記事4 点を選び,参考用に和訳した。これら記事から透けてくる各国の取り組みは,各様で大変興味深いものがある。
特に,このNDT 要員認証の先進国カナダや英国は,認証規格の国際標準化の側面だけをみているわけでなく自国の要員養成と教育
制度改革との接続を図り,要員需給にも配慮して取り組んでいることが分かる。世代別職業観や国の産業構造の変化等を予測して次
世代NDT 検査の担い手を確保すべく若年層の誘導も視野に入れた壮大な資格制度改革の一端として推進しているようにみえる。
読者の方々には,(一社)日本非破壊検査協会が政府機関から委託を受け,取り組んでいる国際標準化活動の一端として収集して
いる関係情報をご覧になり,国際標準化が進む非破壊検査技術者資格の将来像をイメージいただければ幸いです。
Importance of Level 3 Examiners in NDT Processes
Mitsubishi Hitachi Power Systems Inspection Technologies, Ltd. Naoto YAGI
キーワード 非破壊試験,資格認証,ISO 9712,JIS Z 2305,ASMEコード
1. はじめに
日本と海外の資格認証システムを比較してみた場合,規格要求事項としてのレベル3 試験技術者の役割はほぼ同じであ
る。ところが,日本ではレベル3 試験技術者が明示的に行うべき役割が法律や規格で義務づけられているケースはあまり無
く,「レベル2 試験技術者よりも技術的な知識が高い検査員」程度の認識でしかないのが実態ではないだろうか。一方で,欧
米ではレベル3 試験技術者の役割はレベル2 試験技術者とは明確に区別されており,レベル3 試験技術者は非破壊試験(NDT)
の計画や実行管理面で必須の,確立されたステイタスを有する高度な職務であるといえる。この違いが生じた背景には,
日本のNDT 業界の歴史的な成り立ちや,日本特有の文化的な側面も関係していると思われる。ここでは,日本の資格認証
の歴史的背景や実情を概観するとともに,アメリカのASMEコード(ASME Boiler and Pressure Vessel Code)に基づいて
圧力容器を建造する場合を例に,日本と海外の仕事のやり方の違いを比較し,レベル3 試験技術者の役割や重要性,日本での
レベル3 試験技術者の今後のあり方について考えてみたい。
The Way of NDT Certification Scheme
Electron Science Institute Kazutoshi FUJIOKA
キーワード 非破壊検査,非破壊試験,技術者認証,ISO 9712,JIS Z 2305,NDIS 0601,NDIS 0602,ISO 17024,工業分野
1. はじめに
非破壊試験技術者の認証は,協会規格NDIS 0601「非破壊試験技術者技量認定規定」から始まり,JIS Z 2305「非破壊試
験−技術者の資格及び認証」へ引き継ぎ40 年を超えた。この間,非破壊試験技術者の登録数も年々増加しており,現在有
効な資格証明書の発行はすでに90000 件に届こうとしている。 一方,世界に目を向けると,欧州では独自のEN 473 に基づ
く認証を進めてきたが,一昨年EN/ISO 9712:2012 が制定され,新しい認証スキームによる認証が開始された。国内において
もISO 9712:2012 を基本としたJIS Z 2305:2013 が制定された。また,JSNDI ではこの改定JIS に基づく認証制度の開始に向
けた制度設計を鋭意進めており,認証の開始時期,試験実施場所など大枠についての方針が固まったようである。本誌が
発行される頃には,具体的な認証スキームが開示されているものと思われる。ここでは,認証制度についての規格の要求,
考え方,実情などについて私見を述べる。
A Challenge to Train “an Engineer in the Wild”
Niigata University of Management Hiroshi SANO
Professor Emeritus of Osaka Sangyo University Isamu SAKAMOTO
キーワード 野生の知,超俗の心,資格者の心,公共知,経験工学
1. 問いのありか
日本について,フランスの経済哲学者セルジュ・ラトゥーシュは,自著『経済成長なき社会発展は可能か?』の結語で「袋
小路の中で,日本の政界や産業界は近代の成長パラダイムを根本から問い直す態度もなければ,また成長社会とは全く異
なる論理で活動する社会を描く構想力もみうけられない。現行の経済体制を維持したままの一時凌ぎの政策では,長期的
な社会変化の展望を描くことは困難であり人々は不安と隣り合わせで生活を続けていくだけであるとしても,である…」と。
日本の現実を,先見性のなさを確実に読み切っている。それはまた,日本の教育に対する評価であり,特に,日本の教育
が看過してきた全体を見通す知としての「世界観」の欠如の指摘でもある1)。
大森荘蔵は『知の構築とその呪縛』で「近代科学以前の世界観と近代科学に基礎づけられた近代的世界観,この二つの
世界観の交替期を,西洋で16 ~ 17 世紀の科学革命,日本では幕末の西欧思想の流入期としている」,世界観について,お
およそ「単に学問的認識ではなく,それを包んだ全生活的なもので,自然をどうみるか,人間生活をどうみるか,そして
どう生活し行動するかを含んでワンセットになっているものである。そこには宗教,道徳,政治,商売,性,教育,司法,
儀式,習俗,スポーツ,と人間生活のあらゆる面が含まれている。この全生活的世界観に根本的な変革をもたらしたのが
近代科学であったと思われるのである。近代科学によって,特に人間観と自然観がガラリと変わり,それが人間生活のす
べてに及んだのである」としている2)。
毎日新聞科学環境部の永山記者は,東日本大震災,福島第一原発事故に直面して「日本には自然科学,人文の科学者が
約80 万人いる。だが(3・11)後,彼等の存在感は薄かった。科学者たちの知見が危機時に生かされず,復興を急がねばな
らない今も十分活用されていないことは問題だ。科学者が行動し,知見が生かされるための改革が必要だ」と提言してい
る3)。また,東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の畑村洋太郎委員長は「私は今回の事故を〈予測
された事故〉とみています(中略)アメリカの原子力関連の危機対策をしている研究者が東海村の臨界事故の調査で日本
に来たことがあり,〈日本の技術者は自分の考えを持っていても自ら発言する人がいない。個人が独立していない国で原子
力を運用することが一番危険だ〉と指摘していました」4)。これらの提言でみられる,〈考えているが発言しない技術者〉に,
日本の技術教育における一片の陰が〈結局,全体像を捉えることができる個人を作る教育が不足している〉,これまでは〈決
められたら通りにやればいい。その通りやったのだから,事故が起こっても私達のせいではない〉という態度で巨大シス
テムを動かしていたのです。自分の目で見て,自分の頭で考えて,判断して行動する,主体的能動的に行動できる強い個
を作らないといけない,と。フランスでは,科学技術の著しい進歩が引き起こす倫理上の困難な諸問題に対応していくこ
とは,先進国に共通する重要な課題として,理系の大学生に対する〈科学哲学〉教育の充実を図ろうとする改革が進んで
いる5)。日本では,理科系の学生が受けている教育は,形而下学は質量ともに十分であるが,形而上学は無しに等しい状
況にある。加えて教養課程では歴史も哲学も文学にも余り触れない状況にあり6),世界観とか総合力を醸成しないままに終
わることになる。モンテーニュが『エセー』で「賢明な読者はしばしば他人の書物の中に,作者がそこに描いたと自認する完
璧さとは違ったものを発見し,それに一段と豊富な意味と相貌とを付け加える」と,これは,野生エンジニアの心でもある。