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機関誌

2021年3月号バックナンバー

2021年3月1日更新

巻頭言

「鉄筋コンクリート構造物の維持管理における水と非破壊試験」特集号刊行にあたって
今本啓一

 高度経済成長期以前に建設された鉄筋コンクリート造建築物のうち現存するものは,築 50 年を超え,もうすぐ 100 年になろうとするものも現れてきている。これらの鉄筋コンクリート造建築物を供用していくための維持管理の重要性はもはや言をまたない。「中性化が鉄筋に到達した時が構造物の寿命」は,鉄筋コンクリート構造物の耐久性の一丁目一番地として我々の脳裏に刷り込まれてきた。今ではこの概念は,建築分野においては品確法や耐用年数の考え方等隅々にまで浸透している。塩害についても同様に「鉄筋位置の塩化物イオン量が限界値に達した時」が不動の概念とされてきた。しかしながら一方,近年の調査において鉄筋コンクリート構造物の耐久性を差配する鉄筋の腐食は必ずしも上記の概念では決まらず,水の存在が大きく関与することが明らかとなりつつある。
 コンクリートにとって,水はセメントの水和・硬化の過程で必ず必要なものである反面、あらゆるコンクリート構造物の劣化の原因となる“諸悪の根源”でもある。味方につけるとこれほど頼りになるものはないが敵に回すと厄介極まりない,といったところであろうか。
 本特集号では鉄筋コンクリート構造物の維持管理における「水」に着目し,この分野の技術の現状について以下の内容で概説する。
1. コンクリートの水分状態を表現する数理モデル
2. 鉄筋コンクリート構造物の維持管理における「水」
3. 非破壊によるコンクリートの含水率測定技術の現状
4. 水を用いた非破壊試験(吸水試験)
5. 水を用いた非破壊試験(透水試験)
6. コンクリート中の水の可視化
 なお,この既設構造物の維持管理を広義に捉えると,それは構造物の保存とも理解できる。従来,文化財の保存などは,木造や組積造が主流であったが,鉄筋コンクリート造の技術が伝来して100 年超となり,RC 造の文化財も現れ始めている。この数は今後さらに増えるであろう。建設分野を相手とした維持管理から,歴史・文化の分野と連携することによって,非破壊検査に関わるRC 部門はその領域を広げ,発展していくことが期待される。

 

解説

鉄筋コンクリート構造物の維持管理における水と非破壊試験

コンクリートの水分状態を表現する数理モデル
千葉工業大学 内海 秀幸

A Mathematical Model Expressing the Water Content of Concrete
Chiba Institute of Technology Hideyuki UTSUMI

キーワード:含水率,コンクリート,化学的結合水,ゲル水,毛細管水

はじめに
 建設材料に対する非破壊検査技術のなかでも,鉄筋コンクリートにおける鉄筋の腐食状況を評価する取り組みは重要な課題の一つである。腐食状態の評価や腐食発生の可能性評価を目的とした非破壊試験において,コンクリート内部の水分状態は大きな影響を与える。そこで,本稿では材料科学的観点からコンクリート内部の水分状態を数理モデルに基づいて解説する。
 セメントと水,そして骨材(砂や砂利)を練り混ぜることによってコンクリートが生成されることは広く知られている。練り混ぜた当初はスラリー状態であるが,徐々に硬化し強度が発現する。この硬化していくプロセスで水は消失していくが,乾いていくわけではない。セメントとの化学的な反応(水和反応)により消費されていくのである。
 必要となる強度,また,セメント使用量の低減や型枠への打ち込み等を勘案してセメントと水の比率は調整され,条件に応じて最適かつ合理的な配合となるように工夫される。ただし,一般的に水の量は水和反応に必要となる量に比較して多めに配合されることから,硬化した後,コンクリート内部に所定の量の水分が残存することとなる。コンクリート内部の水分に関しては,古くより研究されており,水和反応により化学的にセメントと結合する水分(化学的結合水)や,水和生成物の層間に存在する水分,また,比較的粗大な空隙に存在する水分(毛細管水)などの存在が把握されている1)−3)。
 本稿で紹介する数理モデルはコンクリート内部の水分を「化学的結合水」,「毛細管水」,「ゲル水」の3 つの組成として取り扱い4),5),任意の水和度(水和反応の進行程度)に応じたそれぞれの量を表現するものである。また,セメントや水の密度の他,水セメント比,水和度,結合水率,質量含水率などのコンクリート工学固有のパラメータが導入されており,かつ,実現象で生じる「水和反応の見かけの停止」をも含んで各水分量を計算できるようになっている。
 数理モデルの表現上,セメントや骨材量(砂や砂利)については実務上の配合設計と対応させることを意図して,単位体積当たりの質量(kg/m3)での表現を優先して記載しているが,理論的な一般化を図るうえで,体積分率(m3/m3)での表現についても示すこととした。

 

鉄筋コンクリート構造物の維持管理における「水」
東京理科大学 今本 啓一

Moisture on Maintenance of Reinforced Concrete Structures
Tokyo University of Science Kei-ichi IMAMOTO

キーワード:塩害, 中性化,軍艦島,既存コンクリート構造物,表面含浸材,水

はじめに
 高度経済成長期以前に建設された鉄筋コンクリート造建築物のうち現存するものは,築 50 年を超え,もうすぐ 100 年になろうとするものも現れてきている。これらの鉄筋コンクリート造建築物を供用していくための維持管理の重要性はもはや言をまたない。「中性化が鉄筋に到達した時が構造物の寿命」は,鉄筋コンクリート構造物の耐久性の一丁目一番地として我々の脳裏に刷り込まれてきた。今ではこの概念は,建築分野においては品確法や耐用年数の考え方等隅々にまで浸透している。塩害についても同様に「鉄筋位置の塩化物イオン量が限界値に達した時」が不動の概念とされてきた。しかしながら一方,近年の調査において鉄筋コンクリート構造物の耐久性を差配する鉄筋の腐食は必ずしも上記の概念では決まらず,水の存在が大きく関与することが明らかとなりつつなる。すなわち,鉄筋コンクリート構造物の維持管理において,「水」は重要なキーワードに改めてなりつつある。本稿では,この分野の現状について,主に実構造物を中心とした調査結果に基づいて概説する。

 

非破壊によるコンクリートの含水率測定技術の現状
日本大学 湯浅  昇

State-of-the-Art Non-destructive Testing Methods for Moisture Content of Concrete
Nihon University Noboru YUASA

キーワード:コンクリート, 含水率,試験方法,維持保全,劣化

はじめに
 2021 年の今,コンクリート構造物の維持保全に関連して,建築界も土木界もコンクリート中の「水分」に注目が集まっている。コンクリート中の水分は,コンクリートの水和・硬化の過程で必ず必要なものである反面,コンクリート構造物のあらゆる劣化にとって,“諸悪の根源”であり,「水」さえなければ劣化しないからである。
 とりわけ,建築界で熱が入っている“中性化による鉄筋腐食”,土木で熱が入っている“塩化物イオンによる鉄筋腐食”では,それぞれ現象第一段階目が中性化の進行,塩化物イオンの進行であるが,ともに現象の第二段階目は,水と酸素の存在による鉄筋の化学変化・腐食そして膨張とつながるので,「水」の存在に“再”注目を受けている状況である。劣化メカニズムが今になって明らかになったわけではないのだが,これまでの日本のスクラップ&ビルドの社会では,ことさら第一段階の中性化の進行,許容量以上の塩化物イオンの浸透が鉄筋に達した時をもって“寿命”と,まるで解体することへの大義名分を与えるがごとく判断してきた。
 しかし近年,ライフサイクル上「維持管理」が重要であるとの認識,重要構造物・歴史的構造物の延命,人口減に端を発する次世代の管理の模索の中で,第二段階目の“鉄筋腐食”を食い止めればよいこと,それには,「水さえなければ,水さえ制御できれば」いいことに,重大な関心を持つようになったといえる。そしてその関心は,“コンクリート中の水を測る”ことに注がれている。
 本稿では,コンクリートの含水率の定義,測定の目的,既存の試験方法の原理と特徴,これからの含水率測定技術の展開・期待について解説する。

 

非破壊の吸水試験によるコンクリート構造物の品質評価手法
横浜国立大学 細田 暁

Quaility Evaluation Method for Concrete Structures Utilizing
Non-destructive Absorption Test

Yokohama National University Akira HOSODA

キーワード:表面吸水試験, コンクリート,非破壊,品質評価,影響要因,含水率

はじめに
 コンクリート構造物が十分な耐久性を発揮するためには,内部の鋼材を守る表層のコンクリートが十分に緻密であり,十分な厚さが確保される必要がある。また,特に凍結防止剤が散布される凍害環境では,構造物の表面からスケーリング劣化が生じるため,表層のコンクリートが十分なスケーリング抵抗性を持つことも求められる。
 構造物中のコンクリートの品質は,コンクリートの製造・施工・環境条件等の影響を受けるため,でき上がった構造物において表層のコンクリートの品質を評価するニーズが高まっている。
 コンクリート構造物の劣化は,表面からの水の浸透が関与する場合がほとんどであるため,吸水試験による水分浸透抵抗性によりコンクリートの品質を評価する検討がこれまでも重ねられてきた。
 本稿では,非破壊の吸水試験に焦点を絞り,吸水試験によるコンクリートの品質評価における留意点や,吸水試験により得られた指標とコンクリート構造物の耐久性の関係等について,筆者がこれまで行ってきた研究成果等に基づいて概説することを試みたい。

 

水を用いた非破壊試験(透水試験)
(株)熊谷組 野中  英

Non-destructive Testing Using Water(Water Permeability Test)
KUMAGAIGUMI Co., Ltd. Akira NONAKA

キーワード:透水試験, コンクリート,原位置,削孔法,表面法

はじめに
 コンクリート表層部の品質は,脱型時期などの養生の違いにより異なることから,耐久性を評価するうえで重要な指標となる。また,コンクリートの透水性,吸水性は,コンクリートの密実性を反映したものであり,屋根や外周壁の防水,コンクリートの凍害,アルカリ骨材反応の進行など,構造物の耐久性と大きな関わりをもっており,近年では原位置で測定される場合が増えている。
 コンクリートを対象とした透水試験は,RILEM TC 116-PCD(Permeabiolity of concrete as Criterion of its Durability),JIS A1404(建築用セメント防水材の試験方法)およびJSCE-K 571(表面含浸材の試験方法(案))に提案されている方法がある。RILEM TC 116-PCD,JIS A 1404 の方法は,金属製の型枠を用い,試験体を固定した後,比較的大きな圧力を作用させて試験を行う。JSCE-K 571 の方法は,JIS A 6909(建築用仕上塗材)の7.13(透水試験B 法)に準じて,試験面に水頭高さ250 mmが確保できる漏斗とメスピペットを接続し,水頭圧により試験を行う。これらの方法は,JIS A 1107(コンクリートからのコア採取方法及び圧縮試験方法)によりコンクリートコアを採取し実施する場合や,試験体により試験をする方法であり,原位置での試験は困難である。
 そのため,構造体コンクリートの透水性・吸水性を原位置で非破壊で測定する方法が提案されている。原位置におけるコンクリート表層部の透水性,吸水性を評価する試みは,コンクリート表面に設置したチャンバーもしくはコンクリートに開けた孔内に水を入れ加圧するか水の表面張力によって,コンクリートに浸透する水の量および時間を測定することにより行われている。試験方法としては,削孔法(吸水)1),削孔法(透水)2),3),表面法(吸水)4)−7),表面法(透水)8)− 12)などがある。
 本稿では,コンクリート表面に設置したチャンバーもしくはコンクリートに開けた孔内を水で満たし,その水を圧縮したガスや機械的な方法で加圧し,試験する方法を透水試験として定義した。この透水試験について,RILEM などに示される試験体を用いる方法を示すと共に,現在までに提案されれている原位置で測定可能な透水試験方法の比較を示した。さらに,原位置で測定可能な透水試験方法の一例として,表面法の直接加圧試験であるGermann,s Water permeation Test(GWT)について,文献10)で示されている方法を示すと共に,表層コンクリートの品質を評価するために検討した結果について報告する。

 

小型中性子源RANS を利用したコンクリート中の水分の可視化
理化学研究所 水田真紀 大竹淑恵 元 理化学研究所 吉村雄一

Vizualization of Water in Concrete by a Compact Neutron Source “RANS”
RIKEN Maki MIZUTA and Yoshie OTAKE
Former RIKEN Yuichi YOSHIMURA

キーワード:中性子,コンクリート,水,小型中性子源,中性子イメージング,水分可視化,水分定量

はじめに
 技術の進歩に伴い,身の周りのあらゆるものの構造が複雑化し,「中を見てみたい」という要求は高まるばかりである。人は目から得る情報に対し,高く信頼するとともに,安心するからかもしれない。物体を壊さずに中身を可視化する技術は,医療分野では頻繁に利用されており,X 線によるレントゲンや,強い磁場と電波を使い,断層画像を得るMRI は一般の人にも馴染みがある。本稿で解説するのは,中性子を照射して物体内部を透視する中性子イメージングである。図1は,理研小型中性子源(以下,RANS)で中性子イメージングを実施した人工衛星用アルミパネル(宇宙航空研究開発機構JAXA)の透過画像である1)。
 インフラ,ビル等の建築物に多用されているコンクリート構造が経年劣化するという認識が,現在では通常概念となった。劣化の要因には,塩害,中性化,凍害,化学的侵食,アルカリ骨材反応,疲労があり,それらが複合的に作用している場合も多い。しかしその背景には,良質な天然骨材が少なくなっていること,厳しい環境下にも建設されるようになったこと,品質確保の認識の浅さから施工不良が引き起こす初期欠陥など様々なことからも劣化が誘発・促進されていると考えられる。しかし,どのような理由があるにせよ,突然壊れたり,ある日から使えなくなることは,人命に関わり許されない。また,便利さに慣れ親しんだ現代人には受け入れがたいだろう。
 コンクリート構造物が劣化するのは避けられないとしても,まだ使える状態にあるのか否か,どの程度の措置(補修,補強)が必要なのかを判断する指標は必要である。一般にコンクリート構造の内部には鉄筋が配置され,鉄筋の腐食がひび割れ,錆汁,かぶりコンクリートのはく落といった目で見える形での損傷に結び付く。さらに,腐食による鉄筋径の減少は,構造物の耐荷力低下に直結する。このことから,鉄筋の腐食の有無,程度を非破壊で把握できれば,と考えられることが多い。
 中性子は水素に強く散乱される性質を持つ。図1 では,アルミプレートを圧着する際,内部のアルミハニカムに塗られた接着剤の様子が濃い陰影として良く捉えられている。詳細は後述するが,この中性子の特徴を利用すれば,コンクリート中の水が見える。コンクリートの成り立ちに水は欠かせず,コンクリートの劣化(促進)に水が関わることが多い(例えば中性化では,水分浸透深さも併せて鉄筋腐食を照査する試験方法2)が制定された)ことから,コンクリート中の水分はコンクリートの何らかの特性を表しているのではないか,と考えたのが本研究の出発点である。本稿では「中性子イメージング」とともに「小型中性子源」も重要なキーワードとなっている。小型中性子源を利用する上で工夫したことに触れながら,中性子イメージングでコンクリート中の水を見る方法,画像から水分を定量する方法について解説する。

 

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