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機関誌

2022年9月号バックナンバー

2023年8月5日更新

巻頭言

「新エネルギーキャリアの概要と今後の展望」特集号刊行にあたって

笠井 尚哉

エネルギーは我々の生活にとって欠かすことができないものですが,今年の電力需給はかなり厳しいことが予想されています。すでに首都圏では,6 月27 日より4 日連続で「電力需給ひっ迫注意報」が発令されました。さらに,7 年ぶりに7 月1 日から9 月30 日までの3ヵ月間,全国で節電要請がなされています。2011 年に生じた福島第一原子力発電所の事故のため多くの原子力発電所が停止していることに加え,ウクライナ情勢の緊迫化まで重なり世界的にエネルギーの需給環境が悪化しました。この冬はさらにエネルギーの厳しい需給状況が予想されており,電力だけでなく,都市ガスの節約を呼びかける,日本初となる,「節ガス要請制度」の導入も検討されているようです。経済産業省資源エネルギー庁のホームページでは,我が国は原油のほぼ全量を輸入し2019 年度の中東依存度は90%もあるようです。LNG については必要量の98%を輸入し,中東依存度は17%と低いのですがLNG 輸入量は世界の22%を占めています。

さらに,従来とは比べ物にならない近年の高温,脅威が増している台風,豪雨などを引き起こすCO2 の排出問題もあります。約30 年前の筆者が学生の頃は,大気中のCO2 の濃度は350 ppm と記憶していますが,今は410 ppm を超えるようです。

以上の背景の下,我が国のエネルギー需要,CO2 の排出削減,エネルギー安全保障の観点から新しいエネルギーキャリアが必要であることがわかります。2017 年1 月20 日の安倍総理大臣の施政方針演説では「水素エネルギーは,エネルギー安全保障と温暖化対策の切り札である」と述べられています。2020 年10 月26 日には菅総理大臣が所信表明演説で,「2050 年までに,温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする,すなわち2050 年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言されています。

今後使用が期待されるエネルギーキャリアには様々な長所と短所があり,それぞれの特徴を踏まえて安全に効率的に使用していくことが求められます。2014 年から府省・分野を超えた横断型の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で「エネルギーキャリア」の課題が設けられ,予算が重点的に配分されました。このSIP では(1)太陽熱を利用した水素製造,(2)アンモニアの製造・利用技術,(3)有機ハイドライドの製造・利用技術,(4)液化水素の利用技術,(5)エネルギーキャリアの安全性評価に取り組んでいます。

本特集号は,SIP の取り組みを参考に,次世代太陽熱発電の取り組みについて新潟大学の郷右近展之准教授に,液体水素の取り組みについて川崎重工業(株)秋山淳司氏に,アンモニアを用いた取り組みについて出光興産(株)の遠藤博之氏に,有機ハイドライドの取り組みについて千代田化工建設(株)の岡田佳巳氏に,また,最近では,水素とCO2 から都市ガスの主成分であるメタンを生成する「メタネーション」の話題も多くなりましたので,この取り組みを日本ガス協会の竹田 剛氏にご執筆いただきました。ご執筆いただいた方々のご協力のお陰で,有力なエネルギーキャリアが網羅され,充実した内容になったと自負しており,今回の特集号が読者の方々やご所属の会社で少しでもお役に立てれば幸甚でございます。なお,末筆ながら大変ご多忙にもかかわらず本特集号にご執筆いただいた方々に誌面を借りてお礼を申し上げます。

 

解説

新エネルギーキャリアの概要と今後の展望

次世代太陽熱発電に関わる高温集熱・蓄熱・熱供給システムの研究開発動向と将来展望

新潟大学 郷右近展之

Forefront Technologies and Future Outlook of High-temperature Heat Transfer/
Storage/Supply System in a Next-generation Concentrated Solar
Thermal Power Generation

Niigata University Nobuyuki GOKON

キーワード:太陽熱発電,熱輸送媒体,蓄熱,ソーラーレシーバ,発電設備

 

はじめに
 地上に降り注いでいる太陽日射を高密度に集光して効率良く熱に変換して発電に利用する太陽熱発電(Concentrated Solar Power,CSP)に適した地域は,年間の直達日射量が1800 kWh/m2/year を超える地域(サンベルト)であり1),ハドレー循環により乾燥した下降気流が現れる中緯度高圧帯の乾燥地帯でもある。米国南西部,地中海沿岸,中東,北アフリカ,チリ等のサンベルト地域では,太陽の日周運動を追尾する“トラフ”や“ヘリオスタット”と呼ばれる反射鏡で日射を集光し,ソーラーレシーバで熱に変換して発電に利用する太陽熱発電が商用運転されている。

海外のサンベルトでは,高温太陽集熱を熱源とするCSP プラントの建設が進み,現在,約6 GW が稼働しており,さらに約3GW が世界中で建設・計画中である(PV は現在500 GW,世界の電力6700 GW)。2030 年には40 ~ 385GW の可能性があり,IEA 技術ロードマップによると,2050 年には世界の発電量の約27%が太陽エネルギーになるとの試算もある(PV16%,CSP10%)。近年,モロッコ,南アフリカ,ザンビア,豪州,インド,中国の市場が注目されており,商用実装の拡大が進んでいる2)。

 

アンモニアの供給技術と将来展望

出光興産(株) 遠藤 博之

Supply Technology and Prospect of Ammonia
Idemitsu Kosan Co.,Ltd. Hiroyuki ENDO

キーワード:水素,アンモニア,エネルギーキャリア,カーボンニュートラル,燃料

 

はじめに
 地球温暖化,気候変動の抑制に関する対応に世界的な取り組みが行われる中,2020 年10 月,日本においても菅総理(当時)により2050 年カーボンニュートラルが宣言された。以降,官民挙げてカーボンニュートラルへの取り組みがさらに強化されてきている。政策としては2021 年6 月に改訂公表された国の「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」1)(以下,「グリーン成長戦略」という)に詳細が記載されている。この中では,図1 に示す今後成長が期待される14 の産業分野について高い目標を設定し,あらゆる政策を総動員するとされている。

カーボンニュートラルのためには電力部門の脱炭素化が大前提であり,電力部門については再生可能エネルギーの最大限の導入(図1 の14 の産業分野の中では①洋上風力・太陽光・地熱産業),CO2 回収を前提とした火力及び水素発電の利用(同,②水素・燃料アンモニア産業),原子力の活用(同,④原子力産業)が必要とされている。

本稿では上述のCO2 回収を前提とした火力及び水素発電等について,その一つの方策であるアンモニアの利活用について概説する。

 

総合的な水素サプライチェーン構築を目指したSPERA 水素TM システムの開発

千代田化工建設(株) 岡田 佳巳

SPERA HydrogenTM System for the Total Hydrogen Supply Chain
Chiyoda Corporation Yoshimi OKADA

キーワード:水素,貯蔵輸送,メチルシクロヘキサン,トルエン,水素化,脱水素

 

はじめに
 水素は燃焼後に水しか排出しないクリーンな燃料である。水素は化石資源や再エネ,原子力などの一次エネルギーを利用して製造することができる。水素製造に利用された化石資源などの一次エネルギーは二次エネルギーである水素燃料の化学エネルギーに変換される。水素エネルギーの利用を拡大するためには,水素を石油や天然ガスと同様にタンカーレベルで大規模に「貯める」「運ぶ」ことができることが必須である。これより,水素の大規模貯蔵輸送技術の実用化は必須であり,水素サプライチェーンの構築の基盤となる重要な技術である。

当社では,優れた特長を有するが実用化されていない有機ケミカルハイドライド法に着目して2002 年から技術開発を開始しており,本年は開発開始から20 年目となる。この間,開発の鍵となる脱水素触媒の開発(2010 年),水素化プロセスと脱水素プロセスの設計とパイロットプラント実証による技術確立(2014 年)を経て,開発されたシステムをSPERA 水素TM システムと命名するとともに,2020 年にNEDO による国際間水素サプライチェーン実証プロジェクトを成功裡に完了(2000 年)して商業化段階に進んでいる。本稿では,本システムの概要と特長,開発の経緯と国際間水素サプライチェーン実証の概要,および本システムが目指す総合的な水素サプライチェーンについて概説する。

 

水素サプライチェーンの技術システムと今後の展望

川崎重工業(株) 秋山 淳司

Technology of Hydrogen Supply Chain System for Decarbonization
Kawasaki Heavy Industries, Ltd. Junji AKIYAMA

キーワード:脱炭素社会,カーボンニュートラル,液化水素,貯蓄タンク,ガスタービン

 

はじめに
 現在,世界的に脱炭素化の流れが進んでいる。2015 年のCOP21「パリ協定」から2021 年11 月のCOP26 では「低炭素」から「脱炭素」へ流れが加速しており,多くの国が2050年前後に向けてゼロカーボンを発表している現状がある。この中で日本のCO2 削減目標は,2013 年度比で2030 年度までに46% 減,2050 年にはカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現を目指すことを宣言している。

そういった中,水素の大量利用が注目されている。この理由としては,再生可能エネルギーと電池だけでは規模とコストに大きな課題があるためと考えられる。

当社が推進している液化水素のサプライチェーン技術システムの導入により,クリーンエネルギーの大量かつ長期的な長距離輸送と貯蔵が可能になる。さらに,セクター間の融通が可能になるという利点も挙げられる。水素は再生可能エネルギーのみならず化石燃料など多くのソースから製造が可能であり,水素の需要先には極めて広い産業やユーザが関与し,環境と経済の好循環をもたらすと世界中で注目されている。

また,液化水素には毒性がなく,緊急時に大気開放する必要が生じた場合においても気化性が非常に高いといった意義もあると考えられる。

当社は,水素をつくる,運ぶ,貯める,使うといったサプライチェーン全体の技術システムの確立に関わる企業として脱炭素化に大きく貢献していく。

本稿では,当社が考える水素サプライチェーンシステムとそれらに用いられる技術システムについて紹介する。

 

ガス業界のカーボンニュートラル実現に向けた取り組み

(一社)日本ガス協会 竹田  剛

Efforts to Achieve Carbon Neutrality in the Gas Industry
Gas Promotion Depertment The Japan Gas Association Tsuyoshi TAKEDA

キーワード:カーボンニュートラル,天然ガス , メタネーション,合成メタン,水素

 

はじめに
 パリ協定の合意以降,国際的な地球温暖化に対する関心は高まり続けており,温暖化対策に向けた取り組みが積極的に進められている日本においても,エネルギー・環境分野に関連する政策を中心に積極的にカーボンニュートラル実現に資する検討・議論が進められることとなった。

2020 年10 月には,菅義偉首相(当時)の所信表明演説にて,日本としてのカーボンニュートラルの実現に向けて取り組んでいくことが表明された。また,続く2021 年4 月には,日本の削減貢献目標として2030 年の温室効果ガス排出について,それまでの目標であった2013 年度比26%削減から大幅に引き上げて46%削減とし,さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていくとの新たな方針が表明され,COP26 においても各国の新たな目標と併せて提示がなされた。

このような中,ガス業界はこれまでの取り組みを一層深化・加速させるとともに,2050 年のガスのカーボンニュートラル化を目指す姿勢を明確にすべく,「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を策定するとともに,カーボンニュートラル化を具体的に進めるための実行計画として「『カーボンニュートラルチャレンジ2050』アクションプラン」を2021 年6 月に公表した。

日本における脱炭素社会の実現に向けては,最終エネルギー消費量の約6 割を占める熱利用についての対策を進めることが重要である。この熱利用に関しては,高温分野を中心に,経済的・技術的理由から,ガス体エネルギーに優位性があり,ガスのカーボンニュートラル化を行うことで,脱炭素社会の実現に大いに貢献することができる。またガス体エネルギーは輸送時にロスがなく,需要家に効率良くエネルギーをお届けできることに加えて,昨今の大型台風等の大規模自然災害においては,導管等の強靭なガスインフラが実証されていることに加え,分散型エネルギーシステムによるレジリエンス性の強化,さらにはエネルギーの地産地消を通じた地方創生への貢献の面からも期待されている。このようにガスシステムは脱炭素社会の実現だけでなく,様々な社会的課題の解決に貢献するものであり,ガス業界は今後も社会の発展に向けて,挑戦し続けていく。

 

論文

建物外壁平面の赤外線計測におけるV-SLAMまたはSfMを利用した背景反射除去

内田 勇治,横田 太,出崎翔大,塩澤大輝,阪上隆英

Background Reflection Removal Using V-SLAM or SfM in the Infrared Measurement of Building Outer Wall Planes
Yuji UCHIDA,Futoshi YOKOTA,Shota IDESAKI,Daiki SHIOZAWA and Takahide SAKAGAMI

 

Abstract
Exterior finishes such as tiles and mortar construction are applied to the building structures for the purpose of skeleton protection and aesthetics.
Concrete pieces and tiles on the outer wall may fall due to initial defects or aging.
In order to prevent this, inspections are performed by visual inspection of the appearance or tapping method.
These methods have many problems, such as the need for aerial work platforms and the skill level of the inspector affecting the diagnostic accuracy.
Therefore, the passive infrared thermography method, which enables remote inspection and recording, is attracting attention.
However, in this method, there is a problem that the background reflection component of the sun rays and surrounding buildings causes a decrease in measurement accuracy.
In this paper, we proposed a method to remove or suppress background reflection components by restoring the three-dimensional trajectory of an infrared thermography, the distance to the object to be photographed, and the direction of the surface using V-SLAM or SfM.
Moreover, in the laboratory experiments, it was confirmed that the background reflection component can be removed or suppressed by applying this method to infrared thermography images with background reflection.

Key Words:Internal defects, V-SLAM, SfM, Thermography, Background reflection, Back projection

 

緒言
 建築構造物には躯体保護や美観を目的として,タイル張りやモルタル施工などの外装仕上げが施されている。施工された外壁は,初期のはく離または経年劣化によって,下地モルタル部分,あるいはタイル張付部分が剥がれ,コンクリート片やタイルが落下する可能性がある。そのため,外観目視や打音法1)によるタイルのはく離の検査が行われている。打音法は,タイル外壁の診断において最も一般的に使用されている。しかしながら構造物全体の診断を行う場合には高所作業車が必要であり,検査者の熟練度によって診断の精度が異なることが課題である。そこで遠隔・広範囲の検査および記録が可能な手法として,赤外線法が注目されている。赤外線法では構造物に熱負荷が与えられたときのはく離部の断熱効果によって生じる局所的な温度変化領域を計測することで,はく離の検出を行う2),3)。谷川らは4),連続して赤外線画像を計測し,気温上昇時にコンクリートの表面温度を計測することで,健全部とはく離部の温度差が大きくなり,はく離部の検出に有効であることを示した。Ljungberg は5),赤外線計測を用いて,古い建物の外壁に存在する,空気漏洩の定量化について研究している。昼間の日照による加熱,および日中に構造物内部に蓄積された熱が夜間に放熱されるときの冷却を利用するこれらの方法は,構造物に生じる自然発生的な熱移動を用いるため,パッシブ赤外線サーモグラフィ法と呼ばれる6)。

タイル等の外装仕上げが施された外壁を診断する場合,天空放射や太陽光線,あるいは周囲に存在する物体から放射される赤外線がタイルの表面で反射し,測定対象物表面の赤外線画像に映り込むことによって,赤外線の反射成分が外乱として測定対象物表面の温度分布に混入することがある。そのため,赤外線サーモグラフィを用いた建築構造物の外壁診断では,太陽光線や周辺構造物の反射がはく離の検出精度を低下させる要因となっている。

周囲環境の映り込みの対策として,検査対象面の反射率を低減させる手法があるが,建築構造物では大面積に反射防止処置を施す必要があり,建築構造物への適用には不向きである。一方,水蒸気の吸収帯に相当する5 〜8 μm 波長帯の赤外線を利用する特殊な赤外線サーモグラフィを用いる手法が提案されている7),8)。梅干野は9),HgCdTe センサを使用して5 〜8 μm に感度を有する赤外線サーモグラフィを試作し,モルタル仕上げが行われた壁面での背景物体から放射される赤外線の反射の影響を抑制できることを示している。

はく離による温度変化と画像内への外乱の映り込みとを識別するため,検査面に対する撮影方向を変えることが一般に行われている。撮影方向を変えた場合に,はく離部は対象面内で位置が動かないのに対して,反射成分は対象物に対する撮影角度に応じて移動する。検査の際には,この現象を考慮して画像に現れた温度変化部位が内在するはく離によるものか反射によるものかを識別することができるが,判断の適切さは検査者の習熟度に依存する。

本研究では,V-SLAM またはSfM 技術を用いて赤外線サーモグラフィの三次元位置・姿勢の軌跡と計測対象物の形状を把握することで熱源反射を除去・抑制する方法を提案する。V-SLAM(Visual Simultaneous Localization and Mapping)10)とは,撮影画像からカメラの三次元位置・姿勢の軌跡と周辺環境の三次元形状の推定を同時に行う手法でオンライン処理を前提としている。SfM(Structure from Motion)11)はオフライン処理を前提とし,より高精度で高密度な周辺環境三次元形状とカメラの三次元位置・姿勢の軌跡を推定する。しかしコントラストや解像度が低い赤外線画像を用いてV-SLAM やSfM を行っても,安定した結果を得ることは困難である。本研究では,可視画像と赤外線画像を同期撮影し,可視画像でV-SLAM またはSfM を行い,その結果を赤外線画像に反映する手法を開発した。

 

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