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機関誌

2019年6月号バックナンバー

2019年6月1日更新

巻頭言

「赤外線サーモグラフィ試験の過去と未来」特集号刊行にあたって 山越孝太郎

 1970 年代初頭に国産の赤外線サーモグラフィ装置が開発されてから,約50 年が経過した。この間に赤外線サーモグラフィ装置は,価格や性能面で飛躍的な発展を遂げた。当初は特別な知識を有した技術者が取り扱う特殊な装置であり,機種の選択幅も限られていた。現在は高い性能を持ち,高度な計測用途に使用される高級機と一般の方でも容易に操作できるような簡易的機種まで豊富なラインナップがメーカにより提供されている。製品のフルラインナップ化が進んだことにより,構造物診断や電気・機械設備診断など現場で持ち歩いて使用する用途に適した小型・軽量で耐環境性能に優れた機種,作用応力の変化により物体に瞬時に発生する微小な温度変化を高速で繰り返しサンプリングが可能な高速応答性を有する機種,工場の生産ラインで製品の品質管理や火山の常時監視など現場に固定して設置する機種など様々なモデルが市場や用途に合わせて開発されユーザの選択肢も増えている。これにより,赤外線サーモグラフィは広く世の中に普及してきている。
 今回「赤外線サーモグラフィ試験の過去と未来」をテーマに,赤外線サーモグラフィ装置による非破壊検査の過去から現状そして将来について特集を企画した。神戸大学の阪上隆英先生に,赤外線サーモグラフィ装置の黎明期を中心に装置開発の歴史を解説いただいた。現在に至るまでの機器の変遷がよく理解できる。最新の機器を利用した応用事例や研究については,各業界の第一線でご活躍されている方々にご執筆していただくことができた。高性能タイプの赤外線サーモグラフィ装置の新しい非破壊評価の応用につながる最新の研究として,神戸大学 塩澤大輝先生に散逸エネルギーの遠隔赤外線計測に基づく構造の非破壊試験を解説いただいた。産業界における最新の事例として,(株)ケン・オートメーション 矢尾板達也氏に応力計測分野,(株)コンステック 佐藤大輔氏に建築・土木分野,(株)サーモグラファー 山田浩文氏に電気・機械設備の状態監視分野について,それぞれ解説をいただいた。様々な分野での具体的な適用についての理解を深めることができる。最後に筆者から,現在日本非破壊検査協会が実施している赤外線サーモグラフィ試験技術者の資格認証制度について紹介させていただいた。装置や計測技術がどんなに進歩しても,最終的な判断を行うのは人間である技術者である。日本非破壊検査協会では,赤外線サーモグラフィや計測手法に関する教育訓練により正しい知識を持った技術者を育成し,その力量を認証し安心して仕事を任せられるシステムを社会に提供している。最後に,今回の特集号刊行にあたり,ご多忙中にもかかわらず執筆をご快諾いただいた著者の皆様に,この場をお借りして心から感謝を申し上げたい。

解説

赤外線サーモグラフィ試験の過去と未来

The Past and the Future of the Infrared Thermography Test

Early History of Infrared Thermography
Kobe University Takahide SAKAGAMI
Thermographers Co., Ltd. Kotaro YAMAKOSHI
Robert P. MADDING
Gary L. ORLOVE

キーワード:Infrared imager, Infrared thermography, Infrared camera, Early history

はじめに
William Hershel (1738-1822) discovered infrared light in 18001). Herschel was a British astronomer. In 1781, he discovered the planet Uranus, and was appointed as an astronomer for King George III. Herschel used a prism to separate sunlight into separate colors, and used a mercury thermometer to measure the temperature rise of each“ rainbow”color that occurs in the visible light region. At that time Herschel found that the temperature rise increased from purple to red, and that there was light that caused a larger temperature increase in the invisible part outside the red part.
 Within 100 years of the discovery of infrared radiation by Herschel, various devices have been invented to detect infrared radiation. In 1821, Seebeck discovered the Seebeck effect in which a voltage is generated when a temperature difference is applied between contacts of dissimilar metal circuits. Based on this effect he invented the thermocouple. After that, Nobili and Melloni made a thermomultiplier with thermocouples connected in series2). John Herschel, the son of William Herschel, succeeded in producing an infrared image in 18403).He wetted a thin paper with a wrinkled surface with alcohol. The infrared rays that hit the surface of the paper evaporated the alcohol and created a pattern on the paper, so that infrared light was detected. Based on this experiment he discovered atmospheric windows that are important for infrared measurement. Also this method was the basis for the evaporagraph developed later. In 1883, Melloni detected thermal radiation from humans 10 maway using a highly sensitive thermopile. Langley invented the bolometer in 1878. He detected thermal radiation from cows 400 m away using a sensitized bolometer in 19012). However, research in development of devices for detecting infrared radiation and infrared imaging became active through military research in two world wars. Infrared sensors and infrared imaging devices, which have been researched and developed mainly for military applications, have been widely applied to civilian applications with the end of the Cold War. A number of application fields of infrared measurement have been created, such as thermal and environmental measurement, remote sensing, manufacturing process control, and nondestructive testing. The international conference Thermosense, currently hosted by SPIE (The International Society for Optics and Photonics), is a pioneering forum to present and discuss application techniques of infrared measurement. The first Thermosense was held in 1978. In commemoration of the 40th event, Thermosense XL was held in Orlando, Florida in 2018, and researchers and engineers of infrared application technology participated from all over the world. One of the coauthors of Robert P. Madding’s presentation“ A brief history of Thermosense”4) at this conference gave the motivation to write this article. Madding is one of the founders of Thermosense. Along with the history of Thermosense, he introduced the history of various very interesting infrared imaging device developments and their applied technologies. In this article, we will focus on the early history of the infrared imaging system, focusing on the history of the infrared imaging system, adding information from the infrared imaging system created in Japan to the materials introduced by Madding at Thermosense XL.

赤外線サーモグラフィによる応力測定の最新動向
(株) ケン・オートメーション 矢尾板達也

The Latest Trend of the Stress Measurement by Infrared Thermography
Ken Automation, Inc. Tatsuya YAOITA

キーワード:赤外線サーモグラフィ,熱弾性応力測定法,ロックイン方式,周波数解析,位置補正

はじめに
 測定対象物における熱弾性効果は1850 年代にLord Kelvinが体系化したことよりスタートし,その後赤外線サーモグラフィの進歩とともに赤外線応力測定法に適応され,市場が拡大している。赤外線応力測定では,疲労試験の際に測定対象物に繰り返し掛けられる荷重による熱弾性効果によって測定対象物の表面に発生する温度変化を測定する。赤外線サーモグラフィでは温度分解能の向上と高速撮影が可能になり,PCへの伝送速度とPC の演算処理能力の向上によりリアルタイムによる赤外線応力測定が可能となってきている。
 赤外線応力測定は2008 年に日本非破壊検査協会より「熱弾性応力測定法NDIS 3425」として測定手法に関して定義されている。ここでは,赤外線応力測定法における歴史,赤外線サーモグラフィの変革,応力測定の最新動向と課題について述べる。

散逸エネルギ計測に基づく各種金属材料における疲労強度推定
神戸大学 塩澤 大輝

Fatigue Strength Estimation for Various Metal Materials Based on
Dissipated Energy Measurement

Kobe University Daiki SHIOZAWA

キーワード:赤外線サーモグラフィ,エネルギ散逸,疲労強度,疲労限度,非破壊評価

はじめに
 機械構造物の疲労設計において,材料の引張強さや疲労限度などの材料強度パラメータを把握することは重要である。疲労限度の評価は通常,疲労試験により得られるS-N 曲線に基づいて行われる。疲労試験では,10 Hz の負荷周波数で一般的な疲労試験打切り数である107 cycles の繰返し数に達するまでに12 日程度を要し,さらに多数の試験片の破壊試験を行う必要がある。近年の赤外線カメラの性能向上により,熱弾性効果に基づいて作用応力を精度よく評価できるだけでなく,局所的な塑性変形に起因したエネルギ散逸による微小な発熱(以後散逸エネルギと呼ぶ)も検出できるようになった1)−4)。この散逸エネルギに基づいた迅速疲労限度推定法が提案され5),6),国内外で研究がなされている。赤外線カメラでは,温度変動を面計測できるため,散逸エネルギ分布に基づいてき裂が将来的に発生する箇所を特定することも可能となる3),7),16)。迅速疲労限度推定法については,経験則に基づく要素が大きかったが,各種金属材料への適用例や散逸エネルギの評価手法や測定条件などに関する研究がなされ,推定メカニズムの解明や接合部などより実用部材に近い場所への本手法の適用拡大が進んでいる。本稿では,散逸エネルギ計測に基づいた疲労限度迅速推定法の近年の研究動向について解説する。

建築・土木構造物の赤外線サーモグラフィ診断の過去と未来
(株)コンステック 佐藤 大輔

Infrared Thermography Diagnosis of Buildings and Structures
Constec Engi, Co. Daisuke SATO

キーワード:鉄筋コンクリート構造物,点検,調査,定期報告,外壁

はじめに
 赤外線サーモグラフィは,温度分布を視覚的に表示できること,非接触で短い時間に広い範囲を測定できるという利点を生かし,現在では様々な分野で利用されている。救難やセキュリティ向上などの監視分野,非破壊検査などがその例である。前者は人を対象としており,計測対象と背景との温度差は明らかであるため,現在の赤外線サーモグラフィ装置を用いれば容易に適用が可能である。後者の非破壊検査としては,複合材料の欠陥損傷探査,航空機検査,化学・原子力などのプラントの設備検査,電子部品・基板の検査,鋼構造物の疲労き裂検出やコンクリート構造物の欠陥探査に利用されている。例えばプラントの保守メンテナンスにおける対象物としてはガスタービン,配管設備,配電設備等があり,熱流の挙動の計測,表面および内部欠陥・劣化の検出,運転状態に関する計測,さらにプラント全体の異常発熱監視などにも利用されている。
 このように,赤外線サーモグラフィ装置の活用は多岐にわたる。非破壊検査の分野においては,赤外線サーモグラフィ装置の高性能化・高精度化に伴い,その利用範囲の拡大が進んでおり,より正確に構造物を評価するための情報を取得する研究開発が続いている。
 筆者は,コンクリート構造物の調査・診断に携わってきており,対象をコンクリート構造物を対象とした調査について記述する。

赤外線サーモグラフィを用いた,機械状態監視技術の現状と将来
(株)サーモグラファー 山田 浩文

Present State and Future of Machine Condition Monitoring Technology Using
Infrared Thermography

Thermographers Co., Ltd. Hirofumi YAMADA

キーワード:赤外線サーモグラフィ, 状態監視, CBM, 保全, 劣化・故障, 温度

はじめに
 設備機器の事故は,原因別では保守不備(自然劣化も含む),故意・過失,設備不備の合計で全体の過半数を占めると言われている。
 このような不測の事故を未然に防止し,かつ操業・運用の高度安定化,設備のライフサイクルコストの低減を図ることは,今後の国内産業界にとって,安全の担保,利益確保及び環境保全のための必須条件である。
 設備診断技術は1960 年代後半に欧米で主として軍事・宇宙・原子力施設の効果的な維持,管理技術として発展した。
 日本では重化学工業を中心として“機械の状態の定量的な観測機能とともに予測機能をもった設備診断技術”として発展し,各産業界に導入され効果を上げており現在に至っている。
 設備診断技術とは,「設備の現在の状態を定量的に把握して,問題の発生の有無,種類,原因,程度及び将来への影響を予知,予測し必要な対策を見いだす技術」であり,単なる故障検出技術や検査技術ではなく,評価や予測機能を含む「診断技術」である。
 ISO 13372 1)では,設備診断を設備の「状態監視」と「診断」に分けて定義しており,「状態監視」とは設備の状態を示す情報やデータを検出・収集することであり,「診断」とは異常状態の特性を示す兆候を評価することとしている。
 予防保全PM が我が国に導入されたのが1951 年であり,1962 年には米国航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration, NASA)による信頼性技術の保全への適用が提唱され,1970 年には英国商務省にて経済的ライフサイクルコストを追求したテロテクノロジー(Terotechnology)が提唱された。1965 年に米国連邦航空局(Federal AviationAdministration, FAA), ユナイテッド航空, ボーイング社により信頼性中心保全(Reliability Centered Maintenance,RCM)が提唱され,さらに,1980 年にアメリカ石油協会(American Petroleum Institute, API) によりリスク基準型検査(Risk Based Inspection, RBI),リスク基準保全(Risk Based Maintenance, RBM),2003 年大島榮次博士によりLEAF(Lifespan Estimation Analysis based on Failure Mechanisms)が提唱され,現在の設備管理技術の主要な要素技術となっている。
 前述の保全活動は「維持」を目的にしたものであるが,「改善」を目的とした保全も行われており,1990 年代の初期にオクラホマ大学教授のE. C. Fitch 教授が設備診断技術を用いて劣化の原因系パラメータを監視診断して故障の根本原因を事前に取り除くプロアクティブ保全(Proactive Maintenance,PaM)を提唱している。

赤外線サーモグラフィ試験技術者の資格認証制度
(株)サーモグラファー 山越孝太郎

Qualification and Certification System of Infrared Thermography Non-destructive
Testing Engineers and Condition Monitoring Engineers

Thermographers Co., Ltd. Kotaro YAMAKOSHI

キーワード:赤外線サーモグラフィ,資格制度,非破壊試験,状態監視

はじめに
 30 年程前まで赤外線サーモグラフィ装置は,高価で取り扱いが難しく,バッテリで動作できない,機器サイズが大きく持ち運べないなどの理由で,主に工場の生産ラインや公的機関の研究用途など可搬性があまり問題にされない用途で使用されてきた。しかし,近年ではポケットに入るほど小型・軽量でバッテリ駆動可能な製品や5 万円を下回る低価格な製品が開発され,取り扱いもタッチパネルなどヒューマンインターフェースが改良されて使いやすくなり,様々な市場に身近な機器として急速に普及している。赤外線サーモグラフィの具体的な応用分野として,電気,機械,建築,土木,材料評価,生産ラインにおける製品の品質管理など多分野にわたっている。機器の普及や市場の拡大に対して,赤外線サーモグラフィを取り扱う技術者の技量を向上させることが課題となってきた。優れた製品が開発されても,それを使用する技術者の技量が足らなければ,正しい評価や診断が行えず誤診を生み,赤外線サーモグラフィによる非破壊試験に対する信頼を失ってしまう。本稿では,(一社)日本非破壊検査協会が実施する赤外線サーモグラフィ非破壊試験技術者と状態監視診断技術者の二つの資格認証制度と教育訓練制度について紹介する。

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