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機関誌

2017年5月号バックナンバー

2017年5月1日更新

巻頭言

「X線の性質を応用した新しい検査手法」特集号刊行にあたって  森 邦芳

 (一社)日本非破壊検査協会の放射線部門の通常取り扱われている非破壊検査では,一般に被検査物にX 線を照射し,被検査物の各部分がX 線を吸収し減弱する度合いによって決まる透過線量を画像化し,その被検査物内の状態を観察しています。こうした画像は吸収コントラスト像と呼ばれていますが,従来のX 線の吸収コントラスト像では識別しにくい対象物に対し,X 線のもつ波動性や粒子性を利用し新しい手法で画像の鮮鋭化,物質の識別や計測,補正などの研究開発が行われ,実用化もされてきています。
 本特集号では,X 線による新しい検査手法として(1)X 線の波動性を応用し,X 線の吸収像では識別できない軟質測定物などを放射光のような特別な光源を用いることなく,汎用のX 線光源で識別を可能にした位相コントラストイメージング技術,(2)放射光光源を用いX 線の可干渉性を利用し,微小構造体からの散乱X 線を参照光とし,比較的安価なCCD 検出器を用いて世界最高水準の空間分解能と感度を達成した暗視野X 線タイコグラフィ技術,(3)制動放射X 線からの透過X 線イメージのエネルギー情報を検出器側で弁別し,被対象物の材質による透過変化を判別し鮮鋭化するエネルギー弁別型放射線ラインセンサ技術,(4)生体において,異なったエネルギーで撮影された2 種類のデータからX 線CT 画像データを取得するデュアルエネルギーX 線CT 技術,(5)一般的な計測用X 線CT 装置を用いた寸法測定誤差について,X 線が対象物を透過する際の線質硬化や散乱線による影響に着目し,それらの影響を実験的に確認し,今後の高精度な測定を実現するための指針や研究課題,など5 件の新しいX 線検査手法や計測上のX 線の性質に関し,それらをご専門に研究を進めておられる先生方に詳しく解説をしていただきました。
 X 線を用いたこうした新しい検査手法は今後さらに研究され様々な非破壊検査に応用されていくと思われます。また本特集号を読まれた読者の方にも新たな発想,応用などにつながる有意義な内容であると考えられ,可能であれば今後はX 線のみではなく広義に放射線による新しい応用の技術を含めて本誌で紹介できればと考えております。
 最後になりましたが,本特集号にあたりまして,ご多忙のところ多大なご協力をいただきましたご執筆者の皆様方,ならびに編集にあたりましてご尽力いただきました皆様方に深く感謝申し上げます。

 

解説

X線の性質を応用した新しい検査手法

X 線管を用いた位相イメージング装置の開発
  東北大学多元物質科学研究所 百生 敦

Development of X-ray Phase Imaging Apparatuses with X-ray Tubes
Institute of Multidisciplinary Reseatch for Advanced Materials, Tohoku University Atsushi MOMOSE

キーワード:X 線,位相,屈折,位相コントラスト,干渉

はじめに
 X 線は,目に見えない物体内部の構造を高い空間分解能で可視化できる貴重なプローブである。工業用の非破壊検査装置,医用画像診断装置,保安検査装置,あるいは学術用途のX 線顕微鏡など,広範に利用されている。
 X 線透視画像では,物体中を通り抜けるX 線強度の大小によってコントラストが形成される。すなわち,物体中のX 線吸収係数の分布にコントラストが対応付けられる。X 線吸収係数は,重い元素がより高密度で存在すると大きい。経験的に,吸収端のことを除けば,吸収係数は物質を構成する元素の原子番号のおおよそ4 乗に比例する。逆にこのことは,軽元素(水素,炭素,窒素,酸素など)からなる物質である高分子材料や生体軟組織に対しては,十分な吸収コントラストが期待できないことを意味する。実際,X 線画像をそのような物質に適用しても有用な結果が得られることは少ない。これは,X線画像の原理的な欠点として長く甘受されてきた。
 1990 年代以降,この問題を克服するために,X 線領域の位相コントラストが研究されてきた1)。X 線を波として考えると,物質を透過する際にその振幅と位相が変化する(図1)。振幅の二乗がX 線強度に比例し,これが従来のX 線画像の信号源である。同時に,波の位置(位相)がずれることを位相シフトと呼んでおり,物質によってX 線の波が伝わる速さが異なることがその原因である。X 線強度の減衰が微弱な場合でも,大きな位相シフトが生じている。位相シフトに基づく位相コントラスト画像を取得する仕組みを構築できれば,これまでとは原理的に異なる高感度X 線画像を得ることができる。
 位相コントラストX 線画像を得るためには,波の揃ったX線を用いることが有利となる。通常のX 線管からのX 線の波は不揃いである。位相コントラスト法の研究は波の揃った明るいX 線が使えるシンクロトロン放射光施設で始められた。シンクロトロン放射光とは,巨大な周回加速器内を光速に近いスピードで移動する電子から放射されるX 線である。指向性が高く高強度のX 線ビームとして使用できるため,X 線を使用する多くの先端的計測に用いられている。位相コントラスト法の研究では,早くからがん組織や高分子材料などが高感度で撮影できることが実験的に示され,その応用展開が期待された。
 ただし,巨大な施設でのみ使用できるシンクロトロン放射光を前提とする技術のままでは,非破壊検査などへの応用の広がりはあまり期待できない。医療機関や生産現場,あるいは,保安検査の現場で利用できてこそ,真の実用化が見えてくる。そこで,一般的なX 線管を用いた位相コントラスト法への発展が模索された。本稿で紹介する技術は,まさしくこの動機において開発しているものである。
 まずは,X 線位相コントラストを利用することの利点を整理し,それを実現するための光学的技術を俯瞰する。ここで紹介する技術は,単純にX 線位相コントラスト画像を撮影・記録するだけではなく,所定の手続きに基づく位相コントラスト画像のデジタル計測と,それに基づくコンピュータ演算により,X 線の吸収,屈折,および散乱を定量的に表す複数の画像を出力する。このことを強調するために,本稿ではこの技術を「X 線位相イメージング」と称する。いくつかのタイプに分類される位相イメージング技術の中で,X 線管を用いた位相イメージングを実現するX 線Talbot 干渉計2),あるいは,X 線Talbot-Lau 干渉計3)と呼んでいる技術が実用的観点から特に注目されており,その原理について解説する。次いで,この技術をベースに実際に開発に取り組んでいる装置として,医用画像診断装置4),非破壊検査用スキャナ装置5),および,顕微位相イメージング装置6)について紹介する。最後に,今後の展望について述べる。

 

高分解能X 線タイコグラフィ
−厚い試料の非破壊・高分解能観察を目指して−
大阪大学大学院工学研究科,理化学研究所 放射光科学総合研究センター 高橋 幸生

High-resolution X-ray Ptychography
− Towards High-resolution Non-destructive Imaging of Thick Samples −

Graduate School of Engineering, Osaka University, RIKEN SPring-8 Center Yukio TAKAHASHI

キーワード: 放射光,コヒーレント X線光学,タイコグラフィ,X線顕微法

はじめに
 X 線イメージングはX 線が高い透過力を有することから,物体内部の構造を非破壊で観察する手段として広く用いられている。医療診断,空港の手荷物検査におけるX 線写真はその代表的な例である。また,X 線はオングストローム程度の波長を有する電磁波であることから,レーリーの基準からも分かるように,原理的にX 線波長程度の高い空間分解能を有する顕微鏡を構築できる。しかしながら,X 線は, 光学顕微鏡のように開口数の大きなレンズを作製することが技術的に難しく,顕微鏡の空間分解能が大きく制限されている。実際,X 線の代表的な結像素子であるフレネルゾーンプレートを対物レンズとして備えたX 線顕微鏡の実用的な空間分解能は〜50 nm 程度であり,X 線波長に比べて数十倍〜数百倍長いスケールである。X 線顕微鏡におけるレンズの問題を回避して,X 線顕微法における空間分解能を飛躍的に向上させるのが,コヒーレントX 線回折イメージングというレンズレス顕微法である。
 コヒーレントX 線回折イメージングは,試料に干渉性の良いX 線を照射した際,遠方で観測される試料からの回折強度パターンから試料像を再構成する。位相問題として良く知られているように,回折強度パターンには回折波複素振幅の位相情報が欠落している。1952 年にSayre 1)は結晶学における位相問題を解決する一つの方法としてオーバーサンプリング位相回復法の可能性を説いた。オーバーサンプリング位相回復法では,コヒーレント回折強度パターンを細かくサンプリングし,計算機上で位相回復計算を実行することで,試料電子密度分布を再構成する。1999 年にMiao ら2)が軟X 線を用いた実験で,コヒーレントX 線回折イメージングを実証し,これが契機となって,多くの放射光施設でコヒーレントX 線回折イメージングに関する研究が実施されるようになった。
 コヒーレントX 線回折イメージングは,その測定系からいくつかに分類される3)。現在,主流となっているのは,図1に示す平面波照明型コヒーレントX 線回折イメージングと走査型コヒーレントX 線回折イメージング(通称:X 線タイコグラフィ)である。先に述べたMiao らの実証した方法は,平面波照明型コヒーレントX 線回折イメージングに分類される。平面波照明型コヒーレントX 線回折イメージングでは試料への平面波照明を仮定するため,試料はX 線ビームサイズより十分に小さい孤立物体に限定される。一方,X 線タイコグラフィは,ビームサイズより大きな試料であってもイメージングが可能である。X 線タイコグラフィの登場により,コヒーレントX 線回折イメージングによる様々な実試料観察が可能となり,その研究は大きな広がりを見せている。
 本稿では最初に,位相回復を利用するX 線タイコグラフィの原理について述べる。その後,2010 年以降,著者らが大型放射光施設SPring-8 において行ってきた高分解能・高感度X線タイコグラフィの開発とその応用について述べる。図2 にその概要を示す。最初に全反射集光鏡を駆使したX 線タイコグラフィの高分解能4),5)について述べる。そして,最近取り組んでいるX 線タイコグラフィの新手法「暗視野X 線タイコグラフィ6),7)」と厚い試料の高分解能三次元観察法として有望な「マルチスライスX 線タイコグラフィ」8),9)について述べる。

 

エネルギー弁別型放射線ラインセンサとその応用
 浜松ホトニクス(株)富田 康弘、白柳 雄二、松井信二郎、神谷 陽介、小林 昭

Applications of the Energy Discrimination Type Radiation Line Sensor
Hamamatsu Photonics K. K. Yasuhiro TOMITA, Yuji SHIRAYANAGI, Shinjiro MATSUI
Yosuke KAMIYA and Akira KOBAYASHI

キーワード: 放射線,放射線検出器,配管,腐食,非破壊検査

はじめに
 1895 年のX 線発見以来,X 線画像といえばモノクロ画像が当たり前であった。それは,技術的にX 線から得られる情報が強度情報しかなく,ある意味必然といえる。しかし,X 線も光の一種であり,強度情報の他に波長情報も有している。
 そこで,我々は放射線の強度情報だけでなく波長情報,すなわちエネルギー情報をも得られる次世代型放射線検出器の開発に取り組み1),2),特にX 線画像において,X 線の持つエネルギー情報を利用した画像化,計測について,その手法と応用開発を進めてきた。
 本稿では,我々が開発したエネルギー弁別型放射線ラインセンサについて,その原理と応用例について紹介する。

 

医療用デュアルエネルギーX 線CT の最近の技術
 近畿大学医学部放射線医学教室放射線診断学部門 主任教授 村上 卓道

New Development Techniques of Dual Energy X-ray CT Imaging in Medicine
Department of Radiology, Kindai University Faculty of Medicine Takamichi MURAKAMI, M.D., Ph.D.

キーワード: 非破壊検査,放射線,CT,X線,デュアルエネルギー

1. Dual Energy CT イメージング とは
 Dual Energy CT イメージングとは,異なったエネルギーのX 線で撮影することによって2 種類のCT 画像データを取得する手法である。Dual Energy CT イメージングのデータ取得方法には,異なる管電圧の撮影を2 回繰り返すRotate/Rotate 方式,2 つの管球で異なる管電圧の撮影を行う2 管球方式(Dualsource),1 管球で高・低管電圧を高速に切り替えるFast kVSwitching 方式,検出器を2 層として異なる管電圧のデータを収集するDual layer 方式など,各社独自の方法が採用されている。
 X 線が物質を通過する時の減弱の程度はX 線のエネルギーによって異なり,それがCT ではX 線吸収値(CT 値,HounsfieldUnit:HU)に反映される。このX 線のエネルギーによるCT 値の変化は物質固有のパターンを示し,異なる物質では異なるエネルギー変化曲線を示す(図1,表1)。また,あるエネルギーレベルにおいては,異なる物質であってもそれぞれの濃度次第では同じCT 値を呈し得るが,別のエネルギーレベルではCT 値の大小関係は変化する。この現象を利用して,X 線管の管電圧が80 kVp と140 kVp のように比較的低エネルギーのX 線と高エネルギーのX 線を照射し,取得したデータを用いて,物質を分離,同定して画像化するのがDual Energy CT イメージングである。
 本稿では,Dual Energy CT イメージングの臨床応用における最近の話題について紹介する。

 

計測用X 線CT 装置の長さ測定誤差に及ぼす線質硬化等
の影響とより高精度な測定の実現に向けた課題
 (国研)産業技術総合研究所 阿部 誠、松崎 和也、佐藤 理、藤本 弘之、高辻 利之

Influence of Beam Hardening on Error in Length Measurement and Issue in
Realizing Measurements with Higher Accuracy by using Dimensional X-ray CT

National Institute of Advanced Industrial Science and Technology Makoto ABE, Kazuya MATSUZAKI
Osamu SATO, Hiroyuki FUJIMOTO and Toshiyuki TAKATSUJI

キーワード: 産業用 X 線 CT 装置,計測用X線 CT 装置,長さ測定,測定誤差,線質硬化

はじめに
 既に幾つかのメーカからは長さの測定精度が保証された計測用X 線CT 装置の販売が始まっており,日本を代表するものづくり企業においてもこうした製品が使われ始めている。計測用X線CT 装置の測定の性能は,測定対象物を透過するX 線に生じる線質硬化や散乱などの影響により制限を受ける。これらの現象に対する補正技術の実用化を目指した研究開発は広く行われており,製品の機能の一つとして実用化され実装されたものも少なくない。また,寸法・形状の測定誤差と,測定対象の形状がどのような依存関係にあるか,様々な器物形状をデザインして実験的に評価しようとする試みも取り組まれている1)−3)。
 そこで本稿では計測用X 線CT 装置の長さ測定において観測される長さ測定誤差について,X 線が物質を透過する際に生じる線質硬化等の影響がどのように現出するかについて,実験的に検証を試みた結果について得られた知見とともに解説する。

 

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