最近,テレビ,新聞などのマスコミ媒体において,ビッグデータ,IoT,インダストリー4.0 などの情報通信技術に関する単語を頻繁に見かけるようになりました。これらは,一般的に膨大なデータを取り扱い,適切に分析することで,行政・教育分野,医療・介護分野,製造分野,観光分野及び飲食・サービス分野などの全ての産業分野の効率化,生産性・安全性の向上などに貢献します。総務省の「平成28 年度版,情報通信白書」を見てみますと,政府もこれらを積極的に産業界に取り入れ,経済成長に繋げようと多くの分析が実施されております。民間でも多くの会社で,情報通信技術の活用を積極的に取り組んでいるように見受けられ,英語の情報も多数あるかも知れませんが,例えば,インターネット上をグーグルで“IoT”と検索すると,6150 万件もの検索結果が表示されます。
今後,高度な情報通信技術があらゆる分野で導入されると,膨大なデータを取り扱うことになります。これらを適切に分析するためには統計科学,機械学習,プログラミング,情報セキュリティなどの高度な知識を持つ人材が求められます。総務省統計局・統計研修所の資料「我が国を支えるデータサイエンス力の高い人材育成」によると,2008 年に我が国では年間3400 人程度の当該分野の学士の技術者を輩出しているようですが,アメリカは25000 人程度,中国は17000 人程度の技術者が輩出されているようです。しかしながら,アメリカでも2018 年までに,最大19 万人の技術者が,日本でも25万人程度の技術者が不足する可能性があると記載されております。高度な情報通信技術を行政・産業分野などに導入するためには,難しいことかも知れませんが,当該分野の人材を十分に供給していく必要があり,課題となっているようです。
保守検査分野においても,当然,高度な情報通信技術を適用し始めております。経済産業省高圧ガス小委員会の資料には,例えば,ビッグデータを活用し,異常反応を早期に検知するようなIoT を活用した取り組みが,“スーパー認定事業所”の要件化の方向性の一つとして記載されています。スーパー認定事業所に認められれば,連続運転期間の自主設定,開放検査周期の延長及び認定期間の延長等のインセンティブが与えられることに加えて,IoT を用いた高度な保安対策を導入すれば,当然,事業所の重大事故の軽減に貢献することになります。
保守検査部門が担当する今回の特集号では,産業インフラと社会インフラにおいて,検討されている,又は実施され始めている情報通信技術に関する解説と適用例をご活躍されている方々にお願いしました。今回の特集号が,読者の方々の分野や会社で少しでもお役に立てれば幸甚でございます。なお,末筆ながら大変ご多忙にもかかわらず本特集号に執筆いただいた方々に誌面を借りてお礼を申し上げます。
Information Technology Applied to Chemical Plants Safety
Okayama University Kazuhiko SUZUKI
キーワード: 情報技術,リスク解析,安全管理,教育・訓練
1. はじめに
化学プラントは危険物質を大量に扱っており,ひとたび事故が発生すれば装置・製品の損害だけでなく,他業界の生産・製品供給に影響を与えるとともに,周辺の環境や住民にまで被害が及ぶ恐れがある。さらに,現場で働くオペレータ・作業員の命まで脅かす。現在のプラントは,国際競争力を意識し,低コストでの運転もしくは,製品品質の最適化を目的として,高度制御技術の導入が進められている。しかし,その結果としてオペレータがトラブルや非定常運転を経験する機会が減少し,万一装置で異常が発生した場合に十分な対応操作や変更操作を図れないといった現場の安全力の低下につながっている。そのような状況の下,化学プラントでの事故発生件数は増加傾向を示している。A 社,B 社の重大な火災・爆発事故はまだ記憶に新しい。A社製造施設での火災爆発は,当該施設並びに周辺施設へ甚大な被害をもたらすとともに,従業員1 名が死亡した悲惨な事故であった1)。この事故はプラント内の緊急放出弁の故障に端を発してプラント部分停止,その後の大幅なロードダウンの影響によって運転状態が変動し,さらに対応操作の不備により装置の破裂と爆発,火災につながった。B 社製造施設における爆発火災事故も死者1 名を含む死傷者26 名の被害を出す惨事であった2)。この事故では用役プラントの停止が引き金となった。これに伴い当該プラントは緊急停止したが,現場運転員がインターロックを解除したことにより,当該設備の分解熱が除熱できず,温度上昇による圧力上昇が起こり,反応器が破裂に至った。両事故とも,リスクアセスメントの不足と作業員の誤った対応操作により重大事故へと進展している点が共通している。
経済産業省は,保安水準をより一層向上するため,産業保安規制のスマート化を推進している。その中で,プラント保安における情報技術の活用を検討している。AI,ビッグデータ等の情報技術が急速に発達しており,今後はプラント安全において,情報技術活用の機会はますます増えるであろう。ここでは,情報技術の安全管理応用事例としてHAZOP システム,HAZOP情報に基づくリスク解析システムを紹介する。また,人の誤操作を防止するためにデジタルプラント(仮想現実感とシミュレータ)による教育・訓練システムを紹介する。
Current Status of Infrastructure Asset Management using Inspection Big Data
Osaka University Kiyoyuki KAITO
キーワード: アセットマネジメント,インフラ施設,点検ビッグデータ,劣化予測,知的技術
概要
本稿では,道路や橋梁などのインフラ施設を対象としたアセットマネジメントにおいて,保守検査,具体的には保守検査データが果たすべき役割について述べる(以下,本稿では断りのない限り,保守検査のうち,日常点検,特に目視点検に焦点をあてる)。インフラ施設の維持管理はそのプロセスごとに,専門技術者の経験や知識という暗黙知に基づいて実施される。アセットマネジメントは,このような暗黙知による経験的な意思決定過程を,形式知による体系的な意思決定過程へと転換することを目的とする。特に,日常・定期点検で獲得できる点検データを中心に方法論を構築するというデータ指向型のマネジメント手法が注目されている。また,アセットマネジメント分野においては,新規データ取得のためのハードウェア技術よりも,既存データ分析のための知的技術が重要であることを指摘するとともに,これはビッグデータの概念と整合的であることを言及する。
A Method of Real-time Inspection in Operation Based on
Big Data Analysis Technology
NEC Corporation Tomoya SOMA
キーワード:供用期間中検査,保守,モニタリング,信号処理,センサ,技術者教育
1. はじめに
近年,ネットワークやコンピュータなど,ICT(Informationand Communication Technology)技術の目覚ましい進歩と,ネットワーク回線費用の低価格化などにより,IoT(Internetof Things)という言葉が生まれデータが世の中にあふれることになった。また,ハードディスクなどのストレージ価格の低下やデータベース技術の進歩により,大量データの蓄積が容易になってきた。これに伴い,蓄積されたデータをどう活用していくか,特にプラント運転データを保守・保全に活用できないかという問い合わせがIT ベンダーに対しても多くなってきている。
これまで,ビッグデータ活用や,データ分析というと主にマーケティングや金融などで利用されることが多かった。しかし同様の技術や,古典的統計技術1)に手を加えることによって,プラントメンテナンスや保守検査へも活用できることが分かってきた。これらの取り組みは,産業界のみならず経済産業省をはじめとする国の機関でも注目されてきている。図1 2)に示すように現場ノウハウ以外の目でプラントを監視する仕組みが必要であり,このような最新のデータ活用による取り組みの実施により定期点検の延長などのインセンティブを与えようという動きも出てきている。
Future Prospects of the Use of ICT for Preventive Maintenance
in Process Industries
Fujitsu Limited Junichi ABE, Tetsushi IWASAKI and Kazuyoshi NOMURA
キーワード:保守・保全,プロセス装置産業,予兆検知,光ファイバ技術,技術・技能伝承,設備点検
まえがき
近時,プラント運営事業者において,保安高度化への要求は一層厳しくなっている。団塊世代の大量退職による熟練ノウハウの喪失と,若手人材の早期育成,加えて設備の高経年化で「事故が減少しない」という事実は今後も継続もしくは悪化するリスクがあるとされ,「高圧ガス取扱施設における産業保安のスマート化」が国策として検討されているという背景がある。本状況を踏まえ,我々はICT*1 ベンダーの立場からICT による効果的な人の補完について考察することにより,IoT*2,ビッグデータ*3 などの新技術が提供する新たな価値
Impacts on Maintenance Work in the Era of Big Data and IoT Shifting
to Worry-Free Era using Intelligent Maintenance Systems
Information Services International-Dentsu Ltd. Atsushi YOSHIMOTO and Jun NAITO
キーワード:設備保全,予知保全,状態基準保全,統計解析,アルゴリズム,非破壊検査
1. はじめに
ネットワークや無線など通信技術の目まぐるしい発達,センサの高性能・小型軽量化などの進化により,パソコンや携帯電話だけでなく,センサが組み込まれ通信機能を持つ製品や,あらゆる「もの」がネットワークにつながり始めている。産業分野でもネット経由で生産設備などの機械を遠隔監視することが当たり前になっている。また,こうした機器を人間が操作するのではなく,機器同士が通信しあって自律的に動作することも可能となってきた。このように「もの」同士がつながって通信することは,「もの」のインターネット(IoT:Internet of Things) やマシーン・ツウ・マシーン(M2M:Machine To Machine)と呼ばれる。更に,ネット経由で収集した大量のデータ(ビッグデータ)を有効に活用する動きが急速に広がってきている。
製造業大国であるドイツが,官民を挙げて推し進める国家的戦略「インダストリー4.0(第四次産業革命)」は,世界の産業界に影響を与え始めている。米国政府もスマートアメリカ構想を掲げ,IoT を主体とした新技術やインフラへの積極的な投資を開始している。このような状況の中,企業における設備保全の業務にも変化が訪れようとしている。保全領域における企業の取り組みは,一定の稼働時間や作動回数を判断基準とした予防保全から,稼働監視データに基づいて故障を事前に予測し対策を講ずる「知的保全(IntelligentMaintenance)*注1」へ移行しつつある。これまでは設備の入れ替え時期や部品交換の判断は保全員の経験や勘に依存する所が大きく,故障によるダウンタイムがいつ発生するか設備管理者・保全員の懸念は絶えなかった。しかしながら,IoTやビッグデータの分析技術の発展により,ダウンタイムが消滅する時代がやってこようとしている。また,2015 年7月21日付の日刊工業新聞によると,経産省はプラントの安全性確保にIoT の活用を促すため,設備の寿命などを予測する仕組みを取り入れた事業所に対して,4 年に1 度の保安検査頻度を6 年に1 度に延長する優遇措置を検討している。
本稿では,製造業を取り巻く大きな環境変化や各国の動向,アメリカの国立科学財団(NSF:National Science Foundation)が進める産学連携活動の1 つであるIMS センター(Center forIntelligent Maintenance Systems,以下IMS センター)で,研究され実務への適用が進んでいる知的保全の具体的な事例を紹介する。また,このような大きな潮流の変化に伴う保全業務への影響と日本製造業の今後について述べる。
Estimation of Saturated Duration in Phased Array Imaging of Closed Cracks
by Global Preheating and Local Cooling
Koji TAKAHASHI*, Kouki OHMACHI*, Yoshikazu OHARA* and Kazushi YAMANAKA
キーワード:Closed cracks,Ultrasonic phased array,Saturated duration,Crack closure stress,Thermal stress
Abstract
Global preheating and local cooling (GPLC) is an efficient method for temporarily opening closed cracks. In GPLC, a saturated
duration that is the time period while a closed crack tip is imaged by linear phased array (PA) can affect the measurement accuracy.
Here, we proposed an estimation method for the saturated duration based on the analytical solution. First, we derived the analytical
solution of crack depth d (t) in PA images during GPLC, based on heat transfer and thermal stress analyses and the assumption that
closed cracks become open when the sum of the thermal stress and the tensile stress of incident wave equals to crack closure stress
σ c. Based on the analytical solution, the saturated durations were estimated. The values estimated agreed well with the experimental
results. The analytical method was also verified by the good agreement in d (t) between the analysis and the experiment.