今回の特集は,平成27 年度非破壊検査総合シンポジウムの中で実施した超音波部門の企画行事を
ベースに構成させていただいた。日本非破壊検査協会としても総合シンポジウムのような形式は初め
ての試みで,超音波部門としては対応を苦慮しながらの取り組みであった。最終的に部門運営委員の
皆さんとの話し合いの中でせっかくの機会であるので会員の皆さんに役立てるという意味で,第一に
超音波を利用した非破壊検査技術の中で特に現在,研究・開発・実用化に注力している分野について,
講演大会の発表時間よりも2,3 倍以上の時間をとって,じっくりと講演していただき,かつ質疑して
いただくことが良いのではということになった。また,せっかくの機会でもあり超音波部門の中で活
動している研究会について,その活動内容を紹介しておくことは普段の講演大会では聞けない内容で
あるので,超音波部門登録会員以外の方にも興味深いのではと考え,実施させていただいた。そして
実際にやってみると明らかに今までの講演大会では参加していなかった層・分野の聴講者を得ること
ができ,超音波部門の活動を部門関係者以外にも紹介できた意義ある取り組みであったと関係者一同,
確認することができた。そこで総合シンポジウムが終わった時点から,この講演だけで済ませるのは
もったいないという考えが私の頭に残っており,そういう中で,今回特集企画のお話をいただいたので,
総合シンポジウムに参加されなかった会員の皆様にもぜひ,講演内容をご紹介しようとこの企画を立
案させていただいた。
企画構成の中で,最初の記事は企画行事で私が冒頭の挨拶で話をさせていただいた超音波技術動向
と超音波部門の概要をまとめ直したものである。その後の4 件の特集記事は,4 人の講演者の講演内容
を改めてまとめ直したものとなっている。この特別企画により,超音波による非破壊検査技術の研究・
開発に興味を持っていただき,超音波部門に登録する会員がさらに増えることを願っている。
最後に,本特集号の企画にあたってご協力いただいた執筆者の方々ならびに関係各位に深く感謝申
し上げます。
Research Trends of Non-destructive Testing by Ultrasonic Wave
Fukuoka Institute of Technology Riichi MURAYAMA
キーワード 超音波,非破壊検査,センサ,シミュレーション,探査装置
1. はじめに
非破壊検査を構成する要素技術として超音波は,そのポテンシャルの高さから重要な位置を占め続けているが,検査技
術としての課題は多数存在している。この解説では,超音波による非破壊検査の研究・技術開発の動向についてまとめる
とともに,非破壊検査協会-超音波部門として研究・開発活動の概要を報告する。
Basics of Phased Array Measurement for the Popularization of this Technique
Graduate School of Engineering, Tohoku University Tsuyoshi MIHARA
キーワード フェーズドアレイ,開口合成,送信音場,光弾性法,FEM解析,JIS Z 3060
1. はじめに
構造物を対象とした超音波の計測は,弾性波が材料中を直進し,界面や欠陥等で反射,モード変換,回折を生じた結果の受
信波を利用するもので,基本的に音速を一定・既知として極めて簡単な幾何計算をベースに成り立っている1),2)。最も簡易に
は,送信音場を入射の中心線のみで線として記述し,スネルの法則で伝搬方向を考察したり幾何的な伝搬経路を推定できる。
同時に,全ての超音波計測では,素子のサイズや周波数により送信音場には指向性があり,場合によれば思いの外広範な方向
に超音波が入射する場合もあり,近似としても線状の入射では想定できない事例もある。いずれにしても例えばJIS Z 3060 で,
ある単一素子探触子を用いた計測を行う場合,同一の音場を持った探触子を試験体表面で機械走査することを前提とするの
で,常に中心軸付近の同一入射音場により探傷が行われると考えてよい。これらの探傷結果の画像化は,近年のトレンドであり,
機械走査により集積したRF 波形を組み合わせて実現されるが,手動あるいは探傷ロボット(スキャナ)による走査が不可欠とな
る。一方フェーズドアレイは,RF 波形をベースに走査ごとのRF波形を再構成する既存の自動探傷法と比べると,機械走査をす
ることなく精密な探傷画像が瞬時に得られる手法として,大きなアドバンテージを持つ3)。フェーズドアレイの計測が先行した
医療検査では,超音波計測と言えばすなわちフェーズドアレイ法であり,計測結果は画像のみで診断も最終画像のみで行われ
る4)。医療用途では検査結果の最終利用者は,計測の素人(医者)であるため,医者が診断に使える仕様を前提に機器の開発・
改良が進められ,JIS Z 3060 の様にRF 波形で評価・判断する等,あり得ないことになる。
一方,工業用途の利用も,特に原子力発電機器の探傷では,照射環境での迅速な計測と,特に専門家以外への説明性が強く
求められる状況下で,一気に中核計測法として利用されるに至った。このため工業部材の探傷手法としても欠くことのできな
い位置を確立したように見えるが,原子力機器の探傷でも,定量サイジングについてはRF 波形に戻って評価が行われてお
り5),他の分野への利用は必ずしも広がっていない。今後原子力機器同様の利用が広がるのか,あるいは例えば医療用の様に
画像のみでの新しい利用法が認知されていくか,フェーズドアレイの使い方についてはなお検討の余地がある。特に,JIS Z 3060
の検査がRF 信号の欠陥エコー振幅を基準に,定量計測を行っているため,フェーズドアレイを用いてJIS Z 3060 の土俵で定量
評価を行うためには,フェーズドアレイの利点を捨てることになる可能性が高い。本稿では今後,工業用部材の計測でも極めて
重要技術であるフェーズドアレイ技術を広範に実用するためのカギになるであろう問題について,音場の観点から解説する。
Visualization of Ultrasonic Pulse Wave Propagation
Japan Power Engineering and Inspection Corporation Takashi FURUKAWA
キーワード 可視化,シミュレーション,超音波探傷試験,フェーズドアレイ法,ガイド波
1. はじめに
超音波探傷試験(以下UT と記す)は,内部のきずに対しても適用できる代表的な非破壊試験方法の一つである。UT で
は,まず検査対象部位内に超音波パルスを送信し,き裂や内部欠陥等の反射源が存在する場合は,それらで反射した超音
波をエコーとして検知することできずの有無や寸法を測定する方法であり,UT の原理を山彦にたとえることがある。しか
し,実際には検知したエコーの経路を逆に推定して反射源がきずに起因するものか,それともきず以外の形状等が原因な
のかを特定し,複数のエコーの中からきずを識別して検出する技術である。基本原理は山彦の通りであるが,実作業は単
純なものではない。エコーの経路をいかに正確に推定できるか,ということがUT の信頼性を左右する最も重要な因子の
一つであり,技術者の技量に左右されるところでもある。UTでは超音波で物体の内部を見ているが,UT 技術者は物体内を
伝わる超音波を見る(可視化する)ことが重要ではなかろうか。
超音波を見ることは,きずが想定される部位に対して,的確にエコーを検知できる様な適正な探傷条件の検討や,エコー
の伝搬経路を推定しエコーの発生位置を特定するといった探傷結果の解釈,そして適用した探傷条件が適正であったかど
うかの評価・検証,さらには若手UT 技術者の教育への活用が考えられる。
本稿では,実験により実測する方法や計算機を用いたシミュレーション解析による超音波伝搬の可視化技術とそれらの事
例を紹介する。
Ultrasonic Time-of-Flight Diffraction Technique and its Application
Former Nikko Inspection Service Co., Ltd. Hideaki TANAKA
キーワード 超音波探傷,TOFD,回折波,き裂,きず高さ,寸法測定
1. はじめに
TOFD 法(Time of Flight Diffraction Technique)は,1970 年代後半から1980 年代初めにかけて英国で開発された技術であ
る。本手法は画像表示機能を含むTOFD装置性能の飛躍的向上,装置本体の軽量小型化,装置の低価格化等により,1990 年代
半ば頃から急速に普及した。
海外ではRT に置き換わる手法としていち早く着目され,電力,石油,ガス等の多方面の分野で性能が評価され,実用に供
されている。規格関係も,英国規格(BS 7706)が1993 年に発行されて以降,米国のASME 規格では,圧力容器の突合せ
溶接部に対する放射線透過試験の代替試験としてCode Case2235 が発行され,ASME sec.V に取り込まれている。
国内においても各種産業で広く普及しており1),規格関連も(一社)日本非破壊検査協会のNDIS 2423:2001「TOFD 法によ
るきず高さ測定方法」がJEAG 4207-2004 の中に取り入れられる等の整備が図られた。さらに,(一社)日本高圧力技術協会(HPI)
ではHPIS E 101:2013 が発行され,きず高さ測定のみならず供用中における溶接継手の検査に適用できるようになった。
TOFD 法は,図1 に示すように,きずを挟んで2 個の探触子を一定の距離で固定して向かい合せ,一方の探触子から縦
波の超音波を送信して他方で受信する手法である。きずが存在する場合は,端部エコー法と同様にきず上端ときず下端で
回折波が発生する。この回折波を超音波の送信から受信までの時間を正確に測定することにより,きずの寸法を精度良く
求めることができる。受信エコーは図2 に示すように,最初に表面を伝わるラテラル波が検出され,次にきず上端,きず
下端の順で回折波が検出され,その後,裏面からの反射波が検出される。きずの長さ方向に沿う走査(D?スキャン)または,
きずの長さ方向に対して直角方向の走査(B?スキャン)を連続的に行って得られた探傷波形は,RF(Radio Frequency)波
形の振幅に応じて階調表示されて,探傷範囲の断面の状態が画像表示される。
きず高さは,TOFD 装置に内蔵されている計算機能で自動的に算出される。測定に際しては,端部エコー法と同様に
材料ノイズが現れる程度まで測定感度を高めて行う。また,TOFD 法では指向角の広い探触子を用いて広い範囲にわたっ
て探傷できるようにしているが,きず先端からの回折波を明瞭に得るため,きずを狙った適切な探触子間距離を定めるこ
とが重要である。
Ultrasonic Non-destructive Evaluation of CFRP Structures
Japan Aerospace Exploration Agency Masamichi MATSUSHIMA
キーワード 非破壊検査,超音波探傷,GFRP,CFRP,衝撃損傷,航空機,軽量構造
1. はじめに
炭素繊維強化プラスティック(Carbon Fiber ReinforcedPlastics)は比強度・比剛性が高い性質を持っており軽量構造
を必要とする航空機,宇宙機に適用されている。例えばB-787機体構造(主翼・尾翼・胴体など)がCFRP 一体成型構造で
造られており従来のAl 合金構造と比較して50%以上の軽量化が達成されている。これは機体重量が軽減されたことにより
燃料消費コストが良くなることやペイロード(積載容量)を増やすことができる。また,CFRP 一体成型構造はノンファ
スナ(表面スキンと補強材を締結するためのリベットを使わない)様式なのでファスナ孔まわりからの発生する疲労き裂
が起きない構造となり,運行中の点検コストの低減につながっている。ここでは,CFRP の持つ特徴とその特長を活かした
CFRP 構造の利点などを解説するとともに金属材料と大きく異なるCFRP の破壊様相を示して,その損傷形態を探傷する
方法として超音波探傷の優位性を示すとともに,他の非破壊検査法が持つ独自性も併記して示す。
Evaluation of the Slit Detectability of the Point-focusing Electromagnetic Acoustic
Transducer in SUS304 Steel
Kazuhiro ASHIDA, Takashi TAKISHITA, Nobutomo NAKAMURA
Hirotsugu OGI and Masahiko HIRAO
Abstract
A point-focusing electromagnetic-acoustic transducer (PF-EMAT) was developed and the slit detectability was evaluated. Based on
the Lorentz force mechanism, this EMAT generated shear-vertical (SV) waves from concentric line sources on the top surface of a
stainless steel plate, and the SV waves were focused on the focal point on the bottom surface of the plate in phase. The focusing effect
improved the spatial resolution and detectability of slit defects located on the bottom surface. An artificial slit as shallow as 0.05-
mm deep was well detectable at 2 MHz. Effect of the in-plane incident angle of the SV waves to the slit face, reproducibility of the
measurements, and the liftoff effect were evaluated.
Keyword Point-focusing electromagnetic acoustic transducer, Ultrasonic testing , Lorentz force, SV wave, SUS304 steel, Slit detection
1. 緒言
長年にわたり,老朽化した原子力発電所に対する高経年化対策の充実が,安全かつ安定的に運転するための最重要課題
となっている。原子力発電所の圧力容器や配管にはステンレス鋼材が使われるが,その溶接部には応力腐食割れ(Stress
Corrosion Cracking,以下SCC とする)が発生することが知られている1)。ステンレス鋼材は表面に強固な不動態皮膜を
有するため腐食が発生しにくいが,溶接施工の際に高温環境に曝されるとCr 濃度が大きく低下して溶接部近傍が腐食に対
して鋭敏化する2)。この鋭敏化は,材料中の炭素濃度が高いほど発生しやすい傾向にあり,溶接施工に伴う残留応力の発
生と,内部流体の溶存酸素の環境影響との重複作用によってSCC が発生する。
SCC は配管等の内面側に発生した場合,当該溶接部の切断等の破壊処置を施さなければ,目視による確認ができない。
このようなSCC に対しては圧電型斜角探触子を用いた超音波探傷試験(Ultrasonic Testing,以下 UT とする)が使われ,
試験規程に基づいてSCC からの反射波の有無からその発生および進展を評価する3)。しかし,探傷面上に圧電型斜角探触
子を接触させる試験では,探傷結果が表面状態(グラインダー加工等による凹凸),接触媒質量,押し付け圧力等の要因に影
響を受けやすく,かつ,試験員の技量等による差異が発生しやすい。このような要因により,探傷現場では再現性の高い
データが採取できない場合が多い。
一例として,接触媒質量を0.01 ml から0.30 ml まで変化させた時の圧電型斜角探触子(周波数2 MHz,公称屈折角45°)
でのスリットからのエコー高さの計測例をFig.1 に示す。試験片は厚さ12.7 mm のステンレス鋼材で深さ1.0 mm のスリッ
トが加工されている。Fig.1(b)より,接触媒質量が0.10 ml以上ではエコー高さはほぼ一定だが,0.10 ml 以下になると接
触媒質量の減少とともにエコー高さが小さくなる。探傷時には探触子を手動または自動で走査するため,接触媒質量が変
化することがある。これが再現性の低下の一因となっている。