超音波探傷法は材料や構造物の内部にある欠陥や損傷を評価することができる有力な非破壊評価手法であるが,検査対象物の表面に探触子を接触させるか,ある いは水中で超音波の送受信が行われることが多い。水浸法の場合には比較的安定した計測を行うことができるが,適用範囲が限定されてしまう。一方,接触法で は接触面の影響が大きく,安定した探傷結果を得ることができなかったり,作業効率が悪くなったりする。超音波の振幅は通常ナノメートルオーダであるので, 理想的には探触子をナノオーダ以下の精度で隙間なく試験体に接触させなければならない。しかし,現実にはそのような接触状態を実現するのは難しく,水や 油,グリセリンといった接触媒質を塗布して検査を実施することになる。すると,接触媒質の種類や量あるいは探触子の当て方によって探傷精度が変化してしま う。実務的には接触媒質の塗布や拭き取りが必要なことから作業効率も低くなる。このように超音波探傷法において探触子の接触の問題は避けて通れない課題で あり,超音波法の定量化における大きな障害となっている。このような中で,非接触状態で実施される超音波探傷法には大きな期待が寄せられているところであ る。
非接触超音波法としてはすでにいくつかの手法が提案されている。その中でも代表的手法である電磁超音波法とレーザ超音波法に関してはこれまで何度か本誌 の特集号に解説記事が掲載されている。例えば,電磁超音波については,2002年51巻2号に「電磁超音波法の最新動向」と題する特集記事が掲載されてい る。また,レーザ超音波については,2000年49巻5号,6号に「レーザー超音波の基礎と応用?,?」が連載され,その後,2002年51巻4号の 「レーザー超音波の新展開」,2008年57巻1号及び4号に「最新のレーザ超音波技術 ?,?」と度々特集号が刊行されている。しかし,技術開発は日進月歩であり,電磁超音波法とレーザ超音波法の両手法ともその応用分野は着実に拡大してい る。さらに,最近,空気を媒体として超音波の送受信を行う空気超音波法(あるいは空中超音波法)に関する研究が盛んになっている。まだ実験室での計測が主 で実用上の適用例は多くないが,測定機器の発達や信号処理の高度化などによって空気超音波法の応用分野は広がるものと考えられ,非接触超音波法のもう一つ の選択肢として期待される手法である。
このような中,本特集号は「非接触超音波」をキーワードに空気超音波法,電磁超音波法,レーザ超音波法の3つの非接触超音波手法の研究の動向や最近の応 用例をとりまとめたものである。空気超音波法に関しては2題の解説を執筆していただいた。まず,様々な物質の音速測定及びコンクリート中の鉄筋や複合材料 の剥離の画像化など,空気超音波による最近の計測例をいくつか紹介していただいた。次に,空気超音波を用いた探傷のための基礎データとなる空気−固体界面 での透過率の計算と実験についてわかりやすく解説していただいた。電磁超音波法については,基本原理の概説,最近10年間における技術開発の動向及び適用 事例について執筆いただいた。最後に,レーザ超音波法に関しては,コンクリート内部欠陥の遠隔計測におけるレーザ超音波法の技術的な工夫について詳しく解 説していただいた。本特集が会員諸氏への有益な情報源になれば幸甚です。なお,執筆者の皆様にはご多用中にも関わらず,原稿を執筆いただき厚く御礼申し上 げます。
*特集号編集担当 廣瀬 壮一
Nondestructive Material Evaluation and Testing of Structures
with Air-Coupled Transducers
Koichiro KAWASHIMA Ultrasonic Materials Diagnosis Lab.
キーワード 空気超音波,材料評価,音速測定,はく離検出,板波,コンクリート
1. はじめに
放射線あるいは電磁気的非破壊検査のように,超音波非破壊評価・検査においても非接触測定が望まれる。超音波探傷法の実用化が始まった約半世紀前から, 空気伝搬超音波法,少し遅れて電磁超音波探触子(EMAT),さらに30年前にレーザ超音波法が提案されてきた。
このうち,EMATは適用対象が導電体に限定され,またセンサと材料表面の間の距離は1mm程度しか離せない。レーザ超音波法では数十ないし数百mm離れて超音波を送受信できるが超音波ビームの指向性の制御が困難である。
一方,空気伝搬超音波法は,空気と金属材料の間の往復透過率が10−5オーダときわめて小さいため,パルス反射法が利用でない。また空中での顕著な超音 波減衰のため実用上限周波数が1MHz程度という大きな弱点がある。しかし,空気伝搬超音波法は,水浸超音波法と同様に各種モード変換波の励起,超音波 ビームの方位制御,焦点化が容易などの利点を有する。
日本国内では,これまで米国Ultran,Airstar社, あるいはチェコStarmans社で開発された空気超音波測定装置が輸入販売され,樹脂系複合材,グリーンセラミックス,木材などに適用されてきた。文献 1には圧電型空気超音波探触子を用いた多数の測定事例が示されている。それら装置を使用した日本での測定事例も幾つか報告されている2)−4)。
最近国内で高感度の空気超音波探触子とそのためのバンドパスフィルタ付きプリアンプが開発5)され,市販の超音波送受信器と組合わせ,各種材料の音速測定や欠陥検出6)−8)も部分的に可能になってきた。
本解説では,筆者らのグループで行った,空気超音波探触子を用いた透過法による軟質物質の音速測定,片面からのピッチキャッチ法による表面波/板波速度 測定,コンクリートの縦波,横波,及び表面波速度測定,コンクリート中鉄筋の模擬不完全接合部画像化,模擬皮膜はく離部画像化例などについて紹介する。
Characteristics of Ultrasonic Transmission Coefficients of Air/Solid Interface
for Non-contact Air-coupled Ultrasonic Testing
Hideo NISHINO The University of Tokushima,
Masakazu TAKAHASHI and Yukio OGURA Japan Probe Co., Ltd.
キーワード 空気超音波,超音波計測,非接触計測
1. はじめに
空気中を伝搬する縦波超音波を,液体や固体に透過伝搬させ,さらに探傷に利用するのは,もちろん原理的には可能であっても通常は発想にはないのが,それ こそ通常では無かったであろうか。弾性表面波の理論的予想者にしてノーベル賞受賞者の物理学者J. W. S. Rayleighも音に関する有名な著書1)の中で以下のように述べている。
On account of the great difference of densities reflection is usually nearly total at the boundary between air and any solid and liquid matter.
音の反射や透過は,材料の音速と密度の積で表される固有音響インピーダンスの相対的な差異により,その定量性が決定されるのであるから,特に密度が何桁も異なれば上記Rayleighの帰結も,超音波技術者にとって暗黙の了解というものであろう。
一方で,名著の誉れ高き日刊工業新聞社刊の超音波技術便覧2)の中で,故実吉純一先生は以下のように述べている。
物理学書には,強さが1/1000になるから空中から液中へは音は入らないと書いてあるものもあるが,透過損失29.4db(真空管増幅1段で補える程度)で音が入るといったほうがよろしい。
空中から海中での言及ではあるが至極もっともな科学的発言である。さらに言えば,空中から鉄中であっても44.3dBで音が入るといったほうがよろし い。ただしこの数値は,空中から被検体への一方通行の場合である。被検体から再度空中へ放射され,空中で検出されて初めて非接触探傷に利用できるので,送 受信での損失は倍となる。その場合は海中でも60dB,鉄の場合で90dB近くなる。こうなるとやはり前述のRayleigh卿に軍配が上がりそうであ る。いずれにしても,非接触Air-coupled超音波探傷(Non-contact Air-coupled Ultrasonic Testing;NAUT)の理解や装置開発において,これら数値は重要な意味を持つ。NAUTでは損失が概ね60dBや90dBである,ということを理 解することが第1に必要である。実際にこれらの損失を補うことでNAUTは実現されており,それは最新のセンサ技術3)−7)の恩恵である。
本解説では,理論的実験的観点からNAUTにおける損失の詳細を示す。すなわち縦波超音波が固体材料に斜めに入射されたときの透過率の定量的な特徴を明 示する。はじめに空気と固体材料の界面における縦波超音波の斜め入射透過率を示し,次に板材透過率を示す。板材の透過率から,ラム波の臨界角で縦波を入射 させることで透過率が増大することを示し,NAUTでは特に板材の検査が有効であることを示す。透過率の理論式に関しては付録にまとめて示した。自ら計算 しない場合には,読む必要はない。計算する際のポイントは多くないが記載しておいた。ここで示す理論や計算は,水浸超音波探傷の理解のために1930年代 くらいから実施されているもので,決して新しいものではない。水中から空中に変化しただけで,理論は全く同じである。ただし,定量性は全く異なるのでその 点を理解することが重要である。本解説では,その点を考慮して水中の場合を比較として示している。なおNAUTによる応用研究に関しては,既論文8)にて サーベイをしているのでそちらを参照願いたい。尚,ここで示す透過率は全てエネルギ透過率としている。
Latest Trend of Measurements with Electromagnetic Acoustic Transducers (EMATs)
Riichi MURAYAMA Fukuoka Institute of Technology
キーワード 電磁超音波法,ローレンツ力,磁わい,共鳴法,管,ガイド波
1. はじめに
電磁超音波センサの本格的研究は,1960年代頃から始まり,国内でも1970年代から研究開発が進められ解析と応用が詳しく検討された。その後主に鉄 鋼・重工メーカを中心に応用面の開発が進められてきた。また1980年中盤以降は大学等でも研究が行われるようになってきている。現状,電磁超音波探触子 を利用した非破壊検査・評価システムが国内で普及しているとは言い難い状況にあるが,研究開発・実用化が止まったわけではない。図1はJ-Dream?に よる文献検索結果である。過去の結果が正しく入力されているわけではなく外国文献で漏れている文献も多いが,その点を考慮しても2000年代はむしろ発表 文献数が増加しており,電磁超音波センサを研究・開発或いは利用する研究者・技術者が定着していると考えられる。また海外(欧米,韓国)では活発な開発事 例,実用事例が紹介されている。本解説では,電磁超音波探触子について簡単に概説した後,最近10年間に絞って国内外の研究開発の動向及び製品への適用状 況について述べる。
Development of Laser-based Remote Sensing System for Inner-concrete Defects
Yoshinori SHIMADA Institute for Laser Technology
キーワード 振動解析,コンクリート構造物,ホログラフィ干渉法,レーザ
1. はじめに
超音波を用いる非破壊検査技術は種々の材料に対して適用できるため,その内部欠陥や疲労状態を検出する方法と多くの手法が研究され,実用に供されてい る。その中でレーザ超音波法は超音波の励起と検出の両方をレーザを用いて行うもので,非接触探傷,遠隔探傷が可能であることや,レーザをスキャンさせるこ とにより高速で探傷できる利点がある1)。また,振動の検出を光の干渉現象で行うため,同一のシステムで非常に広い周波数領域(数キロヘルツから数メガヘ ルツ以上)の振動検出の可能性も持つ。
当研究所は散乱面からの波面の乱れた信号光に対して振動信号が得られるようダイナミックホログラム結晶を用いて装置を構築した2)−4)。本稿では, レーザリモートセンシング装置をコンクリート欠陥検出に応用し,5m離れた位置からコンクリート内部欠陥を探傷した野外実験について紹介する。それに加 え,レーザ装置とコンクリートとの相対揺らぎの影響を小さくするために構築した干渉縞安定化装置についても述べる。
Study on Eddy Current and Electric Potential Gradient
in Electromagnetic Induction
Hiroshi HOSHIKAWA* and Kiyoshi KOYAMA*
Abstract
This paper clarifies the roles of electric potential in electromagnetic induction. The induction electric field of the exciting coil induces eddy current that conveys electric charges in the conductor. The charges accumulate where the eddy current changes because of the electric charge conservation law. The accumulated charges repel each other based on Coulombs force and develop electric potential. Thus electric potential develops around the discontinuities that hinder the eddy current from circulating and the potential gradient drives the eddy current away from discontinuities. The results of finite element analysis based on Maxwells equation have indicated that the electric potential gradient drives eddy current away from discontinuities.
Keyword Electromagnetic induction, Eddy current, Induction electric field, Electric potential gradient, Eddy current testing
1. 緒言
渦電流探傷は電磁誘導によって試験体に発生する渦電流がキズによって変化することを利用して探傷を行う方法である。有限要素法などの数値解析を行えば, 渦電流がキズによってどのように変わるかを知ることは可能である1)。しかしながら,縦置コイルによって誘導される縦置コイルによる磁束は巻線と同方向に 渦電流を誘導するが、どのような現象に基づいて発生した電界が渦電流を元に戻すように流すかに関して説明した報告は見当たらない。また,キズの部分に渦電 流が流れないのは当然としても,どのような現象に基づいて発生した電界がキズの周囲を避けるように渦電流を流すかなどについて説明した報告は見当たらな い。
本論文は電磁誘導によって導体に誘導される渦電流について電磁気現象として定性的に考察し,電磁誘導における電位勾配の物理的意味と役割を明らかにする 2),3)。磁束密度の時間的変化によって発生する誘導電界は導体内で正と負の電荷を生成して発電し,渦電流を誘導して電磁誘導現象を引き起す主導的役割 を担うことを示す。誘導電界が生成した電荷は導体内に分布し,クーロン力に基づく電位勾配を生ずる。この電位勾配は電荷密度の上昇を抑えるように渦電流を 流してその連続性を保つように作用し4),電荷を中和によって消滅させ,電磁誘導現象を完結させる受動的役割を担うことを示す。さらに,マックスウェルの 方程式に基づく有限要素解析により,電磁誘導により発生する渦電流とキズの近傍に発生する電位変化を明らかにする。この解析結果は,導体内に電位勾配が発 生することを示すと共に,キズの周囲における渦電流および縦置コイルによって誘導される渦電流の連続性を保つ役割を担うのが電位勾配であるとする本論文の 考察を裏付けるものである。